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 第五話:駆け引き

 校長の腹田は、舐めるような視線で美佐代の胸元を見続けていた。
もうすぐである。
彼女の若くて美しい肉体を自由に楽しめるのは。

 「せっかく森川先生のおかげてうちの高校の評判がよくなってきた矢先なんじゃよ」

 腹田の言う事は、間違いではなかった。
確かに美佐代が受け持つクラスの成績は、他の講師が教えるクラスと比べてはるかにデキがよかったのだ。
それは学内の試験に止まらず、全国的な模擬試験でも同じような結果を残していたのである。

 「今、森川先生に去られるとなるとのぉ〜・・・森川先生はそれでいいかもしれんがのぉ〜」

 腹田にとっては、今、美佐代に離れられると困った状況になってしまう。
せっかく口コミで広がった、自分の学校の評判が全て台無しになってしまうのである。
これから生徒数が減り、ますます経営が難しくなって行く状況下に置かれているからだ。

 しかし、今の美佐代にとっては学校の経営など関係のない話である。
妹の美加の将来がかかっているのだ。
彼女は、淫猥な笑みを浮かべ自分の胸元を凝視している腹田の目をしっかりと見据えて言った。

 「お世話になった校長先生には、申し訳ありませんが一度、理事長にお会いしたいと・・・」
 「・・・う〜ん・・・」

 腹田は、ブヨブヨの胸を両腕で抱え込んで目を閉じた。
美佐代に対してワザと恩を売るためである。
いかにも自分は困っていると表現をしているのだ。
そしてしばらく、考えたフリをして腹田は答えた。

 「仕方ないのぉ〜・・・これも森川先生の妹さんのためじゃ! 分かったワシに任せておけ!」

 美佐代は、その言葉の裏に何かがあると分かっていながらも腹田に頭を下げた。

 「校長先生・・・ありがとうございます」

 悔しいが、仕方がない事である。
全ては妹の美加のためである。
美佐代は、事が自分にとって有利に流れるその時まであえて彼らの指示に従うことにした。

 「いいから、いいから、森川先生、頭を上げてください」

 腹田は、その様な素直な美佐代の態度をみて、完全に「落ちた」と思った。
上手くすれば全て予定通りになるのである。
しかし、相手は美佐代である。
少しでも気をゆるめるてしまうと簡単に逃げられしまうのである。
腹田は、焦る気持ちを押さえて慎重に話を進めた。

 「だがのぉ〜・・・その理事長は、かなり疑い深い人なんじゃよ」

 その視線は、横に座る教頭の陰山の顔に移っていた。
目で何かを合図している様である。
美佐代は、もうしばらく彼らの動きを探る事にした。

 「ヘタをすると、森川先生に高校を移られるのを止めるために、ワシがウソを付いていると思うんじゃよ」
 「それでは、一体どうすれば・・・」

 彼女は、ワザと弱弱しい声で答えた。
彼らを安心させるためにである。
安心と言う余裕が生まれればどこかでミスをする。
彼女は、そのミスを待つ事にした。

 「証拠写真じゃよ、理事長は、証拠写真付きならこれからの話しに応じてくれるそうじゃよ」
 「しゃ、写真ですか・・・」

 どの様な写真を求めているのかは、予想がつく。
それでも美佐代は、あえて道化を演じる事にした。

 「なぁに・・・裸になってくれとは言っておらんのじゃよ」
 「分かりました、写真を撮っていただいても結構です」

 腹田は、美佐代のその返事に一瞬自分の耳を疑った。
あの気位の高い彼女が、こうも簡単に自分達の要求を聞き入れるとは思ってもいなかったからである。

 「そ、そうか! でしたらさっそく・・・おい陰山!」

 腹田は、喜びのあまりたっぷりと脂肪の乗った腹でテーブルを押し上げてしまった。

 「森川先生、これを・・・」

 生きた骸骨標本の教頭、陰山が小さな箱と一緒に手紙を美佐代に差し出した。
度の強い眼鏡の奥にある細い目が、腹田の目と同じく淫猥な笑みを浮かべている。

 「何ですかこれは?」
 「写真撮影用の衣装ですよ」

 陰山は、美佐代のその問いにあっさりと答えた。

 美佐代は、受け取った手紙の封をあけ中身を取り出した。
手紙は、先ほど腹田が読んでいた手紙と同じ筆跡で文字が書き込まれていた。

 『拝啓、森川 美佐代殿
  もし、この手紙をお目にする事となった場合、以下の要望に応えていただきたい。
   ・腹田との話し合いの証拠として、同封しているレオタードに着替える事。
   ・着替える際、下着は一切身に着けない事。
   ・もし、写真撮影の際に腹田が変な真似をした場合は、後日、話を伺う。
  では、よろしく頼みます。
                 私立の○○高等学校 理事 鰐淵 玄馬 』

 それは、達筆な毛筆であった。
書いた人物の品位が滲み出ていると同時に、文面からはその主の力の大きさを感じ取る事ができる。

 文面に目を通した美佐代は、「レオタード」の文字に思わず反応してしまった。

 「こ、こんなものを着て・・・写真は撮れません!」

 ただでさえ体のラインが露わになるレオタードである。
それに下着を着けないとなると...。

 「では、仕方がない・・・あきらめてもらおうかのぉ〜」

 腹田は、美佐代が最後まで断らない事を知っていた。
どうせすぐにでも前言を撤回するのは間違いはない。
彼は、そんな彼女の心を煽るようにレオタードの入っている小さな箱にブヨブヨの腕を伸ばした。

 「ちょ、ちょっと待ってください・・・写真なしでは・・・」

 美佐代は、焦った。
いくらレオタード姿とはいえ下着無しでは、ほとんど裸と変わらないのである。
いや、いっそのこと裸の方がまだましかもしれない。

 「なぁ、森川先生、あの理事長は、本当に人を疑ってかかる人なんじゃよ・・・こうでもしないとワシのことを信用してくれないんじゃ」

 腹田は、真剣な目で美佐代に告げた。
しかし、その真剣な目を彼女は誤って理解してしまったようである。

 「でしたら、直接、私の方から・・・」

 美佐代の声に、若干優位な立場に立った色が混ざり始めた。

 「無理、無理! 無理じゃよ、森川先生、あの人と連絡を取ろうと思ってもまず不可能じゃよ」

 腹田は、彼女の言い分を一笑した。
自分でも連絡を取る事ができない人物に、どうやってこんな小娘が...。

 「それでは、どうやって校長先生は・・・」

 美佐代は、さらに問い詰めた。
腹田は、ここにきてしつこく詰め寄ってくる彼女の考えが分からなくなってきた。

 「ワシもその理事長とは、直接、連絡を取ったことはないんじゃよ」

 一瞬の迷いが、その返答を少し遅らせてしまった。
その遅れた返事が、さらに美佐代を思わぬ方向に進ませてしまった。
途方に暮れていた顔が、今まで自分達には手が届かないプライドの高い顔に戻りつつある。

 「おかしな話しですね・・・校長先生」

 今度は、自分が笑う番であると美佐代は大きな誤解を持ち始めていた。


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