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    第4話:泥沼

な、なに...アウッ!!!

股間に当てていた手を強引にねじり上げると、川田は後ろ手に縛り始める。

「な、なぜ縛ったりするの!!卑怯よ!」

やや怒りをにじませたような顔を上げてカヲリが叫ぶ。

「フン。何とでも言いなさい。とにかく勝負が終わるまではこちらの好きにさせてもらうわ。」


そこで世界は反転し、カヲリは我に返る。
川田は陰気に縄を持って突っ立ったままだ。

なんなの、今のは...
媚薬が見せる幻想....?
なぜそんなものを....
まさか私...縛られたいなんてことは、無いわよね...
軽く一笑に付そうとするが、簡単には拭い去れない。
なぜ...?卑劣な薬を使われたとはいえ、これだけ燃えあがされているから?
そんなバカな!!
肉体があげる苦悶に身を焦がしながらも、なんとか淫らな願望を断ち切ろうと努力する。
しかし半ば朦朧とし思考力すら低下した状態でどこまで卑劣な企みを打開する策を思いつけるかは甚だ怪しいところであった。
それに、こんな幻覚すら見るなんて....
カヲリは自分の中の秘められた部分を垣間見た気がして妙に落ちつかない。
そんな迷いを振り切るかのようにカヲリは静かに言う。
快楽を押し殺した凄絶ともいえる顔つきで。

「私を...縛るの?」

しかしいかに肉体の変化を隠そうとしても完全に抑圧できるものでない。
自然、息は上がって顔は紅潮してくる。
それでも自分の恥部を見せまいと苦闘する様は健気としかいいようがなかった。

そんなカヲリを玲子は見下ろしている。
同性ならではの冷酷さをもって。

あわれなカヲリ...そんなに体を震わせちゃって。
社内でのあのきらめく麗姿は見る影もない。
お前はこれから獣になるのよ。人間以下のね。
本能に逆らうことの出来ない肉欲の虜に...
とことん堕ちていくのよ。
底無し沼に手足を拘束されたまま投込まれたように。
自分ではもうどうすることもできない。
ただのた打ちまわりながら、ずっぽりと悦楽の泥沼に身も心も蕩けさせるしかないのね、ふふふ。
しかしいずれそれが不快ではなくなる。
いえ快感になるように、自分から進んで哀願するように変えてあげるわ。
みっちりと体の隅々まで染み込むようにね...
玲子はおもむろに口を開く。

「まあ、それはカヲリちゃん次第ね。素直に言うことを聞いてくれるんなら、何も無理矢理縛ることなんてないんじゃないの?」
「え!?」

縄を持ち出した時点でてっきり川田たちは自分の身を拘束するものだと決め付けていたカヲリには、意外な展開だった。
どうせこの人達縛り付けてからネチネチと私の体に恥ずかしい責めを加えるに違いない、そう確信していたから。
でも、それを想像していたということは...?
まさか....私..

「もちろんゲームのルールにのっとって、おとなしく言うことを聞いてくれるなら自由を奪う必要なんてないからな」

川田は手にした縄を一旦机の上に置く。

「そうね。もうゲームは始まっているんだから。電車に乗るまでにまずは下準備をしなくっちゃね。カヲリちゃんに似合う特製のアクセサリを用意したんだから、ちょっと服を脱いでくれる?」
「!!」

予想はしていたとして言葉にして叩きつけられると戸惑ってしまう。
脱げといってもこの場には川田までがいるのだ。
嫌悪感すら覚える男の前で自分の柔肌をさらすなど....
それに加えてカヲリはもうひとつ気がかりなことがあった。
現実の問題として....たぶんそれは確実に起こってしまっている。

返事に窮した様子に、喜んで玲子たちは煽りたてる。

「じゃ、やっぱり縛るしかないのかしら?」
「へへ、俺は全然構わないぜ。この雪のような体に縄がきつく食い込む様を想像したら股間がカチカチになってくるぜ。」

チラリと無造作に投げ出された縄に眼をやる。
ああ....あれが肌を這いずり回る感触...それを想像しただけで...
そのときだった。
ゾクリ
神経でも血管でもリンパ菅でもない未知の経路を伝わって、しびれるような甘い陶酔が身体中にほとばしる。
な、なによこれは?
縄を見て、私がなにか期待していたとでもいうの?
これはきっと媚薬のせいよ。あのいまわしい催淫剤に体の均衡が崩されているだけなんだわ。
.....
でも...もしそうでなかったら...

「さあ、どうするの?自分から進んで脱ぐか、縛られてから強引に脱がされるか。どっちにしても脱がされるのには変わりがないんだけどねえ」

陰湿な言葉に自分で酔いしれている玲子。
また川田もこれみよがしに縄を揺らし、無言の圧力を投げかける。

追いこまれたカヲリは、苦渋の承諾をせざるをえなかった。
「わ、わかったわ...」
早くケリをつけてこの不毛なゲームを終わらせないと...
カヲリも最後まで耐えきる自信が揺らいできたのも事実だ。
しかし、それ以上に先程縄を見た時に感じた空ろな感覚。
もし縛られて責めたてれたときのことを考えると...怖かった。
縄の味を覚えてしまうことが....?

カヲリは膝をガクガクさせる危なっかしい姿勢ながらも、なんとか立ち上がった。
しかしその肉体は媚薬が与える悦楽にわなないているようだ。
なんとかバランスを保ちながらゆっくり指をブラウスのボタンにかけて1つずつ外していく。
全て外し、脱ごうとしたところでまた躊躇してしまう。
チラリと川田を見る。

「おいおい、もったいぶらずに早く見せてくれよ」

卑猥に口元を歪めながら囃し立てる。
しかし決して手は出さない。
これは玲子と事前に打ち合わせたことだった。

この屈辱的なゲームの準備は全てカヲリ本人に行わせる。
そうすることによって、力ずくでされたのだから仕方がないという精神の逃げ道を封じ、自分で自分を苦しめさせることにより、一層倒錯した世界に引きずりこむことが可能なのである。
一つずつじわじわと退路を閉ざし、より過酷な責めを加えることによって肉体のみならずその精神すら完全に屈伏させることができるのだ。
まだまだ始まったばかりだぜ、カヲリ。
君にはまだ地獄のような3時間のフルコースが待っているのだから。
肉体の切羽詰ってあげる叫びに、君の精神はどこまでもつのだろうか...?

スルリとブラウスが体から抜け落ちる。
そこには柔らかな曲線を描いた透き通るような女の肌と、ブラに包まれた甘いふくらみが目にとまった。ただその優美な裸身は媚薬のせいかほのかに上気しているようだ。

伏し目がちに顔を下に向けるカヲリに玲子は容赦なく畳み掛けるように言い放つ。

「さあ、その邪魔っけなブラジャーもとってしまうのよ」

すっかり観念したのかカヲリはおずおずとした手つきでホックを外す。
張りのあるみずみずしい乳房が顔を出した。
川田も思わず息を飲む。
なんて形がいい乳房なんだ...
吸い込まれるように見とれてしまう。

この恥辱に下唇をかんで、ひたすら我慢する。
川田が舐めまわすように、自分の肌を見ているのは分かっている。
見ればいいんだわ。見たければ。
あの人も私の体を綺麗だと誉めてくれた。
官能的ともいえる魅力が、自分には備わっていることも、これまでの経験からカヲリは充分知っていた。
愛しい人だからこそ、全てを共有できるはず。
だから何もかもさらけ出して赤子のように甘えもしたい。

だが今目の前にいるのは汚らわしいだけの陵辱者達だ。
それなのに...体の奥からジンジン火照ってくるこの恨めしいまでの官能は、なぜ?
こんなに節度なく、だらしない身体じゃなかったはずだわ...
しかし一抹の不安もある。
もし忌まわしい薬のせいだけじゃないとしたら...
本当に私の身体が求めているのだとしたら...

カヲリはゆっくり堕ちはじめる。


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