失われたヴィーナス その2 |
「この人も柳瀬さんと同じように販売員をされているのですよ。 このスタイルの良さをかわれてアダルトビデオの女優を何度かされたことがあるそうです。山下洋子君 私の専属モデルの一人です。 と言っても今回がまだ3回目なんだがね。」 「山下と申します。」 山下洋子は アトリエの隅に置かれたダークブラウンの応接椅子に座った女性に笑みを浮かべ 会釈をした。 久美子も反射的に腰を浮かせ会釈を返した。 「ああ この人は柳瀬久美子さん 先日の銀座の個展でモデルを希望されてきた方なんですよ。」 「はじめまして 柳瀬です よろしくお願いします。」 「どうだね 洋子君 彼女も良い身体してるだろ! テニスでシェイプしたんだよね なんだかシャラポアを少しスレンダーにした感じかなあ・・・」 碇はそう言いながら久美子をみて微笑んだ。 「今日はね、洋子君を高手小手に縛って逆さ吊りにして型を取るんだよ。でも実際に縄を使って縛るわけではない。私が発明した特殊な型とりの液は、ひとつひとつのポージングパターンをパソコンを介して形状記憶のプログラミングをする。身体のすべての曲面に密着した液は、硬化と同時に、プログラミングした形状に変化する。それだけでも、金属様の質感といい あたかも完成したブロンズ像と言える。しかも、補正下着のように身体を美しく締め上げるから、より芸術性がj表現されるのだよ。」 久美子の瞳が輝きを増す。 「実はね・・・今日は さらに新しいプログラミングを開発したので、その初仕事をやる。」 「それだけでも凄いのに・・・新しいプログラミングって何ですか?」 「私も歳のせいで腕力が落ちてきてね、これがあると仕事が少しは楽になる・・・液が硬化して金属感のある膜になると、私が直接手を触れなくても、理想的なラインで膜が勝手に割れてくれるんだ。硬化が停止して2分以内にね。・・・いかがかな?」 「ホントですか?」 「マネキンを使ったテストでは、これはもう 完璧だよ。」 「碇先生 今日はぜひ私にもその液を使ってください。」 「ゴホゴホゴホゴホ ケホッ・・・失礼、残念ながら柳瀬さんは 今日は山下君の作業の結果だけをお観せします。」 「ええ!! なぜですか!?」 「失礼だが、私の企業秘密を貴方に施してよいのかどうか 未だ思案しているのです。」 「先生! わ 私は そんな!・・・」 「それでは、ここで暫く待っていて下さいね。」 碇と山下洋子は アトリエにある2つの扉を開けると奥へ入って行った。 ・・・先生は私を誤解してる・・・今日は叔父のお見舞いだと嘘を言って休んでるのに・・・愚図愚図してたらいつになるかわからないわ! どうしよう・・・ カチャ と 唐突にドアが開いた。 中から入ったばかりの2人が出てきた。 「ちょっと忘れ物をしました・・・10分ほどで帰ってまいります」 2人は久美子を残して出て行った。 久美子は右のドアを開け、作業場に入ってみた。 白くペイントされた薬品棚に、無造作に置かれたペットボトル型の容器のひとつを手に取った。ラペルに JSHG の文字が書かれてある。 他の容器にも久美子にとっては意味不明の文字が記されていた。 今度はさっきから気になっていた左側のドアを開けてみた。 ドアを開けると下に続く階段があり、点灯して降りていくとカーテンが引かれ、めくると30畳ほどの広さの部屋があって、さらに5つほどに空間を分けるように黒いカーテンがひかれ、そこに20体以上の作品が各々の空間に無造作に置かれていた。 それらは、かつて個展に出した作品もあれば、あまりにもエロチック過ぎて出展をひかえてしまった作品群であった。 久美子には、これらの作品群がどのような基準で5つに分けてあるのか見当がつかなかった。 ・・・そうだわ! 先生がいない間に、あの溶液を1瓶頂戴しよう。 帰宅を装って、この部屋でこっそり自分で型をとればいいんだわ・・・もし誰か入ってきても私自身がブロンズ像になっていれば、だれも私がこの部屋にいるって気がつかない。絶対わからない隠れん坊みたいに・・・ 久美子はあたふたと階段を駆け上がり、右のドアを開け、作業場に入った。 さきほど手に取った容器をひったくると小脇に抱えて作業場を出て、携帯に緊急の連絡が入ったので帰宅する旨をメモするとその紙を応接テーブルの上に置き、再び地下室に降りて身を隠した。 |