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  『ホームスティ 〜 待ち構える暗き穴 〜』    その1                    久遠真人 作         

【1】魅惑の西海岸

少女がサンフランシスコ国際空港を出ると、肌をジリジリと焼くような強い日差しが出迎えた。
処女は眩しそうに右手で日差しを作りながら物珍しそうに辺りを見渡す。成田から3時間という距離もあり、空港周辺には多くの日本人観光客の姿が多く見られた。
少女は大きめのボストンバックを背負いなおしタクシー乗り場へと歩き出だすと、擦れ違う男たちは、ショートパンツから伸びたスラッとし健康そうな素足に見惚れた後、少女の顔を見上げては、立ち止まって見惚れていた。

少女の名は高橋 美佐(たかはし みさ)。都内の私立大に通う19歳である。
気の強そうなキリリとした眉の下にある、ちょっと釣り目の黒目の大きな瞳で物珍しそうに周囲を見渡すと、その度にポニーテールにした長い髪が左右へと大きく揺れた。
ショートパンツにTシャツ、フード付きパーカーというラフな服装が活発な少女らしい雰囲気を醸し出していた。
数ヶ月前までは高校で空手に明け暮れていた美佐は化粧もあまりせず、ファッションにも疎い為、なにかにつけては他の同級生たちに残念がられている。
それでも、高校時代には1つ年上の姉と共に全国大会でなんども優勝するほどの腕前とその美貌から、スポーツ誌のみならずTVなどにも取り上げられる事も多かった。その為か最近は熱心なファンに追い掛け回される事も多く、うんざりした美佐は、夏休みを利用して海外留学中の姉、理沙の元へと逃げ出して来たのであった。
自分を知らない人ばかりの異国の地、その開放感から美佐は上機嫌であった。


目的地である姉のアパートに到着したのはもう日が暮れようかという時間であった。

「・・・酷い目にあったわ」

その頃には美佐はすっかり不機嫌であった。
揚々と乗ったタクシーには目的地とは違う土地に連れて行かれるわ、日本人とわかると法外な料金を請求してきた。あまりの理不尽さにカッとなった美佐はドライバーを思わず蹴り倒してしまった。その後、追いかけてきたタクシーに轢き殺されそうになるわ、車に乗った白人グループにまとわりつかれ、邪険に扱ったら車に連れ込まれそうになるわで、空手少女として知られている日本での生活では考えられない事ばかりであった。

「空手を忘れる為に来たのに、空手に救われてばっかりだわ」

掌に拳を打ち付けて憤慨する。
その後、真っ暗になる前になんとか目的地のアパートを発見する事が出来た。アパートは郊外の人通りの寂しい地域に佇む古びた建物だった。
美佐は玄関の前で深呼吸をし気を取り直すと、頑丈そうな扉に設置された呼び鈴を押すと・・・出てきたのは半裸の東洋系美女だった。

「貴女・・・誰?」



【2】ルームメイト

「ふーん、貴女が理沙の妹さんねぇ。話は聞いているわ」

美佐は正面に座り全身を品定めするような相手の視線とその姿に戸惑いを覚えた。
事情を説明し室内に入れられた美佐は、リビングのソファへと案内された。
3LDKのアパートの内部は散らかっており、玄関からリビングまでの間には脱ぎ捨てられた服や下着が散乱していた。

(ここが・・・綺麗好きなお姉さんのアパートなの?)

正面のソファに座った女性は姉さんのルームメイトの李 艶(リー・イェン)と名乗った。
その時になって、美佐は姉からのメールで一度だけホームスティする為に、いろいろな物件を廻ってやっと決まったという報告があったのを思い出した。

正面のソファに座る彼女は、素肌の上に白いワイシャツを羽織っただけの服装で、しっとりとした黒髪の間から妖艶な笑みを浮かべている。だが美佐はその瞳の奥にやどる冷たい光のようなものを感じどうにも好きになれなかった。
絡みつくようなその視線から目を逸らすために、テーブルの上に出されたお茶に手を伸ばした。中国のお茶だろうか?一口飲んで日本のお茶と異なるその独特の苦味に顔をしかめた。

「姉さんは今はどこにいるんですか?」

美佐はとても残りを飲み干す気にはなれず、お茶をテーブルに戻すと、誤魔化すように李に話しかけた。

「梨花なら今はお仕事に行っているわ。帰りは何時になるか分からないらしいから、理沙から貴女のお相手を頼まれているわ」
「・・・そうですか」

姉の帰りが遅いと聞き露骨に落胆する美佐を、李は面白そうに見つめている。

「そちらの扉が理沙の部屋だから自由に使っていいわよ」

李はリビングの南側にある3つの扉のうち右端を指差した。

「反対の扉が私の部屋、何かあったら気軽にノックしてね。でも中央の扉は大事なモノが仕舞ってある部屋なので開けないでね」
「はい」
「長旅で疲れたでしょう?シャワーは自由に使ってね、夕食は食べる?」
「ありがとう、でも姉さんを待ってみます」

そう?何かあれば声をかけてね・・・それだけ言うと李は立ち上がり自分の部屋へと入っていった。


姉の部屋は整然としていた。10畳ほどの部屋に白いシーツのベットとパソコンの置かれたテーブル、本棚には難しそうな学術書が綺麗に並べられ、壁に備え付けられたクローゼットには綺麗にアイロン掛けされた服が整然と吊り下げされている。
そんな部屋を見渡して美佐が不思議に思ったのは窓であった。防犯の為だろうか窓にはガッシリと鉄格子が嵌められていた。

(・・・まぁ、この国は物騒だものね)

昼からの数々のトラブルを思い出して美佐は一人納得した。
そしてもう一つ不思議に思ったのが、壁の一面に設置された大きな姿見であった。姿見としての鏡としては大きく、部屋のどこにいても鏡に写り、少し落ち着かなかった。
美佐は、その鏡に映る自分の姿を見つめながら、姉である理沙の事を思い出していた

美佐と理沙は外見はよく似た姉妹であったが、姉の理沙は頭が良くお淑やかで美佐にとって大人びて見える憧れの姉であった。いつも一緒だった姉の海外留学が決まり、離れ離れになった数ヶ月、当初は小まめにやり取りしていたメールも、理沙は多忙になってきたのか徐々に少なくなり、最近では途絶え気味で帰ってきても味気の無い簡素なメールとなっていた。その為、今回は相手の返事も聞かず押しかけてきた。だから、都合がつかず不在なのはしょうがないと言えた。

そんな事を考えながらベットに上がりこむと、疲れが一気にでたのだろうか、いつのまにか深い眠りに落ちていた。



【3】侵入者

美佐は真っ暗な部屋の中、蠢く人の気配を感じゆっくりと目を覚ました。
一瞬、姉である理沙が帰ってきたと思ったが、扉が開くと西洋人特有の体臭を感じた。美佐がゆっくり薄め目を開けると、部屋はいつの間にか部屋の電気は消されていた。だが、月明かりよって扉が音も無く静かに開き、その奥から3人の黒人男性が部屋へと忍び込んできたが見えた。

(・・・強盗?!この建物は窓には鉄格子も嵌っているの、どこから?)

男たちは息を殺してベットへ近寄ると、寝ている美佐の姿を見下ろすと下卑た笑いを浮べた。美佐は薄目を開けて、暗闇に浮かぶ6つの目玉と白い歯に鳥肌をたてた。
美佐は先頭の男が手錠片手に手を伸ばしてくると、突然跳ね起き、その胸元に思いっ切り飛び蹴りをお見舞いした。
突然の事態に驚く2人目の股間を蹴り上げる。スニーカー越しに柔らかい妙な感触に顔をしかめつつ、前屈みになった男の顔面に肘を叩き込み悶絶させるのと、3人目が掴みかかってくるのはほぼ同時だった。
掴み掛かる手を避けるように体を反転させ、その鳩尾に後ろ回し蹴りをカウンターで入れると白目を剥いて崩れ落ちた。

3人の侵入者が気絶しているのを確認して慌てて部屋を出ると、李の部屋を激しくノックした。だが、いくらノックしても反応はなく扉を開け部屋の中を覗き込んだが誰もいなかった。

「いない?どこへ?」

仕方なく残った扉をノックするが、こちらも反応はない。恐る恐るノブを回すとドアがユックリと開いた。

「・・・なにこの部屋は?!」

そこは奇妙な部屋だった。薄暗い部屋には家具らしい家具はなく、壁一面がガラス張りになっており、その向こうには姉の部屋は見えていた。

「マジックミラー?!」

そして反対の壁には、無数の写真やメモがビッシリと貼り付けられ、部屋の奥には地下への階段があった。

恐る恐る美佐が近づくと、写真はこのマンションで隠し撮りしたものであろう何人もの女性の写真。その詳細が記されたメモが一緒に張り付けられ、その多くが赤いインクで塗り潰されている。
そして、美佐はその写真の中に姉である理沙の写真があるのを発見した。

深夜に一生懸命勉学に励む姿・・・
ベットの上で携帯電話で話し、楽しそうに微笑む姿・・・
気持ち良さそうにシャワーを浴びる姿・・・
鏡に向かって服を選んでは着替える姿・・・

そこには、海外留学してからの姉の姿があった・・・その写真の上には赤インクで『break in(調教)』と殴り書きされていた。


震える手で写真を手に取ると、ポッカリと真っ暗な口を開けている地下への入り口へと向かった。



   


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