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  『タナトスの囁き』 (1)                                  久遠 真人作         

【1】急な報せ

真帆(まほ)が成田空港に降り立つと、空一面を覆う分厚い灰色の曇り空が出迎えた。それは、まるで今の真帆の心情を表してるかのようであった。真帆は急ぎ東京に向かう為、タクシー乗り場へと足を向けた。

高島 真帆はイギリスに英文学の為に留学している21歳の大学生である。
艶のある扇情的な長い髪で背中までかかる長さ、やや細身で手脚がすらりと長いモデルのような肢体をしている。
彫りの深い美貌に、長くて直線的な眉毛と綺麗な二重瞼と理知的な光を宿した黒瞳。肌は生まれつききめ細かく、初雪のような白さである。
洗礼された物腰しと、優艶な微笑に育ちの良さが伺える。
その美貌に、通り過ぎる人々は足を止め見惚れていた。そんな真帆が……

双子の妹である片帆(かたほ)と連絡がつかなくなった。

……そう妹の友人と名乗る女性から真帆が電話を受けたのは、留学中でイギリスでであった。
相手の名は拝島 薫(はいじま かおる)。妹と同じサークルで心理学を学ぶの学生であるらしい。
休み明けになっても大学に来ず、電話やメールをしても返事が無い事に不審に思ったので、以前に妹に聞いていた大学名と真帆の名から連絡してきたらしい。
真帆は彼女の連絡先を聞くと、もっとも日本に早く帰れる便の手配をすると、最低限の荷物を鞄に詰め込み飛行機へと飛び乗った。


真帆と片帆の両親は、幼い頃に交通事故で他界した。その後、子供のいなかった叔父の元に2人は引き取られた。叔父は大学教授をしていた為だろう、2人には勉学に関しては厳しかった。だが、2人がそれぞれ学びたいモノを見つけると、その為の助力を惜しまなかった。真帆の留学の後押しをしてくれたのも叔父であった。
そんな叔父であったが彼女らが大学に進学するとすぐに病気で他界した。だが、比較的裕福だった叔父は2人が勉学に集中できるようにと、結構な額の遺産を2人に残してくれた。2人が叔父の心遣いに感謝すると共に、それぞれの学問にもっとも適した大学へと進んだ。


真帆が妹のマンションに辿り付いたのは、陽も暮れた頃であった。真帆がタクシーを降りると、マンションの入り口で待っていた一人の人物が早足に駆け寄ってきて出迎えた。
170センチはあるだろうか、女性にしては長身のスラリとした体型にピッチリした黒革のズボンに男物の革のジャケットを羽織っている。少しクセのある茶髪を短く切り揃え、切れ長の瞳が印象的な人物であった。

「はじめまして、片帆のお姉さん……ですね? 片帆と瓜二つでビックリだ」
「はい、そういうあなたは……拝島さん?」

出迎えたボーイッシュな女性を見上げながら真帆が微笑むと、相手の女性は照れたように頭を掻いた。

「いやぁ、薫でいいです。片帆にもそう呼ばれてましたから」
「わかりました。では、私の事も真帆でお願いね」

そう2人は挨拶を交わすとマンションへと入っていった。



2人が真帆の持っていた鍵で玄関を開けると、広い室内へと入った。

元々、このマンションは叔父のものであった。片帆が大学入学と共に叔父が大学の近くに新築されたこの2LDKのマンションを買い与えてくれた。叔父の死後、成城の古い自宅は処分された為、真帆が日本に戻って来た際には、このマンションに寝泊りしていた。その為、2部屋ある片方には真帆の私物が置かれ、マンションの鍵も預かっていた。

部屋の中は整理整頓が行き届いており、荒らされたりしたなどの不審な形跡は無かった。慎重に2人は一緒に部屋を見て廻ったが、どの部屋にも片帆の姿を見つける事は出来なかった。そこで2人は手分けして、なにか手掛かりはないか探索する事にした。

「真帆さん、クローゼットの奥にこんなモノが……」

その声に真帆がウォークインクローゼットに駆け寄ると、その奥の棚に隠すように仕舞われた黒革製のアタッシュケースを薫が引きずり出す所であった。そのケースはなめした黒革を使い、エッジに鋲を打ち込んだなんとも禍々しい雰囲気のするモノであった。とても女性が、ましてや大学教授だった叔父が使うような品物でなかった。

「まさか、片帆や叔父さんの品……って事はないよね?」

振り向き念の為に確認してくる薫に、真帆は首を横に振って答えた。

「開けてみても……いい?」
「え、えぇ……お願い」

幸い鍵は取手に細い鎖によって巻きつけられていたが、鞄の表面には幅広の黒革ベルトが執拗なぐらい巻かれ、薫はその一つ一つを開錠していくのに手間取った。

……ガチャッ

薫は全てのベルトを外し、鞄本体の鍵穴に鍵を差し込むとゆっくりと回した。



……ゴトッ……ゴトッ

リビングの大きなダイニングテーブルに、薫が鞄の中身を一つ一つ並べ置いていく。
鞄の中からは、黒革で出来た奇妙なモノがいくつも出てきた。最初、それが何なのか真帆には理解できなかった。だが、薫の困惑した表情から、彼女にはそれが何なのか理解したようだった。

「薫……これは……なんなの?」
「えっ……うーん………なんていうか…………SMの道具?」

恐る恐る聞いてきた真帆に対し、薫は視線を逸らすと顔を赤らめながらボソリと呟いた?

「………え?」
「だから………SMってあるだろう! 人を縛って叩いたりするヤツ。あの道具だよ!! いわゆる拘束具ってやつ!」

再度、聞き直してきた真帆に、やけっぱちになったように薫は顔を真っ赤にさせ大声で答えた。

「えぇぇぇぇ! な、なんで? どうして? そんなモノが?!」
「さぁ? 片帆のヤツ……心理学は専攻していたけど………その資料かなぁ?」

真帆が動揺したようにオドオドしてるのを横目に、薫は怪訝そうな表情をうかべながら道具の一つを摘み上げては顔をしかめている。

「真帆はSMの経験は? イギリスはパンクとか有名だしね」
「あ、ありません! そんなの……使った……事……なんて……」

意地悪そうな笑みを浮かべる薫に、真帆は真っ赤になった顔を左右にブンブンと振り否定する。

「ふーん、じゃぁ……試しに試してみる?」
「え? えぇ?! あ……あのぅ………け、結構……です………………あら?」

真帆の反応が楽しいのだろう。薫は少し調子にのって意地悪そうな笑みを浮べながら虐めてくる。その度に俯き小さくなっていく真帆であったが、荷物の中にまじった黒革の袋からビデオテープらしきものが顔を出しているのに気がついた。
袋の中には、何本かのビデオテープが収められていた。
2人は顔を見合わせ頷くと、そのビデオの一つをリビングのデッキへと入れて見てみることにした。


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