第五話:駆け引き
校長の腹田は、舐めるような視線で美佐代の胸元を見続けていた。 もうすぐである。 彼女の若くて美しい肉体を自由に楽しめるのは。 「せっかく森川先生のおかげてうちの高校の評判がよくなってきた矢先なんじゃよ」 腹田の言う事は、間違いではなかった。 「今、森川先生に去られるとなるとのぉ〜・・・森川先生はそれでいいかもしれんがのぉ〜」 腹田にとっては、今、美佐代に離れられると困った状況になってしまう。 しかし、今の美佐代にとっては学校の経営など関係のない話である。 「お世話になった校長先生には、申し訳ありませんが一度、理事長にお会いしたいと・・・」 腹田は、ブヨブヨの胸を両腕で抱え込んで目を閉じた。 「仕方ないのぉ〜・・・これも森川先生の妹さんのためじゃ! 分かったワシに任せておけ!」 美佐代は、その言葉の裏に何かがあると分かっていながらも腹田に頭を下げた。 「校長先生・・・ありがとうございます」 悔しいが、仕方がない事である。 腹田は、その様な素直な美佐代の態度をみて、完全に「落ちた」と思った。 「だがのぉ〜・・・その理事長は、かなり疑い深い人なんじゃよ」 その視線は、横に座る教頭の陰山の顔に移っていた。 「ヘタをすると、森川先生に高校を移られるのを止めるために、ワシがウソを付いていると思うんじゃよ」 彼女は、ワザと弱弱しい声で答えた。 「証拠写真じゃよ、理事長は、証拠写真付きならこれからの話しに応じてくれるそうじゃよ」 どの様な写真を求めているのかは、予想がつく。 「なぁに・・・裸になってくれとは言っておらんのじゃよ」 腹田は、美佐代のその返事に一瞬自分の耳を疑った。 「そ、そうか! でしたらさっそく・・・おい陰山!」 腹田は、喜びのあまりたっぷりと脂肪の乗った腹でテーブルを押し上げてしまった。 「森川先生、これを・・・」 生きた骸骨標本の教頭、陰山が小さな箱と一緒に手紙を美佐代に差し出した。 「何ですかこれは?」 陰山は、美佐代のその問いにあっさりと答えた。 『拝啓、森川 美佐代殿 それは、達筆な毛筆であった。 文面に目を通した美佐代は、「レオタード」の文字に思わず反応してしまった。 「こ、こんなものを着て・・・写真は撮れません!」 ただでさえ体のラインが露わになるレオタードである。 「では、仕方がない・・・あきらめてもらおうかのぉ〜」 腹田は、美佐代が最後まで断らない事を知っていた。 「ちょ、ちょっと待ってください・・・写真なしでは・・・」 美佐代は、焦った。 「なぁ、森川先生、あの理事長は、本当に人を疑ってかかる人なんじゃよ・・・こうでもしないとワシのことを信用してくれないんじゃ」 腹田は、真剣な目で美佐代に告げた。 「でしたら、直接、私の方から・・・」 美佐代の声に、若干優位な立場に立った色が混ざり始めた。 「無理、無理! 無理じゃよ、森川先生、あの人と連絡を取ろうと思ってもまず不可能じゃよ」 腹田は、彼女の言い分を一笑した。 「それでは、どうやって校長先生は・・・」 美佐代は、さらに問い詰めた。 「ワシもその理事長とは、直接、連絡を取ったことはないんじゃよ」 一瞬の迷いが、その返答を少し遅らせてしまった。 「おかしな話しですね・・・校長先生」 今度は、自分が笑う番であると美佐代は大きな誤解を持ち始めていた。 |