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 〜軍天使ライラ・瞬間接着剤の章

第六章

1.

 と、その時だ。

「何やってンのさ、あんたら。ここは、男子禁制のハズなんだけどサ」

 180cmを越える長身を軽くかがめ、中を覗き込みながら、半ばあきれたように、半ば嘲るように声を掛けてくる女の姿。眉根を寄せて、じっと中を覗き見、その惨状が、どうやらただの覗きでは済まされないな、と判断した大女が、唯一の退路を仁王立ちにふさぐ。精悍、というよりは、むしろさっぱりとした美貌をより印象づける、鼻頭から両頬に走るX字の刀傷。わずかに尖った耳が、その出自が決して、だだの人ではないことを物語
る。それを裏付けるかのごとき、ボリュームのある髪の中にのぞく、2本の小さな角。その角を隠す長いウルフカットの髪を、うっとうしそうに軽く払うと、女は、両の手を包む鋲を打った皮製の手袋を外し、ごつい、重そうなジャケットを廊下に脱ぎ捨てた。ボディビルダーのように鍛え上げられた両腕をむき出しに、軽く拳を中段に持ち上げる。ジャケットの下のタンクトップを大きく持ち上げる胸は、ライラと同じく、しなやかな大胸筋を土台に見事に型崩れも無くその姿を誇示している。もっとも、土台の分厚さはライラのものの比ではないが。だが、その長身よりも、鍛え上げられた体躯よりも、野生的な中に、意外と整った美貌よりも、もっと目を引くのが鍛えぬかれた、・・・もう一方のそれも、十分に鍛えられ、ごつくはあったのだが、・・・鉄灰色に変色すらした、女のものとは思えぬほどごつく、どこか凶器めいてさえ見える左の拳であった。

「どうやら、ちょっとお説教がいりそうさね」

 ゆったりと穏やかな口調にあって、目と唇だけが笑っていない。天使を監禁した個室の前に固まる、10名近い若者たちが、女の言葉の意味を飲み込めずに、呆然と互いの顔を見合わせる。

「中にいンの、誰だか知ンないけど、30秒も待ってくれたら、静かにするサ」

 背を伸ばし、重心を後ろ足に、胸の高さで拳を二つ、まるで頭部のガードをがら空きに構えた大女が、見えもしない相手に、安心させるかの微笑を浮かべてささやく。突撃主体のライラや、組み打ち主体の神父とは対照的な、打撃系重量級に見られる構え。

「あンまりヒドいいたずらは、すンじゃないサ」

 大女が、半歩踏み込み、一番手近な少年のボディに、右のフックを叩き込む。
 その一撃で、若者は白目をむいて悶絶する。
 それが、乱闘開始の合図だった。
 一人が、懐中から短刀を取り出し、女に襲い掛かる。
 女が平然とその短刀を左の手で握り止める。
 それだけで、短刀は万力に固定されたかのように動かなくなる。
 そして、刃が前後しない刃物は、それだけで刃引きと同じに成り下がる。
 単純だが、驚異的な握力があって初めて可能となる、白刃取りだ。

 その握力を背景に、女が軽く手首をひねると、手品のように男の手から短刀がもぎ取られる。その隙をついて、女の横をすり抜け、逃げようとした賢明な少年を、その襟首をつかんで、タイルの床に叩き付ける。掃除用具入れから、モップを奪って武器代わりに使おうともくろむ長髪の若者は、掃除用具入れの側面から突き入れられた女の手に、腕をつかまれ、身動きを封じられた。

 木張りとはいえ2センチは有りそうな厚板を紙のようにぶち抜く鬼女。これがたとえ重騎士の甲冑であろうと、彼女は素手で同じ事ができた。

 そう、彼女こそ、ライラのバンドのドラマーであり、武神ロゼ・フィズに次ぐ技量と、鬼族のパワーを併せ持つ、素手喧嘩師。

 重騎士殺し、の異名を持つ、鬼女、ジギィ=「パンツァーシュレッケ」であった。

 

 

2.

「まったく、何やってんのサ」
 嵐のような、という言葉があるが、文字どおり嵐のような勢いで、ちんぴらたちをなぎ払った大女は、トイレの個室でおびえた小鳥のように震えるライラの背にジャケットを掛けてやりながらも、呆れたように肩を竦めてそうつぶやいた。

 一方のライラは、相変わらず、背中を丸め、かがみ込むように便器をまたいだまま、潤んだ目で、上目遣いに友人を見上げた。

 小さく、今にも声を上げて泣き出しそうに、赤い、柔らかい唇を震わせて、天使が鬼女を見上げる。丸めた体の下、柔らかい産毛のような黄金の毛に飾られた股間からは、山奥の岩の隙間からあふれる細い湧き水のようにちょろちょろと、もう、ほとんど透明の小水が、滴り落ちる。

「お、おしっこが、....止まらんのだ....」

 今にも泣き出しそうな、鼻にかかった天使の言葉に、ジギィは、その二つ名、風聞からは想像もつかぬほどやさしい笑みを浮かべ、鍛え上げられた固い腕を、胸の前に組み、何の心配もいらぬ、自分のいう通りにすればいいんだとばかりに、自信たっぷりに口を開いた。

「とりあえず、ここでこうしてもおられんだろ? 下腹に力を入れて、ちょっとの間、我慢してみな。意外と我慢できるもんだからサ。それから、病院で見てもらうのがいいサ。多分、膀胱炎か何かサ。変に我慢してたんだろ? お腹、あったかくして、今日は棄権して帰るといいサ。大丈夫。アタシがリザーバーでもなんでも、やってやっからサ」

 ジギィの、こざっぱりしたすがすがしい笑顔に、ライラも、顔を耳まで朱に染めながら、言われたように下腹部に力を入れ、少し膀胱のしみるような痛みに堪えながらも、ゆっくりと立ち上がった。

 多少無理をして、頑張って立ち上がってしまうと、決して尿意が失せたわけではなかったが、それでも、決して我慢できなくはないような気になってくる。我慢して水着を着込み、ジギィのジャケットをお腹に押し当て、しばらく暖めると、それだけでなんとなく、ちょうど、仕事なんかでちょっと手が放せず、尿意はあってもまだもうしばらくは我慢できるんで、後にしよう、というとき程度には、尿意も収まった。ジギィも、ライラが立ち上がったのを見て、安心したように微笑を浮かべた。

「その、すまんな。心配をかけて。....どうにか、しばらくは我慢できそうだ。ありがとうな」

 そんなジギィに、ライラもまた、笑顔で答える。

 二人とも、目鼻立ちは相当な美人といって良いタイプなのだが、並ぶとそのタイプがずいぶんと違うことに驚かされる。普段はきつめの、それでいて何かの拍子に、ずっと弱々しく見えることもあるライラは、ちょうど、黄金と氷でできた天使、とでも言うべき、冷たさと、そして脆さを感じさせる。それは誰が見ても等しく美しさを見留めるものであるだけに、こんな時の弱々しい彼女の様子のミスマッチは余計に張り詰めた脆さと、痛々しさを感じさせる。

 一方のジギィは確かに美人ではあった。すっきりした切れ長の瞳も、すっと通った鼻筋も、眼前の天使には及ばぬまでも、十分に美貌と呼べるだろう。しかし、黄金と氷を思わせるライラに対し、彼女はあまりにも生命を感じさせすぎた。雄大な、山か海を思わせる落ち着いた空気と、暖かい微笑。それに何よりさばさばした人付き合いのよい気性ときっぷ、いつでも、腹を括っているといわんばかりのどっしりした落ち着きと、意志の強さが、ともすれば「女らしさ」を完全に殺し、その容姿すらを忘れさせる事すらあった。

「んじゃ、サ、とりあえず棄権つたえてきな。アタシが代わってやるから、試合には穴、空かないし、心配はいらないサ」

 そばにいれば安心する....しかしそれは、女ではなく男のもたらす安心であったが....
そんな気分を、見るものに与える自信たっぷりな微笑を浮かべながら、軽く自分の肩を叩くジギィに、しかしライラは、思い切って何かを訴えるように、話し掛けた。

「いや、棄権はもう少し待ってくれないか? あそこには、私を待ってる奴がいるんだ」

 都合の良い話だ。そう自覚しながらも、訴えずにはおられないライラの主張に、ジギィは二つ返事で肯いた。

「いいサ。アンタがヤる気なら、好きにすればいいサ。ただ、いざってときはアタシが居ンだから、無理はするんじゃないサ。要は、意地ィ通すトコと、仲間ァ頼るべきトコの見極めさえついてりゃ、イイのんサね」

 さっぱりと整った美貌に、満面の笑みを浮かべ、ジギィが答える。助けるべきときと、甘やかすべきでないときの見極めのつく人間ならではの判断で、知らぬ人間が見ればむしろ軽薄にすらみえる淡白さで、彼女は助けの手を引いた。

「すまんな。本当に」

 だが、それが軽薄さではなく、自分に対する信頼だと、この眼前の女を良く知るライラには良く分かっていた。そして、ジギィの行為には、何の裏表も無いことを良く知る彼女は、彼女の差し出したジャケットを、何の遠慮も無く、ずっと借りているのだ。....もっとも、いささか奉仕慣れしたライラにとって、遠慮という感覚が多少欠落しているのも、事実であったが....。

 

 

3.

 そんなライラが控え室に戻り、壁に据え付けられた映像魔法の魔化された鏡を見やると、ちょうど第2試合の決着がついたところだ。あわただしい出番到来だが、ジギィのおかげで、心のスイッチは完全に切り替わっている。あの女にのされたんだ。連中が試合会場に現れることもない。ならば、心を煩わせることは何もない。口の端に、不敵な、それでいて、凄く魅力を含んだ笑みを浮かべると、彼女は控え室から会場へと急ぎ、そして、ホールのドアを開けた。

 いったい、しがない自由交易都市に、何人、暇な人間がいるのだろうか。そう思わせるホールを満たす、いっぱいの男女。照明を落とし、炎の明かりとも、太陽の明かりとも違う、純粋な、熱の無い魔法の光に、さまざまな色を染めたビーム・ライトが会場を踊る。彼女の為に用意された入場テーマが、音声記録魔法により会場中に再生される。

 リヒャルト・ワーグナーによる、ニーベルングの指輪より、「ワルキューレの騎行」。
純粋にワルキューレのイメージよりも、剣を振るい、天を駆け、敵を滅ぼす力すら持った彼女には、ワーグナーの見たワルキューレ、すなわち戦場を舞い、戦死者を運ぶと伝説される女神たちよりも、むしろ、「地獄の黙示録」の、すなわち、地上を這いずる兵士を無情にもなぎ払う恐るべき力を秘めた軍用戦闘ヘリのイメージこそが相応しいのかもしれない。

 力強く、荘厳な、それでいて、猛々しい、聞くものすべてを畏怖させるかの旋律。
 純白の、闇の中にあって自ら光すら放つようにもみえる、極北の雪の色の翼を広げ、悠然と、虹色のビーム・ライトの中を舞う、黄金の髪の天使。ふわり、と、音も無く中央のリングに舞い下りると、彼女は軽く、肩の髪を払いのけた。
 それだけで黄金の髪が、ふわり、と燃え上がる。
 正直、その一挙手一投足が注目を集めずにはおかない、なにかが彼女にはあった。
 彼女がリングに降り立つと、今度は兜卒天の出番だ。
 いったん、静寂が訪れる。
 そして、無数の光条がホールの出入り口に集中した。
 扉が開き、華奢なながらも、しなやかな、鞭のような肉体を持った若者が、ライラと同じ、白のパンツとレガースの上から、同じく、白のガウンといういでたちで姿を見せた。

 入場曲は筋肉少女帯、「バトル野郎〜100万人の兄貴たち」。独断と偏見による、彼の師、不和烈堂の趣味だ。

「なんかァ、さっきからぜんぜん異世界っぽくないネタが続きますけど、いかがでしょうかぁ? 解説のイシュトさん?」

 リングの正面、解説席らしき長机についた、タキシード姿の麗が、傍らの、派手な着流しに三尺近い煙管をくゆらせた、実に傾いた格好の若者に問い掛ける。彼女の、妙に気のあう友人であり、傭兵都市ワーレンでも、現役の傭兵団としては最強の噂も名高い傭兵団、「鷹の団」統べ、通称「十本刀」と呼ばれる、強力な親衛隊集団を有する、紅の鷹、紅の傭兵とも呼ばれる、魔戦士イシュトバーン。

「あぁ? イイんじゃねーの? けっこーナンデモアリだしよ。この街。それより、解説って、もっとカッコイイコト話すモンじゃねーの?」

 精悍な、若い狼を思わせる鋭い容貌の、口元に、対照的なにやにやした笑いを浮かべて、若者は麗に逆に問い掛ける。

「んじゃ、なんかカッコいいことを一つ、お願します」
「ん〜? そうですねぇ。この試合は、言うならば本日のメインイベントの、「鬼」VS「悪魔」試合の、前哨戦ともいえる....」

 基本的に目立ったり、ちやほやされるのが好きな性質なのだろう。顎に手をやり、実に気持ちよさそうにうんちくをたれようとするイシュト。その、気持ちよさそうなうんちくを、しかし、 麗が、なんの躊躇も遠慮もなく遮る。

「はい、エロ小説でヤローがいつまでもくっちゃべってんじゃないのぉ。巻き入ってるしちゃきちゃきいくよぉ」

 手をぴらぴらと、いかにも人を馬鹿にした仕種で彼の台詞を制する麗に、若者は少女のシャツの襟首を掴むと、ぐいと、襟を引き、胸元をこじ開けた。

 そして。
「未来皇帝サマのお言葉をジャマすんじゃねぇ」

 と、煙管の、真っ赤に燃えた煙草をその胸の谷間に、「コン」と落とした。

「あっ、熱いッ! な、何すンの!」

 胸の谷間に真っ赤な火傷をつくった少女が、責めるように半べそでイシュトを睨む。

 一方の若者はそんな非難の視線もどこ吹く風と、長尺煙管で軽く二、三度自分の肩を叩くと、口元に満足げな笑みを浮かべて、リングを顎でしゃくって見せた。そして、一転して心配そうな、真摯な表情を浮かべると、逆に彼女を非難するかのように、小さくささやく。

「ほら、アナウンスもやるんだろ? 早く行って、選手紹介しなくちゃ」

 若者を非難がましく睨んでいた麗も、彼の言葉に慌てて、席を立ち、リングに駆け上る。
そして、なんの苦もなくトップロープを飛び越えると、軽やかにリングの中に降り立つ。
無論、ライラのそれとは比べるべくもないが。

「んと、大変ン〜、長らくお待たせしましたァ、これより、第三試合を始めますゥ」

 先ほどイシュトにゆるめられ、大きく開いたままの胸元と、そのせいで酷くみっともなく緩んだネクタイに、まったく気づいていないのか、一人悦に入りながらプロレス風のアナウンスを続ける麗。長身のライラと比べれば、むろん数字的には見劣りするものの、それでも、体格の割には立派な胸が、開いた胸元から挑発的に覗く。ライラにしろ、兜卒天にしろ、観客たちにしろ、このお祭り好きで目立ちたがり屋の、いささか羞恥心の欠落し
た少女にとって、この格好が意識してのものではないなどと、誰も想像しなかったゆえに、誰も、忠告しようとも思わないのだ。

 ちなみにこの少女、以前ある事件で、気に入らない監獄の長官を馬鹿にする為、父親の大統領イェンリークとともに、上半身タキシード、下半身は、父は腰に天狗の面、娘は腰に注連縄付き伊勢海老という、「正装」で、しかも、それを「文化」と言い切って、表敬訪問をしたことがある。

 その時と比べれば、千億はましな格好だ。だれも忠告しないのも、むべない話だ。

「ン青コォナァー、170センチぐらい、けっこー軽いポンドぉ〜、ワーレン教会ジム所属、空の女王様ぁ、ライラァ・ラグナスゥヒルドォ〜!」

 相変わらずのいい加減な仕事に、しかし、観客のウケは良い。いっしょになって苦笑していた兜卒天も、一人露骨に不快そうに顔をしかめるライラに睨まれ、慌てて笑いを堪える。

「ン赤コォナァー、ぎりぎり160は越えてるセンチ、もっと軽いポンドぉ、アウターリミッツ崑央ジム所属ゥ、501年、502年、無差別級特異点チャンピオン、「ヨグ兜卒天」李、鳳ォ月ゥ〜!」

 元々、東方からの逃亡者という出自の為、本名を伏せて、「兜卒天」という偽名を使っていたハズの若者の本名を、容赦なく公衆の面前で、声高らかに宣する麗。ちなみに、立ち技では街で屈指と言われる(わりに、なぜか皆から正当に実力を評価してもらえない)彼には、もう一つ、どういう訳か「得体の知れない」存在を吸い寄せるというまことに奇妙な「運命」のようなものがあった。それも、変な悪霊程度のものではなく、選択肢を一
つ間違えれば、世界が破滅にむけて転がり落ちそうなほどの、べらぼうな力を秘めた、「異次元の邪神」とでも呼べよう存在に、異常に好かれやすい....などという人間的な感情が妥当かどうかはわからないが....ようにすら見えるのだ。

「なんえ、それ!」

 今度は兜卒天が憤慨する番だ。が、一方の麗はそんな若者の憤慨もどこ吹く風と、マイクでで軽く二、三度自分の肩を叩くと、口元に満足げな笑みを浮かべて、天使の方を顎でしゃくって見せた。

「笑ってるよ」

 さすがに、「もっと軽いポンド」のときはむっとしたライラも、少女のあんまりにも出鱈目なアナウンスに小さく笑みをもらす。ちなみに二人の名誉の為に付け加えておくなら、華奢なながらも鍛わったしなやかな筋肉を持つ兜卒天と、長身ながらもほとんど無駄な贅肉の無い、有翼種のライラでは、実際にはそれでもいくぶん、ライラの方が軽いのだ。

 尊大で、我侭だが、決して憎みきれないところのある女友達の、罪の無い苦笑に、兜卒天もつられて、苦笑する。そんな、とほほな友人の困ったような笑いに、ライラも慌てて、不謹慎な笑いを押え、済まなそうな上目遣いで、兜卒天の方を見つめる。

 赤と青、対角線上のコーナーの二人を結ぶ線の中央、すなわちリング中央で麗が、手刀を振り下ろす。

「....ファイッ!」

 同時にゴングが鳴らされ、麗と入れ替わりで二人がリング中央に歩み寄る。

「ルールは20分一本勝負、3ノックダウン制で、2エスケープは1ダウンに換算します。ただし、転倒状態での加撃、頭部への拳による攻撃、ヒジ、ヒザを使った攻撃等、「目つき、噛み付き、金的、暗器を使った攻撃」以外は、すべて有効とします」

 転倒状態の相手への加撃が認められて、3ノックダウンというのも奇妙な話であるが、なんとなくそういうルールなのらしい。事実上1ノックダウンで止めを刺されて終わりそうなルールだが、誰もそこに疑問を挟むものはいない。

 いきなり、何のフェイントも崩しもない、ライラのハイキックが兜卒天の頭部を狙う。
だが、いくら早かろうがこれでは彼クラスの相手には約束組み手同然だ。易々とそれをブロックした兜卒天が、今度は右のジャブから左のローキックを放つ。

 賞賛すべきはライラだろう。蹴りを受けられた直後の、崩れた体制からですら、兜卒天のそのコンビネーションを、ブロックでも捌くでもなく、スウェーバックとフットワークだけで、完全に躱して見せたのだ。さすがに、その平衡感覚は尋常のものではない。

「あ、飛ぶのも反則ね、ソレ、引っ込めて」

 思い出したかのように、麗が付け加える。

 プロデューサー兼アナウンサー兼レフリー兼の、恐らくはコミッショナーも兼ねてるのであろう麗の言葉に、ライラの背の翼が小さく背に吸い込まれる。純粋に物理的な仕組みによるものではなく、魔法的な仕組みで背に収納された翼の後には、白く滑らかな女の背と、いささかエロティックな曲線を描く肩甲骨と、脊椎が浮かんで見えるだけだ。

「いまの、もうナシね」

 麗が二人の肩を叩いて、試合を再開する。
 左右の翼を軽くゆすり、いささか、その反則ぎりぎりの節も有るフットワークであったが、普段翼に頼り切りの割には、意外と足回りも強いライラ。だが、兜卒天が小さく体をゆすった瞬間、視界の外から右回りのソバットが彼女の脇腹に突きささった。

「ふぐっ!」

 思わずうめき声をあげるライラ。元来、体重の軽さを重心移動で補う、兜卒天の高い技量に裏打ちされた、蹴りの重さがあるところに、ボディといえば先の私闘で不和烈堂武蔵に、そうとう手ひどくダメージを受けた個所だ。若者は知らぬこととはいえ、だが、ライラのうめきは尋常ではない。

 思わず、畳み掛けるべきコンビネーションの手が止まる兜卒天。だがそんな彼の手加減を潔しとしないライラは、苦悶に微かに涙の浮かんだサファイア色の瞳に、非難と怒りの色を浮かべて、そのしなやかな胸板を殴り付ける。

「....舐めるな!」

 首から上のダメージならともかく、急所でもない胴体へのダメージで、専門の戦闘士を一撃で黙らせるというのは、普通かなり難しい話である。しかも、ライラの苦しみようは明らかに、「ダメージ蓄積による苦悶」だ。その原因が分からねば、むしろ自分の方がフェアでないといいたげの兜卒天の目に、リングサイド席の魔人の姿が目に飛び込んでくる。

(あの人かァ!)

 綱引きの綱をよじりあわせたかのような太い腕、ダンプかトレーラーのタイヤのような分厚い胸板。その、「専門の戦闘士」のボディをブチ抜いて、一撃で沈黙させる圧倒的なパワーを持ったモンスター。

 自分のしでかしたことを棚にあげ、大男はあろう事か自分の指示を無視し、得意の立ち技を駆使する彼に、非難の視線すら向けているではないか。

 否。
 口元には、微かな笑みを浮かべてすらいる。そう、あまり無様な試合をするなら、自分が手本を見せてやろうとでもいいたげな、自信たっぷりな微笑。

 腕は立つ。あれだけのパワーに加え、テクニックも十分、達人並だ。加えて、その精神、闘争心の高さと、強さへの自信、いざとなればいくらでも非情に徹することのできる甘さのない心も、すべてが尊敬に値する男であるが、こういう時には、身内ですら危惧を感じる。

(鋼線網も、麻酔銃も用意してへんのに....)

 気弱な兜卒天の心の呟きに、ライラもまた、非難の目を向ける。

「しっかりしろ。怒るぞ! 私は」

 まっすぐ彼の目を睨みながら、本気で憤慨しているライラの目。視界の隅では、彼女の側のコーナーにセコンドとして付く、神父の、一見物静かで、それでいて苦悩に満ちた表情。別の、ニュートラルコーナーの下では対照的に悩みのなさそうな、へらへらした笑顔の小鉄の姿。そのあまりにも軽薄な表情、能天気なタキシード姿に、さしもの彼をして、無意味な八つ当たりをしたい気分に苛まれる。

(人の気も知らんと、へらへらしやがってぇ!)

 だが、しかし、これ以上他に気をやっていては本気でライラに失礼だ。
 軽く自分の両の頬を張り、兜卒天はすべての意識を、眼前の白い水着の天使に集中した。
 剣術で鍛えられた反射神経と、急所を見ぬく目、それに彼女の最大の武器である、スピードは、たとえ特にそちらの鍛練を積んでいなかったとしても、格闘戦では十分に立派な武器となる。だが、所詮は素人拳法だ。定石とパターンを十分に頭に入れて当れば、その動きに翻弄されぬ限り、十分対応ができるはずだ。本当に恐いのは、神父仕込みの、関節技だ。

 そして、その関節技で戦えとの、師匠の指示。
 元来、「護身術」を標榜する不和円明流のこと、無論関節技をも、その中には取り込んでいる。立ち技の通じない相手と相対したとき、己の身を守るといういささか偏執狂的な護身の為に。だが本来はなんでもありのはずの護身術に、制限を設ける発想が、やはりどこか間違っている。というよりもそもそも、「銭湯帰りにいっぱい引っかけて、ほろ酔い気分で道を歩いているところを、完全武装の騎士十数名に取り囲まれ、問答無用で襲われても、生還するのが護身術」とうそぶく男の護身術だ。額面通りの護身術であろうはずがない。

 若者が、天使の出方をうかがう為に、様子見の拳を突き出す。だが、天使はその拳の出切ったところ、突き出された拳が引かれるその頂点を見極め、その手を掴むと。長くしなやかな足を惜しげもなく振り上げ、兜卒天の首めがけて踵を叩き込む。無論。蹴りの有効間合いではなかったが、もちろん、ライラも打撃を狙っての蹴りではない。首に蹴りを放つと同時に軸足をも男の胸に叩き付け、全体重を乗せて彼の腕にぶら下がる形になる。飛びつき首刈り腕十字固め、とでもいおうか。立ち位置から、両腿で相手の上腕部をはさみ、両手で相手の前腕を固定し、肘関節を引き延ばし、腰をてこに、逆関節を極める技、うでひしぎ逆十字固めを、立ったままで行う、難易度の高い技だ。

 慌てて、ライラの上から倒れ掛かるように肘を曲げ、自身もマットに倒れる兜卒天。
 ご覧のように、腕一本を両腕両足を動員し、背筋で引き伸ばす技である。一旦入ってしまえば、力ずくで振りほどくなどはほぼ不可能な技だ。力点をずらし、極まっているのを外せば、どうにか脱出の術も見えはするが、関節技の常として、完全に極まる前になんとか手を打たねば、最悪、再起不能にされてしまう。

 いかに軽量のライラとはいえ、腕一本でその体重を支えるのは楽なことではない。ここで無理に堪えて肘が伸びてしまえば終わりだ。幸い腕を取られた時のパンチは、様子見のジャブに似た突きで、肘を伸ばしきるようなへまはしていない。彼の腕を抱き、仰向けに横になる形の天使の上に、彼も覆い被さるように倒れ込む。

 自分の体で、彼女を押しつぶすようにグラウンドのもつれ込んだ兜卒天は、胸の下にぐにゃり、と変形する、柔らかい、大きな二つの肉球の圧力に、かっと赤くなる。どことなく不謹慎な、居場所のない不安に、もう少し配置を変えようとしどろもどろと体を動かすと、そのたびに無視しようのない存在感と圧力、柔らかさと、(主に腰のあたりが)甘く、痺れるような感覚をもたらす。

(や、やばい)

 パンツの下、ファルスカップに守られた「器官」が、一瞬、とくんと反応する。
 もう、とうに腕関節をあきらめたライラが、彼の下でもぞもぞと、体勢を変えようともがいているのを幸いに、彼も、急ぎ、その不謹慎に柔らかい、ゴム毬のような肉塊から身を放す。

 上からの重しがなくなった刹那、その下からするりと滑り出したライラが兜卒天の背に乗り、その腕を、今度は背中側にひねろうとする。すんでのところで兜卒天もその腕を振りほどく、仰向けに、ライラの動きに目をやるが、その時には既にライラの腕は、彼のくるぶしの側にあった。

 女の白い腕が鞭のように若者の足首に巻きつき、前腕を支点に、アキレス腱を締め上げる。反射的に蹴り込んだ足がライラの乳房にめり込み、その豊かな胸を恐ろしいぐらいに変形させる。ここまで変形するものか、というほど、ぐにゃり、とつぶれた胸の柔らかい感触を足の裏に、今度は胸を避けて、腹に蹴りを入れる。

 つきささる、というよりは、突き放すような、重くはあるが遅い蹴りに、しかし、全身に電気が走ったかのように天使の体が、一瞬痙攣する。

「げっ」

 短くうめき、天使の唇の端から、一筋、よだれが糸を引く。その両の目からは意志とは関係なしに涙が零れだし、全身からは脂汗が吹き出す。

 兜卒天が逃れ、後を追うように、ライラも立ち上がろうとする。
 この体勢からの蹴りで、それほどのダメージがあるはずがない。
 しばらく、彼女に何が起こっているのかを理解できなかった麗も、ライラの動きの鈍さ、立ち上がることすらできぬその様子に、やむなく宣言する。

「ダウン! 1、....2....3....」

 よろよろと、膝をよろめかせながら立ち上がるライラ。そんな彼女を心配そうに見つめながらも、完全に、彼女がファイティングポーズを取るのを待つ兜卒天。

「....いいんだよ。アルティメットルールだから、今、攻撃しても....」

 少し眉をひそめ、紳士的にそれを待つ兜卒天に、麗がささやく。

「できるか、そんなん」

 ライラの、そんな様子を凍り付いた表情で見つめ、静かに彼女の体勢が整うのを待つ。
 頭部にクリーンヒットした打撃なら、十分休めばそれなりに回復もしようが、胴体から内臓に蓄積したダメージというのは、そう簡単に回復しないものなのだ。

 ようやく立ち上がり、ファイティングポーズをとるライラ。

「ファイト!」

 麗の指示に、兜卒天もまた、ようやく動きはじめる。
 まだ、土気色に青ざめたライラの苦しそうな表情に、鈍る闘志を奮い立たせて、攻め入る方向を思索する。
 ここで、順当にボディ攻撃を課せない自分の甘さを、師の厳命、という言い訳に置き換え、軽く背を丸める。
 まるで、猫科の野獣の攻撃姿勢を思わせる、寝技狙いの戦闘姿勢。
 今度は、先に動いたのはライラだった。
 飛び技が主体の彼女からは想像もできぬ低さで、鋭いタックルをいれるライラ。だが、それを完全に予期していた兜卒天は、慌てず、そのタックルを上から潰した。そして、ライラの細い背の上を、さながら風見鶏のように軽やかに回転して、姿勢を変えると、彼女のしなやかな筋肉と適度な脂肪をうっすらと乗せた、吸い付くような脚の、一本を胸元に抱え込んだ。

 ほとんど反射的に、そちらの脚を引き、もう一方の脚で突っ張ろうとするライラ。だが、兜卒天はより極めやすい脚が、じきに出ることを予測しきって、さっさとその脚を放し、もう一方につかみ掛かる。そしてその太股を自分の腿に挟み込み、膝下に二本の腕を巻きつけ、固定する。先ほど、ライラの極めようとした腕十字固めを、足に用いた、膝十字固めである。しかも、彼の技の場合、責めている間に、逆に自分の足首の関節を極められないよう、膝下を巧みに曲げ、相手の股間の下に押し当て、敵の手が届きにくいように配置している。

 だが、こういった逆関節系の関節技の場合、完全に入ってしまえば一瞬で再起不能にもできる反面、完全に急所に決まれねば、そう、ポイントがほんの数ミリずれれば、それだけでその劇的な効果は雲散霧消してしまう。....無論、力で関節を逆に捻じ曲げるわけだから、痛め技としては十分かもしれないが....。

 ぐにゃり。

 瞬間、足の甲が天使の股間の、そこだけ別の生物のように奇妙な触感の割れ目に押し当てられる。足が、骨のない軟体動物のようなその肉を、そのすぐ奥の骨にねじり込むように押す。

 精密機械の動きと、発動機の爆発力をもって動いていた若き格闘家の動きが、とたんにギアが一つ飛んだかのように一瞬、凍り付いた。

 だが、無論、この状況でそんなことを意識するのは、えてして加害者の側であり、被害者は、まったく気にしていないことというのはままあるものだ。今回の場合も、結局意識したのは兜卒天の方だけであり、ライラ自身はまったくそんなことを気にはかけてはいなかった。

 その、一瞬のタイミングのずれに、自ら足を押し込んで、関節技の極まるポイントをずらす。このまま、体を浮かせさえすれば、もう逃れたも同然だ。自由な方の足を、突っ張り、ライラが立ち上がろうとする。だが、無論それを黙って許そうとはしない兜卒天が、体をひねって、それを阻止する。

 が、その時、ライラの股間で足を交差させ、関節技を切られないように固めていた兜卒天のシューズの底側面の、硬質のゴムで作られた部分がこすり合わされて、ライラの水着の、ハイレグに切れ込んだ股間の部分を巻き込み、こすり上げる。しかも、陰唇をも巻き込んで。

 チャックに皮を挟み込んだというより、ドアの蝶番に指を挟んだ重い痛みが、ライラの股間を襲う。しかも、ゴムの靴底に挟み、引き千切られるかに巻き込まれた陰唇は、じきには開放されない。自分の動きに併せて兜卒天が動くたび、鋭く重い痛みが幾度となく走る。レフリーの目に止まれば、明らかにアクシデントで、試合は中断されようが、今、注目を集めれば真っ赤に腫れ上がった陰唇と、その隙間の奥まで、公衆の面前に晒すことになる。そうでなくても、長引けば誰かに気づかれるだろう。

 やもうえず、下腹に力を込め、その痛みを堪えつつ、腰を一息に持ち上げ、挟まった肉を強引に引き剥がす。

 溜まらず、きつく目を閉じ、涙を堪えるライラ。だが、今度はそのじんじんとした痛みが、尿道と膀胱に鋭く響く。溜まらず、失禁を催しそうなほどの激痛が、尿意を誘発したのだ。

(嫌!)

 ここしばらく自分に付きまとうかの、尋常ならざる尿意に、ライラの表情が一瞬、泣きそうなものになる。だが、その表情は次の瞬間には非情の戦士のものにと変わり、彼女の脳の中は短期決戦のスイッチに音を立てて切り替わった。

 強襲、突撃、瞬発力と爆発力。

 元々の彼女は、「肉を切られる前に骨を断つ」ような、短期決戦型の戦いかたが得意だったのだ。無論、この戦いかたでは一歩間違えば自分が先に倒されるわけだし、そうでなくても、ある程度の消耗を強いられるのは仕方のないことであった。一方の、今の彼女の師であるレオン神父の戦いかたは、対照的に「肉を切られないようにしながら、皮からはいでいく」ような、防御型の戦いかたであった。これは、寡兵をもって大軍にあたるような場合、増援を招く危険性はあったが、己の身を守るという観点においては、理にかなったものであった。それに、一対一の場合は、自分が倒されなければ、いずれ相手が倒れる、というのは一つの真理である。無論、こういう試合において、観客が楽しめるかどうかは別の問題ではあるが。

 だが、こういう達人相手の試合においては、やはり、どうしても後者の方が有効になってくる。素人相手ならばともかく、腕の立つ人間ほど、相手の欠点を見逃さずに突いてくるものなのだ。特に兜卒天は、純粋な技量ならば師の不和烈堂武蔵をも上回るといわれる、技量上手である。不用意な直球なら、易々と場外まで運ばれかねない。

 立ち上がり、反撃に持ち込もうとするライラを、兜卒天が巧みな体重移動で捌き、再びマットに倒れ込ませる。寝技での攻防なら、自分に利があるとの自負のあるライラは、倒れながらも仰向けに、下から、攻防を制する構えを取る。言うまでもなく、寝技の攻防では基本的に、上に居るもののほうが圧倒的に有利なのである。

 仰向けに、マットに横たわるライラの足元、仁王立ちに立った、兜卒天が、一瞬、攻めあぐねる。この体勢から、立ったまま蹴りを放つのがこのルールならば定石なのだろうが、足首の関節を取られる可能性もある。それならば、相手を押さえ込み、下半身への視界を奪える....。

 ....マウント・ポジション。

 元来は、ライラの師、レオン神父が得意とする、いわば敵の技だが、単純なようにみえて有効、かつ、難しい技なのである。ただの馬乗りとはいえ、相手が抵抗する以上、圧倒的な体重差か、巧みな重心移動のテクニックがなければ、簡単に振るい落とされてしまう。

だが、その重心移動のテクニックを駆使し、常に相手の上に居続けられれば、打撃技は完全にその威力を殺され、関節技を狙うにしても、機先を制することはできない。なぜなら、互いの体が密着した常態にあって、体を動かそうとすれば、それはすなわち、すべて、相手の知るところとなる。体の筋肉というのは、何かの動作をするときに、意外と、単体で動くわけではないのだ。主に屈筋は屈筋同士、伸筋は伸筋同士、連動して動いてしまうため、達人ともなれば、相手の体に手を触れていれば、その攻撃のタイミングを見きることができる。

 仰向けに横たわる、金髪の天使。白いマットに扇のように広がる金の絹のような髪に、魅入られそうになりながらも、若者はその上に、のしかかるように動く。それを阻止しようと、天使の白くしなやかな足が膝を三角に立て、それをはばもうとする。

 男が身を翻し、どうにかそのガードを破ろうとする。
 そして、天使の白い足が、さながら娼婦のように、開かれる。
 男の動きに併せて、逆に自分の脚で相手の胴をロックし、ポジショニングの主導権を奪う、ガード・ポジション。レオンの技において、マウント・ポジションと対になる、いわば、車の両輪を形成する、もう一つのテクニック。

 だが、そのガード・ポジションを待っていた、一人の少年がいた。
 今回の試合を麗、バージィらと画策し、そして、一人ダークサイドをひた歩み、洒落ですむ悪戯を、嘲笑と恥辱にまみれた、人格の後悔処刑にすりかえようと企む、少年が。

 砂埃にまみれた、場違いな旅用の外套で身を隠した、幽鬼のような元、傭兵隊長を傍らに、自身は、タキシードに、ギターケースというふざけたコスプレで。

 少年の手から、ギターケースが床に投げ落とされるのと、兜卒天が天使に飛び掛かるのが、ほぼ同時だった。

 ライラが、膝を三角に立て、その襲撃を防ぐ。
 ギターケースの蓋がはじけるように開き、中から大きな、水鉄砲が飛び出す。
 観客の目は、すべてリングに集中しており、誰一人として、その小柄な猫少年の顔を見
ているものはいない。

 少年が、一歩、踏み出す。
 跳ね上がった水鉄砲が、まるで吸い込まれるかのように魔少年の手の中に収まる。
 少年の手の先、水鉄砲の銃口は、まっすぐにリング上の二人を捉える。
 そこでは、今しも天使に覆い被さらんとする、若者の姿。
 そんな天使の太股と、男の、腰をめがけて、魔物が、そのシリンダーを押す。
 そこから勢いよく噴出する、無色の液体は、無論、水などではなく....。
 ....超強力瞬間接着剤(人体用)。


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