「これで、準備万端、と」
舞台裏手で用意されたコスチュームの中から、蘭子は最も地味そうな一枚を選んだ。
中にはフリルのついた恥ずかしい水着や、肌着としか見えないもの、極めつけはウサ耳の付いたバニースーツまであった。なんなのよ、これ!
あんなふざけた衣装をまとって命がけのエスケープをする奴の気がしれない…
淡い色のレオタード一枚を身に付け、蘭子は、ステージ上に踊り出る。
会場が息をのんだように一瞬静かになり、ギラつくような男達の目線が、その美神の肢体に絡みつく。
装飾は地味に見えても、この薄手の衣装では、ストレートに蘭子のボディーラインを強調する結果に終ったようである。
蘭子が舞台上を闊歩する度に、揺れるヒップライン。プルプル震える双乳。瓢箪よりも見事に縊れた腰回り…
世の男連中を熱殺してやまないパーフェクト・ビューティが降臨したのだから、無理もないわけか…
そんな会場の悩乱を一切無視してステージ中央にまで進み出る蘭子。
下から見るのとは違い、ステージ上は四方から照明を受けるせいか、予想以上に明るかった。
スポットライトと会場からの視線を一身に浴びた蘭子が、能面のように無表情な豚男に歩み寄る。どうやら名は恩田と言うようだ。
「蘭子様。念のため、ルールをご説明いたします…あ、もちろんご存知のこととは思いますが…」
恐縮です…とか何とか口では言いながらも、厚顔無恥な様子で淡々と規定を読み上げていく。
既出のとおり、敢えてここで説明するまでもない内容だ。
「それから規定に従い、このゲームに参加していただく旨の宣誓をしていただきます。よろしいですかな?」
「ハイハイ、言えばいいんでしょう? 『私こと御厨蘭子は、えーっと…PEC主催の拘束を無条件で受け入れ、エスケープに挑戦します。その結果、例え脱出に失敗しても不服は申しません』」
不服は申しません…って言ったって、死んじゃったら言い様がないじゃないの!
その宣誓をゆっくり噛み締めるように聞いていた恩田が、満足そうにニタリと笑う。
やはり、薄気味の悪い奴ね!
「さぁ、さっきみたいに拘束するんでしょ? さっさとやって頂戴!」
「フフ…『さっきみたいに』というわけにはいきませんよ…あなた様の場合には、ね」
ねっとりとした視線を投げかけてくる男…眼で犯されているようで、気持ち悪い。
どういうこと、それ…
「先ほどみたいな素人さんと同じ四肢のみの枷拘束では、到底ゲームになりませんからね…そこはもう少し調整が必要ですよ…クク」
「それは…」
「挑戦者のスキルに応じて調整を行うというのは、先ほど説明したルールの中にもありましたし…如何なる拘束も無条件で受け入れると、先ほど宣誓していただいたばかりですよね」
表現しようの無い不安が胸をかすめる。
くっ…何やら、ろくでもなさそうな予感…
「では、大きくお口を開けてください…あ〜ん」
「な、何を…うぐっ!!!」
艶かしい唇を割り裂き、硬めのスポンジのようなものが、容赦なく捻じ込まれてくる。
「むぐっ…むぐぅ…」
口の中一杯に押し込んだことを確認すると、今度は棒状のギャグを取り出し、轡をかませるように更にその上からグイグイと押さえつける。
ぐはっ…なんてこと! 舌先一つ動かせない!
先ほどの奇術師は、悲鳴混じりの声をあげていられた事から、口の自由はあったはず。
口一杯のスポンジに加え、バーギャグで封印されたら、口からの呼吸は大幅に制限されることになる。
もちろん助けを呼ぶことなど完全に不可能!
ギャグの紐を後頭部で思い切り硬く引き絞り、装着を完成する。
「ふふ…いい顔ですね…それから、蘭子様の拘束ですが、後ろ手にこの手錠をはめていただきます。ナンバーロック式ですから、簡単でしょう?」
恩田が手にする手枷を見る。
ナンバーロック式…特定の3桁の数字をグリグリ回して合わせることにより、開錠できるタイプだ。
確かに数字さえ知っていれば簡単だけど、私は数字を知らないし、この男の言い方、どうせ何か企んでいるわね!
「蘭子様の白魚のような指先が自在に動くとあっては、いとも簡単に抜け出せてしまうでしょうからね…少しばかり制限させていただきます」
恩田が取り出したのは、革製の丸いグローブだった。
何よそれ…
「ほら、ここに丸い穴が開いているでしょう? ここに…」
酒に濁ったような目をした恩田は、舌舐めずりをしながら蘭子の手にミトングローブをかぶせていく。
2つの穴から、中指と薬指のみ出るように合わせて、指の根元を金属製の金具でロックする。
手首も同様にしっかりと締め上げた後、決して外れないように特殊な錠前をカチャリとはめる。
これで、忌まわしい革製のグローブを外すことは不可能だ。
残された、もう一本の手にも同じようにグローブを装着する。
「その合計4本の指だけで、過酷なエスケープに挑戦してくださいね…クク」
気味の悪い含み笑いをしながら、蘭子の手を後ろ手に束ね、ナンバーロック式の手枷をはめる。
肝心の数字が回転する部分は、指を伸ばしてギリギリ届くかどうかという微妙な位置だ。
それをろくに確かめさせない内に、肘と肩の付け根の2箇所に、やや太めのベルトをギュウギュウに巻きつける。
両腕を後ろで、まるで一本の棒のように括りあげ、腕の拘束を完成させる。
くっ…まるで遊びがない…少しくらい手加減しなさいよ!
しかしこの男にそんな気は更々ないことは明白。
着実に積み上げられていく拘束に恍惚しているような節さえある。
恩田にとっては、ホンの気まぐれに過ぎない拘束の追加オーダも、受ける蘭子にとっては数倍に増幅されて、その身に降り注ぐのである。
憎悪の視線を跳ね返すように、次に男が持ち出したのは、不恰好なくらい大きな鉄製の首輪だった。
そんなくだらないもの、私に嵌めるつもり? 人を奴隷か牝犬とでも思っているのかしら…
キッと男を睨みつけるが、冷たい響きと共に、カチャリと首輪が嵌められる。
絶世の美女に鉄の首輪という、なんともアンマッチな組み合わせが、見る者の欲情をそそり立てる。
しかし、この首輪も視覚的効果のためだけの用途ではない。
立派な拘束具なのだ。蘭子を苦しめるためだけに存在している…
その証として、恩田は楽しげに、一本のロープを首輪に結びつけたのだが、その意味が分かるのはもう少し後のことになる。
首の後ろからだらしなく垂れ下がる一本の屈強な縄ロープ…一体なんだろう…?
「さぁ、次、行きましょうか…フフ…蘭子様を捕らえて放さないためだけに存在する戒めは、列をなして待っているのですから…」
フン…そんな安っぽい脅しが通用するとでも思っているの! ふざけないでよ!
いくら射殺すような眼で睨みつけても、今にもタップダンスでも踊りだすかのように、恩田の動作は軽やかだ。
蘭子を好きなように嬲れて、肥満体ながら天にも昇る思いというわけか。
次から次へと、側の箱から道具を取り出しては、並べる。
「これ…なんだか分かりますか…?」
もったいぶったように取り出した醜悪な一品。それは…
艶かしい光沢がこの上無く淫靡な印象を与える性具。
女の急所を的確に責めたてようと、男根を模した巨大な張り型…そんなものを私に使う気なの…ちょっと冗談じゃないわ!
眼の前にそんな肉欲の象徴を突き立てられると、先ほどまでのどこ吹く風か、蘭子の胸中にモヤモヤした得体の知れない感情が広がっていく。
その忌まわしい感覚の正体は蘭子自身はとっくに分かっている。
駄目…と叱咤しながらも、淫悪な巨根より眼が離れない。
あんなものを、私に…
そのフレーズだけが、脳裏でリフレインしていく。
ただでさえ、後ろ手に拘束され、変な気分になっているというのに…
そう考えるだけで、成熟した肉体は過敏な潤みを分泌しはじめている。
そこに、あれほどの淫具をねじりこまれたら…と思うとどうしようもなく不安である。
が、同時にどうしようもなく期待してしまっている自分にも気付き、嫌になる。
くっ…そんな気分でエスケープなんて出来るの!? 冷静にならなければ…クールダウンするの…落ち着いて…
己が肉体の火照りを冷ますように、静かに息を漏らす。
「どうしました?」
そんな蘭子の動揺を見透かすように、恩田が問い掛ける。
「ふぐっ!!!」
「邪魔な轡越しでは、さしもの蘭子様でも反論できませんか…まぁ、いいでしょう」
じゃら…
男は手のひらで金色のカギを弄んでいる。
1、2、3…合計4本ある。
張り型の底部の蓋を開ける。どうやら内部は空洞になっているようだ。
「分かりますか? これら4本のカギは蘭子様の命を救うことになるカギです。大事にしてくださいね」
チャリンという鈴が鳴るような音色と共に、4つのカギは張り型の内部に落とし込まれていった。
その上から、かぽっと蓋をはめる。
「さぁ…これをどうしましょうかねぇ…」
うれしそうに男が振ると、張り型の内部でカギがカチャカチャと囁くような音を立てる。
どうしましょうかって…やることはどうせ決まっているんでしょ!
そんな蘭子の心の思いを嗅ぎ取ったかのように、豚のような身体を揺すりたてながら、恩田は言葉を続けていく。
歯も磨いていないのか、吐く息がこの上なく臭い。
「これは大事なものですからねぇ…大切にしまっていただかないと。フフ…蘭子様の体の奥深くにでも、ね」
なんてイヤらしい奴! 人の下半身をじろじろ見つめてくるなんて…
「大事なものは、やはり、蘭子様の大事なところにしっかり納めてもらいましょう! うむ、それがいい!」
恩田は、ここが特等席とばかりに蘭子の前にどっしりと腰を下ろし、レオタードの股間にあたる部分をゆっくりとめくりあげる。
忽ち露になる女の秘唇。
「ほう…さすがは蘭子様…こちらもなんとも美しい形をしていらっしゃる…顔を付けて嗅ぐと…ほう、なんとも芳しい香りが…」
ふざけないでよ、このゲス!
しかし、厳重に戒められた口元からは怒声を放つこともできず、後ろ手に固められた状態では抗うこともままならない。
しかも、ルール上、蹴り飛ばして逃げるわけにもいかない…
このまま、下郎のなすがまま、というわけ…?
子供が与えられた玩具で遊ぶように、小陰唇を広げたり、肉芯を剥き実にして弄っていた男が顔をあげる。
「身体を強張らせて…いけませんな、蘭子様。もっとくつろいで、この絶望的な状況を楽しめるくらいでなければ…そうだ、私メがいい物を差し上げましょう」
利いた口を叩くと、ポケットから取り出した妖しげなクリームを、張り型にたっぷり塗りつけていく…
何なの…それ…!?
「そんなに怯えなくても結構ですよ。ほんのサービスですから。蘭子様をこの世の楽園に連れて行ってくれる薬です。 クク…身体に枷を嵌められていく分、心のたがは外してあげますから…存分にとろけて…崩れるのです」
自分の言葉に酔い痴れた恩田が、一気に責め具を含ませる。
結婚していたとはいえ、子供を産んだことのない狭い肉路に、人工の怒張が襲い掛かる。
「くひん!」
ギュルにちゅる…と膣壁を擦りあげながら、子宮口近辺まで、先端は到達する。
これが女体の神秘か、あれだけの大きさをした淫具が、今はわずかに先端を覗かせているだけである。
これでよし、と満足げにうなずくと、薄いレオタードの裾を元に戻す。
そして、今度は首輪から所在なさげに垂れるロープに手をやると、そのまま股間をくぐらせ、グイッと引き絞る。
大型の張り型が一層めり込み、子宮頸部を圧迫する。
満足いくまで割れ目に縄が食い込んだことを確認すると、縄のもう一旦も首輪に繋ぎとめてしまう。
立派な股縄の完成だ。
「あぎぃっ!!!」
思わず目の前で快媚の火花が飛び散り、どうしようもない肉の愉悦が明滅する。
得体の知れないイヤらしいクリームをべとべとに塗られた張り型を、お腹が一杯になるまで食い締めさせられるなんて…嗚呼…どうすればいいのよ…
少しでも身悶えるたびに、肉の凶器が、肉洞を容赦なくえぐる。
しかも、妖しげな媚薬が早速効果を発揮し始めたのか、いつも以上に媚肉が疼いて…こんなに腰を振りたてているような状態でエスケープなんて…果たして…
「これでよし…と。もうバイブが抜け落ちることはありませんよ…決してね。あなたを地獄の底まで楽しませてくれるハズです。 フフ…拘束が完成していくに従って、蘭子様の美しさが際立っていきますねぇ」
その血走ったような恩田の眼の色を見たとき、蘭子の脳裏に一抹の不安がよぎった。
本当にこれ…全部、PECのルールに基づいたゲームなの…?
もし、この男が狂気に駆られ…己が性癖の暴走の結果だとしたら、わたしは…
そんなバカな!!
漠然とした恐怖が身体をかすめる。
単なるエスケープにしては、バイブを使って集中を削ぐなんて…やり方が普通じゃない。それに、私をなんとしてでも失敗させようとするかのように、執拗に重ねられる束縛。
このままでは…わたしは…
冗談じゃない!
「ううっ!!」
抗議が抗議にならない無力感。
「どうしました? 急に暴れ始めたりして…そんなにお股の間のものが、気持ち良すぎるのですか?」
こちらがしゃべれないことをいいことに、好き放題に解釈する恩田。
畜生、なんて奴! やはり…尋常じゃない!
「フフ…蘭子様…もっともっと苦しめてあげますから…精一杯悶えて、エスケープしてくださいね」
ま、まだ仕掛けを増やすというの…もういいったら!
「口元に比べると、鼻のあたりが少々寂しいですなぁ。 もう少し飾り付け致しますか」
そう言うと、恩田は何かを取り出した。
丸いスポンジ状の鼻栓のようだ。
それを両の鼻腔にくいっと埋め込んでいく。
私に息をさせないつもりなの…? く、苦しい…
試しに鼻から息を吸ってみるが、かなり息苦しい。
もちろん口からも詰め物のせいで、満足に息をすることはできない。
蘭子の目から、先刻までの強気の光が消えていくのを心地よさそうに眺めていく男。
この様子では、当事者である蘭子でなくとも、正気ではないものを感じ取ることができようというものだ。
しかし、会場内を支配しているのは、艶めく美女が、絶望の淵に落とされ、苦悶に喘ぐ様を早く見たいという、これまた狂気にも似た空気であった。
倒錯した熱気がぶつかり合い、昇華していく。
「では、この上から布で猿轡をして、と。先ほどの女性は一枚だけでしたので、蘭子様には2枚重ねにしてあげましょう」
鼻から口を分厚い布が覆い、ぴったりと隙間無く塞いでいく。
頭の後ろでは、何重もの紐で複雑に編み上げられ、決して自由を許された指二本では解くことができないことを悟る。
例えできたとしても、何十分掛かることか…
すーっ…はーっ…すーっ…はーっ…
これだけでも、どうしようもないくらい息苦しいのだ。
もし、この布が水を吸い、口腔内や鼻腔内のスポンジが水をたっぷり吸ったらどうなるか…赤子でもわかりそうなことだ。
「では、蘭子様…そろそろ水槽に入っていただけませんでしょうか?」
チラリと巨大な水槽に眼をやる。
先ほどの女性の命を奪ったそれが、今でははっきりと断頭台に見える。
イ…イヤ…
強烈な威圧感の前に、首を打ち振りながら、思わず後ずさりを始めたところを、恩田に捕まれた。
「どこに行くのですかな? 蘭子様。 あなたがこれから行く場所は、あの水槽の中なんですよ」
何名かの助手に命じ、蘭子の身体を有無を言わさず抱え上げ、水槽に運んで行く。
そして、鈍く光る円盤に、首、胸、腰、足首の4箇所で、巻きつけるように金属製の鎖で固定し、南京錠で施錠する。
もちろん引きちぎろうにもビクともしないだろう。
「これで、蘭子様は、合計4箇所の鎖に付いた南京錠を開錠しなければ、この水槽から逃れられないわけです。もちろんカギが無ければ絶対に開けられる代物ではありません。特別製の錠前ですからね… さて、そのカギは…」
ま、まさか…
「そう、もう分かっていますよね。 先ほど体の中に埋め込まれた張り型の中の4つの黄金キーなのです」
よくこんな仕掛けを考えつくもんだわ。頭の中にヘドロでも詰まっているのかしら!
「取り出すときに、万が一指が震えて、1個でも床に落としたら…その時点でアウトですから、慎重に扱ってくださいね」
「ふぐっ…むぐっ…むぐ…」
「特殊な秘密訓練の数々を受けてこられた蘭子様のことです。これくらい簡単でしょう? 楽しみにしておりますよ…クク」
遂には水槽内に水か注ぎ込まれ、イヤな金属音を立てながら円盤がゆっくりと回転し始める。
絶望的ともいえる状況だが…悲嘆にくれていても、決して事態は好転しない。
どんなときでも、あきらめたらいけない…
いいわ…絶対にエスケープしてやる!
蘭子の孤独な戦いは、今始まったばかりだ。
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