支配者が主人公に三つの試練を与え、主人公はその娘を獲得するというパターンを、考察します。『キン肉マンII世』では「主人公が三人の超人を倒すと、敵方の超人が一人貰える」と表現されるパターンです。
神話やメルヒェンによくある、「主人公が誰かに試練を課せられる」というパターン。「難題型」と言われます。「灰で縄をなえ」とか「巨人を倒せ」とか「悪魔の名をあてろ」とかの、何か難しいことを成し遂げることを要求されるのですね。
この難題型のパターンに沿った話が「キン肉マン」には、いくつかあります。「試練」というのはたいがい「魔物(超人)を倒せ」とか「競技会で優勝しろ」とかいったものです。
昔話では「王として認めよう」や「娘をやろう」が、難題を説いた場合のご褒美としてよくあります。お金や宝物というのも、メルヒェンではときどきありますが、『キン肉マン』シリーズではありません。
それから、キン肉マンの世界では、「王位継承」は「優勝」に、「娘をやろう」は「息子をやろう」に置き換わったりします。「友情・努力・勝利」の世界観ですから。
少年漫画なら、「難題型」なのは当然だと思われるかもしれませんが、例えば梶原漫画では「王位継承」も「姫をやろう」もあり得ません。「王座」は得られますが、男や女の仲間がどんどん増えるシステムではありません。ジョーが立派なチャンピオンになったら、試練の与え手である白木葉子と結婚できるといったような話ではないのです。『キン肉マン』のように、王位を継承したあげくに、族長の娘と結婚しているような正統派メルヒェンは、やはり少数派でしょう。
『聖闘士星矢』は、王座すらなく、戦いの勝利と彼女はあまり関係がありません。
『シティハンター』は、男の成長物語ですらなく、女の成長物語です。
『ドラゴンボール』は、王位も王座も重要視されていません。敵が味方になるシステムですが、友情は同じ敵と戦った戦友として生じるパターンが多いです。「試練を与える王」と「賞品になる娘」というパターンは、チチのみです。彼女が主人公の妻なので、鳥山も正統派なのでしょう。
『キン肉マンII世』では、基本的に「難題の与え手」と「和解しうる敵」は、「父」と「息子」の関係だと思って良いです。支配者的な存在が主人公に試練を与え、主人公はその存在の息子か娘にあたる存在を仲間として獲得する、そういうパターンです。
ヘラクレスファクトリー編は「難題の与え手」が「主人公の父親」だという、王位継承パターンの正道です。この場合の「和解しうる敵」は、父の代理人ではなく、父本人です。このシリーズではキッドが「和解しうる敵(獲得する仲間)」なのかもしれません。
次のd.M.p編では、主人公に悪行超人から地球を守れ、という「使命を与える人物」は、ロビンマスクです。最初の予定では、このロビンマスクの息子のケビンと主人公は戦う予定でした。父親というよりは母親のビビンバに試練を与えられる形で、主人公が地球に来た後、ガラスケース入りのミートが万太郎のものとなります。難題の与え手は主人公の親で、ミートはその息子にあたる存在という構図なのでしょう。
次なる難題の与え手はサンシャインで、弟子がチェックです。このシリーズではチェックとの和解は成立しません。この場合の表向きの賞品は特定の女性ではなく、「女性人気」というものです。
二期生編は、委員長が難題の与え手です。しかし、この回では委員長の息子は登場しません。ですから主人公にブロッケンJrが、「スカーを倒してくれ」という難題の解決を依頼する、そしてジェイドと主人公の間に和解が成立する、という構図なのではないでしょうか。このシリーズの表向きの賞品も「不特定多数の女の子(と遊ぶ権利)」です。
THE・リガニー編は、「父と息子」ではなく、「母と娘」の話です。「父親の昔の恋人の養女」ということを考えると、「父の娘」という気もします。主人公が父のように立派な超人レスラーであることを証明して、娘をもらうという構図でしょう。ようやく特定の女の子が賞品になりました。
ノーリスペクト編は、d.M.p編から、間が空きましたが、チェックとの間に和解が成立しています。
ノーリスペクト編では、難題の与え手は、主人公の伯父であるアタルとミートの父親であるミンチです。
試練をクリアして娘を貰う、の順序がずれて、「試練の与え手のミンチが、かつて貰われてきたミートの父親であったことがわかる」という話です。
で、父親が主人公にお仕えするのが、お前の役目だと言い残して死ぬのです。これで、ミートと万太郎および、スグルとの仲が深まるのですね。
また、最後の試合ではキン骨マンがボーンを倒してくれることを、主人公に依頼するという形になっています。この戦いの導入部での「賞品」は、凛子の生写真でした。
オリンピック編では、そのまま「試練の与え手である委員長の娘であるジャクリーン」で、よいでしょう。ジェイドについても、ブロッケンJrが、万太郎になら安心して任せられるという感じの発言をしています。次のシリーズを見るとむしろ、万太郎がケビンに獲得されています。ロビンマスクもキン肉マンも、父としてこの場にいました。この戦いの導入部での「賞品」は、凛子やマリなどの女性からの尊敬の念でした。
悪魔の種子編では、ケビンとの和解が成立、ミートの奪還が成功、試練の与え手である悪魔将軍の部下であるアシュラマンとの間に和解が成立する、ということでしょう。敗北直後のアシュラマンがミートを助ける話は、V jump版d.M.p編の敗北直後のチェックがミートを助ける話と同じパターンです。
倫敦の若大将編は、「試練の与え手である銀行家の娘であるアリサ」というそのまんまなパターンです。試練の与え手というより依頼主ですが、難題を解決して娘を貰う、には違いありません。
V jump版d.M.p編は、サンシャインの用意した試練を乗り越えると人質になったミートを返してくれるというのが、主人公との元々の約束でした。ですが、おまけでチェックもつけてくれます。
V jump版二期生編では、ブロッケンJrが登場しません。なので、ジェイドは悪人に洗脳された正義感の強い少年です。悪人達は、主人公に三人の敵を倒せといいます。最後はジェイドの洗脳が解けて、めでたしめでたしになります。
通常のメルヒェンのパターンでは「主人公が結婚に反対する父親の試練を乗り越えて、娘を獲得する」なのですが、青年誌に連載される少年漫画である本作では、「主人公が父親の試練を乗り越えて、その息子を獲得する」というのが基本パターンのようです。女の子にモテようとがんばって、男友達ばかりが増えていく話ともいえましょう。
表にしてみましょう。
シリーズ名 | 試練の与え手(依頼人) | 獲得する相手(援助者) |
ヘラクレスファクトリー編 | キン肉スグル | ミート |
d.M.p編 | ロビンマスク | ケビン(注1) |
d.M.p編(ナイトメアズ) | サンシャイン | チェック(注2) |
二期生編 | ブロッケンJr | ジェイド |
THE・リガニー編 | マリ | 凛子 |
ノーリスペクト編 | ミンチ | ミート |
オリンピック編 | 委員長 | ジャクリーン |
悪魔の種子編 | 悪魔将軍 | アシュラマン(注3) |
倫敦の若大将編 | マッキントッシュ | アリサ |
V jump版d.M.p編 | サンシャイン | チェック |
V jump版二期生編 | 屍魔王・麒麟男 | ジェイド |
注1 この時点では「敵であることをやめてくれるだけ」ですが、二期生編で援助者として登場します。
注2 この時点では「敵として倒されただけ」ですが、ノーリスペクト編で援助者として登場します。
注3 この時点では「敵として倒されたが、ミートを取り返すのを手伝ってくれたというだけ」です。
このパターンのメルヒェンや神話の基本は、「試練を突破した主人公を、一人前の男として認めてくれた、花嫁の父が娘をくれる」でしょう。ロビンとアリサがその典型です。ロビンマスク考にこの二人の関係についての考察があります。
それから、初代「キン肉マン」から、ビビンバの例をあげましょう。
ビビンバの登場するエピソードは数多いのですが、今回は「ビビンバのムコの巻」について考えます。この話は「結婚に反対する娘の父親の課した、3つ+1つの試練を乗り越えて、主人公が娘を獲得する」という伝統的なメルヒェンのパロディです。
これはビビンバが仇であるキン肉マンに惚れてしまったため、ビビンバの父親がビビンバを他の男と結婚させようと企む話です。この話で主人公のライバルとして登場するのは、シシカバ・ブーです。彼に、ビビンバの父親は「キン肉マンを倒したら、ビビンバと結婚させてやろう」といいます。そしてキン肉マンとシシカバ・ブーは、「空中レース・牛丼の早食い・スリルタワー」の三種の勝負をします。その後格闘勝負になり、キン肉マンが殺されそうになってビビンバが泣きながらキン肉マンをかばい、愛の告白をします。ビビンバがキン肉マンを愛していることを知った、シシカバ・ブーはビビンバがキン肉マンについて地球にいくことを応援します。
通常ならば、主人公であるキン肉マンがシシカバ・ブーとの勝負に勝って、ビビンバの父親に結婚を認めて貰う話にまとまるのでしょうが、ロマンティックなギャグ漫画である本作では、主人公が負けます。そして主人公はビビンバの助けによって、止めを刺されずにすみます。また、勝ったシシカバ・ブーの方から見ると「魔物(ライバル)を倒して、父親から娘を貰う」パターンになるはずだったのが、娘の意思は父親の意思とは違ったという、こちらもひねりのきいたオチになる話です。キン肉マンが負けるこの話では、ビビンバの父親はキン肉マンを認めてはくれないのですが、ライバルがビビンバの恋心を認めて、二人を祝福してくれます。
これがこの時期(文庫版で4巻)にパロディとして描かれているという事は、ゆで先生の脳内には、かなり初期から「3つの試練と花嫁とその父」のパターンが存在したと見ていいと思います。
例として「天女の羽衣」としても知られている、「天人女房」の話を紹介しましょう。
昔、ある男があるいていると美女が集まって、水浴びをしている現場に出くわした。物陰から見ていた男は、その着物を一枚隠してしまった。羽衣が見つからず、天に帰れなくなった娘は、そのまま男の妻になった。
数年が経ち、隠されていた羽衣を見つけた妻は、子供を抱えて、天に昇ろうとした。
その時に帰ってきた夫は、妻を呼び止めた。だが妻は自分は天の七夕だ、自分に会いたければ、草履を1000足作って昇ってこいと言い残し、天に帰ってしまった。
男は草履を999足作って天に昇ろうとしたがたが、一足足りなかったので天の国に届かなかった。しかし元妻が近くまで来た元夫に気がつき、男を引き上げた。
しかし、天女の父親は下界から来たこの夫を快く思わず、三つの難題を出した。
夫は妻の援助で二つの試練を乗り越えたが、最後の試練の時に妻の言いつけに背いて、失敗する。
そして、二人は年に一度しか会えない夫婦となった。
参考『日本昔話100選』
日本の伝統、七夕祭りにも実はこういう伝説があったのです。もちろん、七夕伝説には色々あって、これはそのひとつです。
宇宙人のビビンバもある意味天女なわけです。『キン肉マン』って古典的ですね。
おそらく「花嫁の父親の試練の話」の神話やメルヒェンでの典型的なパターンは、こうです。
起 妻を求める主人公が、父親的な存在である男に、試練を与えられる。
承 試練の数はたいがい3つか、おまけがついて4つである。
転 主人公が試練を突破するのを、試練の与え手の娘が援助してくれる。
結 主人公はその娘を連れて、元の世界に帰ってくる。
出来事の順番が前後することも多いですが、ビビンバやチェックやその他多くの「主人公が試練を乗り越える際に獲得された、援助者となる男女の友人」の物語は、このパターンに沿っています。結にあたる4番目の「元の世界に帰ってくる」のは、「オリンピックなどの祭りが終わり、日常が戻ってくる」である場合もあります。
ウラジミール・プロップは『昔話の形態学』の中で、「魔法昔話には、7人の登場人物がいる」と書きました。これは7タイプの役割が存在するということです。
(4)王女(探し求められる人物)とその父の行動領域。これは、難題を課すこと・標をつけること・(ニセ主人公の)正体を暴露すること・(主人公を)発見・認知すること・第二の加害者の処刑をおこなうこと・(主人公と)結婚すること、を含みます。
王女とその父とを、機能をもとに厳密に弁別することは、不可能です。それでも、父親には、(娘の)婿への敵対的な態度に由来する行為として、難題を課すことが割り振られる場合が、もっとも多い。他方、ニセ主人公を罰するなり、罰せよと命ずるなりする場合も、すくなくありません。
メルヒェンでは、王か王女が難題を課すという話は多く、その難題が怪物か王女に勝つことであるというタイプの話も多く、その賞品が王女自身であるという場合もまた、多いのです。英雄は、娘が魔物に狙われて困っている父親から「魔物に勝ったら、娘さんはいただきます」という約束をとりつけ、魔物を倒し、姫を貰って去っていきます。そしてまた英雄は、娘を他の男の手に渡したがらない父親の試練を乗り越え、自分を好いた娘と駆け落ちします。
女だけでなく、男も勝てば自分のものだ! という力任せな物語展開が、きっとゆで先生の浪漫なのでしょう。