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  『淫獄病院 〜 囚われし美しき患者たち 〜』                久遠 真人作         

【1】月下の逃走

「ハァハァハァ・・・」

冬の満月の光が降り注ぐ夜、薄暗い森の中を全裸の女性が必死に走っている。
ショートボブの黒髪が走るたびに揺れ、その理知的な瞳は怯え大きく見開かれていた。
全裸・・・正確にはその女性の体には素肌の上に黒革の拘束具が絡み付いていた。
後手に縛められている為にその足取りはおぼつかず、夜露で濡れた石で転びかけるたびに必死にバランスを取り足を踏ん張ると、白い肌を縛める黒革のベルトがギチギチッと音を立てて締め付けた。

「くふぅ・・・」

甘い声が開口具を噛まされた美唇から白い吐息を共に吐き出される。
長い時間、走り続けたのであろう・・・拘束具によって搾り出された胸元は大きく上下し、露出した肌は汗でぐっしょりと濡れていた。

「おい、いたか?!」
「ちっくしょ、あの阿女ぁぁぁ、逃がさねぇぞ!!」
「ヒヒヒッ、捕まえたら、またじっくり可愛がってやるからなぁぁ!!」
「おぃ、こっちに逃げた跡があるぞぉ!!」

背後から男どもの怒声が鳴り響き、多数の懐中電灯の光が女性の背後から降り注ぐ。

女性の名は工藤 霞(くどう かすみ)、27歳。新聞社の記者である。
普段は、整った目鼻にノーフレームの眼鏡をかけ、小柄だがモデルのようにバランスの取れたプロポーションをホワイトのスーツスカートで颯爽と歩く姿が、今は無残にも裸に剥かれ、黒革の拘束具で無残にも縛られている。華奢な首には奴隷であるかのように鎖の垂れ下がる首輪が嵌められていた。
霞は、先輩と密かに追っていた悪徳政治家と暴力団との癒着の証拠をついに手に入れたまでは良かったが、いち早く感づいた一味の手によって人気の無い山中の病院へと拉致監禁されたのが1週間前であった。
男たちにより、拷問され、嬲られ、実験動物のように責められ続ける日々。
霞は毎日行なわれる苦痛と快楽、そして時より投与される薬によって、どんどんと自分が違う存在に変えられていくようで恐怖した。
心の折れかかる寸前、新たに移動させられる為に車に積み込まれそうになった所を、霞は最後の力を振り絞って隙を突いた逃走した。

(捕まるわけにはいかない・・・今度、捕まったらどんな目にあうか・・・)

想像するだけで、恐怖で体が震えてくる。
突然、霞の目の前の木々が途切れ視界が広がった。無理矢理履かされたピンヒールが土や石のゴツゴツした感触から、なだらかなアスファルトの感触を伝えてきた。

霞が道路へ飛び出した途端、その体は闇を切り裂く強力な光に照らされた。振り向くと目の前に急ブレーキをかける4WDのフロントが迫っていた。



神崎翔子(かんざき しょうこ)は愛車の4WDを運転し、帰宅する為に深夜の山道を走っていた。
翔子は29歳のフリーのライター兼カメラマン。背中まで伸ばした少し癖のある黒髪を首の後ろで纏め、キリリとした眉、気の強そうな切れ長の瞳、スラッとした細身の体は、今はジーンズに麻の白いワイシャツとラフな格好であるが、スーツを着て化粧をすれば秘書やキャリアウーマンの方が似合いそうである。
事実、都内の出版社に勤めていた時は、秘書へと社長から日々懇願されたが、現場に憧れていた翔子とっては、そういう環境がわずらわしく、現在はフリーになっていた。
その美貌から取材中にちょっかいを出してくる男どもも多かったが、こう見えても学生時代に空手をやっており、全国大会ベスト8までいった猛者でもあった。だから大概の男はちょっと痛い目にあうと、すぐにちょっかいを出さなくなった。

今回は『各地の隠された絶景を求めて』・・・と題して山奥の温泉や雄大な滝を取材してきたところであった。
取材中、連日雨続きであった為、どうしても絶景と噂される夕焼け時のベストショットを撮る為にギリギリまで粘っていたために、こんな時間になってしまっていた。

(遅くなっちゃったけど・・・ま、粘ったかいはあったわね)

ハードスケジュールの為に体は疲れてはいたが、最後に撮った滝の上から取った夕焼けの幻想的な光景を思い出し、満面の笑みを浮かべた。
その時であった、道路脇の森の中から人影が翔子の目の前に飛び出してきた。

「・・・なっ?!」

とっさにハンドルを切り急ブレーキをかけると、飛び出した人影の安全を確認する為に、慌ててドアを開けて車外へと飛び出した。



真央は倒れている女性に駆け寄り助け起こすと、その奇妙な姿に戸惑いを覚えた。
黒革肉厚の首輪を嵌められ、それから垂れ下がったベルトによって女性の上半身は後手に厳しく拘束されており、
その豊満な乳房は無残に変形しベルトの合間から搾り出すようにでており、その頂にある乳首には、金属製の万力のような器具によって無残に潰され、左右それぞれが小さな鎖で繋がれていた。
下半身にも幅広のベルトが褌のように、太股の間を無残に割り込んでいる。
足には10センチはあろかという高いピンヒールが無理矢理を履かされ、口にはリング状の金具を噛まされ、無残にも口を中をさらしていた。

(えっと・・・これって・・・・・・・SMってやつ?)

「あ、あがぁぁ・・・ぁ・・・」

女性は息も絶え絶えに必死に声を絞り出すが、口枷によって満足な言葉も発する事ができない。
翔子は女性を戒めから解き放とうとするが、全ての拘束に南京錠が嵌められ、簡単には外せないようになっていた。

「いったい・・・どうしたというの?・・・と、とにかに、車の中に乗って!!」

倒れこんだ女性を助け起こそうとする翔子の前に、女性の出てきた森の中から新たに4人の男たちが出てきた。
男たちは皆、病院の看護師のようなキッチリと首までボタンで留めてある白い服装を着ていた。彼らは翔子に気が付くと動揺したように立ち止まり、お互い顔を見合わせた。

「うちの病院の患者が、ご迷惑をおかけしたようで、大丈夫でしたでしょうか?」

先頭に立っていたスキンヘッドの大男が、にこやかな笑みと共に、近づいてきた。

「病院・・・ですか?」
「ええ、この森の向こうに精神病院がありましてね、その女性はそこから逃げ出してしまったので、こうして保護の為に探しておりました」

相変わらず人懐こい笑顔で近づいてくる大男であったが、翔子はその後ろで、他の男たちが背後に警棒のようなモノを隠し持ったのを見逃さなかった。

「へーぇ、でも、この女性の格好は、患者というよりSMの人みたいですよ・・・ね!!。」

翔子も笑顔で対応しつつ、間合いを計ると、大男の腹部に正拳を叩き込み、前かがみになり低くなった首筋に肘を打ち下ろした。

「そんな話、信じる訳ないでしょ!」
「てっめぇ!!」

翔子の啖呵に対し、残りの男たちは怒声を上げて警棒を片手に襲い掛かってきた。
翔子は助けた女性を背後に庇う位置に立つと、向かってくる男たちに向かって一気に間合いを詰めた。

「ハァァァッ!!」

虚を付かれ、まだ警棒を振り上げる途中だった先頭の男の顔面に正拳を叩き込む。
続けて警棒を振り下ろしてきた2番目の男の警棒を左手でいなし懐に入り鳩尾に肘打ちを入れた。
更に両手を広げて掴みかかってきた3番目の男の攻撃を身を屈めてかわすと、下からがら空きになった顎に向け長い足で垂直に蹴り上げた。

ドサ、ドサ、ドサッ!

3人の男たちが地面に倒れるのはほぼ同時だった。
翔子は瞬く間に男たちを地に這わすと、周りを警戒しつつ女性を抱きかかえ後部座席へと乗せ上げた。そして自分は運転席に乗り込むと、素早く車をスタートさせるとその場を立ち去った。



【2】深夜のカーチェイス

「はぁ・・・」

翔子は背後から追いかけてくる車が無いことを確認すると、やっと肩の息を抜いた。
後部座席をみると、助け出した女性がシートに横になるように、寝息を立てていた。
改めて女性を観察してみると、顔の下半分を隠す口枷の黒革でよく見えないが、目鼻の感じからまだ翔子とそう変わらない年代の女性のようであった。
彼女は緊張が切れたのであろうか、車が走り出すとグッタリと意識を失ってしまった。その為、今のところ事情を知る術が無い状態であった。

(まぁ、口枷が取れないと喋る事ができないから無理そうだけどねぇ)

状況的判断で女性を助け出してはみたものの、翔子はどうするべきが途方にくれていた。

(しかし、まいったなぁ・・・)

警察に連れて行くにも、この格好で連れて行くわけにも行かず、事情を知らないのでは尚更であった。

(思わず手を出しちゃったけど・・・すくなくとも、あっちが悪者・・・・・・ぽかったわよねぇ)

男たちの態度を思い起こし自分を納得させる。

(ま、いっかぁ。とりあえずは、あの鍵をなんとかしてないとねぇ)

この山道を下り、あと小1時間もすれば大きな街につく、そこで鍵を切断できるような工具を購入しようか・・・と翔子は悩みため息をつく。その時、ふと見上げたバックミラーに、猛スピードで背後から迫ってくる複数のライトが写っているのに気がついた。

「やっぱぁ・・・やっぱり、さっきの連中の仲間よねぇ」

冷や汗を流すと、加速するべくアクセルを更に踏んだ。


深夜の山道にタイヤの軋む音が鳴り響く。
翔子の4WDを追いかけるように、3台の黒塗りのベンツが迫ってきた。
距離を稼いでいたとはいえ、アスファルトの上では4WDでは分が悪かった。

「このぉ・・・しつこいわよぉ!」

前へ回り込んで頭を抑えようとする相手に対して、翔子は左右にハンドルを切り阻止し続けていた。
今のところ道幅が狭いのでなんとか阻止できているが、深夜の山道を背後にも気を配りつつ高速で走り続けるのは精神的消耗が激しかった。

「もぅ・・・こりゃ、なんとかしないとねぇ」

その時、道路わきにある案内板を目にすると、翔子はハンドルをきり森の中に入る未舗装のわき道へと車を乗り入れた。

「そんな車で、私についてこれるかしら?!」

わき道は連日の雨でぬかるみ、車が通過するたびに激しく泥を跳ね上げていく。
そのうち背後の一台が、ぬかるみに嵌って停止し、もう一台がスリップして脇の木に激突した。

「へぇ、なかなか粘るわねぇ」

最後の一台は、悪路によって暴れる車体を巧みなハンドルさばきで無理矢理押さえ込みながら徐々に差を詰めてきた。

「それなら・・・・・・これは、どう?!」

翔子は次の急カーブに差し掛かると、カーブを曲がりきった所で急ブレーキをかける。車体は横に向くようにドリフトし狭いぬけ道を完全に塞ぐように停止した。
物凄いスピードでカーブを曲がってきた追跡者は、突然停止している翔子の車に慌てハンドルを切りそこねると、制御を失った車は派手にスピンすると、道路わきの木に激突した。

「へへーん、やったね!」

翔子はニンマリとすると車を再びスタートする。そして、他に追跡する車がないか慎重に確認しながらわき道を進んだ。


翔子の車がわき道から抜けて、街に入った頃には陽がすっかり昇っていた。



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