Epilouge
. Epilouge ――こんな女[ひと]だっただろうか? 今の彼女を見れば、誰もがそんな疑問を抱くだろう。この人物が「久遠玲子」なのだろうか? 防衛庁筋ではベスト=テンに入ると言われた、凄腕の女諜報員その女なのだろうか……。 レオタード擬きの戦闘服に身を包み、杖を武器に暴れていたストリンガー。肉体的にも精神的にも、その強靭さを売り物にしていたハズの女――彼女には、もはやその影すらも見られなかった。 凜とした表情は惚けたそれへ、厳しい眼光は胡乱なそれへ変わっている……引き締められていた朱唇は力なく開けられ、力感に満ちていた全身は緩み切っていた。 自律心の、そのカケラすら伺えない哀れな姿。 守っていたものを壊され、内側に合ったものを毀たれ、自他の見境さえつかなくなるほどの凄悦に翻弄された。有無を言わさず痴れ狂わされ、圧倒的な魔楽に灼かれ、そして堕とされたのだ。 『玲子さ〜ん?……あらら、ちょっと……ヤリすぎちゃったかしら?』 発言内容とは違って、ちっとも心配していない口調。 しかしながら……「ヤリすぎ」も良いところ、だったのだ。狂った女科学者は、同性を恐ろしい淫獄に突き落としていたのである。 アヌスを覚醒させてから、いったい何度、オルガスムスに追いやったことか。肛虐にさらし、射/封乳に苛み、ピストンで踏みにじった。女体の貪欲さを次々と開花させ、根付かせ――つまりは、肉の芯まで調教した……。 『うーん、何かマズいことしたかしら……やっぱり……「二穴刺し」かしらねえ……』 間接的には摩耶、直接的には〈ペド〉が施した、魔の肉折檻。そのなかで最も淫虐な責めが、「二穴刺し」であった。その名の通り、前腔と後腔――ヴァギナとアヌスとを貫く淫技。 『それとも、封乳し続けたせいかしら……うふふふ。どっちなのか、確かめて見よっかなあ』 恐ろしいことを平然と呟く。 「……う……うあ……あ……あ……」 本能レベルで危険を感じ取り、玲子はわずかに身じろぎした。アレを……あの嬲りを食らうなんて……そんなの……そんなのイヤッ。ぜったい、ぜったいイヤァァァッ! 嬲られ続けた秘穴たちから、「二穴刺し」の凌辱――あの淫夢が蘇る。前壷のけたたましい悦びと、後壷のくぐもった痺れ。胎内を壊してくるような前者と、下腹を崩してくるような後者。質の違う、しかも補完しあうような刺激が、内膜越しに擦れ合う淫ら嬲り……。 突き上げの感覚が、膜越しに2つのリズムを奏でるのだ。それは、あまりにも甘美すぎる拷問だった。イクまで30秒持たなかった。あっと言う間に絶叫し、絶頂に溺れて……あの味は、決して忘れられないだろう。 『なーんてね、ウソよ。そんな優しいコトはしてあげない……玲子さんが素直になってくれるまでは、ね』 意味深な笑い。 そして――送信が途絶えた。〈ペド〉の動きも停止する。室内は静止の帳に包まれた。変化しているのは、玲子の呼気と意識のみ。 時間が過ぎる。 秒針が回り、長針が動いていく……。 やはり、と言うべきだろう。指定時刻になっても、研究所には何の変化も起こらなかった。環境保護団体のテロリストは襲撃してこなかったし、だから当然、何の混乱も起きやしなかった――玲子に伸ばされるハズだった救いの手は、絵に描いた餅に終わったのである。 更に数時間が経過した。 長針が回り、短針が動いていく……。 「自分はハメられたのだ」――ここに至って、玲子はそう推した。推さざるを得なかった。 今回の任務は、ハナっからバレるように仕組まれていた。つまり、自分は〈ペド〉の餌としてココに送り込まれたのだ……彼女はようやく、そんなことを思ったり、考えたりできるようになった。淫虐の嵐から何とか、何とか復興しつつあったのである。 自意識(に近いもの)を取り戻す。四肢に力が込められるようになり、全身を掌握している、という気分が満ちてきた。すると同時に、現状に対する疑問も湧き上がってくる。私は……この後、どうされるのだろう? 摩耶はあれから、全く話しかけてこない。〈ペド〉も両手両足を拘束しているだけで、全く仕掛けてこなかった。何もされず、ただ放って置かれている……。 「……わ……わた……」 言語を喋るのは久しぶりになる。少しまごついた。 「……わ、私に……何をするつもりなの?」 尋ねても、無返答。 「……つ、次は……次はいったい、何をするっての?」 やはり無反応。 「ちょっと! いったい、何をしようってのよッ!」 激高して見ても、応えは無かった。ふん、と鼻息をついて、玲子も押し黙る。 仕方ない、そう考えた。何もして来ないなら、ただ黙っているだけのこと。来るであろう次の責めに備えて、ゆっくりと待っていよう…… ……待つ? その瞬間、彼女は慄然とした――今、自分は何を考えていた? 待つ? 待つだと?……まるで、責められることを期待しているみたいではないか! そのとき、気づいた――今の状況(何もしないこと)こそが実は、摩耶が採った新たな調教なのだ、と。 (……サイレンス=シェイクなのね) 「サイレンス=シェイク」=「静かなる揺さぶり」――スパイ業界に生きてきた彼女は、このような“洗脳法”があることを十二分に知っていた。情報を遮断する手法、正式には「無刺激法」という方法である。カルト宗教による拉致監禁は、その多くが、コレによる洗脳を目的として行われている。 この手法の基盤になっているテーゼは、たったひとつ―― 「人間は退屈に弱い」 ヒトは、無変化という状況に耐えられない。だから、周囲に変化が無い場合、自らそれを作り出そうとする――「想像」するのだ。 想像の淵源となるのは、当人の体験もしくは記憶である。最も鮮烈に印象づけられてしまったもの。最も克明に覚えているもの。しかも、それが「脳」ではなく「肉体」レベルで刻まれていれば、なお用いられやすい。 ということは。 今の玲子に取って、この状況は―― (……わ、私の…私の身体が…アレを…あの悦びを…思い出し始めてる……) 女諜報員の背筋を冷や汗が伝った。 無刺激法の怖さは、「不可逆的」という点にある――この手段では、酷くなっていくことはあっても、癒されていくことは決してないのだ。何もされなければされないほど、皮膚の上で悦びの傷痕が疼き出す。肉裡から囁き声が漏れ始めて、 ――気持ち良かったよぉ……。 「……ハァッ!」 気合。囁き声を祓うために、彼女は肺腑の奥から叫んだ。 だが、それだってどこまで持つのだろう? 案の定、振り払えたのはたった一瞬。すぐにまた、悦びに染められた部分が喚き始める……。 ――あんなに奥まで突き上げられたよぉ……。 ――ミルクを噴いたよぉ……。 ――お尻が熱かったよぉ……。 「……あーッ、くそォォォッ!」 男言葉で罵倒する――もちろん、気休め以上のモノにはならなかった。唯一自由に出来る器官[くち]を使って、痴憶の呪縛から逃れようと、玲子はひたすら、勝ち目のない闘いを続ける。 ――ずぶ・グチュ・ぬぶッ……ヴァギナの泣き声。 ――ブシャア・ぴゅッ・プシャアアア……ニプルの喘ぎ声。 ――ぐちゅ・グチョ・ヌチュッ……アヌスの呻き声。 「ああッ!…く、くそッ!…摩耶ァッ!…このば……」 馬鹿と言おうとした刹那、 『……あらま、何てはしたない』 スピーカーが鳴った。女科学者が応じてきたのである。久方ぶりに聞く、相手を小馬鹿にしているみたいな声。 「摩耶ッ! あ、あんたッ!」 『……どう、玲子さん? 素直になれた?』 「……!…だ、誰がッ…誰がなるもんですかッ!」 精一杯の強がり。 『あら、そう……ま、頑張ってみてね。それじ……』 「…………え?……ま、待てッ!」 『……うん? 何よ、素直になってないなら一緒だわ。それじ……』 「ま、待て…あ、いや、待って!」 哀願してしまった……屈辱を覚えるが、しかし今はそうも言っていられなかった。だって……このままの状態なんて辛すぎる。このまま放置されたりしたら……私は……狂ってしまうかもしれない。 『何よ?』 どうする? どうすればいい? 「……あ、だ、だから……その……」 何か打開策は無いのか? 彼女が逡巡していると、 『……あはははははは』 華やかな笑い声が響き渡った。 『あははは……玲子さん、みんなそんな感じだったわ。あたしのコトを捕まえて、何でもいいから会話しようとしてた――うふふふ、そうやって、自分の肉欲から目を逸らそうとしてるのよね』 「…………」 今度は、湿った笑い。 『うふふふ……見物よね。玲子さんは、いつまで耐えられるのかしら』 「…………う」 『今までの記録を言うとね、最長記録は、えーと……後プラス4時間くらいね。でも、この人は軽く嬲られただけだったから、ま、「追い風参考」って感じかしら。 玲子さん並にハードにヤラれた人だと……後、2時間14分、ってトコね。うふふふ……新記録を樹立して欲しいわ』 「ま、待って! ちょっと待って!」 『……この際だから色々と教えておいてあげる。防衛庁の上層部はね、あたしの実験を知ってるの。黙認してくれてるのよ。だからね、玲子さんが送りこまれてくることも、あたしは前々から知ってた……覚えているかしら? あたし、あなたのバスト=サイズをピタリと当てたわよね?』 「…………」 『あなたって、いっつも小さめのブラを着けてるんでしょ? そんなのが、目測で分かるワケがないじゃない。玲子さんの個人情報を前もって教えられていたのよ。 それから……あなたが探していたヒトたちのコト。 彼女たちは……〈ペド〉に仕込まれて、完全なセックス中毒になっちゃったのよねえ。もう寝ても醒めてもそればかり、って感じで……だから、〈ペド〉が捨てたら、次は政財界の要人たちの肉奴隷として“リサイクル”してるの』 はい、これぞ見事な廃牝回収! 『あ、最後に……今から2時間ほど前に、茨城県那珂川下流で女の水死体が上がったわ。土左衛門の名は「久遠玲子」・23歳独身・団体職員』 「…………!」 『うふふふ。このギョーカイにいた玲子さんだったら、“言っていることの意味”が分かるわよね?……そう、あなたはね、公的にはもう、死んだコトになってるのよ。いや、正確には「死んだことにされた」の……だって、〈ペド〉がとーっても気に入ったみたいなんですもの』 寒々しい哄笑。 「……いやあああああああああああああああああああああああああああああッ!」 スピーカーは、一方的に切れていた。 それから―― 彼女の内部で、どれだけ凄惨な死闘が続けられたか……それはおそらく、中毒患者の病棟を見たことが無い人には、想像できないコトであろう。 罠に落ちた女ストリンガーは―― 新記録を樹立できなかった……。 * 『うふふふ、可哀そうな諜報員さん……でも、大丈夫よ。あなたもすぐ……虜になるから』 (終) *-*-*-*-*-* 後書き *-*-*-*-*-* ・某HPに掲載させていただいていた拙作の、全面改訂版です。 ・かなり前に書いたものなので、現在の私の文体とは、 趣を異にしています。 ・楽しんでいただけたら、幸いです。 |