玄関先で良太が待っていた。
「風間さんから話がある」
「ああ……」
茶の間では、萌葱村の四天王がのんびり茶を啜っているところだった。一見、どこにでもいそうなご隠居さんじみてるが、この瞬間も老人たちの頭の中では人殺しの算段が練られているのだ。そこに自分の父親も含まれている事実が、士朗の胸をギリリとしめつける。
首領格の風間が、(まあ、座れ)と、無言で目線を送ってきた。良太が立ったままなので、士朗はとば口に座った。
正面に父・小野寺の横顔がある。七十五歳にして最年少の小野寺は、序列ゆえに末席に座っているのだが、こうして親子が並んでいると、まるで父兄同伴で士朗が咎められている感があった。
事実、この場の雰囲気はそうなのだ。チラリと息子を見た小野寺の目も、(余計なことを言うなよ)と訴えている。
湯呑みを空にしてから、風間が切り出した。
「あー、良太から聞いたんだが、瑞枝の処遇の件、異議はないんだな?」
瑞枝の処遇……。それの意味するところは殺害に他ならない。士朗は動揺を覚られぬよう、こっそり唾を飲み込んで、萌葱村の最高実力者と対峙した。
「はい」
「あー、良太の話によると、おまえは瑞枝を好いていたとか?」
士朗の肩がピクリと動いた。
「それでも、構わぬと?」
「は、はい」
「そうか……。それじゃあ、おまえなりになにか考えてみた策はあるか?」
「は? と申しますと?」
「人死にを出さない方法だ。あれは、ちょっと後味が悪いからな」
直裁な物言いに士朗はたじろいだが、四方八方から注ぐ視線にふと気づき、背筋を伸ばした。
「あの、子供たちがこの村にきたということは知られているわけですし、失踪したとなればまず間違いなく……」
「それは大丈夫だ。村ぐるみで口裏を合わせれば済む。問題はバスの運転者だが、これも金でどうとでもなる」
「あ、では、孝次という少年を往復させたのはどのような意図で? かえって危険だったのでは?」
「まあな。確かに危険な賭けだったが、写真の回収を優先させた結果だ。ただ写真を持ってこいと呼び出したんでは、いらぬ勘繰りをするのは目に見えている。そもそも、瑞枝以外の人質が必要だった」
「結局は物証は無事手元に戻ったわけですね。となると、後は三人の守秘いかんですが、相当の恐怖を与えてあるようですし、解放したとしてもまさか反撃に出るようなことはないのでは?」
「そうだとありがたいんだがな……。厄介なのは小童だ。写真の真の意味に気づいて、いつなんどきわしらを強請ってこんとも限らん。いまは大丈夫でも、五年後、十年後の保証はできんからな」
「え? あの、真の意味とは……?」
風間が目を剥いて、他の仲間たちと目配せをはじめた。部屋の空気が妙にざわついている。
「……おまえ、気づかなかったのか? まがりなりにも医者だろう?」
「は?」
「蛍子の腹、膨れてなかったか?」
次の瞬間、士朗の頭の中に鎮守の森の匂いが満ち、同時に例の陵辱写真が一面に渦巻いた。
(膨れている? 腹が? 妊娠? 蛍子は妊娠していたのか? 蛍子は死んだ? じゃあ、赤ん坊はどうなった? 赤ん坊は死ななかったのか? 赤ん坊は生きている?)
「あっ!」
士朗は思わず声を上げてしまった。いまでははっきり分かる。蛍子と瑞枝がどことなく似ていたことの意味が……。
「ふん、やっと分かったようだな」
風間がやれやれという顔をした。
「そ、そんな……」
士朗の顔面から血の気が失せた。しばし天井を仰ぎ、ふと我に返って父親に目を向けた。
「と、父さん! 本当なのか? も、森下先生は?」
「……そうだ。瑞枝は蛍子の娘だ。わしらが書類に手を加えて、枝美さんの籍に入れたんだ」
「そ、そんな……。そんなことって……」
士朗がへたり込んだ。四半世紀前の悪夢と現在の悪夢は、深いところで密接につながっていたのだ。
(な、なんてことだ……)
虚ろな目をしたまま、士朗は老人たちを順番に睨みつけた。
「……だれが、だれが父親なんですか?」
答えたのは小野寺だった。
「わ、分からんのだよ。ついぞ父親の特定はできなかった……」
「け、血液判定は? 血液型は調べなかったんですか?」
「もちろんしたよ……。だが、わしら全員A型因子を持っている。蛍子はO型だった。そして、生まれてきた瑞枝はAO型……」
「け、血液型はABO型だけじゃない。他の型で調べることもできます。それは試してみたんですか? ねえ、父さん! どうなんです! 調べてないなら、これからでも……」
「それを知ってどうする!」
風間が遮った。
「え?」
「これから死んでいく人間の父親を調べてどうしようというんだ?」
「あ、でも……。あ、あなたたちの娘ですよ?」
「だからこそだ。それが分からんのか? だれだって自分の娘を殺めたくはなんだ」
風間がするどい眼光で士朗を見据えた。それは彼の両脇にいる林と藤波も同じだ。余計なことは言うなと無言の圧力をかけている。
「あ……」
たまらずに士朗は父親を見た。すがりたい一心だった。だが、父親は息子の目を見ようとしなかった……。
* *
その頃、孝次は両手を万歳の形で拘束されていた。
リョウがタンスの中からナイロンストッキングを見つけたのだ。
「やだっ! やめてっ! やめてったらっ!」
孝次は身体を上下に跳ね上げて抵抗したが、両側に貼りついた男たちはそれを愉しむかのように、少年の開いた下肢に両脚を絡めている。孝次のジーンズと男たちの作業ズボンが激しく擦れ、火がついたように熱くなった。
「へへっ、活きがいいねえ。うれしくなっちゃうよ」
右側に陣取ったダイが孝次のうなじに顔を埋めた。ベロベロ、チュパチュパ舐め回しながら、少年のTシャツをたくし上げてゆく。左側のリョウは、孝次の股間をジーンズ越しにやわやわと揉み込みつつ、ベルトを緩めにかかった。
「どれどれ、クリちゃんはどんなかな?」
「離してっ! 離してよっ!」
孝次が身悶えすればするほど、Tシャツがはだけられ、ジーンズがずり下げられてしまう。十六歳のなめらかな胸部が露になると、そこへダイのてのひらがスッと滑り、汗ばんだ肌を愛おしそうに撫でさすった。
「へへっ、すべすべじゃねえか。孝ちゃんよ。こりゃあ、愉しくなりそうだ」
「やだっ! 離せっ! 離せったら!」
孝次は一際大きく暴れたが、リョウに股間をきつく握られて、身体を強ばらせた。
「あっ、や、やめ……」
そのわずかな隙に、リョウが孝次のジーンズと白いブリーフを一気に剥き下ろした。ダイも手伝いに入って、孝次の下半身を丸裸にしてしまう。
「ああっ、あああっ……」
「うひょーっ! ピンク色してるぜ!」
「くーっ! かわいいクリちゃんだ! 後でたっぷり舐めてやるからな!」
男たちは素早くズボンとブリーフを脱ぎ、孝次の太腿に毛深い脚を絡めてきた。グイッと大きく孝次の下肢を割っておいて、我先にと少年の股間に手を伸ばす。ダイが孝次の陰茎を握り、リョウが陰嚢を掴んだ。
「くーっ! 若いっていいねえ! ぷにぷにしてるぜ!」
「あっ! だめっ! やめてっ!」
孝次が喉元を反らせて叫んだ。ダイに陰茎包皮を剥かれたのだ。
「へへっ! 思ったとおり、感度がよさそうなクリちゃんだぜ!」
「よお! 孝ちゃんは週に何回オナニーしてんのかな?」
「やっ……。だめっ……」
剥かれた皮で亀頭部分をユルユルしごかれ、孝次がククッと歯を食いしばる。同性にそこをいじられていることは、こうなったいまでも受け入れがたかったが、若い陰茎はいちはやく反応をはじめてしまっていた。
「おっ、孝ちゃんのクリちゃんがおっ立ってきたぞ。へへっ、きれいなピンク色してら……」
「おい、おれにも触らせろよ」
孝次の陰嚢をグニグニと揉み込んでいたリョウが、ダイと入れ代わりで幼い陰茎に指を絡めた。包皮は剥いたままにして、人差し指の腹を陰茎の鈴口にあてがう。
「いっ、痛いっ!」
クリクリと小さな円を描かれて、孝次の腰が跳ね上がった。だが、男たちは逞しい両脚でがっちり挟み込んでいる。
「へへっ! 痛いのは最初だけだって!」
「待ってろ。痛くないようにアクメ汁を絞ってやるからな」
「やっ! やだっ!」
股間を大きく広げられ、両手を万歳の形で固定された孝次は、まるで餓狼に食いつかれた仔羊だった。剥き出しになった股間を散々に嬲られても、小さな悲鳴を発することしかできない。
孝次の陰嚢を揉んでいたダイが、ツイッと指先を肛門に滑らせてきた。哀れな仔羊はまたしても大きく腰を跳ね上げたが、もはや逃れる術はない。
「ひっ! ひいっ!」
「へへっ! バージンだけあってキチキチだぜ! 優しくヤッてやらねえとな」
ダイの指先は肛門を捉えているが、キュンとすぼまったそこは一切の侵入を拒んでいた。だが、ダイは焦ることなく、片手で孝次の腹部を撫でさすりながら、太腿同士をねっとり擦り合わせてゆく。同時に少年の淡い乳首にもチロチロと舌先を這わせた。
「ふふふ……。ここもピンク色だ……」
「あっ、ああっ……」
その間もリョウの指先は孝次の陰茎を責め続け、先走り液をにじませることに成功していた。孝次は後戻りのできない所まで昂ぶっている。十六歳の陰茎は鬱血を止めようとしない。
「よーし、孝ちゃんのクリちゃんが濡れてきたぞ! ドバドバっとアクメ汁を出してくれよ。量が少ないと、孝ちゃんの初体験が血まみれになっちまうからな」
リョウはそんなことを孝次の耳元で囁きながら、陰茎の先ににじんだ透明な液体を亀頭全体に塗りたくった。別の指は剥いた包皮のたるみ部分をクニクニとしごいている。
「んっ……。あっ……。ひっ……」
もはや孝次に悲鳴はない。男ふたりの愛撫に翻弄されて、吐息を漏らすので精一杯だ。孝次の汗と男たちの汗が交じり合い、ツンとすえた臭いがベッドルームに充満している。
「あっ! ああっ!」
「お、イクか? イキそうなんだな?」
「ああっ! あああっ!」
「そりゃ! イッちまえ!」
「あひいっ!」
孝次の声が裏返ったその瞬間、リョウのてのひらに熱いしずくがほとばしった。
「あああああっ!」
孝次は小さな尻をキュキュッとすぼませて、白濁液をまき散らしている。だが、リョウはしごきの手を止めようとしない。一層激しくなるばかりだ。
「よーし、孝ちゃん! 連続アクメ、いってみようか!」
「ひっ! ひいいいっ! だっ! あうっ!」
達したばかりの陰茎を激しく責められて、孝次は痙攣と硬直が混在した状況になっている。オナニーのときはここでストップをかけるのだが、犯されている身ではどうしようもない。呼吸すらままならない連続絶頂の激しさに、孝次の目は裏返ってしまった。
「やっ……! だっ……! あっ……!」
一回目の放出分が陰茎全体にまぶされたため、以後の愛撫はより一層威力を増している。シュッシュッ、シュッシュッと陰茎をしごく摩擦音は、呼気よりも大きい。
「あっ! あ、あ、あ……。くうっ!」
再度、孝次の尻たぶがキュッとすぼまった。
「うっひょー! 出るぞ、出るぞ! アクメ汁の大放出だ!」
「うっ! ううっ! くうううっ!」
五度になるか、六度になるか……。連続射精が終わったときに、真の無間地獄は始まるのだ。直腸の隅々に自身の精液を塗り込められて……。
* *
みかん箱の上に載った逆さまのちゃぶ台が、マリの磔台だ。
汗で濡れたしどけない裸体を、惜し気もなく八人の男たちに晒している。
集まった男たちは下半身のみ裸になり、ぐるりとマリを取り囲んでいた。半ば呆然としているマリには、その光景が夢の中の出来事に見えている。
リーダーらしき男が、マリの濡れた口元を見て笑った。
「ほう、おしゃぶりは練習済みのようだな。どれだけ上達したか試してやるぞ」
男は膝立ちになり、マリの口元に男根を押しつけてきた。
「ほれ」
「あ、あむっ……」
「お、やる気満々だな」
マリは素直に男根を咥え、チロチロと舌先を動かしはじめた。実に頼りない愛撫だったが、全身から発するむれた女臭が功を奏したのか、男根は瞬時に勃起を果たした。
(あ……。さっきより太くて長いわ……。そして熱い……。あっ! こ、これは!)
マリが目を剥いた。気がつけば老人たちが姿を消し、いつの間にか屈強な男たちが包囲しているではないか。男の数は八人。男根は八本だ。
「ん、どうした? おれのチンポがそんなに美味いか?」
「むふっ! むむっ!」
自分の口の中でどんどん膨らみを増す男根に、マリは恐怖を感じている。老人のそれとは比べ物にならない、圧倒的な迫力なのだ。こんなもので体奥を突かれたらそれこそただでは済むまい。それほどの逸物だった。
「ほらほら、舌が止まってるぞ。それに吸い込むのも忘れるな」
「むっ……。むむっ……」
だが、マリに怯んでいる暇はなかった。例え屈強な男たちだろうと、老人たちに行ったように奉仕するしかないのだ。間違っても怒らせてはいけない。それは瑞枝と孝次の死を意味するのだ。
それにしても一度に八人である。マリは懸命に男根を吸い立てながら、身体が震え出すのを止められなかった。老人四人を相手にしたときは辛うじて立った男根は一本。だが、今度は鋼のように硬い男根がその八倍の八本だ。桁違いの責め苦が容易に想像できる。
フェラチオをさせている男とは別に、二番手の男がマリの下肢の間に入ってきた。
(ああ……。また犯されるのね……。今度は八人に……)
が、その男は一向に突いてくる気配がない。マリは恐る恐る目を開けた。男はなにやら思案しており、ふと下肢の縛めを解きはじめた。
(あ、なにするの? ひどいことはやめて……)
男は自由にしたマリの下肢を両肩に担いで、股間の秘部をすべて剥き出しにしてしまった。
「むっ! むむっ!」
尻の穴まで覗かれるこの姿勢に、マリは羞恥心はすでに限界を超えている。ただもう無我夢中で男根を吸い、叫び出したくなる衝動を押さえ込むしかない。
マリの下肢を担いだ男が、すでに起立している男根を水平に掲げ持った。すると、それを横から見ていた仲間が慌てて止めに入った。
「お、おい! そっちはまだ早いんじゃないか?」
「あ、やっぱりそうか?」
「当たり前だろうが、馬鹿野郎。まずはオマンコにしとけ」
「あ、ああ……」
男たちのやり取りの意味をマリは知らない。まさか肛門を狙われていたと知ったら、それこそ絶叫していただろう。
ハーフ少女のアナルバージンを諦めた男は、渋々矛先を散ったばかりの女花に向け直した。破瓜の血はほとんどなかったようで、マリの愛液と老人の精液でそこはトロトロに濡れている。
「それじゃあ、ここで我慢するか……」
孝次が聞いたら激憤しそうなことをぼやきつつ、男は逸物を膣口にあてがい、一気に埋め込んだ。
「むぐっ! ぐぬぬぬっ……」
マリのくぐもった悲鳴が上がった。体奥に受け入れた生涯二本目の男根は予想以上に熱く、ロストバージンがレイプだったことを否応なく再確認させられてしまう。惨めで、悔しくて、なによりも悲しかった。
「おっ、さすがは準バージン。けっこうしまるじゃねえか」
「むむっ! むふうっ!」
男が腰を動かしはじめた。その動きは初っ端から激しい。群がった男たちがマリの身体を支えていなければ、すぐにでもみかん箱の上から落ちてしまっただろう。
「ほれほれ、どうだ。爺いのチンポじゃ満足できなかったんだろ?」
「むっ! むっ! むっ!」
深々と膣をえぐられる度に、男根を咥えるマリの口から嗚咽が漏れている。垂れた涎が涙に交じり、栗色の髪の毛を汚してゆく。輪姦の順番を待つ男たちは、そんな少女の嘆きなどお構いなしに、瑞々しい裸体をまさぐるのに余念がない。
いつしかマリの下肢は第三者の手に渡り、股間の責めとは違うリズムで舐められ、摩られ、揉み込まれた。両の乳房はもちろんのこと、二の腕や脇の下にも男たちの手や舌が這い回っている。
(こ、孝次くん……。ご、ごめんなさい……)
マリは恋人に詫びながら、二度目の気を放ったのだった……。
* *
「と、父さん。森下先生はいまどこに?」
「そ、それは……」
息子に詰め寄られて、小野寺が風間の顔色を窺った。むっと口を噤んでいた風間は大きなため息を漏らし、ひとつ頷いた。喋っていいぞ、との合図だ。
「み、瑞枝はいま風呂場に……」
父親の言葉が終わらないうちに、士朗は駆け出していた。風呂場は廊下の突き当たりにあった。脱衣所に飛び込むと、曇りガラス越しに瑞枝の陰影が浮かんでいるのが見えた。
「も、森下先生! 診療所の小野寺です!」
瑞枝の陰影が縮こまった。拒絶されたと感じた士朗は、ついついガラス戸を叩いてしまう。
「森下先生! わたしです! 小野寺です! 森下先生!」
(わたしは違う! やつらの仲間じゃないんだ! だから安心してください!)
そう叫びたかったが、すぐ背後で良太が監視している。士朗は矢も楯もたまらずガラス戸に手をかけた。
「す、すみません! 開けます!」
「あっ! いけません!」
「!」
士朗はそこに無残な光景を見て立ち尽くした。背を向けた瑞枝は身体を小さく丸め、スノコに座り込んでいる。その背中に刻まれた傷痕の数々……。いや、背中だけではない。顔面以外、全身くまなくみみず腫れだったのだ。
「な、なんてことを……」
孝次から概略は聞いていたものの、予想をはるかに超える非道さに士朗が震え出した。
「お、おい。士朗……」
心配した良太に肩を叩かれるや、士朗は肘打ちを繰り出し、洗い場の中に飛び込んだ。
「も、森下先生! だ、大丈夫ですか!」
大丈夫でないことは見れば分かる。ショック症状を起こしかねないほどの殴打痕なのだ。
「士朗っ! 落ち着け!」
追いすがった良太が士朗を羽交いじめにした。そのまま脱衣所まで引っ張り出し、柔道の絞め技をかける。
「はっ! 離せっ! 良太っ!」
「落ち着け! 士朗っ!」
騒ぎを聞きつけた老人たちがどたどたと脱衣所にやってきた。真っ先に飛び込んだ小野寺が、息子の頬を平手で打ちすえた。
「ば、ばかもんっ! 士朗っ! 大人になれっ!」
「あ、あの傷は治療が必要だ! おれが看る! おれに看させろ!」
「ならん! おまえは引っ込んどれ!」
「た、頼む、父さん! おれに看させてくれ!」
良太に組み伏されたまま、士朗が父親の足にすがりついた。
「士朗! 小野寺家の面汚しめが! わしだって医者だ! 瑞枝はわしが看る!」
「きっ、きさまっ! 人を殺しておいてなにが医者だ!」
「な、なんだと!」
「きさまは人殺しだ!」
「むうっ……」
小野寺は言葉に窮した。図星だったのだ。この四半世紀、絶えず心のわだかまりとなっていたことを実の息子が代弁してくれたのだ。
見かねた風間が、小野寺の袖を引っ張った。
「おい、鎮静剤を打て」
「あ、しかし、その、よく言って聞かせますので……」
「いますぐ打て!」
風間の目には《小野寺家》に対する苛立ちが込められていた。この目を向けられてしまっては、もうどうすることもできない。小野寺は力なくうなだれた。
「は、はい……」
そのとき、洗い場の隅で縮こまっていた瑞枝が半身だけ振り返った。
(し、士朗さん……)
士朗の元にいますぐ駆け寄りたかったが、この汚された姿ではそれも叶わない。組み敷かれている士朗の横顔をそっと覗き見るのが、いまの瑞枝には精一杯だった。
(士朗さん……)
以後、瑞枝はこのときの不甲斐なさを生涯に亘って嘆くことになる。後に知らされるのだが、明くる朝、士朗は出奔してしまうのだ。家を出て、村を出て、瑞枝を捨てて……。
* *
士朗の出奔からほぼ一週間が過ぎた八月の初日。
退院した森下枝美はひとり、自宅の茶の間に立ち尽くしていた。瑞枝と士朗が駆け落ちしたと聞いたのは、入院してすぐのことだ。
それを伝えにきたのはかつての愛人、風間だ。風間は次のように言っていた。
「小野寺の倅な、瑞枝の生まれに気づきおった。ふたりが駆け落ちしたのは、この村にいたのでは夫婦になれんからだろう。もしかすると、兄妹かもしれんのだからな」
枝美はゆっくり茶の間を見渡した。この二十五年間の想い出がポツリポツリと蘇ってくる。そして枝美は泣き崩れた。号泣だった。だが、いくら涙を流しても四半世紀分の悔恨は一向に薄まることはなかった……。
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