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 序章 その3

 顕子は圧倒的な恐怖の中でのたうち回っていた。

 夏休み前にロッカーを整理しておこうと更衣室に入って、自分のロッカーを開けたところまでは記憶があった。いつの間にか、気を失っていたらしい。目が覚めた時、顕子は学校の更衣室ではなく、自分の家のベットの中にいた。ただし、その体は一糸纏わぬ裸体で、上半身は後ろ手に縛られ、両の足首は、ベットのマットレスの下を通したロープによって縛られて固定されていて、完全に自由を奪われていた。

 声を出そうとしたが、口には猿ぐつわがはめられていた。足下の方で何かが動いているのが解った。不自由な体で、首だけを起こしてそちらの方を見る。

 「うっ!」
 思わず声が漏れた。自分の下半身をおもちゃ屋などで売られている覆面レスラーの覆面をつけた男に抑えられていたからである。

 男は、顕子の太股を撫で回し、時には股を開き、最奧をじっくり観察した。その度に顕子は恐怖と羞恥で気を失いそうな気分になった。男はずっと無言であり、覆面の奇抜さも相まって、何か自分が人間以外のものの怪に捕らわれているような気がしてきた。一体自分はこれからどうなってしまうのか、考えたくはなかったが、あらゆる考えが顕子の心の中を占めていった。

 不意に男が顕子の太股に舌を這わせた。ナメクジか何かが這ったような肌が泡立つような感触がして、顕子は呻いた。

 その顕子の反応を楽しむかのように、男は舌をぴったりと股の内側に当てて、何回か上下に動かした。その度にぴくぴくと痙攣するかのように、脂がのった白い股が震えた。

 ……くくく。思った通りいい味じゃねえか。素股でも良さそうな股だな

 覆面の男はそう心の中で満面の笑みを浮かべた。男は言うまでもなく大石肇だった。更衣室に入った顕子を、スタンガンを使って気を失わせ、そのまま更衣室に縛って放置し、鍵を閉めた。一次会に出席し、そこで二次会以降の幹事を別の教師に頼んで、自分は学校から顕子を彼女の家に運んだのだ。

 案の定、顕子の部屋にはいると留守電が入っていた。それを再生すると、顕子の母親だと思われる女性の声で、娘が居ないのを心配していた。顕子が本当に両親に会おうとしていたことに大石は少なからず驚いたが、今更一旦生じた負の感情をなくすことは出来なかった。

 時々太股の感触を直に味わおうとして、軽く噛んでみる。いままで口にしたどんな食材よりも瑞々しく、はっきりとした感触が大石を酔わせた。

 ……次は、お目当ての、爆乳ちゃんだ
 漸く自分の唾液と歯痕で汚された顕子の太股から顔をあげて、視線を豊かに波打つ白い双丘へと向けた。

 ……これだけでかくても、形は抜群なんだよな。それに、この乳首が、また……

 大石はマスクの奧で、満足そうに目を細めた。顕子の乳は、観賞に値する、いや、一種の美術品といってもいいほどの神々しさで、息づいていた。薄桃色の子供の小指程度の淡い突起と、その周りを彩る乳輪は、大石がいままで見てきたどの女性のものに比べてもかなうものはない、儚さと艶っぽさの完璧な調和を織りなしていた。

 さらに、それらを持ち上げる凄まじいほどの乳房の張りは、バレー・ボール程の球形を形成して、顕子の華奢な上半身に続いていた。

 そこまで観賞した後で、思わず大石は、顕子の乳房にむしゃぶりついていた。牡の本能を刺激する乳房だと肇は思う。世の中の男という男は、皆が皆、顕子の生の乳を見た時点で、猛り狂う牡の本性を取り戻すだろう。

 「ふうう……ぐっぐうう」

 荒々しくなめ回され、時には歯を乳首に立てられて、顕子は猿ぐつわの下から呻き声をあげた。男は執拗に顕子の乳房を弄び続けた。両手を使って乳房全体をたぷたぷと揺すって楽しんでみたり、思いっきり乳房に爪を立てて、乳首が千切れるのではないかというほど、口の中に吸い込んだ。

 それに快楽はまったく無かった。自分が完全にものとして扱われている屈辱感と、恐怖感が存在しているだけであった。声をあげたくても猿轡がそれを阻む。身をよじらせても、後ろ手に縛られた上半身と、股を開く形で固定された下半身は、マットレスの重さを伝えるロープによって、まったく言うことをきいてくれない。

 ……何とか、何とかして逃げ出さなくては

 気も狂わんばかりにそう思うのだが、自分の体の上にのしかかる男を払いのける術はまったく見つからない。もし、体が自由であったなら、得意の空手でこの危地を脱出できたであろう。

 だが、顕子の焦燥を嘲笑うかのように、男の舌は豊かに実った果実を味わい続けた。空しく部屋の中に、唾液を絡ませた舌が顕子の肌の上を這い回る音が響く。その度に、顕子は汚辱感で身を震わせた。男の感極まったような吐息と、自分の胸元を濡らしていく唾液が、毒気を濃厚に含んだ気体と液体に思えてならない。

 「……んふっ!」

 不意に、顕子の体の中に閃光が走った。胸の先で何かが起きていた。しかし、その何かは十分過ぎるほど知っている感覚であった。そう、それは恋人との甘いひとときを過ごすときにも感じる、優しい快楽であった。

 ……ど、どうして?

 顕子は汚辱感の中に彗星のように現れた懐かしくも鮮烈な快楽に、驚いていた。

 男は、顕子の胸を、それまでの荒々しい動作ではなく、実に優しげに愛しげに、まるで顕子の恋人その人のように、愛撫した。顕子の乳房の根元を、そっと絞り込むようにして持ち上げ、その頂の慎ましやかな突起に舌を這わす。くるくると舌を乳頭の円周に沿って何回も回して刺激を送る。それが、非常に微妙な強さで行われるのだ。

 今まで、気が狂わんばかりの恐怖と汚辱感の中でもがいていた顕子にとって、その感覚はあまりに懐かしく、好ましいものでありすぎた。それまで加えられていた、愛撫というよりは貪り食らうといった感じの感覚と、現在加えられている感覚との余りの落差は、顕子の肉体には鮮烈すぎた。知らず知らずの内に、上半身を後ろ手で縛られた腕を使って持ち上げようとしている自分がいる。

 ……駄目!こんな、女を縛り付けて犯そうとするような卑劣な人間に感じては駄目!

 顕子の理性がそうした自分の肉体の動きをかろうじて止めた。だが、男の乳首への愛撫は、さらなる熱を帯び、執拗になっていく一方だった。くるくると舌を回転させていたかと思うと、乳首に沿って上下に愛おしげに舌を這わす。手は必ず口が触れていない方の乳首を優しく微妙なタッチで扱いていく。そして、時々軽くぴんと弾いてやる。

 「……ふっ、ふうう、ふっ!」

 どんなに理性で押さえつけようとしても、肉体が自分の意識を支配していこうとじわじわと触手を伸ばしてきていることに、顕子は気が付いていた。どんな誘惑も今までは理性で押さえつけて、自分の目標のために邁進してきた顕子である。恋人とのセックスでさえ、それは快楽を得るためではなく、互いの愛情を確かめあうためにだけ顕子の中では存在していたのだ。こうと決めたら、梃子でも動かない顕子の頑固さは自他共に認める所であり、恋人にも欲望のままに行うセックスは許さなかった。だが、そんな顕子の生き方は、同時に、自分が決めた目標や規則に反する存在にだまし討ちに近い形で出くわしたとき、意外な脆さを示してきていた。真面目一本で生きてきた顕子には、不測の事態に対する免疫があまり無かった。常に自分を律し、目標を定めて人生を生きてきたのは、そうした不測の事態に敢えて遭わないための無意識の防衛策なのかも知れなかった。

 だが、今顕子は完全に不測の事態に遭遇していた。自分の部屋で、自分がいつも寝起きしているベットに縛り付けられ、覆面を被った男にいいように弄ばれている。さらに、その弄ばれ方が、完全に顕子の予想とは異なったものに変わってしまっていた。凌辱者ならば、荒々しく自分を痛めつけるだろうという予測を、状況を理解すると同時に瞬時に立てた顕子だったが、痛めつけるどころか、凌辱者はまるで顕子に奉仕するかのようにして快楽の源泉を探り、執拗に愛しげに愛撫してくるのだ。

 痛めつけるのならばそれに対する覚悟は出来ていた。圧倒的な恐怖感の中で、その覚悟だけが顕子の理性を保っていた。しかし、その覚悟が無駄になろうとしている。

 「……ふうう、ふうっ!ふうっ!」

 自分の口から猿轡を通して、喘ぎに似た音が漏れ始めていることに顕子は気づく。男はその音が合図であったかのようにして、さらに唾液を乳首へとなすりつけ、時折乳房ごと乳首を口の中に吸い込んで、口内でつんつんと舌で叩く。
 じわじわと顕子の肌が汗ばんでくる。自分が、この男の愛撫を心地よく感じていることは、もう疑いのないことであった。いつの間にか乳首は、あたかも男性器が快楽を誇示するかのようにして、天井目掛けて屹立していた。その乳首を、さらに男が舌と唇を駆使して愛していく。

 ……もう、もう……ああ!

 肉体の奥の方から、細波のようにして快楽が幾重にも顕子を襲う。発信源はあくまで胸の先にあったが、それが肉体の奧で増幅されているかのようだ。顕子は猿轡のはめられている汗まみれになってしまった顔を自分の肩にこすりつけつつ、まろやかな腹を切なげに波立たせた。長い黒髪が汗でべっとりと頬に絡みついていて、牝の匂いを辺りに発している。そして、その瞳はすっかり陶然とした、妖艶な光を灯してしまっていた。

 そんな顕子を見て、男が覆面の奧で笑ったようだった。

 「……ぐっ!がっ!」

 不意に、それまで快楽の源泉となっていた胸の先に、気が遠くなるような痛みが襲った。猿轡を咬んで、細喉を引きつらせながら、顕子は自分の胸の先に起きた出来事を見極めようと顔を起こす。

 「んー!んっ!んふっ!んー!」 

 何事が起きたのかを理解した顕子は、猿轡によって悲鳴にならない音を上げていた。じんじんと締め付けられるような、引きちぎられるような苦痛を発している両の乳首には……先ほどまでの充分すぎるほど充分な愛撫で屹立していた顕子の可憐な乳首には、金属特有の光沢に彩られた業務用の大きめのクリップがはめらていたのである。

 覆面の男が今度ははっきりと笑っていた。口元を半月状に歪めて、嗜虐に酔った瞳で。
 ……ざまあ、みろ!

 覆面の中で大石は快哉を叫んでいた。最初から顕子を、心身共に苦痛を伴うやり方でねちねちといたぶるつもりの大石だった。最初に荒々しく責め立て、顕子に恐怖心を与え、その後で優しげに、自分が遊び人時代に培ったテクニックで顕子を陶然とさせる。そうしておいて、いきなりクリップを乳首に噛ませてやるのだ。それまでの快美感が強い分、そのショックや痛みは何倍にもなるだろう。

 ……まだまだ、こんな程度の痛みでそんな顔されても……後が大変だぜ、顕子先生
 大石の視線の下には、頬にほつれ毛をべっとりと張り付かせながら、痛みと屈辱で目の端に涙を光らせた顕子の美しい顔があった。そんな顕子の顔を痺れるような想いで見遣りながら、大石は乳首に噛ませたクリップを指で弾いた。

 「ぐっ!ぐぐぐっ!」

 途端に顕子の両の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。その表情に大石は思わず引き込まれていた。何度も左右のクリップを弾いて、顕子の泣き顔を堪能する。

 ……へへへへ、どうだ、思い知ったか!この俺を邪険にあつかうとこうなるんだよっ!

 クリップの圧力にまるで踏みつぶされたかのようにひしゃげている乳首は、うっすらと血をにじませていた。不意に大石は顕子の血の味を知りたくなった。右側の乳首にはめられているクリップを外すと、そこに口を伸ばそうとする。

 そのときであった。顕子のマンションのドアが、ガチャリと音を立てて開いた。

 咄嗟に大石は自分がチェーン・ロックをし忘れていたことに気が付いた。そして、顕子の恋人ならば、合い鍵を持っているであろうという充分に予想されうることを失念していたことを激しい後悔の念と共に気が付いていた。

 ……逃げなくては!
 顕子の恋人が、空手の有段者だということは知っていた。正面からかかってこられれば、軟派で通してきた大石など、あっという間にのされてしまうだろう。そうなれば身の破滅だった。責めの途中で顕子を投げ出すのは悔しかったが、そんなことをいっている時ではなかった。

 「顕子ー?いないのか?」

 顕子の恋人の野太い声が段々近づいてきていた。大石はドアの側の暗がりに自分の身を潜ませた。どんなに空手の有段者だろうと、不意を突けば、倒せはしなくとも逃げ出す隙は見いだせると感じたからだ。

 「んんー!んぐー!」

 顕子が猿轡のせいでくぐもった声を必死に出していた。その顔は、漸く助かるという安堵感に彩られていて、いたく大石のプライドを傷つけた。

 ……畜生!悪運の強い女め!

 だが、顕子に向けた注意はすぐに寝室のドアの向こうで止まった足音に向けられていた。顕子の恋人もまさか寝室の中がこんな状況になっているとは夢にも思うまい。そこがつけ目だと大石はその瞬間が来ることを待った。

 「顕子?寝てるの……か……」

 ドアが開いて、顕子の恋人が無造作に寝室に入ってきた。その瞬間、顕子の恋人は何が起きているのか理解できない風で、厳つい風貌には似つかわしくない愛らしい二重の目をぱちぱちとしばたたかせた。

 ……今だ!

 顕子の恋人が現状を理解するまでのほんの数瞬の間に、大石は暗がりから飛び出して開け放たれたままの寝室のドアをくぐった。顕子の恋人が、きっと振り返って、大石の襟首を掴もうと手を伸ばす。だが、それより速く大石はドアを思いっきり閉めた。

 「ぎゃああ!」

 顕子の恋人は指でも挟んだのだろう。本当にあの男があげたのかというような甲高い叫び声が、顕子のマンションの部屋を飛び出た大石の背後で聞こえた。

 大石は駆けに駆けた。顕子のマンションの裏口から外に飛び出ると、市街地の路地裏ばかりを選んで走り続けた。いつあの顕子の恋人の野太い腕が目の前ににゅっと姿を現さないことはないとでもいうように、大石は後ろも振り返らずに走った。

 漸く、自分のアパートに帰ってきて、ドアの鍵を閉めてから、大きく深呼吸をしてそのまま玄関に腰を下ろした。

 「……畜生……」

 まだ荒い息の下で、大石の口から飛び出たのは顕子への呪詛であった。

 まだまだ顕子には苦痛と屈辱感を味わってもらうはずであった。この一年と四ヶ月の間大石が日々感じてきた、苛立ちや屈辱感を、徹底的に叩き付けるつもりだったのだ。

 だが、それは叶わなかった。ほんの少し顕子をいたぶっただけで、とんだ邪魔が入ってしまった。

 「畜生!」

 恋人が来たと知ったときの、猿轡をはめられている顕子の嬉しそうな、勝ち誇ったような表情が脳裏に浮かんできて、大石はいたたまれなくなってまた顕子への呪詛を口にした。 ……今日のことで、あの女のガードは堅くなるはずだ……やるなら、一度に全部やってしまわなくてはならなかったんだ!それを、あいつが……! 

 考えれば考えるほど、顕子とその恋人に対して言いようのない程どす黒い感情が湧いて来る。あの厳つい空手有段者の男がやって来さえしなければ、大石は計画を途中で捨て去って逃げなくてもよかったのだ。

 ……とにかく、これから先、顕子を今日みたいにするには、あいつの存在を無視しては、逆に返り討ちに遭うってことだ。

 靴紐を解きながら、大石は考え込んだ。今回の事件の犯人が自分だと気づかれることはほとんど無いだろうとは思う。だが、そのことはまったく大石の気を晴らすことにはならなかった。自分が犯人とばれても、顕子に対する凌辱を心おきなく果たした後でのことであったら、今ほど落ち込まないのではないかと思う。

 ふと、紐を解いた靴を脱ごうとして、玄関に新品のスニーカーが置いてあるのが目に入った。夏休みに大石が顕子と共に引率する林間学校用にこの間買ってきたものだ。

 ……!そうか、林間学校か!

 大石は新品のスニーカーを胸にかき抱いて立ち上がった。

 ……林間学校の引率は、クラス担任である顕子が行かないわけにはいかない。そして、もう一人の引率者は誰だ?そう、俺だ!

 小躍りしたい様な気持ちになって、大石は新品のスニーカーを天井目掛けて放り投げた。それが自分の腕の中に落ちてくるのを見ながら、大石は大きな声を出して笑い出していた。

 ……あの男もさすがに林間学校にまでは来れまい?部外者なんだからな!

 近所迷惑になるのを承知で、大石の笑い声はさらに高く大きくなっていく。

 ……今度こそ、お前を俺のものにしてやる!

 大石はそう心の中で、自分自身に誓うのだった。


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