第三話:虎口への門
三人を乗せた車は、その重厚な木造の門の前で止まったままである。 その間口は、車二台が横に並んで通れるほど十分な広さがあった。 奥にある屋敷は、その周りを取り囲む高い塀によって完全に外界から遮断されている。 美佐代は、これほど大きな門構えの家を見た事がなかった。 もしあるとすれば、映画かテレビドラマの中でしかない。 車を運転している教頭の陰山は、特に何かをするわけでもなくじっとハンドルを握ったままであった。 教頭の陰山は、車が通れるほどのスペースが確保されるとゆっくり前へ進み始めた。 ゆるやかなカーブを通りぬけると、ようやく今晩の目的地が三人の前にその姿を現した。 美佐代は、個人の家とは思われないような明るい玄関先に、黒いスーツに身を固めた二人の若い男が深々と頭を下げているのを見つけた。 頭蓋骨に皮を被せたような教頭の陰山は、その玄関前まで車を寄せた。 「いらっしゃいませ、奥でご主人様がお待ちしております」 その言葉を耳にした美佐代は、ここが一体どの様な場所なのか全く見当がつかなくなってしまった。 彼女が、その戸惑いのため少し遅れて車を降りると、教頭の陰山がトランクから手さげ式の紙袋を取り出していた。 三人が揃ったところで校長は、そのブヨブヨの体を一歩前に進めた。 「ようこそおいでくださりました、腹田様」 和服の似合う恰幅よさそうな中年男性が、玄関先で正座をしたまま頭を下げていた。 「いやぁ、すまん、すまん、突然無理を言ってしまって」 校長の腹田は、ズカズカと玄関に上がり込んだ。 「おや、今日は陰山様も御一緒でございますか」 歩く脂肪のかたまりの腹田に続き、教頭の陰山もいつの間にか玄関に上がっていた。 「さっ、奥へご案内いたします、今日はごゆっくりとお楽しみ下さい」 立派な眉毛の中年男は、和服姿の女性に目で合図した。 「どうぞ、こちらです」 和服姿の女性は立ち上がると、静かに歩き始めた。 案内役の女は、着物が擦れる音を立てながら小さな歩幅で歩いていた。 「校長先生、ここは・・・」 彼女には、この屋敷がいったい何なのか見当がつかないのだ。 「驚いたじゃろ、森川先生、これでもここはさっき玄関で出迎えてくれた人の自宅なのじゃよ」 校長の腹田は、ニヤニヤしながら自分の前を歩く和服女性の後ろ姿を見ていた。 「すると、さっきの方が・・・」 美佐代は、もしやと思い尋ねた。 「残念じゃが、理事長さんではないんじゃ、ワシの古くからの友人の一人でのぉ・・・」 腹田は、たまりかねてついに自分の前を歩いている女の左右に揺らめく大きなヒップに、手を当てた。 「アイツは趣味で料亭ごっこをしておるんじゃ、なんせ料理を作るのが好きな奴でのぉ、趣味が高じていつも間にかプロ以上の腕前になってしまった奴なんじゃよ」 腹田は、美佐代の答えながらもせわしなく女の柔らかな尻肉の感触を楽しんでいた。 ようやく玄関から離れの入り口に辿り着き、その襖を淡い藤色の着物の女が両手をそえて開いた。 「森川先生は、主賓じゃから上座へどうぞ」 美佐代は、校長の腹田に言われるがまま、上座の席へ腰を降ろした。 「がはははは、チップじゃよ、チップ」 美佐代の視線に気が着いた腹田が、照れながら自分の席へ着いた。 「ちょっと待ってくれるかのぉ、・・・まずは、そのお嬢さんに自分の分を選んでもらってくれ」 まず校長の腹田に運んできたお茶を渡そうとした女性の動きがとまった。 「薬でも入っていると思われてたら、かなわんからのぉ〜・・・わっはっはっは!」 美佐代に対する腹田の読みは、当たっていた。 「あっ、どうぞ、どれでも結構ですから配膳していただけませんか?」 彼女が声をかけた女性は、ニコリと微笑むと、自分の目で残りの二人に指示を出す。 『このままでは、さらに不利になってしまうわ・・・』 美佐代は、受け取った熱いおしぼりでしなやかな指先を丹念に拭きながら逃げ道を模索し始めた。 |