第一話:見知らぬ罠
(時代背景)20XX年、不況のあまりもの長期化と欧米企業の対日攻勢により日本はついに経済が完全に破綻した。残ったのは倒産したかつての大企業と失業した労働者の山であった。弱体化した日本を陣営に組み入れようと虎視眈々と狙う欧米や中国さらにはアジアの国々に対して日本政府はあまりにも無力であった。一国の危機を憂える皇国の民を自称する勢力は欧米列強の排除を訴え決起し、帝都東京に集結した。一方その日の食事にも困った一般大衆は、各地で暴動を引き起こし、左翼勢力の扇動もありこれがついに「革命軍」を自称。京都を根拠地とする西日本を占拠するにいたった。同年右派勢力は「真日本帝国」建国を宣言、同じく左派勢力は「日本共和国」建国を宣言した。その後互いにけん制して相手には負けまいとする政策と、元から日本人に備わっていた勤勉さのため両国は飛躍的に復興を遂げていく。しかし建国当初こそ互いを敵国とみなし憎み合うことを忘れることはなかったが、次第にそうでもない人間が現れ始めていた。戦争を自分の利益にしようという.... ここは真日本帝国特務機関本部ビル。 静香は前回の任務成功以来3ヶ月ぶりにこのビルを訪れていた。組織に属しながらもこれだけブランクがあったのは、成功報酬がわりに特別休暇をもらっていたこともあるが、それは静香自身気になることを調査するためだった。 南条静香・27才。 「失礼します。」 「ごくろう。」 「休暇は楽しめたかね、南条君。」 「ええ、収穫のある休暇でした。」 「そうかね、では早速だが君にやってもらいたい任務がある。その資料を見てもらいたい。」 時田から手渡された資料には、共和国内に潜入し、情報収集にあたるというものだった。なんでも敵政府高官どうしの会談の内容を盗聴せよということだ。こんなものその場所に忍び込めば済むことだから、静香にとっては簡単だった。まあ作戦遂行にあたりサポートがいないのは気にはなるが、敵国潜入は秘密裏が原則なので当然といえば当然かもしれない。 「会談予定は3日後なので、準備をして行ってほしい。まあ、今までの君の働きならどうってことはないだろうが。ふふ」 「はい、わかりました。」 「ああ、ちょっと南条君。」 「ところで一緒に夕食でもどうかね。」 「いえ部長、私はこれから用がありますのでお先に失礼します。」 静香は、さも残念そうに見つめる時田を無視して出ていった。 「ふん、小娘が。」 「せんぱーい」 まさか、「おねーさま」とか言い出さないわよね。 「静香先輩、しばらくぶりです!どうでしたかお休みは?」 同じ質問をされるのも時田と彩音じゃ気分がまったくちがう。 彩音と話していると静香も楽しくなってくる。いつもそうだった。 「なんなの、もう。ま、あの娘らしいかな。」 そのまま静香は長官室へ向かっていた。 一礼して静香が部屋に入ると、やさしげな表情を浮かべた長官の真鍋が出迎えた。 「そちらにかけたまえ。」 そこに座るとテーブルの上に静香が提出した資料を置いて、真鍋は続けた。 「報告書は読ませてもらったよ。非常に興味深い内容だ。 「しかもそれは、時田作戦部長です。私もまさかと思いましたが、調査したところ間違いないと思われます。」 「うむ、部長としての立場を利用して、わざと黙認していたというわけか。たしかに資料によると時田部長が共和国のエージェントと接触していたのはほぼ間違いないようだ。」 「はい、よろしくお願いします。私はこの国にそんな卑怯な人間がいることが許せません。腐った果実は処分すべきです!」 その次の日、時田は長官室に呼び出された。 「私の元に彼女は来たよ。」 「やっぱりそうですか、それで?」 「君に命令しているのが私だともしらずにね。」 「戦争なんかだれかが得をするからやるんだ。まじめに戦って死ぬ奴は馬鹿だよ。彼女にはそこらへんがわからないようだな。それにもう知りすぎている。」 「そうですね。」 「予定通り彼女は処分するしかないだろうな。」 「はい、すでに指示どおり南条には共和国内に潜入するよう偽の指令を出しております。こちらから共和国には密告してありますので作戦ポイントであるビルに入ったが最後十重二十重の敵工作員に囲まれて身動き取れなくなるはずです。念のため単独で行動するよう指示を出してますし、装備も情報収集ということでほとんどもたせていません。いくら南条といえども丸腰に近い状態で武装した何十人もの敵工作員とはやりあえないでしょう。」 「でも彼女は優秀なエージェントだ。それに鍛え上げられた肉体がある。」 「その点も手は打ってあります。常用する薬にちょっと仕掛けをしておきましたので。」 「そうか、それならいい。ふふ、捕らえられたあとの処理は共和国にまかせよう。ほっといても今まで苦渋をなめされられたトップエージェントにたっぷりその罪をつぐなわせるだろう。その体にな。」 「たしか共和国には対特殊工作員専門の優秀な女性尋問官がいるとか。すさまじい色責めのテクニックを持っている上、残忍で許しを請う工作員をも容赦なく責め嬲り、気が狂わされた者も多数いますからね。」 「南条君くらいなら特に念入りに尋問されるだろうな。」 「帝国の内部情報を漏らして、彼女自身が裏切り者にならないようにせいぜいがんばってもらわないと、ヒヒヒ。」 「がんばりすぎて頭がおかしくなったりするかもな。」 二人はあやしく笑いあった。 その夜、彩音がマンションに押しかけて来ていた。またしばらく会えなくなるといったらいてもたっても居られなくなったらしい。 「静香せんぱーい、絶対帰ってこないといけないですよー。」 少し酒がまわった彩音はろれつが回らなくなっている。 3日後、静香は、予定通り共和国に潜入した。 |