クロエ考 

クロエについて思いついたままにつらつらと。ウォーズマン考 の続きみたいな感じです。

名前について

黒いから「クロ」エ。
漆黒の脳細胞と呼称されていますし、単なる駄洒落のような気がします。

漆黒の脳細胞とか、蒼白い脳細胞という言い方についてですが、これは「灰色の脳細胞」という言い回しが元だと思います。アガサ・クリスティーの推理小説の登場人物である、名探偵エルキュール・ポアロの言葉です。これは人間の脳が白質と呼ばれる白い部分と、灰白質と呼ばれる灰白色の部分からなることから来ています。つまり、見たまんまなんです。蒼白はともかく、漆黒は脳細胞の色としてはおかしいような気もしますが、キャッチコピーに正確さを求めるべきではないでしょうし、ロボ超人ですから、本当に脳細胞が黒い可能性も否定できません。

容姿

一言で言えば、欧州のメルヒェンの妖精さん。

父性的存在であることを示す、ヒゲと王冠が特徴です。
ですが、衣装は優美で、男性バレリーナの格好のようです。
ルイ14世もこんな感じですが、貴族がこうでなければいけないわけではないので、何か理由があるのだと思います。
たぶん「男であって、男でない」という意味が、クロエの服装にはあるのでしょう。
「戦士ではない男」なのです。

高貴だが、権威的でない存在だからなのでしょうか。
バラクーダと同じように貴族的にしたかったのでしょう。
ただ、バラクーダの格好はかなり派手です。
対照的に、クロエはシンプルです。
バラクーダは、若く野心的な貴族青年風でしたが、クロエの手に鞭はありません。
クロエは命令しますが、強制しないのです。

おそらくクロエの優美な衣装や瞳の大きさについては、ゆで先生が彼を「魅了する力を備えた者」として、描きたかったのでしょう。神秘の援助者なのです。
それがなんでああなってしまうのかは、置いておいて、その方が「ケビンが素性のわからないクロエに好意を持つ」という話に、ふさわしいと感じたのではないでしょうか。

行動について

「頭の良さ」でケビンに自分を売り込む、ファイティングコンピューターらしいウォーズマン。

単なる恩返しというより、自分が師匠の期待に応えられなかったことに、罪悪感があるんじゃないでしょうか?

オリンピックの時には、逃げたかった師匠ですが、その後パートナーに選んでくれたり、ロビンマスクはそれなりにウォーズマンのことを気にかけていました。それで余計にオリンピックの時に自分が勝てなかったのを、申し訳なく思ったのではないでしょうか。

本人がコンピューターらしく、0か1か、スグルかロビンか、という二分法思考の持ち主という可能性もあります。それで一度ロビンと決意したら、ロビンが全て、なのでしょう。オリンピック決勝戦はスグルの息子対ロビンの息子になる可能性が高いことは、ファイティングコンピューターには、予測済みだったのです。むしろそれが目的でしょう。

ロビンマスクが、弟子のウォーズマンに求めたのは「キン肉マンを殺すこと」です。師匠の期待に応えられなかったウォーズマンは、それを自分の弟子に求めたのです。

物語と役割について

クロエの言動が、残酷なことについては、読者に違和感があったようです。
原作者が「父親に作られた息子」というパターンに、クロエをはめたからでしょう。ウォーズマン考で紹介したように、手塚から梶原へ、そしてゆでたまごへと受け継がれた「父のロボットである息子」の物語です。
なぜかはわかりませんが、ゆで作品では「主人公に復讐しようとする残酷な父と、その弟子である健気な息子」というパターンにまとまるようです。

親の代からの忠実な家来が、王子の面倒を見てくれるというメルヒェンはよくあります。『ロシア民話集 下』に収録されている「足のない勇士と盲目の勇士」の話がその一例です。岩波の『グリム童話集 1』に収録されている「忠臣ヨハネス」も、そうです。この話の忠実な家来は、商人に化けたりして、大活躍します。ですが、「正体を隠して登場し、正体を現して去る」という要素は、この系列の話にはありません。

「正体を隠した、異世界からの援助者」が、主人公の押し掛けパートナーになる話は、メルヒェンのよくあるパターンです。西洋ならば、死人の恩返し(亡者報恩譚)でしょう。日本では鶴女房や魚女房などの「動物女房」として、知られるタイプの話です。

この手の話の、典型的なパターンはこんな感じでしょう。

起 主人公の所へ正体不明の援助者が押し掛ける。
承 援助者が不思議な力で主人公を助けてくれる。
転 援助者は正体を明かす。その正体は、主人公が以前に助けた人間でない何者か、である。
結 援助者は立ち去るが、主人公は幸福になる。

ケビンは押し掛けコーチのクロエの力で、成功します。
そして最後に正体を見られたクロエは、「自分はあなたの父親に恩のあるウォーズマンだった」と言って、どこかへと去っていくのですね。

西洋のメルヒェンによくある、死人の恩返し(亡者報恩譚)のパターンは、「旅の者が哀れな死人を丁寧に埋葬してやると、その少し後に謎の男があなたの家来になりますと言って、ついてくる。彼は魔術的な力で主人公を成功に導き、家来は正体を明かして消え去る」というものです。例として『フランス民話集』に収録されている「ジャン・ド・カレー」という話を紹介しましょう。

主人公が旅先で、堆肥の上に置かれている死体を見つけます。事情を聞くと、借金を返さずに死んだ為だというので、主人公は彼の借金を代わりに払ってやり、埋葬します。その、主人公はさらわれた王女を買い取ることで救い、王女を助けた男として、王に歓迎されました。しかし、彼を妬んだ男が主人公を海に突き落とす。主人公は岩礁に流れ着いたが、国へ帰る手だてはありません。そこへ突然現れた悪魔とも思える男が、君の息子を半分くれるならば、と取引を持ちかけてきます。主人公は悩んだ末に承諾し、謎の男は主人公を助け、主人公は妻と再会します。主人公は子供を捧げようとするが、謎の男はそれはしなくていいといい、自分が主人公に埋葬された死人だと明かして去ります。

岩波の『グリム童話集』にも断片的な亡者報恩譚が収録されています。

動物女房の話は色々とありますが、今回は『改訂版 日本の昔話』 柳田国男から、「矢村の弥助」の話をしましょう。こういう話です。

昔、弥助という親孝行の若い農民がありました。ある年に彼は罠にかかっていた山鳥を助けました。数日後、大人しいきれいな娘が、旅の途中で雪に降られてしまって困っていると、彼の家をたずねてきます。その娘はやがて嫁になり、数年仲良く暮らしているうちに、山に悪い鬼が現れ、弓の上手な弥助も鬼征伐に出かけなければいけないことになりました。嫁は、その鬼はただの弓矢では倒せません、しかし山鳥の尾羽根を使った矢なら倒せますと言います。そして「私はずっとむかしの年の暮にわなにかかって、あなたに命をたすけられた山鳥です」と言って、尾羽根を残して鳥の姿に戻って去ります。弥助はその矢で見事鬼を退治し、褒美をたくさんもらいました。

これらの話は通常、本人に対する恩を返しに来ます。その父親に恩があるという話は、珍しいと思います。ただ、ケビンがロビンとウォーズマンの息子だったら、これはよくある話です。
神話やメルヒェンで「人間の夫と異類の妻」の組み合わせで、異類の妻が自分の息子のために、神秘的な援助をするというパターンです。

具体的には魔力で自分の子供のために稲を実らせる狐女房や、息子をほぼ不死身にしたアキレウスの母(アキレウスに関しては、不死身の英雄を参照)などでしょう。

「ロビンとケビンとクロエ」の話は、涙の叱責で述べた「別れたパートナーの男を理想の男として、それに似た弟子を育てようとする男」の話でもありましょう。

仏師

神話や民話では「助言者」は「敵方の女性」か「通りすがりの老賢者」が、お約束です。老賢者の正体は、正体を隠した神の使いだったり、神本人だったりします。そういう「聖性」を付与するために、仏師なのでしょう。
ウォーズマンの仏師さんは、「通りすがりの老賢者」のパターンを、表面的には演じています。


初出2007.1.6 改訂 2007.8.25

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