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   前編

(1)
「すっかり遅くなってしまったわ。」
研究所からの帰途、車を走らせながらイルマメグミは、つぶやいた。今日は、本部には寄らずにこのまま家に帰ろう、と考えていた。
(制服のままだけど・・・・・)彼女は苦笑した。人目を引くほどの美貌と細身ながらしなやかさを感じさせる肢体を、今は機能優先の制服に包んでいた。公私のけじめには厳格なイルマだったが、さすがに今日は疲れていた。もっとも、それは心地よい疲労感だったが・・・。
自宅に向けて軽やかにハンドルを切ったイルマは、ここ数ヶ月の出来事を振り返っていた。
数ヶ月前のティガの最後の死闘・・・。勝利は収めたものの、失ったものは余りにも大きかった。ティガはもう戻ってこない。地球はGUTSだけで守らなければならなくなった。世間はGUTSの戦力を不安視した。
(それも無理もないわね。)と彼女は思う。それまでの戦いはティガに頼りっきりだったと思われても仕方ないものだった。実をいえば彼女自身、GUTSの隊長として肩にのしかかってくる重圧に押しつぶされそうになった事もあったのだ。
「だけどそれも、もう少しの辛抱よ。アレさえ完成すれば。」
イルマはもう一度つぶやいた。アレとはGUTSが総力を挙げて開発を進めていた新兵器の事である。GUTSとて戦いの日々を無為に過ごしていたわけではない。
敵を倒すたびに膨大な量のデータを集め、それを解析してきた。その繰り返しの末に開発された新兵器は、地球の内外を問わずあらゆる敵を倒せる物になるはずだった。
今日、彼女が深夜まで研究所に詰めていたのは、開発が最終段階に入っていたためだった。疲労が心地よいのは、作業が順調に進んでいる証拠だった。
「・・・・?」
イルマが、ヘッドライトの前方に異物を認めたのはその時だった。白い発光体のようなものが、路上に放置されているようだった。車を止めてイルマは外にでた。深夜でもあり、他に通りかかる車はない。彼女は用心深く発光体に向かって歩いていった。
「・・・・・!」
その時だった。イルマは自分の体が浮きあがって行くのを感じた。反射的にもがいたが、足はむなしく宙を蹴るばかりだ。そうしている間にも地面が遠くなって行く。空を見上げたイルマは、初めて自分の真上に円盤が浮かんでいる事を知った。円盤の底には、ぽっかりと穴があいている。
(誰か!)助けを求めようとしたイルマを白いガスが包み込むと、彼女は意識を失っていった。失神したイルマを、穴から収容した円盤が立ち去ると、後にはハザードを点滅させた彼女の車だけが残された。


(2)
「イルマメグミ・・・」
どこかで自分を呼ぶ声を聞いて、イルマは目を覚ました。
(・・・・・?)
最初は、ぼんやりとした頭を振っているだけのイルマだったが、徐々に記憶を取り戻して行く。
(そうだわ、円盤に捕らえられて・・・。)
意識がはっきりしてくると彼女は、自分の置かれている状況を把握しようとした。GUTSの隊長という職務は、いかなる時も冷静で適確な判断を求められていた。
彼女は、床の上に直接寝かされていた。両腕は斜め上方にまっすぐ伸ばされ、手首をベルトで固定されている。両脚は、やや広めに開かされてこれも足首で固定されている。靴は脱がされていた。
イルマは次に部屋の様子を見回した。広さは10メートル四方程度だろうか。
器材の何もない、がらんとした部屋の中央に彼女は固定されているようだった。
(・・・?)
壁の一方に大きなガラス窓のようなものがあった。窓の向こうの部屋は器材が立ち並んでいて管制室のようだった。ただし、今は人影らしきものはみあたらない。イルマがそこまで確認したときだった。
「イルマメグミ」
頭の後方から再び声がした。
「・・・・・!」
足音と共に、その声の主がイルマの横に廻り込んできた。イルマの視界に入ってきたのは濃緑色の皮膚を持つ異星人だった。彼女の記憶にない姿をしていた。
体つきや顔の造りは、人間とさほど変わらなかったが皮膚の表面はゴツゴツとして硬そうだった。
「あなたは?・・・どうしてこんなことを?」
しかし、イルマの問いかけを無視して異星人が話し掛けてきた。
「イルマメグミ・・・・・。オマエタチノ新兵器ノデータヲ教エロ。」
イルマが黙っていると、もう一度問い掛けてきた。
「オマエノ知ッテイルコトヲ全部教エロ。」
(そう・・・。それが狙いだったのね。)
「知らないわ。」
そう答えたイルマだったが、彼女はこの新たなる侵略者に不気味なものを感じていた。過去の敵は、そのほとんどが自分達の武力を信じて力攻めをしてきた。
しかし、この異星人は周到に地球の事を調べ上げているようだった。
異星人は、それ以上は話し掛けてこなかった。そのかわり、イルマの視界の端に何かが映ってきた。
(・・・・・?)
どこに居たのだろうか、グロテスクな姿をした奇妙な生物が現れてイルマの周りを取り囲んだ。6匹いた。
「コレハ我々ノ、ペットダ。」
イルマの疑問に答えるように異星人は言った。イルマはその生物を観察した。
人間のひざ位の高さのその生物は、足がなく皮膚はぬめるように光っていた。
(・・・・・ナメクジ?)体こそ大きいが確かにナメクジに似ていた。顔がなく2本の触角のような物が伸びていた。触角の先端が球状になっている。2本の触角の後ろにはコブのような突起物が1つ、ついていた。全体的にナメクジよりはずんぐりしている。
(いったい何を?)さすがにイルマが不安を感じていると、異星人が言った。
「話ス気ニナルマデ、ソノペットト遊ンデモラウ。」
言い終わると同時に、ナメクジ達が触角をイルマの体に伸ばしてきた。
「・・・・・!」
その触角は、どういう構造をしているのか先端を吸盤状に変形させるとイルマの制服に貼りついた。太もものあたりに貼りついたそれが体から離れると、その部分が綺麗に円形状に剥がされた。次に脇腹のあたりが剥がされて白い肌があらわになる。
「・・・・・?!」
しかし 驚愕するイルマをよそに、12本の触角は彼女の腕、脚、胸と特殊繊維で出来た制服を、いともたやすく剥ぎ取って行くのだった。 


(3)
ナメクジ達は着実にイルマの服を剥ぎ取っていく。保温性と安全性に優れた繊維でできた制服の他には、下着しか身につけてなかった。イルマの繊細な肌の露出部分が、みるみる広がっていく。
それでもイルマは、つとめて冷静にその卑劣な行為に耐えていた。この異星人に対して、弱みは見せられないという思いがあった。
さすがに腰を覆っていた最後の一枚の布をむしり取られた時には、端正な顔をそむけるようにして、小さくうめいたイルマだったが、すぐに異星人に向き直ると怒りを含んだ瞳でにらみつけた。
「こんな事をしたって・・・。」
しかし異星人は、イルマの視線を無表情に受け止めると口を開いた。
「我々ノペットハ、オマエヲ気ニ入ッタヨウダ。」
そう言い残すと、異星人は部屋を出て行き、隣の管制室に入っていった。
後には、全裸で磔にされたままのイルマと、6匹のグロテスクな大ナメクジだけが残された。
イルマは屈辱感に耐えていた。スリムで美麗な裸身は、あくまで白くさえざえとしていたが、美しい顔は屈辱感でかすかに紅潮している。
ナメクジ達は、そんなイルマに近づいてくると再び触角を艶やかな肌に触れてきた。
「・・・・・!」
12本の触角がイルマの全身を、舐めるように這わせ始める。イルマは固く目を閉じて、そのおぞましさに耐えていた。

何かがおかしかった。彼女は何か違和感をおぼえていた。
イルマは、醜悪な化物に撫でまわされる汚辱感に、体を固くしながらその違和感について考えていた。触角は相変わらず全身を這い回り、時折偶然のように彼女の敏感な部分に触れてくる。
思わずピクリと小さな反応を示したイルマは、違和感の正体に気がついた。
(偶然・・・・・。まさか!)
初めに比べて「偶然」の回数が明らかに増えていた。もう偶然ではなかった。最初は無秩序に這っていた触角が、今ではむしろ集中的にイルマの性感帯に触れてきているようだった。
「・・・・・!」
イルマは目を開けた。その目に映ったのは彼女の性感帯を、傍若無人に這い回る12本の触角だった。
「やめて!」
さすがに、イルマも冷静さを失っていた。言葉の通じるはずのない相手に向かって叫び、ベルトを外そうともがく。しかし、そんな彼女をあざ笑うように触角は動きを早めていく。
「いやっ!」
なおも、もがき続けるイルマだったが、いつしか彼女の体には妖しい感覚が芽生え始めてきていた。
(そんな!こんな化物に・・・・・・。)
しかし、イルマの意志を裏切って、肉体はその快美感を受け入れていく。ついに触角は、イルマが最も恐れていた漆黒の茂みの奥に、その魔の手を伸ばしていくのだった。
隣の部屋で、その様子を無表情に見ていた異星人は、目の前のボタンの一つに手をかけた。
1本の触角が、イルマの最も敏感な部分に触れてきた。
「ああっ!」
痺れるような快感が走り抜けて、イルマが体を撥ね上げた時だった。彼女を拘束していたベルトが外れた。 手足の抵抗がなくなった。



(4)
(外れた!)
そう思うより早く、イルマは上体を起こした。そのまま立ち上がるとナメクジ達の間を駆け抜ける。2・3本の触角が未練がましく太ももにまとわりついてきたが、蹴散らすように突破した。
壁の手前まで来たイルマが立ち止まって振りかえる。ナメクジ達はノソノソと体の向きをかえると、再び彼女を包囲するように横に広がって、ゆっくり這い寄ってきた。イルマはナメクジを十分に引き付けておいてから、その間をすり抜けた。

イルマは余裕を取り戻していた。何度かナメクジの包囲を切り抜けながら、彼女は相手を観察していた。ナメクジの動きは遅くイルマを追いつめるほどのものではなかった。さっきまで彼女の裸身を責めさいなんでいた触角の長さも50センチほどで、それより長くは伸びないようだ。
冷静になったイルマは、ガラススクリーンの向うに居る異星人を気にしながらも、ナメクジに対する反撃の方法を探していた。近寄ってくるナメクジに視線をもどした彼女は、ある部分に目を留めた。
(あれは?)
2本の触角の後ろ、ちょうど正三角形を形作るあたりの位置に、1つのコブのような突起物があった。
(もしかすると、アレが・・・)ナメクジの弱点かも知れないと、イルマは敵が近づいて来るのを待った。引き付けてから一撃を加えようと、彼女は身構える。
しかし、壁を背にしたイルマの3メートルほど手前まで来ると、ナメクジ達は動きを止めた。
(・・・・・?)
イルマが狙いを定めていた正面のナメクジのコブがモコモコと動き始めていた。それは、みるみるうちに高く盛りあがっていく。
(・・・・・何?)
そう思っている間にも、それは触角よりも長くなってイルマに向かってゆっくり伸びてくる。
(触手!)
そう思った時だった。イルマの死角にいたナメクジから伸びてきた触手が、細く引き締まった彼女の足首にからみついてきた。
「あっ!」
腰をかがめて思ったより強く巻きついた触手をはずして立ち上がると、今度は別の触手が腰にからみついてきた。
「くっ!」
それもなんとか振りほどいたイルマだったが、その時には、すでに新たな触手が目の前に迫ってきていた。イルマには、ナメクジの包囲を脱出するのが精いっぱいだった。その後を6匹のナメクジが追いかけて行く・・・・・。

どれくらいその奇妙な「追いかけっこ」が続いただろうか。肩で大きく息をしながらナメクジと向き合ったイルマに、ある疑念がうかんでいた。
(このナメクジ達、私を弄んでいる?)
あれからイルマは何度も触手にからめとられそうになった。しかし彼女がそれをはずしている間は、他の触手は動きを止めているのだった。まるで、わざと捕らえては逃がすことを繰り返して、イルマに体力を消耗させているようだった。
(まさかそんな事が・・・)
そんなイルマの疑念をよそに、正面のナメクジがまた触手をのばしてきた。
その触手はイルマの顔の高さで一度動きを止めると、ゆっくりと円を描くように動き出した。
「・・・?」
その動きを目で追いながら、イルマは油断なく身がまえる。触手の円運動がだんだん速くなっていった。
「うっ!」
その時だった。横から別の触手が、イルマの太ももに巻き付いてきた。あわててそれを振りほどいた彼女が顔を上げると、正面のナメクジは触手をクルクルと回しながら、グロテスクな胴体を何度か揺さぶった。まるで「トンボ獲り」のような幼稚な手に引っかかった地球のトップエリートを、笑っているようだった。
(こんな下等生物に・・・・・)
イルマは唇をかんだ。
しかし、イルマは知るはずもなかったが、このナメクジはガラスの向うにいる、地球よりはるかに高い科学力をもつ異星人が創り出した人造生物だったのである。
彼らの星のあらゆる生物の生殖器官を調べ上げ、異種交配と遺伝子操作を重ねた末に生み出された生物。原始的な姿とはうらはらに、その細胞に邪悪さと淫虐さを詰め込んだ淫獣、いや、淫虫とも呼ぶべき怪物だったのである。
そんな事は知らないイルマに、ナメクジはなおも触手を伸ばしては襲いかかる。敵の狙いがわかっても、今の彼女には、触手を振りはらっては逃げるほかにすべはなかった。
イルマの息があがって動きが鈍くなっていく。6匹のナメクジは、そんな彼女をひとおもいに仕留める事もなく、しかし休息を与える事もせずに交互に触手を伸ばす。
イルマの全身は汗にまみれ、いく筋もの髪が肩や首筋に貼りついている。もつれる脚を気力だけで動かしている彼女を、ナメクジはゆっくりと嬲るように追いつめていくのだった。

「ああっ!」
ついに体力のつきたイルマが床に倒れこんだ。それでも必死に上体を起こそうとしているが、もう腕に力が入らない。倒れこんだまま苦しそうに肩を喘がせているイルマを取り囲んだナメクジ達は、触手の先端をうなずきあうように動かした。
4本の触手がゆっくりと伸びてきて、イルマの腕と脚をからめとると、そのまま仰向けに反転させる。
(すべて・・・・・、遊ばれていた。)
仰向けにさせられながら、イルマは思っていた。体力の限界まで走り回らされたあげくに彼女が倒れこんだのは、最初に縛られていた場所、部屋の中央だったのである。
床からベルトがスルスルと伸びてきて、イルマを元通りの姿に固定してしまうと、6匹のナメクジは触手を収めながら一斉に胴体をゆさぶり始めた。
この化物たちに一矢も報いることなく、再び磔にされてしまったイルマを見下ろして哄笑しているかのようだった。 (つづく)


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