『グルマンくん』感想

ゆでたまご先生の作品『グルマンくん』の感想です。今回は話の展開とかではなく、「味覚」の問題を中心に考えてみたいです。

簡単な内容紹介

この文章を読んでいる人の中に『グルマンくん』の読者がどれだけ居るのか、不安ですので、簡単な内容紹介をします。

金持ちで料理の天才で小学生の主人公が、料理に関する豆知識を披露したり、料理で困っている人を助けたり、他の料理人との料理勝負に勝ったりする漫画です。以上。

更に詳しい内容は、グルマンくん大紹介というサイトにあります。実物が読みたい方は、国会図書館で借りるか、古書店から買うかして下さい。

演出は少年漫画的と言うより、バラエティ番組的です。「わたしの記憶がたしかなら」という、バラエティ番組の司会者のような人が登場したり、テレビカメラの前で、闘ったりしていました。高級はキライなのですが、贅沢はステキだという料理観です。たしかにバラエティ番組には、こういうノリがあって「一流の料理人の手による、最高級ラーメン」とかいう料理が紹介されます。『グルマンくん』にも「超高級インスタントラーメン」みたいな料理が登場しました。

単なる庶民派やB級グルメではないと思います。「貧乏」や「家庭」や「工業製品」への、思い入れがあまりありません。

『おぼっちゃまくん』を意識したと思われるノリがありますが、あまり成功しているとは思えません。『おぼっちゃまくん』の小林よしのり先生は、良くも悪しくも「社会を敵に回すことを恐れない」作家で、「少数派の権利のための闘争」ができる人なのです。社会風刺としてのギャグは、闘争したり冷笑したりする作家のものです。ですが、ゆでたまご先生は「世間が味方してくれないと闘えない」作家です。『キン肉マン二世』の観客は、そういう作家の目から見た「世間」でしょう。作風としての、流行りものを追っかける傾向も、これと関連すると思います。ですから、ゆでたまご先生の「悪趣味」は、小林先生のように明確な目標のある攻撃ではありません。それは己の欲望に従う、幼児的な「悪趣味」です。

どんな食べ物が出てくるのか

たこ焼きとか、お好み焼きとか、太巻きとか、ステーキご飯とか、ハンバーガーとか、インスタントラーメンとか、焼き肉です。

原材料としては、肉と米が中心です。それに小麦、塩。他には、唐辛子。

たまごも多いですね。ゆでたまご先生本人が、ペンネームの由来についてどうこうおっしゃっていましたが、素直にたまご料理好きなんだなあ、と受け取っていいんじゃないかってくらい、よく出てきます。

魚料理は、ありません。寿司がちょっと出てきましたが。

お菓子類は原則的に出てきませんが、例外としてりんご飴が出てきます。『キン肉マンII世』にも出てきましたが、何か思い出でもあるんでしょうか。

脂肪と蛋白質と、でんぷんが多めの食事です。

ビタミンという言葉は、ゆでたまご先生の辞書にはないようです。

オリジナルレシピについて

ゆでたまご先生オリジナル料理のレシピがついていたので、作って食べてみました。

フワフワ卵ラーメン

材料

サッポロ一番塩ラーメン…1袋
卵…1個
あさつき…少々
バター…少々

あさつきは香草ですが、たぶん、ただの飾りです。バターを入れるのは、典型的なサッポロラーメンにはバターが入っているからでしょう。そして、サッポロ一番塩ラーメンの粉末スープには、油脂が入っていないので、それを補ってうま味を出そうというのでしょう。

だいたいの作り方は、少し固めにゆであがったところで、ラーメンだけを器に移し、残ったお湯にスープの素を入れて、フワフワの溶き卵を作って、スープとともにラーメンの上からかけ、あさつきとバターをのせるというものです。正確な作り方は、『グルマンくん (3)』を参照して下さい。

味は、美味しいです。チキンラーメンの広告のように、インスタントラーメンの上に割った生卵をかけて、お湯を注ぐ方式だと、麺と卵が一体化して、なんともいえない触感になったり、一部生だったりするのですが、そういうことがありません。

味噌チーズ雑炊

材料

米…1カップ
ニンニク…1/2カケ
玉ネギ…中1/2個
あさつき…適量
とろけるチーズ…たっぷり
牛乳…2カップ
お湯…1カップ
味噌…大さじ1
白ワイン…大さじ1
コンソメスープの素…大さじ1/2
オリーブオイル…大さじ3
塩・コショー…各少々

これは作中に登場した料理ですね。

だいたいの作り方を書くと、といだお米を炒め、スープと牛乳をくわえて、かき混ぜながら煮るといった感じです。焚いたお米を使うわけではなく、生米から始めるので、何十分もなべにつきっきりです。

味は、普通に美味しかった。ドリアみたいです。

「オリーブオイル、コンソメ、白ワイン、ニンニク」等が原材料に入っているので、味噌を抜いて、あさつきをバジルにしたら、普通にイタリア風の味でしょう。味噌は、酸味を添えるという感じでしょうか。味噌には、塩味やアミノ酸のうま味もあります。エビとか鳥肉とかはいっていれば、豪華な感じが出たかもしれません。

どちらにしろ、塩分は多め。甘さは牛乳と煮込んだ米の甘みのみです。大さじ三杯という、オリーブオイルの量は多すぎる気がしました。

感想

両方とも手間がかかります。卵ラーメンは、卵をふわふわさせるために、雑炊は、米に味を染み込ませるために。

個人的に男の料理というと、様々な材料を荒く切って、時間をかけずにざっと調理するという印象があるのですが(それはむしろ働く主婦ですか?)、その逆で、かなり丁寧な印象があります。レシピの原文にも「ていねいに」とか「根気よく」とかいう指示があります。インスタントラーメンを繊細に仕上げた料理に、どれほどの人が価値を見出すのかは、疑問ですが。

おそらく、元は市販の料理本を参考にしているのでしょうが、分量その他は本当に「ゆでたまご先生のオリジナル」なのだと思います。
ということは、ゆでたまご先生の好みに合わせて調整されているのでしょう。

で、ゆでたまご先生の「好み」についてですが、単に「味覚」というより、「食感」の好みも大きい気がします。
卵ラーメンにしろ、味噌雑炊にしろ、その特徴は舌触りです。
たぶん、あたたかくて、やわらかいものがお好きなんでしょう。

肉と米の博覧会

この漫画の主張は、つまるところ「濃い味付けの肉と穀物は最高。それを食うなという奴や、他のものも食えという奴は敵」ということでしょう。

子供にも、好きなものを好きなだけ食べたいという、欲望はあります。

しかし、現代日本の男子小学生は「どうしてお母さんは、お小遣いを少ししかくれないんだ。たくさんあれば、吉野屋にも串カツ屋にも入れるし、たこ焼きやマックバーガーだって食べ放題なのに!」とかいう不満を抱いているのでしょうか? たぶん、違います。そういう小学生ばっかりだったら、この漫画も、もっと人気が出たかもしれませんね。

子供にとって「禁断の食べ物」はむしろアイスやチョコレート等などの、お菓子類ではないでしょうか。

せめて「甘いもの」が、ゆでたまご先生の「好きな食べ物」の範囲に入っていれば、もっと子供に人気が出たと思います。小学生だったら、男子でもおもちゃのようなお菓子が好きなものです。きのこの山、とか。チョコエッグはチョコを食べない大人の男性に人気が出ましたが、最初のねらい所は「お菓子の中からおもちゃが出てくるという、子供向けのロマン」でしょう。

食べ物で何かを作るような話は、子供向けの童話にも多くあります。
古いものでは、「ヘンゼルとグレーテル」<KHM 15>のお菓子の家があります。「その小さな家はパンでこしらえてあって、屋根は卵やきのお菓子、窓は白砂糖でできていました」『完訳 グリム童話集〈1〉』 より。現代に近い話では、『チョコレート工場の秘密』とか。(「チャーリーとチョコレート工場」の原作)

また、お菓子で建物や人物や動植物を作るのは、漫画や童話に限らず、現実にもよくあります。
お菓子の博覧会(この中の「お菓子の芸術」の項をごらんください。)
そういう点では、「グルマンくん」の食品で恐竜を作りました、というのもおかしくはありません。問題は材料です。
これが肉と芋と米でできたものではなく、チョコレートやキャンデイによる造形だったならば、多くの人が違和感無く読めたでしょう。

ただ、ゆで先生の考えでは、お菓子は「女子の好み」ということになるのでしょう。作中でも女子が「お菓子で作ったおせち」なんてのを作っていました。

食において男らしさを追求するということは、肉ばかり食うということなのかもしれません。いっそ、自分で銃を持って、あるいは素手で、タヌキやクマをしとめてそれを食うという、狩猟民族的男らしさに満ちあふれた話にすればよかったのでは。自分で屠殺しないで肉ばかり食うのは、都会の金持ちの男らしさですよね。このまんがの主人公にふさわしいといえば、ふさわしいです。

もっとも、この漫画では、野菜や果物を公然と批判することはしてません。
サラダを批判したところで、敵を作る上に、理論では負けます。医学は現代最強の理論体系の一つです。
そこは賢いのですが、真の「敵」の姿の見えない漫画になったと思います。
そして、ネタ切れもおきやすい。

野菜が嫌いという事自体は、不思議なことではありません。哺乳類の肉が、人にとって毒であることはまずありません(病原体の話は別)。しかし、野草の葉が毒であることはよくあることです。動けない彼らの動物に対する抵抗です。そして、それに対応して、人の舌は毒(時に薬)の可能性がある、植物に含まれるアルカロイドを「苦い」と感じるように、進化しています。コーヒーが苦い理由のひとつは、カフェインが毒だからです。(カフェインの致死量などについては「カフェイン(caffeine) 」を。)

もし、はっきりと「肉と米」対「野菜と果物」という、対立構図を出したら、どういう漫画になったんでしょう?

「健康のため」とかいって、母親に生臭いワカメサラダを食わされるのがイヤだ。といつも夕食を残す小学生。その子供をわがままだと叱る母親。
そこへ現れる料理人の主人公。
台所に立って、「このワカメは外国産で、鮮度がよくない」と高級国産ワカメを取り出します。さらに長くふやかさないとか、使う水は浄水器をとおしたものでとか、細かく指導する。
ドレッシングには、香があるものを用いて臭いを消す。
トッピングには、ハムやマカロニなど子供の喜びそうなものを用いる。

なんか『美味しんぼ』か、どっかにありそうです。

こういう「野菜や果物を食うのは義務派」の、「思いやりがない」点を突いて、相手に改善を迫り、妥協点を見出す話とかならば、抑圧されてる小学生も納得して読んでくれたかもしれません。

なんで正面から闘争しなかったかというと、妥協や和解するのがいやだったのかもしれません。でも、やはりゆでたまご先生は、そういう権利闘争に向かないのでしょう。

この偏食漫画を評価しなかった小学生は、健全だと思います。

しかし、偏食はいけないっていう理屈は、ゆでたまご先生もわかっています。

最終話は、「タマネギとパンしか食べない偏食少年に、主人公が牛肉ハンバーグを食べさせることに成功する話」です。

でも、これは話が逆で、「米と肉しか食べない小学生に、野菜を食べさせる」話の方が良かったと思います。
もし、そういう話だったら、口先だけかもしれなくても、ゆでたまご先生自身の成長にわたしは感動したでしょう。
それとこの少年(やせ夫)の偏食は単なるわがままではなく、アスペルガー症候群の可能性があると思います。

アスペルガー症候群に関しては、ウォーズマン考で軽く書きました。ですが、偏食の問題については書かなかったので、アスペルガー症候群の発見者のアスペルガー先生の文章を引用しましょう。

味覚には、極めて強固な好き嫌いがほとんど例外なくあります。この現象の多発が、この類型の一体性を重ねて証明しています。非常にすっぱい酢づけとか、香辛料を強く効かせた焼肉料理のような食品を好むことがよくあります。野菜や乳製品を手に負えないほど嫌うことも目立ちます。
自閉症とアスペルガー症候群

やせ夫少年の場合、偏食は一症状で、他にも「友人がいなさそう」とか「何かのマニア」といった特徴が明確です。小児科医か精神科医に相談してから、料理人に相談するべきなんじゃないでしょうか。それに、料理人より栄養士でしょう。この漫画の料理人はそろいもそろって、栄養学に詳しくなさそうですから、その点では頼りになりません。

逆にいえば「偏食でオタクで、孤独」というのは、発達障害のガイドブックに書かれる位、典型的な人物造形です。そういう所は、さすがといえましょう。

なにはともあれ、やせ夫少年の食べられる食物の範囲が広がったのは、文句無しによいことです。ですから、これは立派なハッピーエンドかもしれません。

アスペルガー症候群だったと言われるアンディ・ウォーホルは、こう言いました。「たぶん、僕は二十年間、毎日同じランチを食べているよ。同じものを何度も何度も食べるんだ」『アスペルガーの偉人たち』より。彼が食べ続けたもの、それが、彼の代表作になったキャンベルスープです。

うん、芸術。

まあ、もし、『キン肉マン二世』の連載が終了した時は、ゆでたまご先生には、今度こそ、偏食を芸術の域にまで高めた漫画でも、描いていただきたいものです。


初出2007.10.22 改訂2007.10.22

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