『キン肉マン』の中の「信仰」を考察します。
古代、自然は神でした。
天体や自然現象を神と崇め、それらが血縁の関係にあると考えて、人は神話を作りました。こういう神々を自然神、宗教を自然宗教といいます。
偉大で神秘的な力を持つ太陽に、今年の豊作を祈るとか。太陽と月は、姉と弟だとか。簡単に言えば、そういうものです。
神道の最高神は、天照大神で、「太陽の神」です。
この神が、皇室の先祖である神ということになっている神です。
日本は国名が太陽の出るところで、国旗が太陽で、皇室が太陽神の子孫で、国歌が皇室を讃えている、そんな国です。
明治以降の国家神道でこうなったわけですが、江戸時代の庶民にとっても「お天道様」は、日本の最高神です。
何かあると時代劇や落語の登場人物は「お天道様に顔向けできない」とかいいますよね。
西鶴の『日本永代蔵』は、江戸時代の大阪を代表する文学です。その最初の一文はこうです。
天道言はずして国土に恵み深し。
意味は「天道は黙っていても国土に恵み深い」です。
ですが、なかなか「天照大神」という名前は、日常には出てきません。あれは江戸や浪速の人にとって「お伊勢様」なのかも。
太陽は女神だという意識は、現代日本人には、あまりないでしょう。教養人が「天照大神は皇室の祖神である」と「正解」を答えるのと、庶民が「お天道様ありがとう」と思うのは、やはり違います。この前見たNHKの高校講座では、天文学の先生が「母なる太陽」という表現をしていましたが。
日本の低学年の小学生を集めて、「太陽は女か男か」と聞いたら、「男」と答える小学生の方が多そうです。誰か調査していませんか?
神話の忘却はなげかわしいですが、まあ、小学生は少年ジャンプでも読んでなさいっていうのが、現代日本なんでしょう。
それでは、『キン肉マン』の王位編から、引用しましょう。
「はるか アクロポリスの陽よ 愚かな二匹の超人に 制裁を加えるために 力をお貸しください」
「わっなんだ この光は!?」
「たぶん 太陽の光だろうが しかし こんな 強烈なのは はじめて 見たぞ!!」
「アクロポリスの陽」ということは、太陽に祈っているんですよね。
アテナの神殿である、パルテノン神殿が何かを祈るとしたら、やはり戦いの女神アテナに「私を敵の攻撃から守り、私の攻撃を敵に当てさせてください」と祈るのが筋でしょう。
まあ、そもそも、「パルテノン神殿で祈る」のではなく「パルテノン神殿が祈る」のがおかしいのですが。
古代ギリシアの英雄叙事詩である、『イリアス〈上〉』 『イリアス〈下〉』 では、戦士がよくアテナに祈っています。
そしてアテナ様が、オリンポスから戦場に降ってきて、勇士を敵の目から隠したり、胸に勇気を吹き込んだりと、色々援助して下さいます。
わたしなんかが読むと「女神に祈ると、深手の苦痛が消えた」とかいうのは、自己催眠の結果であって、女神様に祈りが通じて、神のお力で癒されたとか、そういうのではない気がするんですが、それが神話ってやつですね。
話を戻して、『キン肉マン』の展開は、そういうギリシア神話の秩序を無視しています。
こういう部分に「キン肉マンの世界における、祈られる何か(神)」が表れています。
『キン肉マン』の世界では、太陽は、力の源であり、しばしば敵がその力を利用します。パルテノンの場合は、太陽の力によって、影をつくり、その影が力となるというものです。
他にもブラックホールのソーラーハウス、プラネットマンのアポロンダイナマイト(太陽爆弾)など、色々あります。
大地の穴が、アポロンウィンドウなのは、ゆでたまご先生が、「若く逞しい男の神」として、真っ先に思いつくのが、アポロンだったのではないでしょうか。
錠前の方は大地なので、ガイアウィンドウが妥当なのかもしれませんが、鍵の方は「若く逞しい男」なので、鍵の方を重視してそういう名前なんでしょう。
アポロンという神について、少し説明しましょう。
現在では太陽神ともされているアポロンですが、古いギリシア神話では、ヘリオスが太陽神です。そしてアポロンは予言と疫病の神です。病の神であるが故に、医療の神ともなりました。プラトンの『饗宴』にも、予言と医術と射術の神と記されています。
男子が急死する場合は、アポロンの矢に射たれたと表現した。女子の場合はアルテミスの矢にかかったとされる。『イリアス〈上〉』 の訳注より
アポロンこそが、若い男を大量に殺す神なのです。
パルテノン神殿ではなく、アポロン神殿が若い男を生け贄にして、太陽に祈っていれば、より筋が通ったかもしれません。
アポロン神殿
古代世界において、太陽崇拝は一般的なものでした。
ハンムラビ法典碑は太陽神シャマシュの神殿に立てられていたという。その理由は、太陽は古代世界全般にわたって神と崇められ、正義、勝利、永遠の光輝などの象徴であり、各民族の暦で月とともに時間を観測する手段であったからである。
(注として)太陽崇拝のさかんな地域は、印欧語族の居住地そしてエジプトである。インドのスーリヤ神、ギリシアのアポロン神、ヘリオス神など。エジプトでは、アテン神、ラー神など。『古代メソポタミアの神々』
キン肉マン中にも引用されている、有名な「目には目を」の文章の元はこの「ハンムラビ法典」です。
プラネット戦では、「地球が傷つくと、その国の超人が、力を失って息絶える」という扱いでした。
完璧超人の場合は、その力を借りる者に全能の力を与えるものです。『キン肉マン』のタッグ編から、引用しましょう。
地球よ!
昼や夜を つくり出したり 緑の草木を 萌芽させる あなたの力は すべての人びとに 平等では ないのですか!?
大地が植物や人々の母であり、その恵みは平等なものだというのは、古代文明全般に見られる考え方です。
地母神、大地母神というやつですね。
同じものとして扱われる場合もありますが、大地と田畑は違うものです。ですから、ギリシア神話では大地の女神ガイアと農耕の女神デメテルはわけられていて、後者の方が農耕民に拝まれています。シュメールのイナンナ、バビロンのイシュタルは豊穣神ですが、牧畜の方が主な担当で、「植物の萌芽」よりも「牛馬の繁殖」といった「豊穣」を司る者でした。この人間や牛馬の「恋愛」を司る女神が、ローマではヴィーナスとなったらしいです。
「緑の草木を萌芽させる」と、大地を「植物の母」と、とらえる感覚は、農耕民族の日本人らしいといえなくもありません。
ただ『キン肉マン』の「昼や夜を作り出す」というのが、地球の力だという発想は、まぎれもなく地動説が浸透した現代の発想です。天動説のない時代は、太陽や月や天が地に昼夜を作り出すといった話はあっても、大地を主体とした話は考えられなかったはずです。「天(ウラノス)」と「地(ガイア)」の息子のクロノスを時の神とする神話は、「時とは天が地にもたらすもの」という発想からでしょう。
太陽を動かすことによって、時間を操作したという話は、物語のパターンのひとつです。日本の伝説から、一つ紹介しましょう。
湖山長者の伝説 湖山の里の長者は広大な田を所有し、毎年、大勢の男女を使って、一日のうちに田植えをすませるならわしだった。ある年、田植えがまだ終わらないうちに太陽が沈みそうになったので、長者は金の扇で太陽を招いた。すると太陽は後戻りし、田植えは無事完了した。しかし翌朝、長者の田は深く大きな池に変わっていた(鳥取県岩美郡岩美町)。
『物語要素事典』の【太陽】あるいは【長者】の項を参照
「昼夜ができるのは、地球が動くから」ということを知ってなおかつ、「地球よ、その昼夜をつくりだす、お力をお貸し下さい(時の流れを自由にさせて下さい、あるいはそれを止めて下さい)」というのは、確かに現代の小学生向けの「神話」かもしれません。
ちなみに、「地球を逆回転させると時間が戻る」は、映画版『スーパーマン』にあった場面です。ですが、スーパーマンはキン肉マンのように、大地に祈ったりしていません。超人的な力のみでなんとかしています。
以下は、簡単に書きます。
主人公は、「光輝くもの」として表現されます。フェイスフラッシュはもちろん、汗で全身が輝くサン・マッスルとか。
邪悪なものが潜み、邪悪なものに力を与えます。
光と関連し、主人公の力を象徴するもの。キン肉マン対プラネット戦の「日本は火山国だ」とか。火事場のクソ力とか。「火事場」は、本来は危機的状況の意味ではありますが、ゆで先生的には「燃えるようなパワー」なんでしょう。(『キン肉マンII世』の火事場のクソ力チャレンジの時は、炎のランタンと考えあわせて、まさにそんな扱い)
占いに関連し、運命の象徴。カーメンとか。
大量の水は、恐怖の存在です。
人が溺れる場所、というのがこの世界で海や川の認識です。
ネプチューンマンも自殺しようとそこに入ります。
サムソンティーチャーも、河で死にかけます。
攻撃的なもの。
海や川や水を使った攻撃をしてきませんから、ネプチューンマンは、イメージ的には「雷神」や「天空神」の方だと思います。
雷神ゼウスや天神様(菅原道真)との関連については、雷神を参照して下さい。
雷を「神の怒り」と考えるのは、西洋でもよくある見方のようです。
アポロンウィンドウうんぬんのくだりは「太陽神が天空と大地のつながりを切り、天に力を与えられた雷神を打ち倒す」という、原始的な神話なのかも。
タッグ編のネプチューンキングやネプチューンマン、キン肉マンと地球の関係を考えると、「天空は父、大地は母、雷は兄、太陽は主人公である息子」という感じの力関係なんでしょう。『神統記』では、太陽神(ヘリオス)を中心にした系図は、「天空(ウラノス)は祖父、大地(ガイア)は祖母、雷(ゼウス)は祖父と祖母を同じくする親戚」で、太陽神(アポロン)を中心にした系図では、「天空は曾祖父、大地は曾祖母、雷は父」です。
それで「雷」は「天から落ちてくるもの」で、「父の息子の力」なんですが、「地磁気は地球の力」という理屈で、「母なる大地の援助を受けた主人公が勝つ」だったのでしょう。
王位編では暇な神々のいる場所です。
キン肉マンの成長を恐れて、抹殺しようとする邪悪の神は、神話や英雄伝説によくあるパターンだと思います。
ギリシア神話のクロノスが、息子に反逆されるのを恐れて、自分の子供達を呑み込んだとか、そういう話です。
ネプチューンキングや完璧超人の件と考えあわせて、「天空(父や祖父)」という発想は確実にあると思います。
地獄であり死者の世界。悪魔超人の住処。先祖もここにいます。天国という概念が作品中に明確に表れてこないので、黄泉の国に近い認識なのかもしれません。古代の神話では、人が死んで行くところは、地下の国です。ギリシア神話では、人は死ねばハデスの治める冥府へ行きます。古代メソポタミアでもそうでした。善人が「天国」や「極楽」へいけると行った話は、キリスト教にしろ、仏教にしろ、かなり後の宗教の教義です。
トーナメント・マウンテンなど、選ばれし者が、頂点に立てます。
あえて整理してみるならば、だいたいこんな感じでは。
『キン肉マン』は、自然と祖先を崇拝する世界です。
日本人としては、常識的な世界観かもしれません。
神道は、自然崇拝の多神教です。
仏教は、日本の民衆にとっては、慰霊や鎮魂のための宗教です。
こういう「読者が同じ様な自然宗教を信じ、祖先崇拝の感覚を持っていないと、話が伝わらない」点が、『キン肉マン』の海外進出を阻んだのでは。
だって、明確な説明がないんですから。
神道の「教義」を説明することは、神主にも難しいことです。
ある国際的な宗教会議のために日本を訪れたキャンベルは、別のアメリカ代表であるニューヨーク洲出身の社会哲学者が神道の司祭にこう言っているのを立ち聞きした--「私たちはたくさんの儀式に参加したし、あなたがたの神殿もずいぶん見せていただいたが、そのイデオロギーがどうもわからない。あなたがたがどういう神学を持っておられるのか、理解できないのです」すると相手の日本人は、考えにふけるかのように長い間を置き、ゆっくりと首を左右に振ってからようやく言った。「イデオロギーなどないと思います。私どもに神学はありません。私たちは踊るのです」
『神話の力』
我々日本人は、ただ祈り、ただ祭る。それで自然や祖先に力が与えてもらえると信じています。
『キン肉マン』は、そういう神学無き社会の「神話」なのです。科学風の理屈も、ギリシア神話の神の名も、古い信仰を新しく見せかけるための衣に過ぎません。
太陽や大地を崇拝するのは、古代文明にはよくあることでした。近代化と敗戦によって、日本人は一度、地縁血縁や村や国家などの共同体と結びついた宗教を失いました。そういう「科学」時代のまんがだから、逆に「太陽」とか「大地」とかいった、原始的な崇拝対象を人格化せずに、「偉大な力の源」としているという面もあるでしょう。
こういう「自然崇拝」が物語に深く関わってくるのは、ゆでたまご作品でもほぼ『キン肉マン』のみで、特に「夢のタッグ編」の特徴です。