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 二日目 その4

 「オレが寝ている間にも、大分あいつらに気持ちしてよくしてもらったんだってな?乳奴隷の紺野顕子先生?」

 時刻は既に夜の9時を回っていた。児童達にとっては就寝の時間であり、顕子が15分前に見回りをしたときには、ベットメーキングも終えて、灯りが消えれば就寝するだけの状態になっていた。

 そんな教え子達の素直さ、規律への順応の良さを喜ぶ一方で、子ども達が寝てしまった直後には、また自分に性的な虐待が加えられるのだと思うと、顕子は複雑な気持ちだった。

 事実、見回りを終えて自分の部屋に帰ってきた途端、昼間充分に睡眠をとって鋭気を養った大石が、顕子の衣服を剥ぎ取って、まとわりついてきたのである。

 「聞いたぜ、さっき牧田のヤツに……。お前、あいつらと他の生徒を置き去りにして外でヤっちまったんだってな……まったく、たった一晩で、変わるモンだよなぁ……いいやぁ、やっぱ、それっておかしいよなぁ……ククク、変わったンじゃなくて、本性出ただけなんだろう、要は?そうだよな、伊達にこんなバカデカイ乳してる訳じゃねぇだろうしなぁ……」

 部屋の蛍光灯が、背後からまとわりつく大石の掌で持ち上げられた顕子の乳房に照り返る。昼間、直射日光を浴びすぎたのか、昨晩までの雪を欺くような白さに比べて、幾分赤みが差している。しかし、そのどこかアルコールによって染まったようなほんのりとした赤みは、巨大でしかも形の整った、巨乳であり美乳でもある顕子の乳房にとっては、一層そのセクシャルさをアピールする飾りになってしまっていたのである。

 円形と紡錘形との完璧な調和を見せる乳房の裾野の方から、大石は左右交互に重さを比べるようにして掌の上に乳肉をのせて揺さぶる。と思うと、十本の指を乳肉にぐいぐいと沈ませて、かき混ぜるようにして左右の乳房を擦り合わせてその柔軟さと弾力を堪能する。

 「今夜も朝まで、こってりと楽しませてくれよ、たのむぜ……」

 背後から顕子の耳元に囁く大石の表情は、だらしなく歪んでいた。基本的には鋭角に整った都会的な容姿を持っている大石ではあったが、顕子を前にしては、欲望丸出しの、毒々しい表情になってしまうのであった。それもなまじ整っているだけに、その奇怪さが一層引き立ってしまうのである。

 「ッぁっンっ!」

 大石が乳房を弄んでいた指を、昨晩からの玩弄で鮮紅色に近い色に変化して、しかも膨れているように尖っている乳首に移すと、顕子が悩ましげな甲高い声をあげる。そのまま大石は人差し指と親指の腹で乳首を摘み、しばらく扱き立てて、顕子に大分甲高い叫びをあげさせる。

 「おうおう、第二次膨張ってヤツか?あのスプレーをぶっかけて以来、尖りっぱなしだったクセに、もっと膨らみやがったゼ……まったく、乳房だけじゃなく、乳首もやらしいなっ!」

 指の腹で扱かれている内に、顕子の乳首はさらに大きく硬く膨張する。かつて顕子のマンションに侵入してレイプ未遂事件を起こした大石だったが、その時に始めて見た、巨大すぎる乳房に比べてあまりに慎ましやかな乳首の美しさと、現在のグロテスクなまでに膨張を遂げた乳首との差を思うと、顕子を確実に自分のものにしたという充足感と、さらなる責めを課したいというサディスティックな欲求が強く胸の内を突き上げてくる。

 「ひぐぅっ!」

 乳首の先を摘んだ指を、思い切り回転させると、顕子の口から今までとは異なった、苦悶の声が漏れ出る。
 大石はその声に激しく興奮すると、捻れた乳首にさらなる回転を加え、前方に引っ張る。

 「い、痛いっ!痛いンですっ!も、もう、ね、ねじらないで下さいっ!」

 身を捩って哀願する顕子だったが、それが大石の気に障る。

 「ふざけんなよっ!乳奴隷のクセに!お前、乳を可愛がってもらってるときに、そんな風に飼い主に頼む権利も、飼い主とまともに口をきく権利もないんだぞ、知ってるだろうが!?」

 そこまで言うと、大石はさらに乳首に回転を加える。

 「ぎひぃっ!」

 金属音に似た悲鳴を心地よく聞きながら、大石はほぼ一回転させてしまった乳首から指を離す。

 「いちいち躾をしないと、わからないようだからな……。面倒だが、またスプレーをかけてやるか……」

 顕子に言い聞かせるようにそう言うと、大石は昨夜から顕子の精神と肉体を大きく蝕み続けたスプレーの入ってあるスポーツバックを手に取ろうと、それのおいてあるベットの方に顔を向けた。

 その瞬間だった。

 空気を切り裂く鋭い音と共に、今まで被虐美に彩られていた顕子の裸身が、途端に獣じみた敏捷性を見せて、くるりと回転する。

 「ぐがっ!」

 すらりと引き締まった脚線が、後頭部に降ってきたことすら理解出来ずに、大石は奇妙な声をあげながら、持ち上げようとして手をかけていたスポーツバックに覆い被さるようにして崩れ落ちる。

 学生時代、空手で全国区の選手となった顕子必殺の回し蹴りだった。

 その全国区である肉体の柔らかさと、しなやかさは、驚くべきスピードと確実性とをもって大石の頭部を強打したのである。

 気を失ったのか身動き一つしない大石をスポーツバックの上から退かすと、顕子は慌ただしくバックの中に手を突っ込んで、何かを探し始めた。

 ……まず、このスプレーと、あとは、テープがあれば……昨日撮ったものを、たしかこのバックにしまった筈……

 昨夜から顕子を支配し、爛れた官能の奴隷たらしめてきたスプレーの缶を見出すやいなや、顕子はバックから取りだして床に放り投げた。さらにもどかしそうに両手をバックの中に入れて、昨夜の自分の狂態を写し取ったビデオテープを探し出す。

 「……何を探しているの?先生?」

 少年特有の、甲高さの中にもどこか掠れたような、不可思議なセクシーさを秘めた声が、顕子の耳元で弾ける。

 「あ、あなたたち……」

 驚いて顔をあげた顕子の目の前に、いつの間にか部屋のドアを開けて入り込んでいた四人の悪童たちが立っている。

 「ひょっとして、昨夜のビデオを探してたんですか?あー、それだったら、残念でしたね。大石先生、昼間、僕らが野外散策に出ている間に、ほら、ここ来る前にあった、小さな雑貨屋みたいな、お店があったでしょう?あそこで宅急便に出したって言ってましたよ……」

 小憎らしいばかりに落ちついた挙措で牧田が喋るのを、顕子は大石のバックに両手を突っ込んだままの姿勢で呆然と聞いていた。

 ……な、なんてこと……あれが大石の手元にあるままなんて……こんな風に叛逆を起こした私を、この男はさらにきつくなぶるに違いがない……そして、この子達だって……

 恨みがましく自分を見遣る女教師の美貌が、牧田の心を高鳴らせる。どんなに責め立てても、どんなに卑劣な罠に陥れても、飽き足らない気にさせる顕子の白晰の美貌だった。さらなる責め苦によって、もっとこの美貌を歪ませ、ボロボロにさせたいという気にさせる嗜虐へと誘う魔性の美貌だった。

 「でもね、先生、そんなにがっかりしないでください……大石先生がそう言ったのを聞いた僕らが、そのままにしていると思いますか?大石先生はどうも僕らを端っからライバルともなんとも思ってないけれど、僕らにしてみれば、今朝先生にお話したように、大石先生は敵ですからね……そんな情報を聞いて、黙ってるほど、お人好しでもなければ、馬鹿でもないですよ……」

 牧田はそこまで言うと、傍らに立つ相棒の寒河江に目配せをする。すると寒河江は、顕子の傍らまで歩いてくると、何事かと身構える顕子に薄く微笑みかけただけで、大石のバックから顕子の両腕を引き出し、そのままバックを牧田の元へと持っていく。

 「ほうら、大石先生のバックには何でも入ってるんだから……この手錠と、ロープでさ、さっさと大石先生を動けないようにしてやろうよ」

 寒河江から受け取った大石のバックの中から、手錠と細いロープを取り出すと、牧田は笑顔で北原と清治に手渡す。

 2人の少年は、そのまま、未だに、ベットにうつぶせに倒れ込んでいる、無様な大石の両手を背中に回して手錠をかけ、さらにはロープをもつと、両足首と両膝をきつく縛り上げて、がっちりと固定し、芋虫か何かのように、床にごろりと転がした。

 「牧田君、これでいい?」

 清治が幾分上気しながら尋ねると、牧田は心持ち顎をあげて、軽く笑って見せた。

 昼間、顕子に投げ捨てられた挙げ句、清治と顕子との濃厚な性交を見せつけられた牧田の心中は、正直穏やかではない。だがそこで自分を見失って、清治を仲間から外すほど、牧田は子どもではなかった。むしろ今は、共通の敵である大石を追い落とすために清治とは仲間のままでいなくてはならなかった。大石を追い落とし、顕子を完全に自分たちの乳奴隷にしてしまってから、それからが、本当に清治との戦いとなるはずだった。その戦いの勝者も、顕子本人に出来得れば選んで欲しかった。清治を仲間から外し、顕子の所有権を、寒河江や北原たち三人だけで独占するのは簡単だったが、それでは牧田自身のプライドが赦さなかった。清治の子ども離れしたものに勝てるとは思わなかったが、それだけでいいとも思ってはいない。むしろ顕子の性感を強く引き出すことに、とくに乳を淫らに開発することにこそ、牧田は執着がある。それだけに、清治に対抗するには、一層の乳責めを行い、性器で得られる快感とは別個の強烈な感覚を顕子に植え付けることが必要なことだと、牧田は把握していた。

 裸身のままで立ちつくす顕子の眩いばかりの白く美しい肉体を見遣りながら、牧田は口を開く。

 「……これで大石先生は、手出しはできません……。今夜は、僕らだけのものになってもらいます……ですが、このまま大石先生には二度と先生に手をださせないようにはしますよ……大丈夫です。さっき話したビデオテープの件ですけどね、あれ、僕らが持ってるんですよ。実は、話を聞いた後、すぐにあの店まで行きましてね……ここみたいな田舎では、ああいう何でもかんでも売ってる小さな店が必ず集落ごとに一軒はあると思うんですけど、同時に宅配業務も下請けですけど、やってるところが多いんです。で、そういうところはですね、預かった宅配便を、専門の業者が回収に来るまで預かっておくということをするんです。その回収の時期っていうのが、午後の何時かを過ぎれば、翌日の朝になるんです。これは、家の両親の田舎で知ったことなので、多分大丈夫だと思っていたのですが、ここでも例外ではありませんでした。大石先生は今日の午後二時頃に起きたといっていました。だから僕らは、ビデオテープを送るためにあの店に行ったのは、少なくとも三時を過ぎているだろうと思っていました。そうなれば、まぁ、翌日回収になっていると思いもしました。それで急いでその店に行ったんです。そうしたら、ありましたよ、大石先生の送ろうとした荷物が……。僕らはそのお店の人のよさそうなお婆さんに、その荷物を送ろうとしていた人から頼まれたと……上の施設で林間学校に来てるのだけれど、先生が荷物を送ろうとして、間違った住所を書いてしまったから、直させてくれって言ったんです……。あとは、僕の家の住所と、受取人を僕の名前に書き直せば、OKです。これで、昨夜のテープは、僕らの手の中にあることになりました……」

 牧田の長広舌を聞きながら、顕子はきっと表情を改めて、牧田を見遣る。

 「……テープが僕らの手の中にあるということは、大石先生が紺野先生に対する強制力を無くしたことになります。でも、僕らにはある。そして、必要なものは、大石先生に対する僕らの強制力ということになります。けど、それもこのままだと何とかなりそうです。紺野先生の思わぬ反撃で、無様に伸びた挙げ句、僕らに縛られて……どうとでもできますよ……僕らに対して屈従の言葉を吐き出すまで痛めつけてやってもいいし……フフフフ……」

 乾いた笑い声を漏らす牧田の顔を見ていた顕子の表情が一層厳しさを増す。その裸身に力が漲っていき、筋肉の一つ一つが張りつめられ、熱を増していく。

 「うわぁっ!」

 瞬間的に身を後ろに倒しながら、びゅっという空気を切り裂く音が自分の額のあった辺りを通り過ぎていくのを、牧田は聞いた。若く柔軟な運動神経が、不意の顕子の攻撃を避けたのである。無様に尻餅をついたが、結果的にはそれが彼をすくったのだ。

 「な、何をするんですか?」
 「何をするんですか……ですって?決まってるわ、教育するのよ、ワルガキをね……今までは大石先生が全て悪くて、あなたたちはその悪い影響をうけているに違いがないと思っていた……でも、少し違うようね……要は、あなたたちも大石先生と同じ、獣なんだわ……仲間だろうがなんだろうが、自分の欲望のためには裏切る、獣!こんな子どもの内から、こんな……こんなことばかりして……」

 そこまで言って、顕子は不意に口ごもる。

 ……私、何をしているんだろう?

 目の前で呆気ないくらいに無様な格好を晒している牧田と、その周りを心配そうに囲む三人の教え子達を見ながら、今朝、浴室で牧田を同じように床に転がしたことを、顕子は思い起こしていた。

 ……そうだ、あの時も私は、この子に申し訳ないような、切ないような気持ちを感じたんだった……それは、結局、この子たちをそそのかすのも、罰するのも、大人のエゴにしか過ぎないんじゃないかとどこかで考えたからだと思う……でも、今は、この子たちが許し難い卑劣な存在だということを知ってしまった……だから、大人であり教育者である私がきっちりとこの子たちを罰しなくてはならない……この子たちのためにも……けど、何故だろう……自分が正しいことをしているとは、どうしても思えない……この悪鬼の様な子ども達を罰することを、私は、心から肯定出来ないでいる……何故だろう……こんなに、自分に自信がもてないのは、どうして……?

 顕子の脳裏に、今朝思いもよらぬことながら熱を込めて恥ずかしい奉仕を牧田の幼い突起に施した情景や、昼間、心の底から少年達の玩弄を受け入れた挙げ句、そんな自分に不思議な優越感を感じながら、何度も淫らな絶頂を極めたことがフラッシュバックする。

 ……私は、この子たちに責められることを、今日一日朝からどこかで肯定していた……それはこの子達を大石の悪い影響から解き放つまでは仕方のない状況だったからと、自分自身では納得していた……でも、昼間、私はこの子達に責められながら感じていたわ……凄まじい悦びを、自分自身への呆れるほどの愛情を……他の無能な教師に対する侮蔑感と優越感を……!

 そこまで考えて、顕子は漸く自分が牧田達を罰することに自信がもてないことの原因を悟った。

 ……この子達に想われていることが……この子達の想いを受け止めていることが、私自身、嬉しかったからなんだ……たとえそれがどんな卑劣な手段でも、この子達は私に憧れ、私を欲している……そんな風に子ども達に憧憬を浴びている教師が、私の他に居て?いいえ、いないわ……!だから、私は、嬉しかったんだ……どんなに屈辱感でいっぱいになったり、怒りでどうしようもない気持ちになっても、子ども達は私を愛しているからああいうことをするのだと感じているから、私は、この子達を受け入れてしまうんだ……

 その関係は、教師と生徒との信頼関係ではなかった。しかしそれでも、同じ人間としてすら生徒に見向きもされない教師が多い世の中で、牧田達に卑劣ではあるが、凄まじい愛情表現を受けている自分は、なんと幸せな存在なのだろうか。それを思えば、この子ども達の奸佞な心情は、充分に他ならぬ顕子その人によって改善されうる可能性を大きく秘めていると言えた。

 ……この子達を私は、罰するのではない。全てを受け入れて、諭すのだ……

 「先生、立場がわかってないんじゃないですか?」

 そんな顕子の心中に思い至るはずもなく、床から起きあがりながら、牧田は底光りのする視線を送る。

 「自分が乳奴隷だってこと、忘れてるみたいですね……。いいですか?先生は、教師である前に、僕らの乳奴隷なんですよ。昨夜も今日も、たっぷり教えて上げたつもりだったけどなぁ……予想以上に物覚えが悪いみたいですね」

 そこまで言ってから、牧田は顕子が先程までの荒々しさの欠片もなく、伏し目がちに肩を落としたのを見て、にやりと口の端を歪めて微笑んだ。

 「……わかってくれたのなら、いいですよ……でも、今回みたいに僕らを蹴り倒そうなんて二度と思わないようにするためにも、少しお仕置きをしなくてはなりませんよ、いいですね?」

 その言葉に対し、顕子は肩を落としたまま、静かに首を縦に振って見せた。

 「なら話は早いですね……それじゃ、これからこの部屋を出てもらいます。無論、その格好のままでね」
 「そ、そんな……」

 顕子は途端に表情を険しく変えて顔を上げる。少年達を罰するのではなく諭すのだと決心はしたが、流石に他の児童等に見られでもしたら、諭す罰するどころの騒ぎではなくなってしまう。

 「なんです?なにか言いたいことがあるんですか?」

 有無を言わせぬ牧田の表情だった。先ほど、顕子が反抗したことに対して恐怖感はまだあるだろうが、それを押さえつけて乗り越えた鋭い表情だった。

 ……そうだ、私はもう決めたんだ……たとえどうなろうとも、それはそれでこの子たちを諭す材料になるはずだわ……

 牧田の必死の表情は、充分に顕子の教師としての自負心を刺激した。今、顕子が彼らに反旗を翻し、暴力によって屈伏させてしまえば、二度と教師や、はては女性そのものにも心を開かなくなってしまうかもしれなかった。それこそ、大石のような拗けて卑劣な人間になってしまうのがオチだと、顕子は考えた。むしろ彼らの言うがままになり、その結果如何によって、教え諭していくことが、最善の方法に違いがないと、顕子はあらためて確信したのである。

 「いいえ、何もないわ。言うとおりにします」

 きっと顔をあげ、正面から牧田の視線を捉えて、顕子は淀みなく応える。

 「そうですか、なら、早速出ましょう。ただし、逃げられては困りますから、昨晩したように手錠をはめてもらいますよ」

 顕子の答えに、露骨に安堵の表情を浮かべた牧田は、大石のバックから、昨夜顕子の手首を固定した手錠を取りだし、隣の寒河江に渡す。寒河江は顕子の両手を背中に回させると、器用にはめた。

 「さ、出ますよ」

 北原が開けたドアを、牧田と寒河江に両脇から挟まれるようにして立っている顕子が通り抜ける。

 廊下の灯りは、既に就寝の時間を過ぎているためすっかり消されていて、所々に取りつけられた常夜灯の灯りだけがぼんやりと暗闇に浮いて見えた。

 その薄暗い廊下の雰囲気をどこか肌寒く感じた顕子が、小さく震える。今にも廊下の両脇に並ぶ宿泊室のドアのどれか一つがおもむろに開き、教え子達が顔を出すのではないかと、気が気ではない。だが、自分の周りを囲うようにして足音を忍ばせながら歩く少年達の顔を見ると、羞恥心や恐怖心よりも、どことなく頼もしく感じられてくるのが、顕子には不思議だった。

 一方、従順な顕子の態度は、少年達の雰囲気を柔らかいものに変化させていた。他の児童が寝静まっている隣を、全裸の女教師を連れて歩く優越感も加わって、少年達は互いに軽口を小声で交わしながら歩を進める。

 「牧田、さっき見てきたら、やっぱり置いてあった」
 「ん?そうか、で、鍵は?」
 「鍵は寝る前に大石先生が必要だって言って、管理室からもらってきてるよ」
 「お、サンキュー」
 「ねぇ、何をするの、これから?」
 「まぁ、楽しみにしておけって、高橋」

 時折くすくすと忍び笑いを漏らしながら、少年達と、巨大な乳房を揺らしながら歩く全裸の女性という異様な取り合わせは、そのまま宿泊室の並ぶ棟を抜けて、付属の体育館に繋がる渡り廊下の辺りにまでやってきていた。

 常夜灯すらない真っ暗な空間は、今の顕子にとって大きな救いだった。向こうにぼんやりと体育館に続く重そうな扉が濃い影となって見えた。

 「こ、ここで、何をするの?」

 今まで奇跡的に誰にも会わずに来たことや、漸く落ち着ける場所に着いたということで、顕子の気持ちは緩やかなものに変化していた。思わず前に立つ牧田の背中に声をかける。

 「ん?ここじゃないですよ、ほら、そこのドアの中です。今、北原が鍵を開けてますから、少し待っていて下さい」

 牧田が指を指した暗がりの中で、北原の小さな背中が動いている。やがて、ガキッという南京錠の外れる時代錯誤な音が暗闇に響きわたると、北原の背中は、暗がりの中に呑み込まれるように消える。

 「よし、開いたな。……行きますよ、先生」

 寒河江が後ろ手に施錠されている顕子の背中を、今北原の消えた暗がりへと押し出す。

 「ここは?」

 不意に、暗がりになれた瞳が眩い光に包まれると、顕子は自分が汚らしい物置の中に立っていることに気づく。

 「ここの物置小屋です。渡り廊下と隣接していて、僕らにとって非常に嬉しいことに、窓がそこの小さいヤツ一つしかない。だから、そこを段ボールか何かで、こう覆うとですね、外に灯りも漏れないんです。いい場所でしょう?」

 北原が得意げにそう言いながら、落ちていた段ボールで、壁の中程に付いている窓ガラスを覆い、これまた物置の隅にある棚の上に置いてあったガムテープで固定する。

 「今回の林間学校で、僕らの班は、用具係になりましたからね。こういう場所に気づくのは、あっと言うまでした。ここに先生を連れ込もうって、勿論すぐに思いつきましたよ」

 立ちつくす顕子の傍らに立った牧田が、その無防備な胸の先を指で擽るようにしながら、笑いかける。

 「これから、僕らだけでキャンドルサービスをしましょう。僕らだけの特別のキャンドルサービス……一生消えない、強い思い出を、僕らは欲しいんです……勿論、それには、僕らの大好きな紺野顕子先生がいっしょに居なくちゃいけない……。協力していただけますよね?ここまで来たんだから」

 牧田の言葉に、不審な表情を見せながらも、顕子は小さく頷く。その視線の先には、いつの間にか運び込まれていた大石のバックからライターを取り出して、戸棚に置いてある木箱から、細いローソクを何本も運び出す寒河江と清治の姿が映る。

 ……ひょっとして、この子達は、今夜はとくに何もしない気なのかもしれない……私と、この子達だけの特別の思い出が欲しいだけなのかもしれない……

 先ほど牧田が「少しお仕置きをしなくてはならない」と言い、顕子その人にその是非を訊いたことを、顕子はすっかり忘れていた。それだけ、今現在の少年達の雰囲気は柔らかく、自分が全裸の上後ろ手に施錠されていることをも忘れさせてくれる程、楽しそうに和気藹々としていたのである。

 「おい!電気消せよ!火、点いたぞ」

 寒河江がローソクの先に火を灯すと、北原が照明のスイッチを切る。不意に、寒河江の手の中のぼんやりとした灯りが、闇の中に大きく浮かび上がる。

 「……綺麗ね……」

 我知らず顕子の口から、溜息交じりの声が漏れる。闇の中で、四人の教え子が息を詰めるようにしてローソクの灯りを見守っているのが微笑ましかった。思えば、自分の教師生活で、こんな風に子ども達と同じ視点で何かをじっと見つめたことなどないことに気が付いて顕子は小さく口の端を吊り上げる。皮肉なものだと思う。いや、今では皮肉でもなんでもなく、確かに自分はこの子ども達にとって、唯一無二の教師になったのだと思っている。それが誇らしい一方で、そこに至った子ども達の卑劣さや、自分の狂態を思い返すと、暗澹たる気分になってくる。だが、それを慰めてくれるローソクの炎だった。儚げで弱々しい反面、まっすぐにローソクの芯を頼りに立ち上がるように燃え上がる炎は、温かくそして美しかった。

 「もっと火をつけよう」

 北原が楽しそうに言うと、清治が笑顔で頷き返す。たちまち、それぞれの手に二本ずつ、計八本のローソクに火が灯り、用具室を煌々と照らし出す。

 「結構明るくなるんだね」
 「そりゃ、八本もあれば……さぁ、そろそろキャンドルサービス始めようぜ」

 清治の嬉しそうな言葉に、牧田がどこか突き放すように口を開くと、寒河江と北原が後ろ手に拘束されたまま陶然とした表情を微かに浮かべて立ちつくしていた顕子の傍らに立つ。

 「それじゃぁ、僕から始めるよ!」

 北原が高らかに宣言すると、牧田と寒河江がにやりと相好を崩して頷き返す。

 「あ、熱いっ!」

 まったく予期していなかった熱蝋が乳肌を焼く灼熱の感覚に、顕子の体が大きく弾むように震える。

 「あ、動いちゃダメだって!」

 狼狽える顕子を嘲笑うかのように、北原は炎の揺らめく芯の底に溜まっている熱蝋を、一滴一滴慎重に顕子の巨大な乳房の上に落としていく。

 「いやぁっ!こ、こんなっ!ひぃっ!熱ぅっ!」

 自ら白く淡い光を放つかのような顕子の白く肌理の細かい乳肌を、北原の垂らす熱蝋は無情にも焦がしていく。北原は遊ぶように交互にローソクを動かして、左の乳房の上方に垂らしたかと思うと、次は右の乳房に垂らす。その度に後ろ手に拘束されたままの危ういバランスの中で、巨大な乳房を大きく揺さぶり、顕子は上半身をのけぞらせる。白い蝋の染みが、美肌に浸み入るようにしてどんどん乳房の表面を覆っていく。それは顕子の甲高い悲鳴と、豊かで柔らかい乳房が千切れるのではないかという程うち振われる度に、乳肌の上に増殖していったが、必要以上に巨大な顕子の乳房を埋め尽くすには至ってはいなかった。

 「フフフ、オレもいっしょにやってやるよ、乳奴隷の紺野顕子先生……」

 灯りを消した用具室でローソクに照らされて浮かび上がる、顕子の白く豊かな、どこか秀麗な高嶺に降り積もる新雪を思い起こさせる裸身に引きずり込まれるように、寒河江が嗜虐の喜びに満ちた顔で、自分のローソクを顕子の乳房の上に傾ける。

 「ひーっ!」

 気丈な顕子の顔が、苦痛と悲嘆にくれ、挙げ句には目尻に涙が浮かんでいる。その凄惨さは、少年達の理性を吹き飛ばし、簡単に悪鬼たちの群へと変貌させるに充分すぎるものだった。北原も寒河江も、天井から吊し上げられて居るかのようにピンと上方を向いた豊かな白い乳房に、狂ったように熱蝋を落としては、下卑た笑い声を漏らす。見る見るうちに、先ほどまでまだ熱蝋に覆われていない部分の方が多かった顕子の乳肌が、白い蝋に覆い固められていく。しかも、一旦覆われた部分には、更に熱蝋を浴びせ、こんもりと盛り上がる迄に蝋を重ねるのである。その様は、まるで、奇妙な腫瘍が乳房の表面に吹き出てきたかのようにも見えた。

 「ね、ねぇ、牧田くん……先生、あんなにいやがってるよ……それに、なんか、気持ち悪くない?せっかくの先生の大きくて綺麗なおっぱいが、これじゃ台無しだと思うんだけど……」

 醜く変貌を遂げた顕子の乳房と、熱蝋を垂らされる度に用具室に響きわたる顕子の悲鳴とに促されるように、牧田に向かって清治は思わず口を開く。

 「……いや、高橋。あれでいいんだよ。あれでこそ、これからのキャンドルサービスの役に立つんだ……最高の思い出を演出する、乳奴隷のおっぱい燭台としてね……」

 嫌悪感を露骨に示した清治をどこか哀れむように、牧田はせせら笑う。

 「燭台?なに、それ?」

 聞き慣れない言葉に目を白黒させる清治を一瞥すると、牧田は自分の手に持っているローソクを、かざすようにして顕子の顔の前に持っていく。

 「先生、大分きついみたいですけど、大丈夫ですか?それもこれも、みんなこうするためだったんですよ。さぁ、動かないでください……ただでさえ、人並みはずれてデカイおっぱいなんだから、揺れて揺れてしょうがないのに……」

 歌うように言いながら、牧田は幾重にも蝋を垂らされ、奇怪な形に凹凸を見せる乳房に、更に熱蝋を垂らす。弾かれるようにしてその度に顕子が身を大きくのけぞらせ、叫び声をあげるが、すかさず両脇から、自分たちのローソクを使い切ってしまった寒河江と北原が押さえ込む。

 身動きがとれないままに、熱蝋を垂らされる苦痛は思いもよらぬ程顕子の精神を蝕んでいく。まだ身をのけぞらせ、叫び声をあげていれば、その瞬間だけでも熱蝋の苦痛は和らいだ。しかし、身動きを封じられた途端、逃げ場を失った苦痛は、鐘の中で共鳴して増幅する音のように巨大化し、さらなる激しさで顕子の肉体の芯に襲いかかってきたのだ。さらに、声をあげることで苦痛を和らげようとするの顕子の心の内を見透かしたように、熱蝋を垂らしながら、牧田は挑発的に口を開く。

 「ククク、先生、昼間のときよりも、もっともっと声が出ているじゃないですか……。先生は高橋のチ×ポよりも、ローソクをおっぱいにもらう方が好きなんですね。流石、乳奴隷だ。御立派な心がけですね」

 馬鹿らしいとは思いながらも、顕子は牧田の言葉に悲鳴をあげることを懸命に堪える。あくまでも牧田たちにとって特別な唯一無二の存在であるのは、教師としての自分でなくてはならないと顕子は考えている。もし、乳奴隷として牧田たちの中で存在するのであれば、自分が今まで受けてきた屈辱は、まったくの無駄になってしまう。この状況下であっても、顕子は教師としてこの悪童たちに向き合わなくてはならない。そうしなくては、今まで受けてきた淫猥な屈辱は、顕子から人間としての尊厳すら奪いかねないのである。何よりも、少年達は、あのビデオを手中に収め、ついには大石すらも出し抜き、今や顕子に対する最大の影響力を持つに至っている。たとえその少年達の思い通りになっても、最後まで譲れない部分があるとしたら、教師としての自分自身であることは明白だった。それを失えば、顕子は顕子でなくなる。それこそ、少年達の言う、「乳奴隷」でしか無くなってしまうのだ。

 懸命に歯を食いしばって熱蝋の苦痛に耐える顕子を、酷薄な笑みを浮かべながら見遣った牧田は、熱蝋を垂らしたばかりの肌の上に、片方の手に持っているローソクをそのまま立てようとする。

 だが、苦痛の声を食いしばった歯の隙間から漏らす顕子の小刻みな身悶えによって激しく揺れる乳房の表面にローソクを立てることは至難の業だった。ただでさえ平面ではない乳房の上というだけでなく、人並み以上に巨大で大きく揺れる顕子の乳房ということが、その作業を一層困難なものにした。無理矢理立てようと、蝋を大量に被った乳肌にローソクを突き刺すように押し付けると、思いもよらなかった弾力性を見せた乳肉が、ローソクをはじき飛ばしてしまうのである。

 「畜生、凄ぇ、おっぱいだよ、ホント!くやしいけど、流石だよ!でも、とことんまで蝋で固めてしまえば、どうだ?」

 牧田の合図で、寒河江と北原は新たに四本のローソクを持って現れ、次々に今まで以上のペースで、乳肌の目掛けて蝋を垂らし始めた。見る見るうちに美しく気高くさえあった巨大な膨らみは、今まで覆われていなかったところまでも白い蝋に浸食されていく。

 「ウハハハ!見ろよ、高橋!もう、原型を留めてないぞ!紺野顕子先生のおっぱい!でこぼこで、全体を白い蝋が覆って、なんか、鍾乳石とか、ああいう感じだよな?」

 どこかたがが外れてしまったように、寒河江が大笑しながら清治を振り返る。寒河江が言ったように、顕子の乳房には、もうかつての美しさと豊満さを見事に調和させていた、奇跡のようなフォルムは存在していなかった。有るのは、グロテスクでいながらどこかユーモラスな、小惑星の表面の様な情けない蝋の塊に過ぎなかった。ガチガチに蝋で固められた乳房は、既に揺れることもなく、顕子にとって幸いなことは、熱蝋の熱をいくらかは遮断してくれていた。だがそれ以上に、自分の乳房を玩具にされたという、哀しみや羞恥心の方が強く、苦痛が半減した分、顕子は項垂れて少年達になされるがままでいたのである。

 その項垂れた顕子の表情には、昨夜から少年達がどれほどの責め苦を味わせようともついぞ見せることの無かった、深い哀しみによる切ないまでの諦めが浮かび、端から見ている清治の胸を切なく締め付ける。こんな顕子の姿など思い描いたことのない彼にとって、いつもの毅然として、若く溌剌とした肢体を見せつけるように快活に動き回る姿や、どんなに淫らな責めを受けようとも、どこか能動的に動こうとしていた姿勢とのギャップは、にわかには信じがたいものであった。そして急速に、清治の心の中に燃えさかっていた欲望の炎が消えていこうとしていた。そうさせたのは自分たちだとわかっている分だけ、その精神的な衝撃は大きく、清治は初めて罪の意識を強く感じていたのだ。

 「……も、もう、いいじゃないか!」

 振り返ったままの笑みを浮かべた寒河江の顔が瞬時に凍り付く。

 「お、おい!や、やめろ!高橋っ!」

 寒河江の悲鳴に、何事かと振り向く牧田の目の前で、寒河江の顔に熱蝋が飛び散って跳ねると、寒河江は悲鳴をあげながら床を転げ回る。

 「もう、いい加減にしろよ!せ、先生を、先生を、これ以上、いじめないでくれよ!」

 清治は必死の形相で両手にローソクを握り、たった今熱蝋を浴びせかけた寒河江か、それとも今振り返った牧田かどちらかはわからなかったが、怒鳴りつけた。

 その様子には、いつものどこかおどおどとした清治は居ない。むしろ、昼間、牧田を押しのけて顕子と交わった時に似た気迫を漲らせて、牧田すらも圧倒しつつある。

 「フン、なんだよ、随分だな……」

 牧田はどこか圧倒されつつある自分を鼓舞するためにも、殊更に清治を馬鹿にした態度をとってみせる。

 「だ、だって、そうじゃないか!牧田くんだって、みんなだってそうだろう?ぼ、僕たちは先生が好きだったんじゃないの?好きだから……」

 「乳奴隷にするっていうのか?フン、高橋、お前、チ×ポはでかいけど、頭の中身はちっぽけだよ、ホント。いいか?俺たちが今まで先生にしてきたことは、好きとかそういう問題じゃ、もうないだろう?違うか、高橋……。お前、先生とこってりとセックスしたから、逆上せてるんだよ。わかってないんだよ。いいか、俺たちは、もう、先生と普通に付き合うことは出来ないんだ。俺たちは他の奴らとは違う。先生をただ好きでいることはできないんだ。そう、俺たちは先生を所有するしか、これから先、先生と繋がりをもつことは出来なくなるんだ……」

 牧田は、斜めに顎を心持ちあげた傲然な態度で、出来の悪い生徒に言い聞かせる教師のような口調で話した。だが、その言葉の正しさは逆上した清治も認めないわけにはいかなかった。確かに、これから先、清治達は自分の身を守るためにも、顕子を所有し続けるしかないのである。だが、何かが違うと、清治は感じていた。自分たちのしでかした出来事も、けして顕子への愛情を歪ませたものではないと照明してくれる何かがあると思っていた。そうでなくては、清治は自分自身を許せそうもなかった。欲望だけで突っ走り、顕子を陥れ、弄んだ自分を許せなかった。それはたった今清治の心の中に浮かんできた鋭い感覚だった。顕子の儚げな風情を目撃し、自分の罪を自覚したとき、清治は本当の意味で、顕子を愛してしまったのだ。

 その初めての恋とも呼べる感情を裏切ることは、今の清治にはどうしても出来なかった。なんとしても牧田を言い負かさなければ、顕子をこの苦境からなんとかして救い出さなくてはならないと、清治は目を白黒させる。

 「どうした、高橋?何も言い返さないのか……?」

 牧田は勝利を確信して、うっすらと笑みをこぼす。その表情を、下唇を上の歯で噛み締めながら、清治はじっと睨み付ける。

 「僕は、牧田くんたちとは違うっ!先生とセックスしてきちんと喜ばせてあげられたのは、いや、もの凄く気持ちよすぎて気を失わせることが出来たのは、僕だけだよ!だから、僕はわかるんだ!乳奴隷じゃなくても、先生とは生きていけるんだ!」

 臆面もなく叫ぶ清治の顔を、牧田は信じられない物を見たかのような表情で見遣る。

 「わかる?僕は、僕だけは先生を特別に喜ばせてあげられるんだ!そして、僕は先生が好きだ。僕は、先生をいじめたりなんかしない。先生を喜ばせてあげるだけだ。そう、先生は、僕のものだ!いっしょに、生きていけるのは、僕だけなんだ!乳奴隷じゃなくても、いいんだよっ!」

 牧田の表情を押し切るように、清治はそこまで一気に吐き出すと、予想外の出来事に顔を上げて成り行きを見守っていた顕子の顔を笑顔で見つめる。

 「先生、先生だって、僕が一番好きでしょう?僕はいじめたりしないし、もし子どもができたとしても、それが誰の子でも、僕、頑張って育てるよ、だから、僕……ぐっ!」

 少年らしい性急さと短絡さでまくしたてていた清治を、牧田が拳で殴りつけた。頬に受けた衝撃でぐらりと揺らした上体へ、更に牧田は体当たりを加えるようにしてのしかかると、続けざまに殴り続けた。

 「言うに……、言うに事欠いて、「先生は僕のもの」だと!?いい加減にしろっ!てめぇなんかに、何がどうなったって、こいつを自由にさせるかっ!おい!こら!思い上がってるんじゃねぇっ!」

 殴りながら、牧田は怒りの度合いを高めていき、それこそ目の前で情けなく自分の拳を受けて鼻血を吹き出して呻いている清治への殺意を、凄まじく強い殺害への衝動に心をとらわれてしまっていた。

 「ま、牧田くん!や、やばいって、高橋、死んじゃうよ!」

 慌てて北原が牧田を背後から羽交い締めにしようとするが、その北原すらも牧田に殴られて、苦悶の声をあげて床に倒れ込む。

 「五月蠅ぇっ!いいか、この計画を最初に考えたのは、オレだっ!オレがいなければ、お前ら一人だって、こいつの、紺野顕子の最高の乳を味わうことなんて、出来なかったはずだ!それを、言うに事欠いて、「僕のもの」ってなんだ!いいか!オレはコイツに教えてやるんだ!紺野顕子はあくまで乳奴隷で、その所有権は、高橋!お前なんかにゃぁ、ねぇってことをなっ!コイツをかばい立てするんなら、お前もいっしょだ!北原ぁっ!」

 北原の小さな体を殴り飛ばして、牧田は吠えるように怒鳴った。日頃、優等生として君臨し、寒河江をはじめとする仲間達を従えてきた自分への自負が、清治の行動によって揺らいできたことを自分自身で吹き飛ばそうとでもいう様に、牧田は尋常ならざる声で怒鳴り、仲間達を殴りつけた。

 最早牧田は我を失い、君臨すべき仲間すらも打ち据える狂った暴君だった。清治は呻き声すらあげず、無防備に晒した顔を牧田に何度も何度も殴りつけられていた。おそらく声をあげる気力を失ったのか、気絶しているのだろう。牧田を押さえつけようとしてしたたかに殴られた北原は、暴風雨が過ぎ去るのを待つ小動物のように、用具室の角で震えながら牧田をじっと見つめ続けている。そして先ほど清治に熱蝋を浴びせかけられた寒河江は、おそらく目にでも熱蝋が入ってしまったのか、未だに緩慢な動作で床の上を這い回っている。

 「紺野顕子を乳奴隷にする会」は、この瞬間に消滅していた。それも会を結成した牧田自身の手によって見るも無惨に。

 「いいかっ!もう、紺野顕子は、乳奴隷なんだ!わかれよ!俺たちは、もう、あいつの所有者として生きていくしかないんだ!そうでないと、そうでないと……先生は、紺野顕子は、俺たちを一生、赦さない……そうだ、赦さない筈なんだっ!」

 それは悲鳴だった。牧田の、未だに11才でしかない少年の心からの泣き声だった。彼は、ことの最初から、わかっていたに違いがなかった。自分たちが子どもであるということの哀しみを。これから先失う物の多い人生の突端に居る自分たちが、最初に失う筈のものの巨大さを。それが二度と手に入らないと思うほどにその心は焦り、熱し、はち切れ、そして歪んでいくにしても、その哀しみを放っておくことの方が、少年には耐えられなかったのだ。

 大人はそれを、いい思い出にしたり、そうとは知らずに時を過ごし、いつの間にか忘却のかなたに追いやることで、自分自身を守ろうとするのかもしれない。しかし、失う物の価値を既にして知ってしまったらどうすればいいのだろう。少年の時にかけがえの無いものだと気づいたものを、大人になってから追いかけることは、難しいものだ。よしんば手に入れたとしても、子どもが大人になるのと同じく、その対象も大きく変わってしまっているに違いがなかった。表面上は同じに見えても、変わらないで居られるものなど、有ろう筈もないのだ。

 「やめなさい」

 牧田が清治を殴り続ける鈍い音が、凛とした声に止まる。

 「やめなさい。牧田くん。そんなことをする必要はないの、わかる?」

 後ろ手に戒められ、乳房全体を熱蝋でグロテスクに変えられてしまったにも関わらず、顕子はいつの間にか背筋をまっすぐに伸ばして顔をあげ、牧田を見据えていた。

 「な、なにが、止めろだよ、ち、乳奴隷のくせに……」

 顕子の表情は、いつもの凛冽とした知性の輝きに溢れた鋭くも眩いばかりの美しさを取り戻していた。しかも、口調はどこか厳しい物だったが、けっして冷たいものではなかった。その表情に呑み込まれるような感覚を感じながら、牧田は放つ言葉はともかくとして、清治の上から漸く体をどけてしまう。

 「牧田君」

 牧田と清治の元へと、顕子は足を踏み出す。その歩み自体はぎこちないものだったが、一歩一歩に意志のようなものを感じて、牧田は何も言えずに顕子が自分の目の前に立つまでじっとしていた。

 顕子は牧田の顔をそのままじっと見つめていた。二人とも何も言わなかったが、顕子の表情はあくまでも牧田に何かを訴えかけていたし、牧田自身も先程までの狂騒が嘘のように、おとなしく顕子の視線を受け止めていた。

 不意に、顕子の口が開くと白い前歯が、寒河江が倒れたときにそのまま床に落ちて火を灯し続けていたローソクの炎に照らされて、強く光った。

 「牧田君、先生ね、わかったの。先生は、やっぱり先生だわ……乳奴隷の先生。それで、いいの……。あなた達どれか一人なんて選べないもの……だから、ごめんね、高橋くん。あなたの気持ち、本当にうれしかった。それに、牧田君も、ちょっと曲がっちゃったけど、気持ちはいっしょだものね。寒河江君も、北原君も、みんな、私が好きで好きでしょうがないのよね……いいわ、私が、一生みんなの乳奴隷の先生でいてあげる……いいでしょ、それで?だから、いつまでも先生が胸を張れるような、立派な人になって。本当は先生だって、あなたたちを卒業と同時に手放すのは、もの凄く淋しいことだし、かなしくおもっていたのよ。でもだからって、こんなことをしてしまってはダメ……ううん、もう、いいわね。先生、決めたもの。あなた達の側に居る。たとえそれが乳奴隷でも……」

 少しの違和感を感じず素直に口を衝いて出る自分の言葉に、顕子自身少なからず驚いていた。自分の耳元で囁かれる度に、嫌悪と屈辱とでおかしくなりそうだった「乳奴隷」という単語が、驚くほどスムーズに口から出る。だがそれは諦めによるものではなかった。顕子は、自分を巡って争う少年達の荒々しいまでの心の中の葛藤と哀しみを目の当たりにしたことで、教師としての自分を保ち続けながら、乳奴隷として少年達とともに生きていくことを決意したのだ。

 唯一無二の存在として少年達の心の中に生きていくことは、あくまで教師としてではなくてはならないと顕子は考えていた。自分という存在を、教師という職業を通しての誇りによって支えてきた顕子にとって、乳奴隷としてのみ彼らに認識されてしまうことは、自分自身の喪失に繋がると思ってきた。だが、少年達の心からの想いを知ったとき、顕子は大きく考えを変えたのである。教え子の心の成長を見守り、教え諭してやることが教師としての務めであり、その方法は教え子それぞれにあったものを見つけだし、そして実行するということは教師の務め上当然のことであった。この、確かに歪んではいるが、自分のバランスを失うまでに募らせた顕子への想いは、その想いが一途な分だけ、彼らとともに歩んでいくことこそ、この哀しい想いに精神のバランスを失った教え子たちを救う唯一の方法だと、顕子は悟ったのだ。

 まだ何を顕子が言ったのか、あまりのことに理解できかねるという表情のままの牧田や、漸く目を開けて顕子の方に顔を向けた清治、そして北原や寒河江に、顕子は優しげに声を投げかける。

 「だから、もう喧嘩はよしましょう。そんな元気があるのなら、先生をみんなで、昨夜や昼間のように、みんなで……してちょうだい……できない?そんなわけないわよね。だって、みんな、先生が好きなんでしょう?先生のおっぱい、大好きなんでしょう?」

 ふらふらと牧田が顕子に吸い寄せられるように近づいていくと、北原も、まだ顔の熱蝋が気になるのかよろめきながら歩く寒河江も、そして牧田にしたたかに殴られて顔を無惨に腫らせた清治すらも、顕子の傍らへと足を運んでいた。  


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