前日
大石は、いよいよ8月1日から始まる林間学校の打ち合わせのために、夏休みに入ったとはいえ、連日学校に出勤しなくてはならなかった。教師になって唯一嬉しかったのは、まとまった休みがとれるということだけだったのだが、大石は真面目に出勤した。 「おはようございます、紺野先生」 林間学校が明日に迫ったその日も、大石は学期中と何ら変わらない時間に出勤してきていた。無論、同じく引率になっている紺野顕子も出勤してきていた。 「おはようございます、大石先生」 顕子が朗らかな声で挨拶を返す。大石が途中で逃げ出した夜から一日おいて夏休みに入って初めての打ち合わせをしたのだが、顕子の態度は依然とまったく変わっていなかった。そんな顕子の態度に、自分が凌辱者であったことはばれていないと安堵すると同時に、顕子にとって、あの出来事はそれほどダメージになってはいないのではないかと、大石は歯ぎしりするほど悔しがった。 今朝も顕子はまったくふだんと変わらない態度だった。長い黒髪は頭の後ろで一つに束ねられ、清楚な美貌にはうっすらと化粧が施されている。着ているものは、白い清潔感漂うブラウスと、紺色の余り丈の短くないタイトスカートである。彼女の職業を知らないものでさえ、一見して真面目な教育者だと思うと考えられる顕子の佇まいだった。 職員室の一角に置かれているソファの上で、打ち合わせはいつものように始まった。 「初日の移動バスの席順はこれで、いいんですよね」 顕子が自然な動作で大石の方に身を乗り出して、昨晩まとめてきたであろうプリントを差し出す。 「ああ、そうですね。班毎ということになってましたが。とくに、問題はないでしょう、これで」 顕子から漂ってくる心地よい香りが大石の中の嗜虐欲をかき立てていく。 ……そんな澄まし面してられるのも、今の内だけだぜ! 顕子のブラウスを持ち上げる重量感に溢れている胸を見ながら、大石にはまだ一週間も経っていない、あの晩のことを思い出す。素っ裸に剥いた時の興奮と、直に味わった太股と胸の味。恐怖と屈辱に歪む猿轡に飾られていた美貌。乳首にクリップをはめてやったときの、大粒の涙。 ……今度は、徹底的になぶってやるからな!まってろよ! 「……で、バス酔いのひどい子には、あらかじめ酔い止めを服用してもらうことにします。各自ご家庭で用意してもらうということは、夏休み前の学年報でお知らせしておきました」 酔い止めという言葉に、大石はそれまでの嗜虐欲に彩られた妄想を一旦止めた。 「紺野先生は、大丈夫ですか?その、バス酔い……」 大石の頭の中で、一つの奸計が閃いていた。 「ああ、それでしたら、私が持ってますよ。私も乗り物酔いがひどい質なんで……。私の親戚に医者が居ましてね、特別に調合してもらったものがあるんですが、いかがです?」 勿論嘘であった。大石の親戚に医者など居ない。そればかりか、彼が顕子に勧めているのは、酔い止めなどではなかった。大石が遊び人だった頃に、ワル仲間から譲り受けたレイプ・ドラッグと俗に呼ばれている代物の一種であった。 ……確か、まだ家に二、三錠残ってたよな 一旦服用したら、最低でも半日は目が覚めないという睡眠薬の様なものだ。飲み屋などで気に入った女がいれば、何気に隣に腰掛けて、隙を見ては飲みかけのグラスに入れて、ホテルに連れ込んだりもした。もっとも、女性の反応があった方が断然いいに決まっているので、大石はあまり好んで使ってはいなかった。意識のない女を責めても、人形を相手にしているのと同じで、まったく興奮できなかったからだ。だが、昏睡状態にしておく為だけだったら、下手な睡眠薬よりも手軽で効き目もある。あの頃に面白がって全部使ってしまわなくてよかったと、大石は心から思った。 「そうなんですか?だったら、私にも一つ分けて下さると嬉しいです」 顕子が少し照れたようにして笑った。大石も満面の笑みでそれに応えた。 「ええ、いいですよ。それじゃあ、明日出発前にお渡ししますから。紺野先生も二時間位前には来ますよね、学校。じゃあ、その時にでも」 胸の中で悪魔のような形相をした自分自身がほくそ笑んでいる中、大石はあくまで若手の教育熱心な教師の仮面で顕子に相対した。午前10時出発のバスに乗る前に呑んで、効き始めてから、最低でも夜の10時以降にならなければ目を覚ますことは無いはずだった。その間に、林間学校の宿舎の顕子の部屋で、この間のようにしっかりと縛り付けておくのだ。児童の就寝時間は9時だから、大丈夫だろう。寝静まった子供達を後目に、大石は朝まで顕子を存分に責めなぶることにする。今度は、覆面など付けずに、素顔のままで相対することにした。今見せている教育者の顔から、凌辱者の顔になった自分を見て、顕子がどんな表情を見せるのか、非常に興味があった。素顔を晒す危険は百も承知だが、信じていた男に裏切られて苦しむ顕子も見てみたい。そして、そのためには顕子が自分を訴えたり出来ないようにしてしまえばいいのだ。一部始終をデジタル・カメラにでも、またはビデオにでも撮影してしまえばいい。 大石は自分が知らず知らずの内ににやけてしまっていることに気が付いて、慌てた。だが、顕子はそんな大石に気が付いてはいないようで、次のプリントを大石に見せた。 「初日は、移動と入所式のみですね。夕食後には班長会議を行って、二日目の自然散策について打ち合わせをします。二日目は、午前中に陶芸教室。午後から自然散策に向かいます。地元の教育委員会の方が案内して下さることになっています。で、三日目は、午前中は海浜散策。午後は遊覧船に乗って、海岸線を廻ります。雨だった場合は、近所の小学校の体育館を借りてミニ運動会を行うことになっています。夕食後に、食堂で今回の林間学校の反省点を皆に書いてもらいます。四日目は、午前中に出所式を行って、帰ります。こういう流れでしたよね?何か、ありますか、大石先生」 林間学校の流れを、計画書から個別にプリントアウトしたもので、大石は顕子から確認を受けた。 「とくに、ないんじゃないですかね……。あ、三日目の夜は反省会をする前に、キャンドルサービスがありますよね。うちのクラスの山際がそこで火の精をやるんで張りきってますよ」 「ああ、そうでしたね。うっかりしてました。ここにも書いてありますね、午後7時キャンドルサービス、午後8時反省会って。でも、山際さんは可愛らしい娘だから、火の精の衣装も似合うでしょうね」 キャンドルサービスでの火の精とは、一人一人が持つ蝋燭に火を点けて廻る役のことである。白い布を体に巻き付けただけの格好だが、神秘的な感じがするので、女子の間では、毎年その役を巡って争奪戦が繰り広げられた。 ……無邪気なもんだ。ひょっとしたら、お前の肌にキャンドルサービスするかもしれないんだぜ 大石の頭の中では、白い布きれ一枚の半裸に近い格好の顕子が組み伏せられて、その雪も欺く白い肌に熱い蝋を垂らされて泣き叫ぶ姿が浮かんでいた。 もうすっかり顕子を凌辱する計画は達成されたとでもいうように、大石は妄想を膨らませていく。あの晩、林間学校でならば、と気が付いて以来、大石はどうすれば顕子を失敗した前と同じ状況に持ち込めるかということを何度も考えてきていた。またスタンガンを使うという考えが一番有力だったが、それまで元気だった人間がいきなり倒れたりしたら、それはそれでごまかす手間がかかる。だが、もともと乗り物に弱い女性が、気分を悪くして寝込んでしまった、という形ならば無理がないように思われた。 言うなれば、顕子の発した乗り物酔いという言葉が、大石に突破口を開いたのである。 大石の頭の中は、すっかり顕子をどうやって責めてやるかということでいっぱいになってしまっていた。次から次へと妄想が駆けめぐっていく。そのため、顕子が怪訝な表情で自分の顔を覗き込んでいるということにすら気が付かなかった。 「……あ、どうしました?紺野先生」 内心冷や汗をどっとかきながらも、大石は上手くごまかそうとする。 「いやあ、山際の火の精姿を想像しましてね。きっと神秘的で本物の精霊見たいに見えるんじゃないかと、嬉しくなってしまって……」 顕子は明らかにむっとしていた。真面目な彼女は、打ち合わせの途中でありながら、心此処にあらずといった大石の態度に生理的な嫌悪感を覚えたのであろう。だがもし、顕子が本当に大石が空想していたことを知ったら、きっと卒倒してしまっただろう。もしくは、咄嗟に、得意の空手で大石を叩きのめしてしまったかもしれない。 「すいません。もっと真面目にします。ですから、機嫌を直してください」 頭をかきながら、申し訳なさそうに大石は頭を下げた。そうした態度に顕子の表情も緩和した。真面目ではあるが、根が優しいので、相手にへりくだられると、罰が悪くなってしまうのだ。 「こちらこそ、偉そうに言ってしまって、すいません……」 顕子が慌てて大石の方に手を回して、その顔を起こさせようとした。顕子の掌の生暖かい感触が肩に心地良い。 「いえ、本当にすいませんでした。これからは、そういったことがないようにします」 顔を上げながら、大石は顕子に告げる。顕子は申し訳なさそうな顔をして、大石に新しいプリントを差し出した。 「わかっていただけたら、いいんです。私も今回の林間学校が初めての引率なので、少し神経質になりすぎたと思います」 これでは、どちらが悪いのかわからない、と大石は腹の中で不敵に笑った。困ったような、申し訳なさそうな顕子の表情が実に心地よい。手渡されたプリントに目を通すふりをしながら、大石は顕子の薄くルージュを引いた形のいい蠱惑的な唇を目で追った。 ……もうすぐだ。もうすぐ、あの唇も、胸も、すべてが俺のものになる! |