目録へ  悶絶投稿へ戻る  世界の果てさんへの感想は、こちら


 〜軍天使ライラ・瞬間接着剤の章

第三章

1.

 そうして、翌日。
 ついに、試合の日がやってきた。
 総帥の思いつきで決定された今回の一大イベントは、その総帥自身の意外なまでの行動力と、彼女の持つ膨大な経済、人的資産により、恐るべき急ピッチで準備を整えられ、もとよりお祭り好きな住人たちの支持もあって、順調な運営を見せていた。
 だが、町の住人全てが機嫌良く、その朝を迎えていた訳ではなかった。
 町の裏路地、貧民窟やアングラな施設、いわゆる、盗賊ギルドや、そう言った施設の密集するワーレン東地区の酒場の一つ、昨晩から夜通し、浴びるように...しかもそれは、景気の良い剛毅さでではなく、鬱屈したやけ酒の様相で、で...酒をあおり、夜を明かした男たちも、当然、決して御機嫌とは言い難い状態でその朝を迎えたのであった。

「あの餓鬼...それに、あの女だ...。本職舐めやがって、なんとか思い知らせてやらねぇと、腹の虫がおさまらねぇや」

 ジョッキの、店でも最も安値の泥のような酒をちびりちびりとやりながら、不健康なくまの浮いた目もとに、陰険な気違いじみた光を浮かべ、男が、仲間たちに語るでもなく、ぼそぼそと呟いた。

「だけど...しゃれにならんぜ。あいつらはよぉ。...さすがに『傭兵都市』だぁ。噂だけじゃあねぇぜ。ここのレベルは....」
「おれたちだって、西じゃ鳴らした傭兵だぜ。気ィ引き締めてかかりゃ...」
「相手は、鉄の剣を根元から断ち切るバケモンだぞ。さすがのおれたちも、剣がなきゃ戦えねぇよ...」

 ぼそぼそと、それぞれが独り言のように、しかしそれでいて互いに会話を成り立たせている数名の男たち。そう。先日通りでライラと兜卒天の二人にいいようにあしらわれた、スジ者の男たちだ。
 昨日は、元神軍姫将軍にして、彼女の師であるフレイと戦神テュールとを除けば、神軍に並ぶもの無しと謳われた軍天使と、こと徒手打撃戦においては、この『傭兵都市』ワーレン屈指の使い手と目されている若き格闘家の二人に先制を奪われ、一瞬のうちに苦汁を飲まされた彼等であったが、その使い込まれた剣や、淘汰された筋肉を見るに、結果から見る程、弱い男たちではなかったのであろう。だが、ただひたすらに相手が悪かった。そして、彼等自身も、実際、そのことは良く理解出来ていたらしい。

「おれたちは傭兵だぞ。大体、剣も無しに拳法家とやりあったり、ましてや空を飛ぶ羽根付きの女との戦い方なんざ、知らねぇってんだ!」
「だが、なんとかギャフンと言わせてやらねぇと、面白くねぇ」

(取りあえず動きさえ止めちまえばこっちのモンなんだが...。身動き出来なくなったトコ、ガキも女も押さえ込んで、二人まとめて、輪姦して、女陰とケツの穴、引き裂いてやるのによぉ....)

 男たちの中でも、頭目格と思しき面構えの男が、忌々しげに歯ぎしりしながら、心の中で毒づく。せめて地面の上に、2本の脚で立って剣で切り結べばなんとか勝ち目もあろうものを。だが、無論、向こうにこちらの土俵にあわせて喧嘩しろ、などという理屈が通じるはずもない。だが....。

(こっちが、向こうにあわせてやる義理もねぇんだよな。)

 口の端に凄惨な笑みを浮かべ、男がテーブルの下から石弓を取りだし、軽く調子を見る。そして、それを仲間の一人に投げ渡すと、今度は細長い、革の袋かぶせた槍と、畳んだ網のような物をとりだし、軽くその上を叩いて見せる。
この多彩な獲物からしても、彼らがいわゆる、普通の兵士、傭兵でないことは明らかだろう。

「このままじゃ腹の虫も収まらんし、一つ、プロを怒らせるとどうなるかってことをレクチャーしてやるか。あのガキと小娘によ。おれたちがただのごろつきでも、雑魚の兵士でもない、戦闘のプロだってことを教えてやろうぜ」

 なにを言わんとしているのか、男の、意味ありげなささやきに、見る間に仲間たちの顔に不適な笑みが戻ってくる。少なくとも、今この場の彼らの顔を見るに、今し方まで女、子供に苦汁を味合わされ、ヤケ酒と愚痴におぼれていたちんぴらとは到底思われない。あるいは、これが彼らの本来の姿だったのやもしれない。

「が、問題はいつ、やるか、だ」

 頭の呟き。不意打ちをかけて敵を倒すには、当然、それ以前の段階としてある程度の敵に対する情報を集めておく必要がある。特にそれが、今回のように正攻法では勝てない相手だというなら、なおさらその不意打ちには万全を期さなければならない。ただ、あれだけ目立つ連中ならば、情報集めはそれほど難しくないはずではある。
 席を立ち、男が酒場のカウンターから主人に、妙に空々しい猫撫で声で、この街にいる「天使」のことを尋ねる。

「天使? あぁ、あのお嬢さんかい? あのお嬢さんなら、神殿通りの酒場、abcbでアルバイトしてるか、教会で神父の手伝いやっているか、そうでなければそこのライブハウスで、演奏会でもやってるんでないかい?」

 さして重要な情報でもない、というように、つまらなそうに答える店の主人に、男が軽く顔を顰めて考え込む。

 (酒場に教会にライブハウスだと? いったい、どんな生活送ってやがんだ? あの女は)

「あ、でも、今日はたしか、財団のイベントで、闘技場で試合をやるらしいね。まぁ、見栄えのする娘だから、かなり盛り上がった試合になるんでないかね」

(闘技場で、試合、か)

 少し含み笑いを見せた主人にかまわず、男が、心の中で復唱する。だが、そんな男の、短い思索の時間は、次の瞬間にはその足元の子供の言葉に打ち切られる。

「見物見物! なんたってめったにお目にかかれない、美人天使の羞恥放尿ショーだもんね」
「ん?」

 男が、慌てて足元を見やる。と、そこには慌てて口を押さえる少年の姿が。
少年とはいっても人間ではない。猫類を思わせる大きな耳と目と、尾を持った、そう、小鉄少年であった。

「坊主、どういう話だい? おじさんにも詳しく聞かせちゃくれねぇか?」

 その、少年じみた外見とは裏腹に、少年の言葉には扇情的かつ卑猥な響きがあった。そしてそれが、あの天使への復讐を企む男の心の琴線を震わせる独特の臭いを放つ。公衆の面前で、戦闘のプロとしての自分たちに恥をかかせてくれたあの小娘に、同じ公衆の面前で、女としての恥をかかせてやる事ができれば、さぞや溜飲の下る思いがすることだろう。そのためにはまず、この少年の言っている言葉の真意を探るのが先決だ。それに、最悪この少年の言葉がただの妄想にも等しいものであったとしても、自分の思いに、ある意味方向性を持たせられただけでもある意味意義はあった。
 男の猫なで声に、小鉄が本能的に身を固くする。魔族とはいえ、いや、むしろ魔族だからこそ、不用意に人を信じれば即身の破滅に繋がる生活を送ってきた彼のこと、お調子者で刹那的な性格にも関わらず、即座に男に応じることを
本能が阻んでいた。

「おじさん、誰にゃ」

 自分の不用意な発言を後悔しつつ、小鉄が不信げに男に尋ねる。その問いに、今度は男の頬がかすかに引きつる。

(さて、と、どう答えたものか)

 何にせよ、こんな早朝の酒場にいるんだ。お互い堅気でないのは明らかだろう。なら、いっそ正直に言ってみるのも手ではあろう。だが、少なくとも相手は恐らく、あの小娘と同じ街の住人であり、少年の先の発言にも、過激ではあったが、憎悪や敵対的な感情は何一つ感じられなかった。いわばそれは、子供が好きな女の子に意地悪をするような、そんな、言うなれば不条理とでも言うべき響きを含んだ、そんな言葉であったのだ。

「おじさんは・・・」

 一瞬の逡巡。そして、男が続ける。

「・・・あの天使のお嬢さんが好きになってしまってね。彼女がおしっこをもらす、なんて、すごく気になったもんだから、つい、詳しく知りたくなったんだよ」
(これじゃ、ただの変態じゃねぇか!)

 一瞬の逡巡の後、子供にあわせた意地悪心を表現せんと、とっさに思い付いたでまかせだが、あまりにもアブノーマルな響きを含んだ発言に、思わず自己嫌悪に陥る男。いざ口に出して音にしてみると、その発言のなんと変態的なことか。
 だが、しかし。

「ん。気持ち、わかるにゃ。ああいう綺麗なお姉さんがおしっこなんか漏らして羞恥に震えるのって、小鉄、そーゆーの、わかるにゃ」
(おいおい・・・正解かよ)
「実はにゃ、今日の闘技大会のときに・・・」

 少年の変質趣味に眉を寄せながらも、男は小鉄の言葉に耳を傾けた。
 少年の計画を利用し、そして、あの女に生き恥をかかせてやるために・・・。

2.

「ライラねーちゃん! おはよぉ!」

 街の郊外にある、古代の遺跡を利用した競技場の、整備し直された更衣室の前、肩に頭陀袋をかついで姿を見せた天使を呼ぶ、よく通る美声が響く。本人はあいもかわらぬチャイナドレスとも道士服ともつかぬ濃紫の着物に、前衛的にいくつもの髪の束を結い上げた無国籍少女、今回のイベントの規格屋の麗こと鳳麗雷であった。

「麗か」

 こちらも相変わらずの、薄いニットの白い袖なしと、同じく薄手の、ベージュの鹿革のぴったりとしたズボンに、ブーツという、何の飾り気もないいでたちのライラが応じる。元々北地の出身の彼女にとって、このあたりの気候はいささか暑すぎるきらいがあるのやもしれない。

「相変わらず、朝から元気だな」

 少し眠たげに目をこすりながらも、笑顔のライラ。正直言って、天使の割にはいささか夜型の彼女のこと、朝は、それほど得意ではないのだ。一方、対照的に元気の良い麗の方は、朝だから夜だからというのではなく、純粋に、お祭りだから元気だという、ほとんど子供と変わらない理由で、高いテンションを維持している。

「もぅ、ライラねーちゃんが元気無さすぎなんだよぉ。ウォームアップとか、ストレッチとか、イイの? やっとかなくって」

 そんな麗が、寝起きのけだるさを残したままのライラに、すねたように問い掛ける。もとより今回の大会は、素手によるノールールの大会である。何せルールには体重差による階級の別も、いわんや男女の区別すらないのだから。もっとも、さすがに今回のカードでも、男女の対戦が組まれたのは第3試合である彼女と兜卒天の試合、ただ一組だけであるが。
 そんないいかげんな試合が組めるのも、無論、傭兵都市として名高いこの街でも、上位の実力者のみを集めた大会であり、同じ街の知人としての安心感が第一にあるためであり、そして何より、大会の本当の目的は、試合とはまったく別のところにあるためである。

「・・・そうだな。少し、体を伸ばしておくか」

 麗の言葉に、あまり昂ぶりや猛りを感じさせない様子で、荷物を地面に投げ出すライラ。袖なしの上着から伸びた白い、しなやかな腕を大きく頭上に伸ばし、体を前後左右にゆっくりと反らせる。全体に体毛が薄いのか、筆で掃いたような産毛がわずかに覗くだけの腋下から、袖口から覗く大きく、瑞々しい豊かな乳房の、ぞくりとする生白さが、そんな殺伐とした大会前の空気を忘れさせるかのように、退廃的な色香を匂わせる。

(うわぁ。いろっぽいなぁ)

 そんな、天使というよりは人魚のほうがふさわしいようなしっとりとした白い肌と、なまめかしい腕と、はちきれんばかりの乳房に、見ている麗は自分が少女であるにもかかわらず、知らず顔に朱がさすのを感じていた。
 だが、一方のライラは、そんな麗の感想には露程も気づかぬのか、さして面白くなさそうに上半身の筋肉をひとつひとつ、順番に暖め、伸ばしていく。そのたびに、不当に上着の下に押し込まれた領の乳房が、薄いニットの上着を押し上げ、引き延ばし、揺らし、その存在とふさわしい扱いを求めて自己主張する。さすがに剣士として鍛えられた肉体をその土台として持っているだけはあって、その豊かな胸は、それでいて見事な張りをも持ち合わせていた。
 一際大きく背をそらした天使が、今度はゆっくりと、伸脚のままに前屈する。
と、今まで、張り詰めた弓の弾力と、しなやかさをもって重力と闘い続けていた乳房が、爆ぜた鳳仙花のようにその鎖から解き放たれ、ずっしりと上着に身を預ける。
 薄手の上着の胸元の、最も深く沈み込んだ頂点に二つ、人目でそれと分かる突起が扇情的にその存在を主張する。よく見れば、薄いニットの上着の白に、淡いピンクが朝日ごしに透けて見えさえする。
 伸脚前屈のたびに、ぴったりとした柔らかい革のズボンに包まれた、細く、しなやかな、それでいてつくべきところには十分な筋肉と、それを包むうっすらとした肉が形作る優美な曲線が、まるでむき出しの生脚のようにくっきりと、浮き彫りに震える。
 丸く、やわらかな臀部のラインと、革のズボンの縫いあわせの所為で、くっきりと強調された股間の曲線、そしてそこからしなやかに伸びる脚へと至るラインが、そのうちに秘めた筋肉の収縮になまめかしく動く。そんな淡い肉と、しなやかな筋肉と、時折浮かぶ、ぞくりとしたエロティシズムを匂わせる、腱や骨の固い線が形作る軍天使の下半身が、今度はゆっくり、惜しげもなくその両足を左右に開いていく。背筋を伸ばし、ほぼ180度近くに両足を開いた彼女が、左右の爪先を抱えるかのように状態を左右の足に押さえつけ、徐々に深く体を倒し込んでいく。両の乳房が脚に押さえつけられ、ぐにゃりと変形する。上着の脇の隙間から押し出された柔肉がはみ出し、上着の肩口の線に押さえられ、締め上げられて変形する。大きく開いたノースリーブの脇の口より、彼女の乳房がまだ豊かなせいだ。
 左右の腿のストレッチを数度繰り返すと、今度は頭の後ろに腕を組み、両足の真ん中、真正面に大きく体を倒れ込ませる。両の胸が地面に押しつぶされ、上着の脇口からむっちりと溢れ出し、ぷりんと膨らんだ臀部と、地面の間には、くっきりとその形の見て取れる、股間の肉厚の大陰唇と、恥丘の膨らみすらが、その隙間から丸分かりになる。薄手の革ズボンを体に密着させたままストレッチをやっているのも大きな要因だろうが、それにもまして彼女自身のめりはりのきいた体型と、一見細身の体にもかかわらず、恐らくは発達した大臀筋から下半身の筋肉の影響であろう、肉厚の股間部の盛り上がりによるものが大きいのであろう。
 前屈の後、今度は背をそらし、手を肩の上につき、そしてそんな股間を突き出しつつ、ブリッジの形を作るライラ。開脚のブリッジの為、ズボン越しに股間の筋肉や、恥丘の膨らみから、肉の薄い下腹のカーブも、下腹の肉が薄いせいで切り出したように目立つ腰骨のライン。それに、しなやかな下半身とは対照的に、そこだけは華奢ですらある為、内臓の腹圧で薄く膨らんだ腹部のラインも、その上端の、薄く肋骨の浮いた胸部から、思い出したようにボリュームを取り戻した、有翼種特有の洗練淘汰された胸筋と、その胸筋にふさわしくボリュームのある、瑞々しい乳房から、その頂上の突起にいたる芸術的な膨らみも、すべてが浮き出すかのように、服の上からでも手に取るように見て取れた。そして何より、そのいささか無理な体勢の持つ、筋肉の張り詰め具合が、その芸術的な肉体をいっそう美しく、なまめかしくすら見せるのであった。
 最後に、そこからとんぼをきって女剣士が立ち上がると、2、3度、その長くしなやかな脚を大上段に振り上げ、振り下ろす。すばやく、そして、今度はゆっくりと。その様だけ見ていると、どちらかといえば立ち技系の人間にも見えるのだが、実際のところ、徒手空拳による彼女の戦いは、主に組み技と関節技になるはずなのだ。

「見えないなぁ」

 そんな彼女のウォームアップを見ながら、麗がはにかんだ笑顔で語り掛ける。

「何がだ?」
「ん? ライラねーちゃんって、組み技系の人間ぽくない、って。 どっちかというと、テコンドーみたいなキック系の立ち技ぽいからサ」

 麗の言葉に、返答に窮するといった、少し困った表情を浮かべ、ライラが応える。

「う、ん。 素手専門なら、打撃系で良いと思うんだが、私の場合あくまで専門は剣術だからな。剣が使えれば、打撃技はいらんだろう」

 が、一方の麗はどうにもまだ、納得の行かぬ様子である。

「えぇ〜? 剣が使えるなら関節技もいらないじゃん〜。 立ち技の方がカッコいいよぉ〜」
「まぁ、その、確かに剣が使えれば関節技もいらんのだが....」

 指を組み、もう一度大きく背を伸ばしながら、ライラが少し、考え込む。

「何となく、使えない時もあるだろう」

 頼り無い返事である。と、そんな彼女に助けを出すかのように、二人の背後から声をかけてくる男があった。

「『間合い』の関係ですよ」

 二人が、同時にそちらを振り仰ぐ。浅黒い肌と髪に漆黒の僧服、神職に有りながら、何故か闇を孕んで感じさせるライラの師、ジョージ・レオン神父である。

「翼をつかって、上から攻撃のできるライラには実感はないでしょうが、人間同士の地上の戦いには、どうしても間合いの取り合いというものが生じるのですよ。剣、それも、貴女の持つような両手剣は、白兵戦の中でも比較的間合いの遠い武器ですし、対して、組み技は格闘戦間合いでも、極めて近い間合いで使われる技法なのですよ。 つまりですね」

 まるで日曜の礼拝に説教を聞かせているような、静かで淡々とした神父の口調。そして、一旦、そこで話を切ると、彼は何気なく天使の手を取り、軽くその身体を引き寄せた。

「この距離では、彼女の得意な剣は使えません。しかし、私の技は自由に使えます。これが、間合いというものです。ライラの場合、もともと遠距離での攻防は剣を使えば事足りるのですよ。ならば、中途半端な中間距離の技を身につけるより、極至近距離での業を身につけた方が、使い分けがしやすいのです」

 と、今度はその手を離し、そこから数歩、後ろに下がる。

「基本的に、彼女は自分の、剣の間合いで闘えばいいのですよ。でも、万一懐に入られても、次の手がある。逆に、彼女が、剣で勝てぬ相手と巡り会った場合、今度は組み業を選択する余地もある。ということです。立ち技、打撃技で
は、その場合まだ、より相手の間合いに近いという冒険を冒さねばなりませんが、組み技ならば、そのリスクはぐっと減りますからね」

 しばらく、神妙な面もちで神父の蘊蓄に耳を傾けていたライラが、一通りの彼の言葉の後、軽く頷くと、今度は麗にはにかんだ笑みを見せ、一言、口を開いた。

「....と、いうコトだ」
「およそ、どんな闘法にも言えることですが、なるべく相手の得意な間合いから外れ、自分の得意な間合いで闘うのが得策なのですよ。どんな相手にも、必ず得意の間合いがあります。まずは、それを見極めるのが大切です」

 神父の講議に、ライラがまるで、自分が誉められているかのように腕を組み、胸を張って得意げに頷く。自分の尊敬する人間が、人から感心されるのが、結構好きなのだ。彼女は。
 うんうんと、真面目な顔で話を聞く麗。

「まぁ、あくまでソレは一般論じゃがな。....我が不破円明流には、苦手な間合いは存在せん。気をつけいよ。娘」

 不破烈堂武蔵。街屈指の戦闘士だ。
 反射的にそちらを振り仰ぐライラの目に飛び込んでくる、2m、150kgの巨体。彼女の腰程もありそうな腕を分厚い胸の前で組み、不敵な笑みを浮かべる、人間。

(本当に、人間なのか、コイツ....。鬼か魔物の血でも、まじってるんじゃないのか?)

 そんな、理不尽な思いを込め、ライラが男を睨み付ける。その傍らには、対照的に小柄な、彼女の友人にして、今回の対戦相手の、兜卒天の姿が。

「今から、楽しみじゃのう....神父、あんたには昔から、そそられていたからな」

 そんなライラをとびこして、武蔵の視線が神父を捕らえる。

「『悪魔』と渾名される程の業、たのしみじゃ」
「私は、....彼女の付き合いでやってきたに過ぎません。あまり、楽しくないかもしれませんよ。私の業は。 たとえ貴男が『鬼』『地上最強の生物』とまで渾名される兵法家であっても、人体の構造というのは基本的に変わらないのですから。いかなる達人といえど、関節を鍛えるのは不可能なのです。人間の骨の数は206個。ことごとく、隙間だらけなのですから」

 微かな、上目遣いに相手をねめあげる神父。その様を、面白そうに見下ろす巨漢とのやり取りを、ライラは、かたずを飲んで見守った。
 身長差10センチ以上、体重差に至っては、ほぼ、倍の差だ。加えて、この化け物の筋力は、もはや人の域をはるかに越えている。
 男が、軽く拳を握り込む。それだけで、その太い前腕の皮膚の下で、綱のような筋肉がずるりと動くのが見て取れる。一方の神父もまた、一見だらりと下ろしただけの腕の先の、大きな手から伸びる太く長い指を軽く伸ばし、少し、背を丸くする。

「し、師匠...」

 そんな師から立ち上る、ただならぬ雰囲気に、少年が半歩、師の前に出る。神父の言葉が、彼の逆鱗に触れたのか。否。

(...悦んでやがる...)

 その口元に浮かぶ、明らかな喜悦の歪みに、兜卒天が心の中で舌打ちをする。もう半日も待たずに、水入りなしで試合のできる相手と、何もこんな路上試合を繰り広げようなどとせずとも....。
 そんな思いで師を押しとどめようとした若者の、左の肩を大男の右の拳が掴み、無造作に押しのけようとする。

(ヤバい)

 兜卒天の肩が、反射的に引き絞られ、躊躇なく左の肘が大男の水月に吸い込まれる。ほとんど、格闘家としての本能が、身体に染み付いた型を呼び覚ましただけの、瞬時の動作。明らかに、脳をも経由しない、電光の動きであった。
 だが。
 それよりもなお早く、大男のもう一方の拳が、若者の脇腹に突き刺さる。体重移動どころか、腰の捻りすらない、ただの大胸筋と、上腕三頭筋の収縮だけで打ち込まれた拳だ。それだけで、若者の身体が2mは飛んだ。

「かはっ」

 ジャブともフックともつかぬ拳。無論、大陸系の拳法の言う、寸勁などでもない、規格外のパワーの生み出したパンチに吹き飛ばされた若者が、地面に倒れ、のたうち、うめきをもらす。

「大丈夫か?!」

 あわてて若者の元に駆け寄り、その身体を抱き起こし、心配そうにその顔を覗き込むライラ。天使の、柔らかな乳房に頭を預けつつも、その胸に吐瀉物を吐きこぼし、脂汗を流す兜卒天。
 若者の脂汗と顔色に、神父もすぐそのそばに駆け寄り、その左脇腹にそっと手を当てる。

「...折れてはいないようですが、...ひびが入った可能性はありますね....」

 手早く若者の上着をぬがし、青黒く変色した左の脇下に、荷物のなかから取り出したニワトコとカワヤナギの膏薬を押しあて、さらしで巻き、固める。

「...」

 神父の、巧みな応急手当ての術に、一抹の無力感を感じていたライラが、その手当てがほぼ終わったのを確認すると、今度は、彼女の友人をただの一撃で倒した鬼人へと向き直る。

「なんて事をするんだ! 貴様! なんで、こんなことをしたんだ!」

 白い上着から、薄革のズボンの股間に滴り落ちる、友人の吐瀉物を気にするでもなく、怒りに任せてライラが男を責め立てる、怒りの為か、上気した顔の、切れ長の澄んだ蒼い瞳は今にも泣き出しそうに潤み、反吐に濡れ、肌に貼り付いた服の下の乳房が、荒い息に激しく上下する。

「先に肘を打ち込んできたのは兜卒天じゃ。正当防衛というヤツかのう?」

 一方、憤るライラとは対照的に、実に、何でもないといった風の武蔵。その淡々とした対応ぶりが、しかし、余計に彼女の怒りに油を注ぐ。

「ライラ...」
「神父様は、兜卒天を見ていてやって下さい!」

 そんな彼女を落ち着かせようと、声をかける神父ですら、取り付くしまもない、といったライラの言葉。
 首の真後ろ、長い金髪に隠れた、長大な両手剣を抜き放ち、同時に純白の輝く翼を大きく広げる。有翼種特有の、威嚇の構えだ。
 そして、羽撃き、天使が宙を舞う。

「そんなに戦いが好きなら、戦わせてやる!」

 神父の言っていた、『ライラの間合い』。それが、空だ。

「ちょうど良い肩慣らしじゃ。ひとつ、遊んでやるか!」

 一方の、地上の『鬼』も両手に二刀を構える。黒光りする程使い込まれた、大小そろいの木刀である。長さ、重さ共にライラの大剣には遠く及ばぬが、それでも、男にはライラにはない...無論、長大な両手剣を振るう彼女の事、当然、鍛え抜かれたしなやかな、それでいて十分に力を秘めた筋肉をもってはいるの
だが...圧倒的なパワーがあった。
 上空のライラ、地上の烈堂武蔵。さながら猛禽と獅子を思わせる二人の私闘が、ついに火蓋をきった。

3.

「イッヒッヒ。イラッシャァイィ」

 ワーレン中央区、上流階級の人間の住む比較的閑静な住宅街である西部地区との、はざかいあたりにある、重苦しい小道、通称、まじない小道と言われるこのあたりは、ワーレン魔術師ギルドを頂点とする、『表』の魔法使いとは対
極にある、言うならば日陰者の魔術師たちが軒を並べる通りである。
 おもに、占いや、まじない、魔法薬の取り引きを生業とする魔術師たちの、雑多な小屋の幾つも並ぶその通りの、怪し気な店の一つののれんを、猫人の魔族の少年と、もうひとり別の男が黙ってくぐる。
 と、まるで最初から二人がこの店を訪れることを知っていたとでもいうのか、二人分の湯飲みに濁った茶を満たした盆を手に、齢150といっても通りそうな皺だらけの老婆が、奥から姿を見せる。

「ヒヒッ、『薬局』はようこそ。 ウチは表の薬局見たいに硬いコトはいわんよ。 欲しいモノがあったら、なァんでも相談にのるよォ。 惚れ薬でも、若返りの薬でも、...毒薬でもネェ。 まぁ、ソレは冗談だけどねェ」

 ヒッヒッ、と、口だけで笑いながらも、冷めた目は全く笑わせず、老婆が手近な椅子に腰を下ろす。見回せば、薬と黴の匂いの充満した店内には、黒ずんだ薬草や、ビン詰めのトカゲにイモリ、得体の知れない虫や、ヒトの胎児と思しき肉塊までが、所狭しと並んでいる。
 朝、酒場で小鉄少年と意気投合した振りを見せた、件の傭兵集団の頭目は、その足で、単身、少年と共にこの怪し気な通りへと足を踏み入れてきた。
 老女の差し出す茶には、取りあえずは手をつける気にもならない。そんな何やら怪し気でうさん臭い、それでいて、妙に説得力を持った店の空気。結局、茶には手を付けず、男は、黙って店内を見渡した。

「何がお入り用だい?」

 そんな二人に、老女が問い掛けてくる。

「利尿剤が欲しいニャ!」

 すかさず、小鉄が答える。手を伸ばし、老女が薬棚から、薬箱を一つ取り出し、客の前で無造作に開く。
 そこには、小さな薬瓶に入った3本の、濁った薬が詰まっていた。

「なんにお使いだい?」

 再び問う老女。

「イタズラ!」

 躊躇なく答える小鉄。三つの薬瓶のうち、真ん中のモノを取り出そうとしていた老女が、その答えに、一つ溜息をもらすと、今度は一番左端のモノに手を伸ばし直す。

「いや、反対の端のヤツをくれ」

 そんな老女の動作に、男が口を挟む。

「あんた、何をお言いだい。 こっちは、シャレにならないよ」
「それでいい。 ...キツいのかい?」
「こんなモノつかったりしたら、しばらくトイレから5m以上は離れられなくなっちまうよ。おまけに、下手すりゃ血尿と膀胱炎で、病院通いするハメになるよ。多少、筋弛緩剤も入ってるから、使い方には気をつけるんだよ」

 そんな言葉とは裏腹に、老女は素直に瓶を取り出し、二人の前に置く。

「あと、媚薬も欲しい。 惚れ薬じゃねぇぜ。 身体が、勝手に反応するような薬だ」

 その薬瓶を受け取りながら、続けて男が訪ねる。

「そんな都合のいい薬があるとお思いかね!」
「あるんだろ? ばぁさん」

 男の言葉に、しぶしぶを装いながら、老女がカウンターの下から、別の薬瓶を取り出す。

「こいつを使や、どんな貞淑な聖女さんだって、サカリのついた牝犬みたいにアソコ濡らしてあんたにすりよってくるよ。まぁ、後でそのコが思い出して、刺されても知らないよ」
「そうじゃねぇ。身体中、火が付いたように熱く、汁、垂れ流しになっても、頭ン中ピンクの霞がかかっちまっちゃ意味がネェよ。しっかり、はっきりした意識の中で、てめーの肉体の反逆、思い知ってもらえるような薬だ」
「...注文の多い男だねぇ」

 男の身勝手な言葉に、しかし老女はまたも別の薬を2本取り出す。

「こっちが、性腺と女の身体の分泌系を暴走させる劇薬。こっちが、意識をしっかり持たせる覚醒剤だよ。 ちょいと中毒になるかも知れないけど、あんた、どうせ相手の女のコト、考えてないんだろ」
「へっ。わかってるじゃねーか」

 老女から、計4本の薬瓶を受け取り、数枚の金貨を支払いながら、男が応じる。男の、そんな様子を心配そうに見つめる小鉄の視線に、男が、口の端に皮肉な笑みを浮かべたまま、語りかける。

「ごうした? 坊主? 相手は天使様だぞ? 人間風情の薬が普通に効く訳ないだろう? じゃあ、ちょっときつい目の薬用意しとかなきゃ、効果なかったら悔しいだろう? それに、おしっこもらしながら、全身から脂汗と、股間からは愛液と、垂れ流しにしながら、真っ赤な顔で、恥辱と混乱に啜り泣くあの女の恥ずかしい姿、見たくないのか?」
「...見たい、にゃ」

 男の、悪魔の囁きを思わせる言葉に、小鉄が項垂れ、顔を赤らめながら小さく呟く。と、男が軽くその肩を叩いて、二人、連れ立って、その店を後にする。

「じゃあ、決まりだな。 あの女が、その、試合の真っ最中、衆人環視の中でしょんべんと愛液垂れ流しにして、嘲笑の的になる姿をお目にかけて頂くべく、おれたちも計画を次の段階にすすめるとしようぜ。 ここからは、坊主の独り舞台だ。しっかり頼むぜ。な」

 そうして、舞台は、ライラの待つ試合場へと場所を移すことになるのだ。

 


悶絶投稿へ戻る 戻る  進む