第7章 1.
襲い掛かる、兜卒天の体を押し止めるべく、ライラはその長い足をクワガタの顎のように、若者の胴に絡み付かせる。ちょうど、へその高さ。人間の、重心の高さに。
ガードポジション。その、一見、扇情的な行為は、しかし、高度なグラウンドの攻防の一端だった。しゃがんだ状態で、相手に馬乗りにもなれていないこの状態からでは、有効な攻撃手段というのは、実はほとんどないのだ。
元来、人の体の動きは、さまざまな連動になって成り立っている以上、下半身の連動を活かしきれない、しゃがんだ状態からの打撃というのはそんなに効くものではないのだ。マウント・ポジションからの加撃が有効なのは、それを防御する術がないのが一点と、加撃部位が頭部であるという点が一点。そう、グラウンドで相手の胴体にパンチを放っても、これでノックアウトさせるのは、至難の技なのである。だが、ガード側は、相手の重心を押さえている以上、相手が焦って足掻きを見せた時点で、少しその重心を崩してやれば、いくらでも、逆に自分がマウントを取る形に持っていけるのだ。言うならば、この重心操作が、このバーリトゥード系柔術の一つの奥義ともいえる、高度なテクニックなのだ。
一見押しているようで、その実、そのような窮地にいる兜卒天。窮地に立ちながら、反撃の機会があれば、いつでも反撃に移れるライラ。その二人が、その違和感に気づいたのはほぼ同時であった。
二人の、接触した肌と肌が、まるで、否、文字どおりにかわで張り合わせたかのように動かなくなった。ガードとか、ホールドとかいうレベルではなく、まったく、動かないのだ。
(なッ?!)
(あれ??)
試合の最中、その、不審な現象に二人が、驚愕の表情を浮かべる。
(お前、いったい何をしたんだ?)
不審げな表情を浮かべ、ライラが、無言で若者を見詰める。
(ぼ、僕ゥ、ちゃいますよォ)
眉根をよせ、困ったように肩をすくめる兜卒天。
(本当だろうな? お前の周りは、いつも変な事件ばかりだからな)
責めるような、鋭いライラの眼光。
(それも、いっつも、僕のせい、ちゃいます!)
泣きそうな、それでいてどこか嬉しそうな苦笑とともに、兜卒天が心の中で叫ぶ。
そして、二人が互いの指を、その「接着面」に滑らせてみる。
ライラの太股と、兜卒天の腰、互いに皮膚の接触面は、明らかに「接着」されている。
が、ライラの水着や、兜卒天のパンツといった、衣服の部分には、まったく異常は見られない。ライラの思ったとおり、確かに、兜卒天の周りには奇妙な事件が多いのは事実だが、今回は確かに、彼は無罪だ。責任転嫁、というわけではないが、何が原因か、リングの周りをぐるりとみまわす。
プロモーターとジャッジと進行役を一人で兼任する麗。
確かに、怪しい女だが、今回は完全に、自分の多忙を楽しんでいる。
解説席で、面白そうにこちらを見つめるイシュトバーン。
彼も、かなりお祭り好きな男だが、事を起こせば彼の自己顕示欲が、沈黙を許すはずがない。
リングサイド席で腕を組み、こちらを睨み付ける不破烈堂武蔵。
揉め事とトラブルには事欠かない男だが、今回のトラブルは、彼の好みとは明らかにベクトルが異なる。
同じく、リング脇の小鉄。
「お前かぁーっ!」
突如絶叫する兜卒天。
「何さらすんじゃ! このボケ猫! 何考えてンねん! ワレ!」
一方的に決め付け、赤熱した炭の如く、激怒する兜卒天。
「燕雀安ンゾ鴻鵠ノ志ヲ知ラン也!」
兜卒天の叫びに、負けじと小鉄も大声で叫ぶ。
一瞬、あまりの言葉に絶句する兜卒天。
「おンどれ、意味判って言っとんのか!」
事実上、(そうなのだ、これはもはや自認である)罪を認めた小鉄を、せめて一発殴ろうと立ち上がろうとする兜卒天に、ライラの脚が張り付いたまま、天使は、天高く、恥丘を突き出さされる形になる。逆海老に反り返った体は、腰骨や肋骨を痛々しく浮き出させてみせるが、彼女自身は体は、かなり柔らかい方なので、そう苦痛ではなさそうにもみえる。ただ、困ったようにひそめられた眉根が、そのどうしようもない心情を物語っている。
ここにきて、ようやく、ジャッジの麗や、その外の人間にも、事情が飲み込めてくる。
「アクシデントにつき、試合を一時、中断します」
やむをえず、試合の一時中断を宣言する麗。だが、その判断に、異議を唱えるように、武蔵が立ち上がる。
「その必要はないだろう。試合を続行せんか」
低く、静かな、それでいて、どんな恫喝にも優る威圧を込め、魔人が笑う。
「で、でも、こんな状況じゃ」
「どこに問題がある? 双方状況は同じ、互いに不当なダメージを受けておる訳でも、戦闘続行不可能なアクシデントに見舞われたわけでもない。問題はなかろう?」
ゆらり、と立ち上がり、つい、と麗に近づき、魔人がゆっくりとささやく。
(ヤ、ヤバいよ、恐いよ。ネットも麻酔銃も金庫も、何も用意してないよォ)
つい今し方、兜卒天がまったく同じ不安を胸に抱いたとは露程も知らず、麗はマットそっちのけで今しも乱入モードの武蔵を睨む。いざともなれば、子飼いの封印妖魔を解き放ち、身を守る術はある麗も、好き好んで歩く核弾頭のようなこの男を、爆発させたいとは思ってはいない。
「いいんだな? 続けて?」
だが、そんな武蔵の態度に、ライラが不満そうに応じる。
元々が、別段殴り合いが好きなわけではなく、純粋に、クリーンにスポーツとして兜卒天との試合にあたりたいと思っていたライラにとって、大男の考え方は共感できるものではなかったが、それでも、あの男の「化物」さ加減を知っている彼女としては、何も麗と武蔵を好んで対立させたいとも、到底思えはしなかった。
今まで、兜卒天に引きずられる形だった軽量級のライラが、腰を軸に体をひねると、そのねじれがまるで波のように兜卒天に伝わり、若者の体が大きくマットに倒れ込む。そのまま身を起こし、馬乗りの形になろうとするライラを、兜卒天が慌てて制し、何とかそれだけは避ける。なんせ、今の状態でマウントを取られたりすれば、選択の余地なく、ギブアップするまで、顔面パンチの雨あられだ。たとえ体制を崩すことはできても、返すことも、離れることもできないのだから。
(あのおっさん! どこが「互いに問題無し」やねん! 考えてみたら、僕にどないせいっちゅーんや?!)
再び、腰を下ろした兜卒天を、横になったライラが迎え撃つ、ガード・ポジションの体勢。さっきは黙って立たせてくれたライラも、今度あんな不用意な立ちかたをすれば、容赦なくアキレス腱か踵を狙ってくるだろう。
(裏返して、首を取りに行くべきかなぁ? でも、そんなことしたら、ライラさんの背骨、危ないんと違うやろか?)
そこが、男の身の悲しさ。眼前の天使がどれほどの強者であろうと、最後の最後で、その身を案じる思いに捕らわれてしまう。
目の前には、自分の腰に密着した天使の恥丘。鋭く切れ上がったハイレグの股間からしなやかに伸びる、滑らかな生脚は、しかし、その不自然な姿勢に、その肌の下の筋肉を不自然に硬直させ、時折痙攣するように筋を浮き出させる。安定のよさそうな大きな骨盤と、胸部を繋ぐ腹部は、白い水着に隠されてこそいたが、少し反り返り、息苦しそうに小ぜわしく上下する。戦士としては、致命的に薄そうな腹筋の下、息づく内臓の柔らかさがが伝わってきそうな、白魚を思わせる腹部。そして、薄く浮かぶ肋骨と、その上のボリュームあふれる柔らかく、丸い、二つの乳房。そして、さらに目をやれば、芸術的な鎖骨のラインと、このような試合が不安になるほど、細い首、そして、猛禽の鋭さと、白鳥の優美さを兼ね備えた、美貌。
だが、状況が不利なのは、自分の方だ。それに、これは試合であって、仕合ではない。いわんや、死合などではない。手詰まりになった段階で、お互いいつでも降参できる。
いささか甘い考えとはいえたが、それでも、互いに、自分が降参するつもりはない。そのことを失念した二人は、比較的凄惨なものは感じぬようにしながら、試合を進める。
とりあえず、唯一攻撃の許されそうな、天使の腹部に、兜卒天が拳を突き入れる。先ほども語ったとおり、たとえ拳といえど、下半身の連動が完全に殺された場合では、その威力は大きくそがれる。それでも、腕だけではなく、背筋までは使って、それなりに重い拳を突き出す。
だが、そういう突きを有効に活かす為には、ボクサーのように、一撃必殺の頭部を狙うか、あるいは一撃必殺を捨て、スタミナを削る為、胴を狙うか、最後は、中国拳法のように、急所、すなわち点穴を突くかしかない。
とはいえ、殺し合いでも壊し合いでもない以上、点穴、といっても、狙える場所は限られてくる。しかも、今の状況では、手の届く範囲も限られている。
やむをえまい。消耗戦で勝負だ。とばかりに、兜卒天は、天使のその、渓流の魚を思わせる滑らかな腹部に、拳を繰り出した。
「ひゃぐぅ!」
だが、その、効かないはずのパンチに、天使は顔を真っ赤に染めて、うめき声をもらす。
瞬間接着剤に身動きを封じられ、先に盛られた利尿剤と媚薬の生み出す感覚に、目を潤ませて荒い息をもらすライラ。尿を限界まで貯えた、水風船のような膀胱に衝撃と圧力を加えられ、その痒みとも痛みともつかぬ苦しみに、全身から汗が吹き零れる。尿を排泄したくとも、できない苦しみに、白いハイレグの布に覆われた、高く盛り上がった膨らみが、じっとりと汗ばみ、時折、あえぐように痙攣する。
「やっ! 駄目だ!」
その場の状況を、神の視点で眺め回したもの意外にはまったく意味のわからぬ、悲鳴じみた声を上げ、ライラが両手で若者の胸を突き放す。状況は彼女も理解している。ならば、ほとんど、脳を通さぬ反射で為した行為なのだろう。突き放され、二人の上半身が距離を取り、反対に逆反りに、兜卒天のファルスカップに守られた股間が、天使の性器に捻じ込まれる。
今度は、下からの突き上げにライラが悲鳴を上げる。
「ふぐッ!」
つきたての餅を捏ね上げたかのようなライラの柔らかな大陰唇のスリットに、固いファルスカップが強引に捻じ込まれる。無論それが膣口をおしわって、彼女の胎内に侵入を果たすことはありえないが、それでもその狭い肉の門は強引に押しつぶされ、その奥の、柔らかく敏感な粘膜と、膣口、そして何より、限界にまで緊張しきった尿道口を厚い水着の生地が強引に擦り上げる刺激に、ライラはパニック状態で口を金魚のようにぱくつかせる。そして、必死にそこから逃れようともがき、体をくねらせるたびに、しかし、しっかりと張りついた脚は離れず、その敏感な股間にばかりしわ寄せが来る。じっとりと湿り気を帯び、濡れた水着は、かすかに透けて、その奥の緋色の肉をうっすらと透かし出し、動くたびに大陰唇の隙間に捻じ込まれるファルスカップと水着の生地は、そのハイレグのVの字の布の両脇から、白く輝くような大陰唇の肉を、ゆっくりと絞り出す結果となる。
綱のようによじれた、ハイレグの股間の布の両サイドには、天使の申し訳程度に生えた、黄金の産毛がのぞき、性器の正中線にみっちりと食い込んだ布は、いやが上にもはみ出した大陰唇を強調する。せめてもの救いは、みっちりと食い込んだ布のおかげで、逆にその隙間の粘膜や、まだ未発達の小陰唇、膣口、それに、限界寸前の、ぷくりと膨らんだ尿道口が隠れている事だけである。しっかりとそこに布が絡み付いているせいで、陰核などはむしろ裸でいるより強調されてしまってすらいる。
そんな天使の無様な、あられもない場所を映し出した画像が、会場中央の巨大なパネルに投影され、すべての観客にあますところなく晒しものにされる。そして、天使の苦痛と混乱に、真っ赤に上気した、熱に冒されたようにぼうっとした表情が、見るものの嗜虐心をじくじくと刺激する。
どうにかしてその苦しみから逃れようと、必死に若者の胸を叩き、腰をくねらせるライラ。しかし、その度に股間がこすり上げられ、陰唇に布が食いこみ、彼女を、絶望的な状況へと追い込んでいく。
観衆の異常な興奮に、頭上を見上げ、重大なことを忘れていたと思い出した神父が、タオルを手に、ひらりとリングサイドに飛び上がる。このままでは、自分のかわいい弟子が嬲り者にされるだけだ。何が原因かは、彼にもわからなかったが、とにかく、彼女の体調は戦いを続行できるものではない。体調が悪いとか、そういうレベルでなしに、ライラの様子が明らかにおかしいということは、師として彼には断言できた。
これ以上の試合続行は不可能だ。
そう判断して、試合を止めようとリングサイドに飛び上がった神父。
だが、その手の中のタオルが、次の瞬間、突如消え失せる。
対面のリングサイド下、不破烈堂武蔵の手の中にあった、麻紐と革で作られたつぶてが、そのタオルを神父の手から奪い去り、会場の彼方へと消えていったのだ。
「つまらん仕合いであろうと、勝負は勝負じゃ。途中で余人が首を突っ込むのは、感心せんのう」
神父の目から視線を離さず、のっそりと熊のように立ち上がった武蔵が、腕一本でリングサイドのロープをつかむと、そのすぐそばへと、巨体を引き寄せる。
「言うたであろう、戦いに、余人が首を挟むのは気に入らん。とな」
口の端に、かすかな皮肉的な笑みを浮かべ、鬼人の視線が神父を射すくめるように捕らえる。一方の神父は、心の奥底に沸き上がる怒りと憤慨を押え込み、静かに、リング中央の愛弟子に指示を送る。
「ライラ....タップしたまえ」
だが、もはや神父の言葉すら聞こえぬのか、天使は必死に、秩序も術理もない動きで、のしかかる若者を押しのけ、突き放そうと、力なく殴り付け、ただただ涙を流しながら嫌々をするように首を振るばかりだ。
迫りくる尿意と、媚薬の刺激で敏感になった肢体が、会場中の数百数千の視線に晒される。その戦慄に、もはや脳と精神がショートを起こす寸前なのだ。元々は天界の姫将軍として、人の注目と視線に晒されることに慣れていた彼女ではあったが、今は明らかに状況が違いすぎる。というより、元来は意外と気弱で繊細なところのある彼女にとって、今の状況は正直、おかしくなってしまってもやぶさかでないものですらある。
師であり、セコンドでもある神父の声すら、わんわんいう会場の意味のない熱狂と嘲笑に溶け消え、彼女の耳には届いていない。大きなうねりの中の、ただの一滴の水でしかないのだ。
ライラのでたらめな攻撃に、ついに兜卒天がバランスを崩し、大きく後方に倒れ込む。反動で勢いよくライラの体が跳ね起き、その体重でほとんどむき出しの大陰唇が、男の股間のファルスカップに押し付け、こすり上げられる。
「うわぁぁっ!」
その、あまりにも強烈な感覚に、天使が悲鳴を上げる。背に仕舞い込んだはずの翼の、擬態が解け、彼女の優美な長身を宙に舞わせるだけの面積を持つ、巨大な翼が半開きで広がる。兜卒天の腰の上に馬乗りになった状態で、大きくのけぞり、若者の腰の上で、膝だけを曲げた形に、彼の足の方に倒れ込み、仰向けで、荒く息を付き、大きく形の良い胸を激しく上下させる。
大きく口を開けたまま、犬のように舌を突き出し、天井の、煌々と照り付ける照明に、焦点のずれたひとみを向けたまま、声も上げずに、涙をあふれさせるライラ。
「審判、ギブアップです」
そんな、哀れな天使の姿を見かねた神父が、審判の少女に、静かに宣言する。
正直、さすがにその姿を見かねていた麗が、慌てて二人の間に入り、その試合を止めようとする。
だが....。
「けぽ!」
まったく、緊張感というものの欠落したうめき声をあげて、次の瞬間、麗がまるで目にみえない車に跳ねられたかのように、くるくると軽薄に、宙を舞う。
神父とは反対のコーナーの、鬼の手から放たれた硬球が、時速170kmもの速度で、少女の脇腹に叩き込まれたのだ。
リング中央から、トップロープのはるか上空を越えて、解説席の机まで、かっきり3秒は無重力体験を味わった麗が、糸の切れたマリオネットのように解説の机の上にどしゃりとつぶれる。
それを、上半身のスウェーバックで見事にかわす、解説席のイシュト。ここで助けずに見殺しにするあたりが、二人の仲をよく物語っている。
あまりといえばあまりの事態に、さしもの神父をして、なんの反応もできないままに事件は進む。彼やライラ、兜卒天や不破烈堂武蔵を含め、列強騎士団指南役に匹敵する腕の持ち主が目白押しのこの傭兵都市ワーレンにあって、しかし、一人で一軍の相手ができると言われる人間は、さすがにわずかしかいない。神父や、ライラの技は、基本的に1対1の技であり、100人ならともかく、千人の人間を個人で相手にできると言われるのは、あの不破烈堂武蔵と....。
封印妖魔群、戦術級戦闘集団『麗』を擁する、麗だけである。
テーブルの上でぐったりと、泡を吹いて倒れ伏した麗の、とりあえず息をしていることだけを確かめたイシュトヴァーンは、次の瞬間には武蔵の筋書きを悟り、これから引き起こされるであろう見世物に、期待に胸を膨らませて、テーブルの上に足を組んだ。
彼自身、喧嘩や乱闘に参加するのは大好きなのだが、見ている方が面白いと判断した場合は躊躇なく傍観者にまわるタチで、その性格から、こういう大会には、顔を出しても参加しないことが多いのだ。
さあおっさんやってくれ。と言わんばかりに観戦の態度を崩さず、どこからともなくポップコーンすら取り出してきたイシュト。その視線の先では、神父と兵法家が、同時にロープを飛び越え、リングに乱入を果たしていた。
だが、それと同時にもう一人、リングに飛び込んできた人影があった。
「ンなコトしてる場合じゃないサ。神父サンは、ライラの事、頼むサ」
長身のレオンと比較しても遜色のない長身。そして、女のものとは思えぬ体躯。
ライラの友人にして、ワーレン屈指のパワーファイター、ジギィ・「パンツァーシュレッケ」である。
小鉄の、超強力瞬間接着剤(人体用)によってほとんど融合といってもよい状態で張り付いてしまった天使、ライラ・ラグナスヒルドと、若き拳法家、兜卒天。そして、その二人を助けに、マットに飛び込んできたジョージ・レオン神父。その3人を庇うように、鬼人、不破烈堂武蔵の前に立ちはだかる、本物の「鬼」の血を引く、女唐手家、超A級喧嘩師、ジギィ・パンツァーシュレッケ。その、女のものとは思えぬ、ごつい右の拳と、更なる鍛練に、鉄色に変色した左の拳の指を交互に鳴らし、ジギィが武蔵に向き直った。
「カタギさんに、手ェ出しちゃ、いけねぇサ。烈堂サン」
責めるように眉根を寄せ、解説席の机の上でぐしゃぐしゃに横たわる麗を見やり、ジギィが呟く。
「....アレのドコがカタギなんじゃ?」
こちらも困ったように眉を寄せ、ぼそりと呟く烈堂。
「ワシの国では、個人で小国を滅ぼせるような魔物を飼って、コングロマリットの総帥をやっておる、お祭りベンチャービジネス娘を「カタギ」とは言わんぞ」
「ンなコトはどうでもいいサ。おいたが過ぎると、しっぺ返しがくるってコトさね」
言い放ち、ジギィが前に出る。突進を生かした必殺の左中段正拳突きだ。が、それを巨体に似合わぬ俊敏さで難なく躱す、不破烈堂武蔵。
「フェイントも崩しもなしに、いきなり仕掛けて来おるか?」
わずかな見切りで、それを躱した武蔵が、にぃ、と笑う。
「どうせアンタにゃ、フェイントだのなんだのなんて小手先の技が効くとは思えないからサ」
武蔵の避けに、コーナーの鉄柱をしたたかに殴り付けたはずのジギィが、顔色一つ変えずに、薄笑いすら浮かべて鉄柱からゆっくり拳を引き抜く。と、そこにはくっきりと残った拳の後と、わずかとはいえ見た目にも明らかにへし曲った鉄柱の姿が。
しかも、拳の起動からインパクトまでの間は、コンマ1秒台。たとえ熟練のガンマンでも、銃すら抜くことを許さずに、絶命させることのできる速度だ。
「速いのう、重いだけではなく、速さも持っておるか。そそられるのぅ」
「速いっつっても、誰かサンみたいに時速170kmオーバーなんて事はないケドさ」
再び、次のインパクトに向け、構えを取り直すジギィ。
だが、今度は先に、武蔵が動いた。
無造作に突き出される中段正拳突きを、ジギィの右掌が裁く、だが、間髪を入れずに打ち込まれる烈堂の拳。ヘヴィ級ボクサーのフィニッシュブロウほどの重さのある、ただのジャブが二連撃。さしものジギィも捌きすら間に合わず、ガードを固めて耐えるしかない。
そして、今度は武蔵の下段蹴り。軽く足をもたげ、衝撃を何とか逃すジギィだが、その直後に武蔵の同じ側の足が、変形後ろ回し式の踵落としを決める。
鞭のようにしなった蹴り足が、女のウルフカットの後頭部に巻き付くように叩き込まれる。瞬き一つの時間の、五連撃。無論その意味においては、長大な両手剣を振るうライラの「流星剣」の方が早くはある。同じ五連撃なら、より動作の小さい烈堂の五連よりは、たしかにライラの五連の方が難易度ははるかに高い。だが、人一人を殺傷せしめるという観点においてみた場合、その価値に違いはない。
「くあ....」
一瞬目を見開いたまま、よろめき、倒れ掛かった亜人の血を引く大女が、何とか身を立て直し、大振りのバックブローを撃つ。この場合、賞賛すべきは瞬き一つの間のコンビネーションを放った武蔵よりも、最後の踵落としを食らって倒れなかったジギィの方かも知れない。
無論、苦し紛れの裏拳など悠々見切ってた武蔵が、今度はガードを一切放棄した、ジギィの次の構えを目撃する。
ほとんど半身にまで引かれた左拳はまるで攻城用の投石機のように力を秘め、対照的にガードも何もない右半身は、無防備にさらけ出されている。確かに、胴体正中線こそは、(結果的に)隠れてはいるが、顔面も、右の脇腹も、まるでガードというものがされてはいない。限界まで力を貯えた、弓のように張り詰めた筋肉と、鍛え上げられた凶器のような拳がぎしぎしと軋みすらあげる。
「ほぉう。そう来るか....」
武蔵がまるで抱擁でもするかのように広く両手を開き、心底楽しそうな笑みを浮かべてそうささやく。
一撃必殺。相手よりも速く、己が拳を敵に叩き込み、その一撃のみで敵を叩き伏せる。
空手の、そして、ありとあらゆる打撃系格闘技の、究極にして理想の姿。
武蔵が、ジギィの制空権に侵入した刹那。
掛け金の外れた投石機の岩塊のような拳が、打ち出された。
半身に引いた左の足首から、膝、股、腰、肩、肘、手首の7つの関節が同時加速される。
「破壊力」=「スピード」×「体重」×「握力」
固く、岩のように握り締められた拳に、ジギィの、ヘヴィ級の体重がすべて乗せられ、ロケット砲のごとく、突き出される。
武蔵の、分厚い腹筋に鎧われた、水月の急所めがけて。叩き込まれる。
だが、それと同時に、武蔵の右の拳がジギィを襲う。KO狙いの大振りのテレフォン・パンチではあったが、同じく、圧倒的に速い。いや、速い以前に、今のジギィにその攻撃を躱すすべなどどこにもありはしなかったのだが。
だが、にもかかわらず、ジギィの体が首一つの角度で、武蔵の拳を避ける。いや、その拳からほとばしる、すさまじいまでの殺気の奔流が、ジギィの体に、拳を避けさせたというのが正解だろう。女唐手家の体が、鬼の殺気に、勝手に反応してしまったのだ。
最後の瞬間の、ほんのわずかなその動きに、100の破壊力が99に落ちた。
そして、その99の破壊力を秘めた拳を、武蔵が見切って、左の掌で握りとめる。
左手一本で、ジギィの渾身の一撃をつかみとめ、そして空振りした右の突きを電光の速度で引き戻し、その肘を女のこめかみに叩き込む。
同時に、跳ね上がった膝が、女の顎を貫く。
そして、ついに、女は倒れた。
2.
「ドクター!」
ライラについていた神父が、崩れ落ちるジギィを横目にリングサイドに待機した、眼前の鬼人もかくやという屈強な体躯を持つ、長髪美形の医者に助けを求める。無論、患者はライラではなく、ジギィの方だ。だが、同じく試合を見ていた医者も、神父の声よりも速く、リングへと飛び込む。
時間にして、わずか1分に満たない死合ではあったが、逆にそのわずかな時間の間に、鍛えていない人間なら確実に死ねる烈堂の攻撃を、頭部に3発も受けているのだ。下手をすれば医者よりも神父の出番、という可能性もある。ジギィの崩れ落ちた体を踏み越え、神父、そしてライラと兜卒天の下へと、悠々歩み寄ってくる武蔵。その視界の隅ではドクターがジギィの様態を確認し、急ぎ担架を招き入れる。
一方、ライラと兜卒天の二人の方には、助っ人の神父の他にも、何人かの二人の友人が駆け寄り、殊に心配そうに、ライラの様子を見守っている。白い天使の娘とは対照的な、黒髪に黒いビスチェとジャケットの、人間の若い女が、心配そうに天使の脂汗にまみれた、今にも泣き出しそうな顔を覗き込む。具体的にどこが悪いのかでも言ってくれれば、応急処置の施しようもあるのだが、なぜか天使は頑として口を開こうとはしない。ただただ、嫌々と首を横に振るばかりだ。
「だ、大丈夫だ。心配しなくていい。気にせんでくれ、レイスリーネ」
青ざめた顔に、苦しげな笑みを浮かべて、ライラがあえぐように、ビスチェの女に告げる。だが、無論、女も、はいそうですかと友人を放置する気はない。レイスリーネと呼ばれた、その友人に、濡れタオルで汗を拭ってもらいながらも、ライラは苦しそうに腰をくねらせる。だが、何百もの視線が自分に集中している今、彼女のプライドが、彼女に無様な姿を晒すことを許さない。いや、本当は臆病な彼女にとって、恥ずかしい姿を晒す勇気がないだけなのである。このままでは、もっと恥ずかしい姿を晒すはめになるというのに。
そんなライラの性格を知る、友人のレイスリーネだが、だが、具体的に何がどうなっているのかまではわからない。ただ、確かに、ライラが人目を気にする方であり、そして今の公衆の面前で、多くの人間の好奇の目に晒されている現状では、彼女では言えることも言えなくなっているのは確かなのだろう。
女が、少し憎々しげな視線を頭上の巨大モニタに向ける。そこには今も、何十倍にも拡大され、もだえ苦しむ友人の姿が、汗の一粒一粒までも鮮明に、描き出されていた。
「何はともあれ、原因はこいつね」
小さく、吐き捨てるように呟くレイスリーネが、腰の剣を抜き放つ。と、剣は、じゃらりと音を立てて、いくつもの刃を繋ぎ合わせた鋼の鞭にと姿を変える。こんな格好はしていても、彼女は北のある大国の、騎士の位を持つ腕利きの女騎士でもある。
巨大なモニタに、黒いビスチェと、短いタイトスカートに同色のレザージャケットという、とても堅気には見えぬ女が、鋼の鞭を構える姿が大写しになる。そして、女が、その鋼の鞭をふるおうとしたその瞬間、こちらは編んだ革の鞭が、女の手首に絡み付く。
「おいおいおいおい。そんなことしたら修理代いくらになると思ってんだよ」
リング、青のコーナーの下に、さっそうと姿を現した、ジャケットに探検家帽に鞭、ラフなオールバックに無精髭、よれたワイシャツに緩んだネクタイという、いかにもな格好のナゾの男。この街の住人で、この男を知らぬものはいない、ワーレン大統領、イェンリーク・リビングウェイである。
男が、軽い手首のスナップ一つで女の手に絡み付いた鞭を、手元に引き戻す。
「そいつブッ壊したら、修理費なんざ、おめーが春ぅ鬻いだって稼げやしねーぜ」
とてもとても大統領などという要職を務める人間の言葉とは思えぬ言葉が、男の、薄笑いをへばりつかせた口元から紡ぎだされる。
「ってゆーか、娘何とかしろよ」
突如さっそうとかっこよく姿を現したそのヘンな男に、解説席のイシュトがぼそりとつっこみを入れる。そう。麗こと鳳麗雷の母に、彼女を産ませたのも、実はこの男なのだ。
もっとも、その事を知る人間はこの街にも、決して多くはないのだが。
イシュトの台詞に、思わず真顔で、小さく「あ、そーか」と呟いた大統領が、いまだ解説席のテーブルの上で壊れたマリオネットのように崩れ落ちたままの少女を無造作に小脇に抱え、再び、もとの立ち位置へと戻る。格好が格好だけにうまく決めれば冒険活劇の主人公にも見えたかもしれないが、彼をよく知る人間には、むしろロリコンの山賊にしか見えない、そんな格好で、男が再び口を開く。
「えっと、「そいつブッ壊したら、修理費なんざ、おめーがいまさら乳だけがウリの中古の身体ァ、男の慰みモンに、三流の連れ込み宿で売り捌いて、一晩に5、6人から相手にしてたって、ミジンコほどの足しにもならねーぜ」の続きからだっけ?」
「アンタ喧嘩売ってんの? 全然変わってるわよ」
いつのまにかもっとえげつない台詞に変わった男の言葉に、冗談でなく目に殺気を浮べたレイスリーネが応じる。
「そうじゃねぇ。ただ、そいつは壊すな、ってオレは言ってんの」
今のは明らかに喧嘩売ってる、との周囲の視線をさらりと流し、男が口を開く。
だが、その言葉に、しかし現実に友人が苦しんでいるのを目の当たりにしているレイスリーネは、さらに声を荒げて続けた。
「じゃあアンタは、いつまでもライラ、晒し者にしておけって言うワケ!?」
「いや、だから、みんながアレを見てきゃ良いワケだし、そのために公共物を壊すというのは、自分はまことに好ましくないと、そう考えるわけでして」
と、そこまで言うと男は、少し面倒げに小脇に抱えた少女に目を向け、懐から黒い液体の詰まった、大きな瓶を取り出して、少女の顔面に注ぎかけた。
「面倒臭せーな。ほぉら麗、気付けの炭酸清涼飲料水だぞぉ」
「いやぁ!! 麗、炭酸キライ〜!!」
とたんに飛びおきて、泣き叫びながら必死に顔や頭を拭おうとする麗。いったい、炭酸で何があったというのであろうか。
「おらぁ、起きたか。オレぁ忙しいんだ。手間かけさせるなよ」
とはいっても、本人は頭から炭酸水をブッかけただけで、その後の少女の反応を見るに、とても恨みこそすれ感謝の気持ちも持てそうにない行為に及んでおきながら、男が尊大に娘に言ってのける。と、今度はさっきまで少女が手に持っていたマイクを手に、男が会場中の観客たちに語り掛けはじめた。
「みなさん、少し聞いていただけますか」
今の非道な振る舞いからは、想像もできない真摯な眼差し、低く、落ち着いた声。
「今、リングの上で皆さんの注視を一身に浴びる、汚れ無き麗しの軍天使、神軍の元姫将軍にして、かつてのアスガルドの盟主、大神オーディンの神子姫たるこのライラ・ラグナスヒルド嬢ですが、どうやら、原因不明の事故でこのむっちりした太股が、向かいのちんけな天ちゃんの身体に接着されてしまったようなのです」
相変わらず、ものすごい言いようである。だが、さすがに街の初代大統領を務めるだけあって、いろんな意味で人の注目を集めるには慣れた男らしく、先ほどまでは大モニタに大写しになった天使の、苦悶にくねるある意味扇情的な姿や、大写しの、汗まみれのきわどいハイレグの股間に、ざわざわと騒いでいた観衆たちも、一瞬、しんとなる。
「しかも、どうやら彼女の体調も芳しくないらしく、滑らかな白磁の肌にはじっとりと、珠の汗が浮び、苦しげにくねる身体に食い込む、純白の水着は、汗を吸って身体にべったりと張り付き、ただでさえ浮き彫りの身体のラインを、より一層むき出しにして、上気した肌を、透けて覗かせるほどです。
苦悶と緊張に隆起した乳首は白い水着ごしに緋色に透け、苦しげにひくつく陰唇はハイレグの股間をくわえ込み、薄いピンクの柔肉を透けさせ、汗に張り付いてぺっ足りとその造形を浮き彫りにし、緊張にしこった陰核は水着にこすり付けられ、真っ赤に腫れ上がってしまっています。緊張と、苦悶に喘ぐ、そんな哀れな美貌の天使に、これ以上好奇と情欲にまみれた視線を注ぎ、哀れな乙女を何百もの観衆の前に晒し者にし、その無様な様を笑い飛ばすなどという無上、もとい無情な行いは止めてあげて下さい。
どうか、皆さんに人の心があるなら、この喘ぎ、もだえ、すすり泣く哀れな天使から視線を外し、どうか、彼女をそっと、楽にしてあげて下さい。そんな大きなモニタに、大写しになっている半分透けた緋色の、肉厚の陰唇や、大きく張ったドテダカのモリマンや、清純派装ってるつもりでもそうは見えない、肥大した乳首びんびんに凝りしこった、淫猥で扇情的な、男の目に晒される以外はなんら存在意義を持たない、大きな乳房に、獣欲にまみれた、あるいは汚物を見るようなあざけりの視線を投げかけるのは止めてやって下さい!」
明らかに、悪意でやっている演説だ。怒りに、レイスリーネの右手の蛇腹剣が唸る。
「うひょ!」
それを、心底人を小ばかにしたような奇声を上げ、イェンリークが躱す。
「なにしやがンだ! オレは」
だが、男の言葉は最後までは続かない。その背後に立った神父の両腕が、その破廉恥漢の首に巻き付き、ほんの一呼吸の間、締め上げたのだ。それだけで、男は、まるで糸の切れた人形のように、マットに崩れ落ちる。
「なッ、何しに出てきたにヨ! アイツ!」
憎々し気に呻くレイスリーネ。
「二人を、控え室へ。どうか、手を貸して下さい」
周囲の、ライラと兜卒天の異常に駆けつけた、二人の友人たちに、神父が静かにささやきかける。無論、この場に駆けつけたのは神父にとっても二人にとっても信頼できる人間がほとんどなので、当然、否を言うものはいない。普段は悪戯する側の麗ですら、さすがに今回は、二人の味方についている。
「や、動かしちゃ、嫌ぁぁ」
二人を、とりあえず担架に乗せようとしたレイスリーネに、ライラが鼻にかかった啜り泣きの声を上げる。滝のように汗を吹きこぼし、ふいごのように上下する肩、顔にべったりと張り付いた、黄金細工のような髪にしたがって、汗と、大粒の涙がだらだらと流れ落ちる。
「そうじゃ、まだ勝負はついておらんぞ」
状況が理解できていないわけではあるまい、だが、相変わらず、不敵な笑いを浮べたまま、そんな彼らの前に、不破烈堂武蔵が、ぬぅと立ちふさがる。そちらの方へ、ぐったりと力を失った首をもたげ、霞のかかったようにぼうっとした視線を向けて、天使があえぐようにすすり泣く。
「もう、無理だ。....私の負けだ、もう、....勘弁してくれ....」
汗と涙でぐしょぐしょの顔に、べったりと金の髪を張り付かせ、唇を震わせながら、天使が答える。だが、大男は天使のそんな哀れな様子に心動かされる風でもなく、無情にも、首を横に振りながら低く、響くような声で呟いた。
「認められんのぅ。そのようないい加減な結末は。兜卒天、止めを刺せい」
「できません。そんなん」
鬼と渾名される師の言葉を、きっぱりと拒否する兜卒天。
鬼が、静かに若者の目をねめつける。
それだけで、若者の身体が、否、細胞が反応する。
若者の全身が、まるで、おこりのように震えはじめた。
(くそっ! どうなってるんや! 僕の身体! こんな時に、言うこと聞け!)
大男の、破城槌のような足が、高々と頭上はるか高くに持ち上げられる。
それでも、震える若者のからだは、ガードの構えすら取れずにいた。
無論、哀れな天使にも、防御の態勢など取れようもない。
(せめて、僕がライラさん、庇わんと....)
2m以上の高みから、鉈のような踵が振り下ろされる。
だが、それを、割って入った黒い影が、巧みに受け流す。
恐らくは、氷の厚板であろうと、あるいは、巨大な自然石であろうと砕きかねないそのすさまじい蹴りを、あえて逆らい、真っ向から受け止めるのではなく、遠心力の弱い太股の部分を受け止め、巧みに払い流す黒い影。
「解りました。私が相手をしましょう。レイスリーネさん、麗さん、二人を、頼みます」
鬼の正面に立ちふさがった、黒衣の悪魔が、ついにその神父の衣を脱ぎ捨て、立ち上がった。
ぎぱぁ。
そんな擬音の似合う、烈堂の笑み。そして、僧服を脱ぎ捨てた神父の肩口めがけて、さながら木こりの振るう鉞のような回し蹴りを、速効で叩き込む。それを、一歩踏み込んで、受け止める神父。だが、鬼の蹴りは、それでも完全に殺される事はなかった。
決して軽量ではない神父の身体が、その蹴りにふわりと、浮く。
神父も、それを無理にこらえようとはせずに、あえて蹴り足に乗る。
そして、宙に浮きながらも、大男の膝靭帯を極めにかかる。
打撃と関節、力と技、ともに、決まれば確実に人体を粉砕できうる力が正面からぶつかり合う。
機械のように正確に、その関節を極めにくる神父に、烈堂は蹴り足に彼を乗せたまま、もう一方の軸足をも、蹴りに使う。神父が関節を捻るよりも速く、彼をなぎ払うべく。
二人の身体が空中で絡み合い、そして、マットに同時に墜落する。
試合の、選手の負傷を避ける為、マットと、そのクッションとなるマット下のばねは、あらかじめかなり柔らかくは作られている。そこに、神父と、150kgを超える烈堂が2人あわせて、2m近い高さから落下したのだ。マットの、スプリングにかかる力は、相当に大きい。
その衝撃が、兜卒天とライラの二人を大きく揺さ振る。
両腿を不安定な若者の腰に固定され、その股間の、ファルスカップの上に、敏感な股間で自分の全体重を支えさせられたライラの、その陰唇の隙間に、若者のファルスカップから衝撃が、腰骨から脳天めがけて突き上げる。
「ひぎゃぁ!!」
涙をほとばしらせ、白目をむいたライラが、絶望的な悲鳴を上げる。あまりの緊張と、苦痛に、仕舞い続けられなくなった翼がわなわなと震え、痛々しく痙攣する。
鯉のように唇を大きく開き、わなわなと震わせるライラ。その端から、耐え切れずに雫を滴らせ、苦痛に耐える天使の顔が、赤を通り越して、青く染まる。苦悶に、自らの肩をきつく抱きしめる、その爪が白い肩に食い込んで、かすかに、赤い蚯蚓腫れを浮かび上がらせる。焼けた鉄板の上で踊る活け海老のように激しく腰をくねらせ、必死に苦痛に耐える天使。どれほどの尿が膀胱に溜まっているのか、危険なほど、そう、妊娠初期の妊婦のようにわずかに下腹を膨張させた天使の、白い水着の下の陰部が、絶命する小猫のように、幾度となく痙攣する。
「や、やぁ....あぐ、だ、もう、駄目ぇぇ....」
鼻からすすり泣くような天使の、哀れな声が、しんと静まり返った会場に木霊する。
その白い水着の股間の部分から、勢い良く、黄金の、きらめくアーチがほとばしる。
そして、その様はリング頭上の巨大なモニタにより、会場中のすべての人間の目の前に、大写しで、中継されたのであった。
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