「西へ」 −バーシア アナザーエンド− 場面1
■ フェルナンデス 2月1日 18:00 安宿 ギィ……… 扉を開くと、そこは薄汚れた部屋だった。 裏通りでも一番目立たないようなうらびれた宿を探した結果なのだ。無理は無い。 しかし、そんな人目を引かなさそうなところが、安心感を誘うとは皮肉なものだ。 そう、オレ達追われる身としては。 【[バーシア]】「随分立派だこと」 オレの後ろから、ひょんなことから一緒に逃亡の身となっている女性が入ってくる。 その名をバーシア・イイクルーン。 その美貌を隠すかのように、やや地味なコートを着ているが、裾から覗く脚線美は隠しようがない、怒らせるとちょっと怖い女の子だ。 【[主人公]】「追われる身のオレ達にとっては言うこと無しの環境じゃないか。ネズミの一匹や2匹、すぐにでも出てきそうだし」 【[バーシア]】「でも…」 【[主人公]】「丸焼きにしたら、案外いけるって話だぜ…ネズミも」 【[バーシア]】「そのうちゴキブリを食べたって自慢話も出てくるのかしら?」 コートを脱ぎながら、バーシアは辺りを見回している。本当に何か出てこないか心配でもしているみたいだ。 オレはそのコートを受け取り、壁際に丁寧に掛けてやった。セーター越しに露になった胸の曲線を盗み見ながら、この上なく適切と思われるアドバイスをしてやった。 【[主人公]】「一応シャワー付きのにしたんだ。せっかくだから、入ってくればいい」 【[バーシア]】「………(ジー)」 なぜ、疑惑の目で見る! 【[主人公]】「なんだ? 赤錆だらけの水がでることを心配しているのか?」 【[バーシア]】「…覗かないわね?」 【[主人公]】「ハン! 今更覗いてどうするんだ? どうせ食事の後で、たっぷりと…」 【[バーシア]】「…フン!」 やや顔を赤らめながらも、まんざらでもない顔つきで別室の簡易シャワー室に向かった。 【[主人公]】「やれやれ…」 ジャー……… バーシアが、シャワーを浴びる音を聞きながら、オレは少しばかり過去を回想することにした。 この世界は、”北”と”南”の勢力に別れ、泥沼の戦争を続けている最中だ。 すっかり落ちぶれていたオレだが、起死回生を計った軍部の陰謀で、月の裏の研究施設についこの間まで幽閉されていたのだ。 その目的は、オレがかつて開発していた「ECRIPSE」システムを完成させるという壮大なものだった。 バーシアは、元は北の戦闘員だった。つまりは敵同士だったってわけだ。 エースパイロットでもあり、かなり凄腕の工作員でもあった。 とんでもないジャジャ馬で、乗りこなすのに苦労したが、気が付いたときには、オレを見る目つきを変えさせることになんとか成功したものだ。 北の猛攻が始まり、月面の施設が崩壊した際にも、オレを助けてくれたのが彼女だった。正直その辺りの記憶は、はっきりしない。 次に気が付いた時には、オレは床に倒れ、側にバーシアが立っていた。 まんじりともせず、こちらを見守るように… オレはなんとか一命だけはなんとか取り留めたようだが、代償として片手、片足を失ってしまった。まぁ、命に比べたら安いものかもしれない。 今は安物の義手・義足でなんとかごまかしている。 それ以降は、軍務を放棄して、軍に打撃を与えたとかいう、ひどい言掛かりをつけられ、すっかりお尋ねモノの身だ。 北の施設が破壊されたことの責任をオレにでも転嫁させたいお偉いさんがいるのだろう。 どこの世にも保身しか考えない輩は多い。 だが、バーシアだけは、オレのどこを気に入ったのか分からないが、ピタリと寄り添うように逃亡劇に付いてきてくれている。 昔の伝手で地球まで逃げてきたのはいいが、今も安宿を転々としている毎日というわけだ。 ついでに、側で寝ている子供の名前はミサキ。 逃亡中に、親と離れ離れになった戦災孤児だ。路地裏で一人泣いていたところを、バーシアが拾い上げた子供だ。 以前の戦闘マシンのようなバーシアだと考えもつかないような行動だったかもしれない。 彼女の名前は、オレ達二人で考えてつけたんだ。 ジャー…… ふと、思考を中断する。まだバーシアがシャワーを浴びている音が聞こえる。 壁の向こうで、バーシアが裸体を曝していると考えるだけで、股間がムクムクと盛り上がってくる。 やや小ぶりだが、引き締まった裸体が湯煙に浮かぶ様は格別なのだが… 【[主人公]】「うーむ、今日は覗くのはやめておこうか…」 【[バーシア]】「何が、今日は、なの?」 気が付いたら、シャワーを浴び終えたバーシアが、もう目の前に立っていた。 思いのほか長く妄想に浸っていたのかもしれない。 まずい…一人ゴトを聞かれたか… ちょっとふくれたようなポーズを取るバーシアが、こちらをじっと見つめている。 【[主人公]】「うっ…オレも、シャワーを浴びてくるよ」 そそくさと逃げるようにその場を後にするしかなかった。 あまりアイツを怒らせるもんじゃない。灰皿が飛んでくるくらいで済めばいいのだが… 熱いシャワーを身体にぶつけるように浴びると、生き返るようだった。 シャワーの後、ミサキを入れた3人で、簡単な夕食を取る。 ミサキは暴れたい盛り。バーシアも手を焼いている。 そんなミサキは、固形食は無理なので、ミルクに加えて、バーシア手製の離乳食だ。 それを美味しそうに平らげると、満足したのか、すやすや眠り始めた。 専用の寝床をこしらえ、寝かしつけたバーシアが戻ってくる。 夜も十分更けてきた。 室内を暖色系の柔らかい光と静寂が包んでいる。 ミサキが眠った今となっては、この部屋にオレとバーシアの二人きりだ。 【[主人公]】「………」 【[バーシア]】「………」 彼女の顔に、先ほどまでのおどけた様子はない。 目の辺りに、やや媚を含み、口元が期待でしっとり潤んでいる。 母親から、すっかり男を誘う牝の顔付きに替わっている。 静寂、そして無言の了解…二人の距離は縮まっていくのだった。 |