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  ミズ・アメリカーナ:運命の逆転                             いぬかみ訳

第二章 フェリシティの企み


 ウェイド大邸宅の正面玄関に到着したフェリシティ・スウィートウォーターは、少しもためらう事なく中へ入って行った。
 イタリアから輸入された大理石タイルが敷き詰められた床を打つスティレット・ヒールの音が響く。
 この‘企みの場所’に来る時はいつも、それが顔に出ない様フェリシティは懸命に平静を装っていた。
 いつもの様に胸が高鳴り始める。
「又始まったわ」
 フェリシティは、ハート形の美しい顔に無理矢理笑みを浮かべて言った。
 今日の彼女の服装は、その筋の専門家である事を強調する様に赤と黒でコーディネートされ、赤いブレザーに黒いミニスカートと黒いストッキングそれに黒いハイヒールを履いていた。

 フェリシティは、上司であるブレンダ・ウェイドのサインが必要な重要書類を満載したいつものブリーフケースを持っていた。
<あの女、今日はどんな気分だろう>
 フェリシティは、デルタ・シティで最も注目を集める豪邸の、豪華だが趣味の良い室内を通りながら思案した。

 彼女のオフィースは、執事の部屋からホールを横切った所にあるキッチンの近くにあった。
 ブレンダの自宅オフィースは、二階の幾つもの部屋が繋がった彼女の私室の一部を改装したものだった。

<この六週間計画は順調に進んでいる。しかし今の様に気が散って物事に集中出来ない状態がずっと続く訳が無い>

 25歳になる黒髪のフェリシティは、故ウェイド将軍と5歳のブレンダが描かれた肖像画の前で立ち止まり、唇をキュッと強く結んだ。
 この上無く幸せそうな二人が描かれているその肖像画は、ブレンダが最も大切にしているものの一つで、大広間に設けられた巨大な暖炉の上に掛けられていた。
 それを見つめるフェリシティの血が次第に沸騰し始めた。
 フェリシティは眼を強ばらせ、ブレンダが過去に働いた不正義を正しい状態に戻そうとする決意を一層強め自分のオフィースへ向かった。
「目には目を、歯には歯をよ」フェリシティは呟いた。

「お早うございます、フェリシティ様」 クライヴ・ハニーカットが言った。
 彼はウェイド大邸宅の筆頭執事だった。当年64歳で白髪のクライヴは、アメリカ英語を話す点を除けば典型的な英国風の執事だった。英国で執事としての訓練を受けた彼は、デルタ・シティで最も高く評価される執事だった。
 勿論、ブレンダは彼を抱えたかった。

 フェリシティは、クライヴが彼女の家の執事だった頃を懐かしく思い出した。それは例の‘喪失’の前の事だった。

「今日の御気分はいかがですか?」
「素晴らしいわ、クライヴ、貴方は?」
「最高に素晴らしいものです、フェリシティ様」
 一瞬、クライヴの顔に妖しい笑みが過ったが、直ぐに執事特有の石の様な顔に戻った。
 クライヴを見詰めるフェリシティの緑色の眼が妖しく輝くと、フェリシティは向きを変えオフィースに入った。

 クライヴは何かが進行中である事は察していたが、それが何であるか迄は知らなかった。
 フェリシティにとって、いざという時の味方が居る事を知ったのは心強かった。クライヴが隠してくれるだろう。

 フェリシティ・スィートウォーターは彼女の本名ではなかった。本名はフェリシティ・ドレークスだった。
 既に亡くなった彼女の父親はジャミソン・ドレークス将軍で、ウェイド将軍とは、仲間であると同時に軍事及び私事において、ずっと角を突き合わせて激しく争うライバル関係にあった。お互いに相手よりも良い結果を出そうと戦っていた。多くの場合は互角だった。
 しかしウェイド将軍が先に亡くなると、フェリシティの父親は憎むべきライバルの逝去と言う勝利の美酒に酔いしれた。

 やがてブレンダは成人し、新たに企業帝国を引き継ぐ事に成ったが、養父の死を喜ぶドレークス家を不快に思っていた。
 フェリシティの父親は、美しい後継者が脅威的な存在である事を見抜けなかった。それが解った時は既に手遅れだった。
 ブレンダは、デルタ・シティのビジネス史における最も無慈悲且つ見事な企業乗っ取りを成功させたのだった。
 彼女はドレークス家の所有する企業を乗っ取り、又は彼女の企業に吸収させ、ドレークス家を文字通り一文無しに追い込んだのだった。
 全てを失った事はドレークス将軍の死を早めた。ドレークス将軍の死後、フェリシティと母親は債権者によって広大な邸宅を追い出され通りへ放り出された。フェリシティの母親は未だ若くて魅力的だった。忽ち市内に徘徊する肉食動物達の餌食に成り、家族を養うため売春に手を染めさせられた。フェリシティが受けた教育費は母親の売春行為で得たものだった。

 フェリシティはずっと復讐の計画を立てていた。それは予想していたよりもうまく、そして速く進行した。
 大学を卒業したフェリシティは、憎むべき敵の会社ウェイド・エンタープライズに就職した。そしてフェリシティは長時間、更に週末にも出社して働き、極めて有能かつ有用な人材であるとの評価を勝ち取った。特にウェイド女史とそのスタッフに対して有能さを発揮し、フェリシティは、遂にブレンダの個人的スタッフの一員に加えられたのである。
 そしてその数ヶ月後、ずっとブレンダの個人アシスタントをしていた女性が痕跡も残さず消息を絶ったのだ。

 その事を考えるとフェリシティの顔に笑みがこぼれた。アリソン・チェンバースはブレンダ・ウェイドと同じ位お高く止まった傲慢な女だった。常に人を見下していた女が今はバンコックで売春婦として働いている事を思うと、思わず笑みがこぼれ心が和むのだった。
<今の姿はアリソンには相応しい。しかしブレンダに対しては不十分だ>

 ブレンダの個人アシスタントに昇格した後、フェリシティは直ちに計画を実行に移し始めた。
 ‘Take Down’作戦は順調に進行し、フェリシティの予想を遥かに上回る成功を修めつつあった。
 ブレンダは、フェリシティには人の性格や能力を見抜く優れた才能が有ると思っていた。
 忽ちフェリシティは企業内で絶大な力を持つに至った。フェリシティの言葉はブレンダの言葉と同程度の力を持ち、筆頭重役でさえ彼女にひれ伏す程だった。
 彼女の提案や命令がどんなに奇妙に思えても問い質す者は誰もいなかった。

「ここにある全てのものがもう直ぐ私のものに成るのよ。彼女が所有するもの愛するものを全て取り上げてやるわ。そしてお礼は十倍にして返してやる」
 フェリシティは、残忍な笑みを浮かべながら言った。
「ブレンダ・ウェイドは、私の家族の運命と同じ苦しみを味わう事に成るのよ・・・寒く残酷な世界に一文無しで放り出されるという」



 ブレンダ・ウェイドは机の前に座っていた。纏っているのは真っ赤な絹のローブだけでやっと股間迄届く程度の丈だった。
  長い黒髪は洗ったばかりで未だ湿っていた。メイクアップ係のアンドレによる化粧が終った所で、仕事用の服に着替える所だった。その服はすでにスタイリストによって準備されていた。

 しかしこの90分間、ブレンダの眼は新聞やテレビ局のウェッブ・サイトを表示するコンピュータ・スクリーンに釘付けに成っていた。
 予想していたよりも酷かった。‘一日一お嬢様ギャング’がMs.アメリカーナとフラッグ・ガールを出し抜いた事は皆が知る所だった。そしてスーパー・ヒロインコンビが、タイミング良く到着した青い制服の男達によって、白人奴隷商人の手から‘漸く’救助されたと報道されていた。
 警察官は、勿論互いに肩を叩きあって祝福しお祭り騒ぎだった。
 たった一度の失敗だったが弁解の余地は無かった。

「彼奴ら、本当にしゃくに障るわ」
 ブレンダが呟いた。悪い事に昨夜奴隷商人達が捕獲したのはヒラリー・ハイタワーだけではなく、他にもアンバー・トンプソンとニッキ・ガーザも連れ去られていた。
 アンバーは彼女の親しくしている友人で、全国展開しているチェーンレストランのオーナー、リネッテ・トンプソンの娘だった。ニッキ・ガーザは裕福な銀行家の娘であった。
「ああ、可哀想なヒラリー、アンバーそれからニッキ。貴方達を守れなかった私を許して」

 ブズズズズ
 ブレンダは眉をしかめた。有能な個人アシスタントは仕事中だ。ぴったり時間通りだった。
 フェリシティは、ブレンダが今日の仕事を自宅オフィースでするか、それとも出社するかを知りたがっているのだろう。
 ブレンダは、昨夜の完全な失敗のニュース記事を見る迄は出社するつもりでいた。しかし今はリディアと戦略・戦術の変更を話し合う必要が有った。恐らくスーパー・ヒロイン達は競争を止めて協力して事を運ぶべきだろう。

 インターコムのボタンを押しながら、
「フェリシティなの?」
「お早うございます、会長」フェリシティのやや低めで豊かな声がスピーカーから流れて来た。
「御必要な物はありませんか? コーヒーかカモマイルをお持ちしましょうか?」
「フーン、私の事知り過ぎてるみたいね、フェリシティ」 ブレンダは微笑みながら言った。
「カモマイルをお願いするわ」
「直にお持ちします」 フェリシティが言った。

 ブレンダはにっこりした。今迄のアシスタントの中でフェリシティは最高だった。何でもかんでも全ての事が出来た。
 ‘一日一お嬢様ギャング’が活動を始めて以降、ブレンダは次第にフェリシティへの依存を高めて来た。今やその若い美女が事実上ウェイド・エンタープライズを切り回す様に成っていた。

 五分後、ブレンダは微かなボンという音が聞こえた。それはフェリシティが部屋に入って来た事を意味していた。ブレンダの部屋に入るドアには夫々異なる音色のベルが仕掛けられているのだ。誰もブレンダの寝室に忍び込む事は出来なく成っているのである。

 間もなく湯気の立つティーカップを片手に、もう一方の手で分厚いフォルダを抱えたフェリシティが入って来た。
 その分厚いフォルダーを眼にしてブレンダは唸り声を上げそうに成った。それは仕事を意味している。紙にサインをし、次の紙にサインをしそして次の紙、次の紙と果てしなく続く仕事を。大会社の代表は紙にサインをする仕事が一日中続くのだ。ブレンダは時々それが嫌に成る時があった。

「やだなって顔に書いてありますわよ」フェリシティはやんわりと諭した。
「ご存知でしょう、会長にお仕事をして頂かなければ周りの世界は軋みを立てて止まってしまうんですからね。ここにお持ちしたのは、最も期限が迫っている案件又は最も対応に迫られている案件だけですわ。もしその気があるのでしたら、私のオフィースには、見て頂くかサインをして頂く書類や契約書が山の様にございますが」
「未だその気に成れないわ」
 ブレンダはそう言うと、諦めた様に溜め息をついた。
 嬉しそうに紅茶のカップを受け取りそれをすすリながら、フェリシティがフォルダーの中の書類の束を掻き分け探し出した一通の書類を眼の前に置くのを見ていた。

「これは何の書類?」
「アンダーソン契約ですわ。赤いフラッグテープが貼ってある所にサインを、黄色いフラッグテープの貼ってある所にはイニシャルをお願いします」
 フェリシティはニッコリして言った。
「いつもと同じ様に」
「貴方、人に仕事を押し付けるのがだんだん上手に成って来たわね」
 ブレンダはそう言ってニコッとした。
 そして、書類に眼を通す事無く指定された場所にサインとイニシャルをした。完全にフェリシティを信頼していたのだ。
「私こう言うやり方、どっちかって言うと好きなのよ。貴方なら何処へ行っても成功するでしょうね」
「有り難うございます。本当にそうあって欲しいですわ」

 フェリシティは、前のよりも厚い書類の束を取り出して言った。
「会長が希望しておられた自然保護区域購入契約です。これで木材企業は森林の伐採が出来なく成ります」
「ああそれは良い事だわ」
 ブレンダはより熱心にサインをし始めた。
「これで我々側の決定的勝利ね」
「それはよろしゅうございました」
 フェリシティは厚い書類の束をもう一通ブレンダの前に置きながら言った。
 フェリシティは、心臓の鼓動が雷の音の様に思えた。
<もしこの瞬間、ブレンダが書類を見る気に成ったら全ては無に帰してしまう>

「これにサインをして頂ければ、後はゆっくりとお茶が楽しめますわ」
「この書類はどういう・・・?」 ブレンダが言い始めた。
「あ、処で、今日は出社されますか?」
 フェリシティが言った。ブレンダはフェリシティの顔に少し赤みが差したのに気付いた。
「未だ着替えておられないのでお聞きしたんですわ。お加減でも悪いのかと。お医者様をお呼び致しましょうか?」
「いや、その必要は無いわ。私は病気になぞ成らないから」
 ブレンダはクスクス笑いながら言った。

 フェリシティは必要以上にブレンダを気遣った。
 しかしブレンダは優越した女性なのだ。多くの人々を寝込ませる様な病気でも彼女は平気だった。
 それはおべんちゃらの一種であったろうが、ブレンダは彼女の細やかな気配りに気を良くした。
 ブレンダは指定された箇所にサインとイニシャルをし始めた。その書類には他の書類よりも沢山のテープが貼ってあった。

 通常ブレンダは全ての書類に眼を通す。しかしその時は時間が無かった。直にもリディアの元へ行き行動計画を立てねば成らなかった。白人奴隷商人達の活動は一刻も早く阻止しなければ成らないのだ。

 「だけど今日は出社しないつもりよ。しなきゃならない個人的な用事があるの。それで今日の私のアポ、全部貴方に引き受けてもらいたいのよ」

 フェリシティは何時でも正しい決定を下せると信頼出来るアシスタントだった。彼女はビジネスの天才の様に思えた。
「それじゃご自宅でも仕事をなさらないのですか?」
 そう言ったフェリシティの顔に、一瞬がっかりした様な表情が浮かんだが、直ぐに元の仕事のプロの表情に戻った。
 しかし、フェリシティは、未だ沢山の契約書等が入ったフォルダーに眼を落していた。

「解りました。今日の仕事は何とか処理出来ると思います。今日は余り忙しくありませんから」
「良かった」
 ブレンダは積み上がった書類の束を押しのけながら言った。
「さあ、これで解放してもらえるかしら。リディアを起こして準備しなければ成らない事が有るの」
「どうぞそうなさって下さい、会長」

 フェリシティはサインされた書類を素早く束ねながら言った。
 フェリシティは、思わず勝利の喜びを顔に現しそうに成ったが、何とか仕事のプロの表情を保った。
「私、貴方の財産を適切に取り扱う事を約束しますわ」
「解ってるわ、フェリシティ」



 書類の束をまとめ部屋を後にしたフェリシティは興奮を隠せなかった。ブレンダの自宅オフィースから出た瞬間、全身がガタガタと震えた。
<もう直ぐ私のオフィースに成るのね>

 フェリシティは立ち止まり豪華な寝室を見回した。
 カリフォルニア・キングサイズ四脚ベッドは見た事も無い大きさだった。そのベッドには二千五百ドルもする絹のシーツが敷かれていた。ベッドの中からでも見れる様に、天井から60インチのLCD TVスクリーンが吊るされている。衣類と装飾品専用の広いクローゼットが一部屋ずつ設けられていた。一段下がった暖炉の前には座って寛ぐ場所があり、そこにも大きなLCD TVが置かれていた。その寝室を飾る芸術品の価値は総額7百万ドルは下らないだろう。

<とても快適そう> そして大きなベッドに眼を向け、
<あのベッドで、高慢出しゃばり女よりずっと愉快に過ごしてやるわ>

 フェリシティは、胸がドキドキし手が振るえ汗びっしょりだった。
 勝利への最後の道程、それは細い綱を渡る様なものだった。
 先程ブレンダの前に置いた書類の束は仕上げに必要な二種類の書類の一つだった。あと一束の書類、それで目的は達成される。
 ブレンダは、知らない内にウェイド・エンタープライズをフェリシティ・ドレークスに譲り渡す書類にサインをしたのだ。
 ブレンダがフェリシティ・ドレークスをずっと覚えていたかどうかは解らない。しかし間もなく思い出す事に成るだろう。そして彼女の消息を把握していなかった事を悔やむ事にも成るだろう。嗚呼、ブレンダ・ウェイドはこの日の事を、後々ずっと後悔し続ける事に成るだろう。

「‘Take Over(乗っ取り)’作戦及び‘Take Down’作戦、順調に進行中」
 フェリシティは、スイート・ルームの寝室で興奮して呟いた。

「後は一寸した仕事、彼女の全財産を葬り去る棺桶に最後の釘を打ち込む仕事が残ってるだけだわ。そして愉快な事が始まるの。ああ、楽しみだわ・・・」



 ブレンダは紅茶を飲み終え立ち上がった。ブレンダは一つ大きく伸びをした。絹のローブの端が持ち上がり、ブラジル風ビキニに合わせて除毛してある股間が露に成ったが気にしなかった。
 空調してある部屋の空気に曝され心地よかった。その心地よさに、昨晩白人奴隷商人の手の中に居た時の事を思い出した。
 ジャックにとんでもない目にあわされた。もう少しで絶頂させられる所だった。リディアはもっとオーガスムに近い状態に成っていた。

「馬鹿ね」薄青色の眼を輝かせて言った。
「私達をより強くしただけじゃない」

溜まり積もった性的欲求不満がベルトの威力を増加させるのだ。それは絶頂すれば溜まったエネルギーが奪われてしまい、スーパー・ヒロインとしての強さも失われてしまう事も意味している。絶頂させられれば二人は完全にパワーを奪われてしまうのだ。

 ブレンダは、PCをログ・オフしてリディアの部屋へ向かった。
 リディアは昨夜の冒険の為、中々寝付かれず床に付いたのはかなり遅く成ってからだった。
 ブレンダは彼女が安眠出来た事を願った。その一方白人奴隷商人を取り逃がした責任が重くのしかかっていた。しかも余りにも屈辱的だった。

 ブレンダは軽くノックし、リディアの部屋のドアを開けた。
 甘い呻き声が聞こえた。 リディアが何者かに襲われているらしいという恐怖感に駆られたブレンダは部屋に飛び込み辺りを見回した。そこで眼にしたのは、俯きになって必死にシーツを掴みお尻を空中に突き出した格好でキングサイズベッドに横たわっているリディアの姿だった。その金髪の美女は衣服を着けずに寝ていたので、秘所が濡れている様子が丸見えだった。
 ホッとする事にリディアは一人で、春夢を見ていただけの様だった。

<理解出来るわ>

 ブレンダ自身少なくとも一晩に一度は見るし、実際性的災難に遭ったあと床に入った昨夜は、今眼の前にいるリディアの様に汗びっしょりでシーツに絡まって目を覚ます迄、捕まって何度も何度も陵辱されるという悪夢にうなされ通しだったのだ。それが今朝早く起きた理由だった。
<可哀想に>
 ベッドの縁に腰を下ろし、ブレンダは、金髪が被さっているリディアの肩にそっと手を置いて言った。
「愛しの人、起きる時間よ」
「エッ!何?誰なの?」
 リディアは、跳ね上がる様に頭を上げ目をきょろきょろさせた。
「ああ、なーんだ」
 リディアはホッとしたのか、頭をまくらに落し込んだ。
「良く寝られなかったの?」
「どんどん酷く成って来るの」
 リディアは股間を手で弄り喘ぎながら言った。
「アアアア、もの凄く疼くのよ、理解出来る?」
「解るわよ、悲しい事だけど」ブレンダは渋々認めた。
「私の世界へようこそ、お嬢ちゃん」
 それを聞いた瞬間、リディアは飛び起きてベッドの上に座った。
「それどう言う意味よ?」 リディアが問いつめる様に言った。
「私、毎晩そんな夢を見るのよ。昨晩のは特に酷かったわ。勿論、もう少しでレイプされ白人奴隷に売られそうに成ったからだけど」
 ブレンダが言った。
「危機に陥った後は常に、よりエロティックで野蛮な夢を見るの。でもこれは良い事でもあるのよ」
「どうして?」
 未だ少し喘ぎが残っている声でリディアが聞いた。
 ブレンダは綺麗にマニキュアが施された手を胸に当てて、
「今この瞬間も私の肉体は燃えてるわ。苦しいくらい男が欲しいの。若い貴方には良く聞いてもらいたいんだけど、それを良い事として受け止めなきゃならないのよ。性的欲求不満が私達のパワー・ベルトにエネルギーを供給させるんだから」
 ブレンダはそう言うと、目を落して溜め息をついた。
「他に方法があればあればいいんだけど、兎に角これが私達の秘密なのよ。欲求を持ち、その性的欲求不満が高まる限り我々はスーパー・ヒロインでいられるの。もし性に興味を無くしたり恋人を持ったりすれば、スーパー・ヒロインを止めなきゃ成らないのよ」

 暫くの間、リディアは壁に向かって膨れっ面をしていた。その気持ちはブレンダにも良く解った。彼女自身、Ms.アメリカーナとしての最初の10年間程はそんな気持だった。しかし、それに代わる方法も無かった。
「兎に角、我々をこんな悪い冗談みたいな状態にしたのは一体誰なの?」
 リディアは言うと、深呼吸を一つした。
「エー!何年も前にクビにしたわ」

 ブレンダはそう言うとウインクをした。実際、パワー・ベルトを発明し完成させたのは一人の男であり、又彼女の元から去ったりはしていない。

 リディアも、つられて笑みを浮かべた。
「私達話し合う事が有るわ」
「どんな事?」
「私達の戦術と戦略についてよ」ブレンダが言った。
「どうもうまく行ってないみたいだから」
「昨夜、もう少しで捕まえられる処だったじゃない」
「だけど出来なかった。それより反対に捕まりそうに成ったじゃない」ブレンダが言った。
「それに、私達を侮辱し手傷を負わせた上に、逃げた後に、有名なアンバー・トンプソンとニッキ・ガーザの二人をさらって行ったのよ」
「違う!アンバーとニッキは違うわ」リディアが大声で言った。
「二人とは昨日話したばかりよ。ニッキは今度の週末に盛大なパーティを計画していて私も呼ばれてるの」
アンバーとニッキは親友同士だった。何をするのも一緒だった。二人が一緒に捕まったのは疑いなかった。
「私達のやり方が甘過ぎたと思うの」ブレンダはそう言うとニヤリと笑みを浮かべた。
「大儲けするには掛け金を大きくしなきゃ。つまり私達はもっと大きなリスクを負うべきだと思うの」
「賛成」リディアの目が輝いた。
「あの人でなしの悪党は直にでも取り押さえなきゃ。どんな危険もその価値があるわ」

 ブレンダは胸が高鳴り始めた。‘言うは易く行うは難し’だ。もし失敗すれば間違いなく一人又は二人とも白人奴隷商人の餌食に成ってしまう事は明らかだった。

「一人が町へ行って、奴等の餌に成るよう振舞うのよ」
 ブレンダが言った。リディアの眼が大きく広がり、何度か唾を飲み込んだ。リディアにもリスクの意味が、そして失敗すればどう成るかが解った様だった。
「もの凄く危険な仕事よ。私既に予約の手配を始めてるの。恐らく私達は・・・」
「反対よ、最初の部分には賛成だけど」リディアが言った。
「私が今晩出かけて、彼らの標的に成る様に振舞うわ」
「私が考えているのは私が囮に成る事なのよ。私は未だ充分若いし資産家でもあるから、白人奴隷市場では高値で取引されるはずよ」
 ブレンダが言った。
「それだから、悪党達は私を獲得するのに喜んで危険を犯すでしょうからね」
「多分そうでしょうね」リディアが言った。
「だけど私19歳よ。それで十分よ」 リディアは不満げなブレンダにニコッと笑ってみせた。
「もっと率直に‘作戦’という視点で考えましょうよ。もし貴方が囮に成るなら、私一人で白人奴隷商人全員を相手にしなきゃ成らない。もし私が囮なら貴方が奴等の相手をする。どちらの方が勝つ可能性が高いと思う? 私の戦闘力が貴方の半分しかないって事を思い出して」
「服の下にパワー・ベルトを着ける事も出来るわ」
「それだと、貴方の秘密がバレるじゃない」リディアは言うと、はにかんだ様な悪戯っぽい眼でブレンダを見て、
「それじゃまるで、マスクをしないで現れたMs.アメリカーナじゃない」
「兎に角、貴方を危険な目にあわせたく無いのよ」
「私、フラッグ・ガールの衣装を始めて着けた時から危険は覚悟してたわ」リディアが言った。
「危険は承知よ、実際それを誇りに思ってるの。あの恐ろしい男達を刑務所へ送れるんなら喜んで危険を引き受けるわ」
「解ったわ」ブレンダは渋々承知した。
「さあ着替えて。クラブや駐車場それに通りの下見に行くわよ。そして今夜の活動計画を立てるの」



「おやフェリシティ様、未だここにおいででしたか」クライヴが言った。
 フェリシティは自分のオフィースから出て来た所だった。ブレンダの代わりに出席するアポが一時間以内に迫っていた。
「知っていれば、簡単なお飲み物や軽食などを用意しておきましたのに」
「良いのよ、クライヴ。その気持ちだけ頂いとくわ」
「ウェイド様とリディア様も、間もなく外出なされます」

 フェリシティはハッとして凍り付いた。
<これは絶好の機会だろうか?>

 フェリシティは、常にブレンダの気が散っていて集中力を欠いている時を見計らってその機会を設けて来た。
 後残っているのは一式の書類にサインしてもらうだけだった。それでブレンダ・ウェイドの所有するものは全て彼女が所有する事に成るのだ。
 手が震え、喉が詰まった様に息苦しかった。
 フェリシティは、それを今日実行するべきか迷っていた。今日は、既に一度大きな機会を作っていた。
 最も緊急な書類だと言う理由でサインしてもらったのだ。

「どうかなされましたか、フェリシティ様?」
 クライヴが、憂慮している様子で言った。
「あ、な、何でも無いわ」 フェリシティはどもった。
「私朝食を食べていないんで、それで一寸目眩が・・・でも、もう大丈夫。約束するわ」

 フェリシティは軽く礼をして正面玄関へ向かった。
震えが止まらなかった。もし状況判断を誤れば、全て破滅に向かう危険があった。

 今の時点では、ブレンダ・ウェイドは未だ億万長者だった。彼女はウェイド・エンタープライズ以外にも巨額な資産を抱えている。フェリシティは今、ウェイド・エンタープライズの所有者であるが、今の状況ではブレンダは優秀な弁護士を何人も雇い、何年にも亘ってフェリシティを裁判法廷に引っ張り出す事が出来るだろう。そして、フェリシティには裁判に勝つ保証は無い。
 フェリシティは、ブレンダの持つ富と権力を根こそぎ取り上げ、彼女を完全に無一文で無力な状態に陥れねばならなかった。

 フェリシティが正面玄関ホールにさしかかった時、メイン階段を下りて来る二人の足音が聞こえた。
 先に階段の下に着いたフェリシティが見上げると、何か悪事を企んでいるかの様にひそひそ話をしながら降りて来るブレンダとリディアの姿が眼に入った。 二人はジーンズとTシャツ姿だった。
 フェリシティに気付いた二人は急に口をつぐんだ。ブレンダは少し緊張し落ち着かない様に見えた。

<今だ!> 
 フェリシティは、大声で言った。
「あっ、ウェイドさん! ああ、良かった。もう出かけられたものとばっかり思ってましたわ。私、一体何を考えてたのかしら」
「どう言う事? 何か緊急事態でも発生したの?」
「いえ、そう言う事じゃないんです」
 フェリシティは、フォルダーから書類を引き出しながら言った。
‘Take Over(乗っ取り)’作戦、‘Take Down’作戦を成功に導く最後の書類の束だった。
 フェリシティは、書類をサイド・テーブルに乗せペンを差し出した。
「未だご在宅で、これにサインを頂けるなんて神に感謝しますわ。先程、最も急を要する契約書に全てにサインして頂いたと申し上げましたが、これは火急のものです。会社の生死がかかってると言っても過言ではありませんわ」

 ブレンダは始めてフェリシティを怪訝な表情で見た。イライラしながら、多分怒りの気持も混ざっていただろう。
「これ、少し待てないの?」
「出来ません。申し訳ありません、本当に」
 フェリシティが言った。
「余り申し訳無さそうには見えないわね」リディアはそう言って笑った。
「さっさと済ませちゃったら、会社を地獄へは落せないでしょう」 「それもそうね」
 ブレンダは、大きな溜め息をついてペンを取り、書類の束のうち最初のテープが貼られたページを開いた。
 ブレンダが、そのページを読んでいるかの様に動きを止めた時フェリシティは心臓が止まるかと思った。
 しかしブレンダは首を振ると直ぐにサインをし始めた。ブレンダは今迄に無いスピードで書類にサインとイニシャルを書き込んで行った。

 それをフェリシティが息を止めてみていた。
 全身が震えた。奇蹟が起こったのだ! 実際に起こったのだ!!! 
 フェリシティは、最も憎み蔑むべき敵をだまし、その所有する全てを彼女に譲り渡す書類にサインをさせたのだ!

「さあどうぞ」
 ブレンダは、眉をひそめ機嫌の悪そうな目つきでアシスタントを見ながら言った。
「未だ忘れているものがあるかしら、フェリシティ?」
「いいえ、これで全部だと思いますわ、ウェイドさん」フェリシティの声は震えていた。
「有り難うございました」
「どういたしまして」 
 ブレンダはそう言うと向きを変え歩き始めた。

 フェリシティはその後ろ姿を見ていた。意識が朦朧として来た。
<勝った!大勝利だわ。なのに、あの高慢な寄付気違いでまぬけなブレンダ・ウェイドは未だそれに気付きもしない>

「何かお困りでも、フェリシティ様?」
 クライヴは、恍惚としたフェリシティのを見詰めながら尋ねた。
「いいえ、クライヴ、本当に何も困ってなんかいないの」
 フェリシティ言った。体中が熱く成り自然に笑みがこぼれた。
「本当は凄く感動してるのよ。だってブレンダ・ウェイドがたった今、全財産を私に無償で譲り渡したんですもの」
「何ですと?」クライヴは、眼を丸くして言った。
「ブレンダ様が何故その様な事を?」
「ちょっと引っ掛けたのよ」フェリシティは、意味ありげな笑みをクライヴに向けた。
「私が何の企みも持たずに喜んで彼女の為に働いているなんて、貴方思ってなかった、そうでしょう?」
「はい、思っておりませんでした」
 クライヴはそう言うと笑みを浮かべ始めた。
「私も大変喜ばしく思っております、フェリシティ様。という事は、私は今貴方にお使えしていると考えて宜しいのでしょうか?それとも、この邸宅は依然としてウェイド様がご所有で?」
「とんでもない、全て私のものよ」フェリシティが言った。
「使用人を集めて頂戴、クライヴ。以前ウェイド女史が所有していたものは、全て私のものに成った事を伝えて欲しいの。私がだましたなんて事は言わないで事実だけを伝えて頂戴。それから私に忠誠を誓うのなら給料を50%アップするとも。勿論クライヴ、貴方の給料は二倍にするつもりよ、先ず手始めとしてね」
「素晴らしいお考えです、フェリシティ様。この大邸宅の使用人全員がここに残る事を選ぶでしょう」クライヴが言った。
「それから、ドレークス家の再興を、それも貴方の家を崩壊させた女に償わさせて成し遂げたのをこの眼で見る事が出来て、私がどれ程喜んでいるかをお伝えさせて頂きます」
「有り難う、クライヴ。もし特に用事がなければこれで失礼させてもらうわ。関係機関に書類を提出しなきゃいけないから。それが済む迄書類は発効しないのよ」 フェリシティが言った。
「書類に不備が無いか合法的かを審査するのに一両日かかるわ。それ迄は何事も無かった様にウェイド女史と被後見人に接するよう使用人達への指示を徹底しておいて。
 私の口から直接二人に言い渡したいの、この悪夢の様な‘運命の逆転’(Reversal of Fortune)をね」





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