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   第11章

「うっ・・・」美樹はぼんやりと目を開けた。はっとして、自分の脚の間を見たが、あのおぞましい魚はもういなかった。茶色く濁ったアマゾンの川の水に下半身がつかっているだけだ。加藤はどこかに行ってしまったようだった。
(あんなひどいことをするなんて・・・許せないわ!)美樹の胸に怒りがふつふつと湧きあがる。
美樹はできるだけ体を上のほうに押し上げて、縛られた両手を頭のほうに近づける。こんなことに備えて、小さな糸ノコの歯を髪の毛の間に隠してきたのだ。美樹は苦労して糸ノコの歯を取り出すと、両手を縛っている縄を切り出した。

ようやく、両手と左足を縛っていた縄を切り離すと、美樹はそっと床に降り立った。
「大変!もう、ほとんど時間がないわ。急がなくては!」美樹は床に投げ捨ててあったチャイナドレスを身につけると、部屋の出口に向かった。出口の前には部屋をほとんどふさぐかっこうで、人間の腰くらいの高さの大きな水槽が設置されており、部屋を出るためには、その水槽のヘリに上って向こう側にわたっていくしかない。美樹が踏み台に足をかけて、水槽のふちに上ろうとした時、

「お待ち!どこへ行くんだい!まだお楽しみはこれからなんだ!戻りな!」加藤が怒りで顔を真っ赤にして、こちらに向かってのしのしと歩いてくる。美樹は慌てて水槽に上り、ふちをつたわって歩き始めた。ふちは30センチくらいの幅しかなく、つるつるしていて裸足の美樹には歩きづらかった。加藤は、それを見て猛然と追いかけてきた。
「こらぁ!逃がさないよ!待つんだ!待ちやがれ!」加藤は女の態度をかなぐり捨てて猛然と追ってくる。美樹がまだ向こう側に着く前に、加藤はさっと水槽のふちに飛びのると、慣れているのか走るようなスピードで美樹に近づいてきた。

(ここで捕まったら、今度こそおしまいだわ。早く行かなければ!)
必死に先を急ぐ美樹に、どんどん加藤が追いついてくる。あと50センチで美樹の体に手が届こうという、その時、つるっと加藤の足がすべった。
「ああっ!」悲鳴をあげながら、加藤が頭から水槽に落ちていく。どぼーんと水しぶきが上がった。腰までの深さの水槽なのに、加藤が顔をこわばらせて、悲鳴を上げながら水槽から這い上がろうとしている。

「ああっ!痛い、痛い・・・こらっ、あっちへ行け!ひいいいいっ!」加藤は必死に水槽のふちにしがみついて体を持ち上げようとするが、巨体のためなかなか水から上がれない。
「ぎゃあおうっ!」突然、加藤が獣のような叫び声をあげた。狂ったように足をばたつかせて、ようやく尻のあたりまで、水面から持ちあがった。
「きゃあっ!」それを見た美樹がぎょっとして立ちすくんだ。加藤の足に、20匹くらいのピラニアらしい小ぶりな魚が食いついていた。すでに、加藤の足は血だらけで、さらに足の周りに魚が群がっている。しかし、それよりも美樹の目をひいたのは、加藤の尻からしっぽのようにのびているアマゾンうなぎだった。加藤は必死に片方の手で尻から引きぬこうとしているが、アマゾンうなぎは体を力強く踊らせながら、少しずつ入っていく。

「た、助けてくれーっ!この魚の牙は抜いていないんだ!」加藤が懇願するが、美樹は恐怖で足がすくんで動けなかった。加藤がようやく体を持ち上げ、片足を水槽のふちにかけた時、加藤の体が感電でもしたように、ぎゅうっと硬直した。
「ぎゃあっ!」叫び声をあげた加藤の目がくるっとひっくり返った。そのまま、加藤の体がゆっくり倒れていって、再び水しぶきをあげて水槽に倒れ込んだ。美樹は我に返って、逃げるように水槽の反対側に飛び降り、3階の出口に向かって走った。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・なんていうことなの。あれでは助からないわ・・・。でも、私は美雪を助けなくてはならない!」ショックで全身を震わせながら、美樹は一歩一歩階段をのぼっていった。
(ようやく、4階までたどりついた。間に合ったのだろうか?ああ・・・美雪・・・)
4階のドアの前で、再び心を静めて精神を集中させる。いよいよ最後の闘いを始めるのだ。
ギギーっと木のドアを押し開けた。円形の広い板の間があり、裸電球の光りでまぶしいくらい明るい。
「きゃっ!」一歩足を踏み入れた美樹は、周りをみて思わず小さく悲鳴を漏らした。

丸い板壁の左右に沿って、20人以上の全裸の男たちがギラギラ光る目で美樹の肢体を見つめている。若い男も中年もいるが、薄汚れた感じの男が多く、皆一様に股間のモノを勃起させていた。二手に分かれて、数名のチンピラがイベント会場の整理係のように片手でロープを張り、もう片方の手で鞭を振りまわしながら、男たちを抑えていた。時折、鞭を床に打ちつける音がした。

「待ちかねたぞ、白鳥君。」板の間の一番奥の方から権田が聞こえた。


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