悪夢の遊戯(3)      私は殿下 作

悪夢の遊戯 (3)

ワックスの剥げた鈍い光沢のフローロング。壁際に置かれたテレビと鏡台と書棚、その周辺に無造作に置かれた化粧品やファッション雑誌。逃げて行った元彼の残したサーファーグッズがちらほら。  
外部の視線をシャットアウトせんが為に完全に閉じたはずのブラインドから、それでも細い隙間から午後の日差しが入り込み、細い線をフローリングに描いている。
いつもと変わらぬ静かな午後の、麻里子の室内である。 
ただひとつの 「想定外」の異変を除いては・・・・。

「うぅ! ヒィィ! 」 ネチュ ゴトッ・・・

呻き声と物音が午後の静かな部屋の空気を裂いて響く・・・麻里子はビニール袋を頭から被されて恐怖の悲鳴をあげ,死に物狂いに縄抜けを演じている。
痺れる手の指を曲げ石のように硬くなった縄に引っ掛けては、その縄を引くようにしながら汗みどろの全裸を狂わんばかりに突っ張らせてはくねらせる。しかし、闇雲に指を縄を引っかけて身体を反り返らせて突っ張らせたとて、しょせん関係ない縄なら、いたずらに背後の手首足首を上下に動かすだけなのだ。
昼下がりの静まりかえった密室を想定外の過ちが「悪夢」の修羅場にしてしまった。楽しいスリルの遊戯のはずが。
今しがた麻里子のピチピチ肢体に吸い付くように身につけていたサンバ用のセクシービキニ、毎週行われるスリリングで楽しい自縛遊戯の度に麻里子の汗を吸い浅黒く変色した縄やハサミがちらかり、ヌルヌルビチビチともがく裸身の下のフローリングが汗に濡れている。

首に巻きついたベルトの隙間からビニールの中へ空気は吸い込まれる。それでもやがて酸欠から窒息死は自然の成り行きである。麻里子は生き抜く為に最低でも頭に被されたビニール袋を外さなければならないのだ。しかし、それは自らの手でしか抜けない。一刻も早く縄抜けしなくては・・・。

その頭は誰かが手を出せば足と容易にくっついてしまう。胸も太ももも高く反り上がった逆海老固めの拷問縛り。アクロバチックな体勢に固められ、縄目に皮膚を擦られ責められ、もがくほどに擦れて出血しながら必死に縄抜けする麻里子。
窒息の恐怖と苦しみよりも、いや、それにも増しておぞましい苦痛に苛まれる。もがけば全身の縄が肌をこすって絞まるのだ。身体が腹を支点にグラグラ動いてしまい、いたずらに自分の肢体に苦痛を与えてしまう。それでももがかなくてはならないのだ。

麻里子はスリリングな「遊戯」の興奮はとうに消えうせ、徐々に、徐々に、息苦しさと逆海老固め放置責めの苦痛は増悪をしつづけ、次第に阿鼻叫喚と恐怖に変貌していく。
おびただしい汗粒を噴出しながら、逆海老固めと縛めが2匹の悪魔であるかのように麻里子の美肢体をギチギチに弄び、経験したことのない致死拷問の苦しみが麻里子の裸身に喰らいつきジワジワ責めあげていき、汗みどろのアクロバチック裸身をテラテラに輝かせながら苦悶の呻きが無意識に湧いてくる。
 
命がけの遊戯ではなかったはず・・・汗みどろの拷問を己に科したわけでもない・・・死ぬのは時間の問題・・・全身の縄目から血の滲む拷問縛りから早く縄抜けしなければ・・・。

死の恐怖に震え、全裸の肢体を陸に投げられた魚のように弾けんばかりひきつかせ、突っ張らせ、くねらせてもがくが思うよりも身体は動かず、縄から擦られて血と脂汗が混じり、収縮を繰りかえす肌を伝って流れるの阿鼻叫喚の美肢体。 
どんなに激しくピチピチした若い裸身を突っ張らせ、弾ませたとて、艶やかに光るボンデージ系オブジェのごとき雁字搦めの逆海老縛りから自力で開放されることは絶対にない。 それでも、くぐもった悲鳴を上げ麻里子は狂ったように暴れつづける。

「うぅぅ! んううーっ!  んううーっ!」
     (おさむーっ) (おさむーっ)

修はすでに部屋を飛び出しているのに、目の見えぬ麻里子はもがいてビニール袋の下からしゃにむに呼んでいる。まだ近くにいるはずだという誤った思い込みがあるのだろうか。ギャグを噛まされビニール袋で覆われては叫び声さえ微かな呻きにしか聞こえないというのに・・・。

・・・息が苦しい!・・・縄が痛ってえ!・・・逆海老固めが苦しいいい!・・・このままじゃ窒息死じゃんかあ!・・・いやだああ!!・・・

痺れがきれて指が思うように動かせない! どこでもいい! 縄目に緩みを作ろうと、何度となくゆりかごを揺らすように前後に裸身を揺さぶりはじめた。

息を吸い込む苦しげな音、ときどき聞こえる悲鳴にも似たくぐもった呻き声、ネチャ ゴトッ と、もがく美肉が当たるフローリングの音。
自慢の肢体を、キチガイじみた逆海老縛りにしたあげく自室に放置された若い女が、孤独に、燃えんばかりに、断末魔の汗みどろの狂気の宴を演じているのだ。

「フウウウッ スウーーーーーーーーッ」
  
頭に被されたビニールの袋は、自分の吐く息で白くなっていた。 息を吸い込むと袋内は陰圧になり、ビニールは直ちに麻里子の顔にへばりつき、それでも死に物狂いで吸い続けると首のベルトの隙間から、かろうじて空気が侵入してくるのだ。
再び息を吐けば、顔にピタリとへばりついたビニールは顔から離れ、吸い込めばまたへばりつく。
完全な窒息ではないのですぐには死なないものの、これは蛇の生殺しで、目の見えぬ麻里子の恐怖のボルテージは上がり続ける。





カチャ・・・ドコッ・・・

・・・ウヘッ  こいつまだこんなことやってんだ・・・

若い男がサッシを開けて部屋に入りこむと、全裸にアクロバチックな体勢で緊縛したうえ頭からビニール袋を被された麻里子を見てギョッとした。

元彼の雄太が、サッシをこじ開け部屋に侵入してきたのだ。

「麻里子、おまえホント器用だなあ どうやって自縛したんだあ? ああ、そうか、サーフボード固定するベルト使ったんだ・・・考えるもんだなあ。」

「ウウウウウウウ!! ヒフウウウ  アウエエ! オオイエ! アアウ!」
                 (助けてえ! 解いてえ! 早くう!)

雄太の声に気がつくと麻里子は狂ったように叫び声を張り上げ、息を吸い込み、助けを求めた。

雄太は麻里子が何を言ったのかはわからない、しかし汗みどろの全裸の肢体から出る必死のオーラと尋常ではない悲鳴のような呻き声から悟った。

・・・・・そうか、こいつ自縛から抜け出せねえのか・・・こりゃあチャンスじゃねえか・・・

雄太は、麻里子の頭からビニールをすっぽぬく。

「スウウウウウウ フウウウウ ああうほおいへぇ! いはいほお! ほおいへえぇ!」
              (早く解いてぇ!   痛いの!   解いてぇ! )

「麻里子・・・俺、サラ金の取立てに追われてさ・・・金ねえのに・・・麻里子、金 どこにあるんだあ? 金出せや! ああ!・・・」

「あひふあひょ!・・・ふうひい! ああふほおいへぇ!  ほおへえ!!」
(無いわよ!)   (苦しいぃ! 早く解いて!     解いて!!)

雄太は躊躇なく立ち上がると、すぐさま麻里子の首のベルトに落ちていたハンカチを通して足首の縄に通して引き絞り縛った。 

「フグッ!!・・・・」

麻里子は直ちに絶息して、呼吸をしようと思いっきり首を仰け反らせる。一瞬 やや首の血管が怒張して膨れたがすぐ収まった。

「ヒッ ヒッ ヒッ はひほふうお!? ヒッ ヒッ はへえ!!・・・フグッ!・・・・・・」
          何をするの!?       やめて!!

雄太は、絶息に苦しむ麻里子の元に再びしゃがみこむと、吹き出る脂汗をすくいとるようにして乳房を揉みしだきながら言う。

「どうせ自縛プレイするんだったらこの方がずうっと痛々しくていいんじゃないの! 麻里子の苦しむ顔もなかなかそそられるよ・・・金はどこにあるんだ?」

「ヒッ ヒッ ヒッ ヒッ ングッ!  ヒイイイ ヒッ ヒッ 」

麻里子は苦し紛れに首を横に振った。 ところが雄太は 「金はない」 と言っているものと勘違いしてしまったのだ。

「・・・そうか わかった じゃあさあ 麻里子がもっと喜ぶようなことしてあげるよ・・・」

雄太は立ち上がって下目使いに、麻里子に言うと、バスルームへすたすたと歩いて行った。


ーーーーーーーーーーーー つづく −−−−−−−−−−−            


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