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 おばけ屋敷でGO!!   書いた人:北神的離

第7話 − 滴り〜フェリア〜 −

「ぜー、ぜー、ぜー…………」

 フェリアは汗だくで床に倒れていた。
 地面の冷たさが彼女の上気しまくった体温を奪ってくれている。

 心地よい。

「こ、ここ、殺す気かぁ〜〜〜」

 フェリアは疲れ切った声で、もはや生きてはいないであろうこの館の管理人に恨み言を吐く。
 通路を歩いていたら不意に「かちり」という音と共に、無数の槍が上下左右を問わず、彼女に襲いかかってきたのだ。
 どれだけの数だったか、3桁を越えた辺りで彼女は数えるのを止めてしまっていた。
 どのくらい経っただろうか、ようやく仕掛けてあった槍のストックが尽きたのか、異常な程の攻撃が止み、憔悴し切った彼女は糸が切れたかのようにその場にぱたりと倒れこんだ次第であった。
 
「……」

 フェリアは傍らに転がっている槍の一本を掴み、刃先を抓み、引っ張ってみる。

 ぐにぃ〜〜〜〜〜〜〜

 異様な弾力。

「……ちくしょう」

 槍の刃先はゴムで作られていた。
 以外と重量があり、当たればそれなりに痛いが、殺傷力は皆無、というか痣にもならないだろう。

 考えてみれば当然だ、ここは『お化け屋敷』である。
 実際に人死にが出るようなトラップなど誰が仕掛けるものか。

「あう〜〜」

 フェリアの顔にどっと疲れの色が浮かぶ。
 余計な事で体力を消耗させてしまった。
 武器としてこの槍が使えないか?とも思ったが、柄の部分を掴むと一瞬で諦めた。
 真っ直ぐに飛ばすよう、重心をゴム製の鏃の部分にかけさせるため、柄の部分は紙で作られていたのだ。
 これではさほど力を入れずに一振りしただけでも折れてしまうだろう。
 フェリアは落胆のため息をつきつつ、呟く。

「考えてみりゃそうよね、お化け屋敷で怪我をするわけ無いし、危険なのは屍と骸骨と…」

 そこまで考え、少し違和感に囚われたフェリアだったが、その正体には結局気づかなかった。



 おばけ屋敷でGO!!   第7話 − 滴り〜フェリア〜 −



「う〜〜、喉が乾いたぁ……」

 螺旋階段を上りながらフェリアは呟く。
 誰もいないのに、ぶちぶちと恨み言を口にし続けるのは彼女の癖だ。
 『罠の通路』の先に鍵のある小部屋はあった。
 今フェリアの手にしている、つやの無い黒い鍵、恐らくこれと最上階にある鍵とでこの屋敷を脱出する為のモノを手に入れる事が出来る筈だ。

 小部屋の奥に、上に上る階段を見つけ、それを上っている真っ最中である。
 ここを使おうか、それとも引き返そうかと考え、一瞬で決断した。

 真っ直ぐ進もう……

 戻ってあの奇妙な骸骨どもを目にするのは死んでも御免だ。
 奇妙な…そんな風にしたのは紛れも無くフェリア自身だったが…奴等のフォルムを思い出し、フェリアはプルプルと身を震わせた。

「そ、それにしても喉が乾いたわよぅ…」

 やな記憶を無理矢理追い出そうと、フェリアはもう一度口に出す。
 なにしろこの屋敷に足を踏み入れてから数時間、動き回る機会は多かったが一滴の水すら口にしていない。
 喉がひりひりと焼けつく感覚…

「ああっ、早くこんなトコさっさと出て家に帰っておいし〜〜〜〜いジュースをガブガブとお腹いっぱい飲みた〜〜〜〜いッ!!」

 可愛らしい声が螺旋状の空間に響く。

『姉様ぁ、寝る前にジュースなんか飲んだらまたおねしょしちゃいますよ?姉様の部屋、いっつもおねしょしたシーツが掛かっていて、既に観光名所になっているの知らないんですか?私の学校でも良くおねしょしたシーツの事が噂話になっていて、12歳にもなっておねしょの治らない姉様なんて恥ずかしいったらありゃしない、思わず他人の振りしちゃいましたよ』

「うっ、うるさいっ!何度も『おねしょ』って連呼するなぁ!!」

 頭の中に響いた自分の作り出した幻聴に対し、律儀に抗議の声をあげるフェリア。
 当然ながら妹はこの場にはいない。

(そういや大丈夫かな…アイツ……)

 ふっとフェリアは心配になった。
 恐らく最上階に向かっているであろう妹の身を案じてである。
 彼女は自分の妹とは思えないほど精神的に軟弱な所がある…というのがフェリアの妹に対する印象だ。
 もっとも軟弱というよりは繊細という表現が適切で、年相応の少女らしい可愛らしさでもあり、この姉の精神の方が図太すぎるというのが実際の所ではあるが……

 ぷるるっ

 フェリアは軽く身を震わせる。
 自分の口にした『おねしょ』という単語から何かを連想し、忘れていた…忘れようとしていたのかもしれないが…感覚を思い出す。

 そういえばこの館に入ってから一滴も水分を取っていなければ、一滴も排出をしていない事にもフェリアは気づく。
 正確には先程数滴チビった筈であったが都合の良いフェリアの脳細胞は都合の悪い事を既に忘れている。

「ううぅ〜〜〜」

 辺りをきょろきょろと見回すが、当然ながら階段の途中に都合良く女子用トイレなど設置されてある筈がない。
 フェリアは太腿をもじもじさせつつ目を閉じて、これまでの道順をトレースする。
 地下道はもとより、屍に追われて逃げ回っていた時の通路の間取りすら正確に思い浮かぶ。
 なかなかの洞察力と記憶力だ、都合の悪い事はコンマ2桁で忘れるが。
 しかしこれまで通ったどの個所にも自分の欲求を解消できる場所は見当たらなかった。

「はうぅ〜〜〜」

 唇を軽く噛み、何かを求める幼児のような視線を誰へとでもなく向ける。
 一度意識した欲求は急速にその濃度を高めているようだ。

「いっその事、ここで……」

 言いながらスカートの中に手を入れ、しゃがみ込んだ所でぴたと動きを止める。
 彼女の脳裏に最悪の事態を予測したヴィジョンが浮かぶ…


『姉様ぁ〜〜、早く降りましょうよぉ〜〜♪』

『い、いや、この下はあたしがもう隅から隅まで探索したし…』

『でもあと調べていない所はここだけですよぉ?ひょっとしたら隠し通路とかあるかもしれないし』

『で、でもほら、この下には凶悪なドラゴンがダース単位で…』

『それはさっき姉様がちぎっては投げちぎっては投げて全部倒したって自慢していたじゃないですか、さぁ、早く早く…』

『で、でもでも…ってファナ、あんた姉の許可無く勝手に降りるなぁ!!』

『あ〜れぇ〜〜、この水溜りは何ですかぁ〜〜?』

『………さぁ?』

『この色、この湯気、この匂い、まさか…』

『はうぅ〜〜っ』

『姉様、相変わらず恥じらいってものが欠けていますねぇ、私はちゃんとトイレで済ませたってのに、これじゃ男っ気が無いのも当然ですね、縁談が決まるのはいつになるやら…』


「うっ、うるさいっ!あたしだってそのうちボインボインになって男共なんかいくらでもッ!!!」

 やや論点のずれた反論を叫びつつ、フェリアは正気に戻る。

「…やめとこ」

 きっと何処かに欲求を解消できる空間が設置されている筈だ。
 しばらく躊躇した後、名残惜しそうにパンツを上げると、フェリアは再び階段を上り始めた。


「うううぅ〜〜〜」

 呻き声を上げながらフェリアは通路をひた歩く。
 体内からの欲求はかなり切羽詰ってきている。
 一刻も早く欲求を解消しなければ…
 思いながら左手で股間をスカートの上からぎゅっと握りつつ、顔を右へ、左へと動かす。
 注目しているのは部屋の扉だけ、
 恐らくトイレならば扉に特徴があるはずだ。
 扉の装飾、あるいは周囲の扉との間隔でその部屋の広さを推測できる。
 怪しいと思われる部屋だけを調べれば良い……
 屍に襲われるかも知れないという心配は、彼女の頭からは抜け落ちている。
 大丈夫だ。
 自分ならば例え奴等が扉を挟んだ向こう側にいようとも、その存在を察知できる。
 何故なら…
 そこまで考えたあたり…T字路になっている部分に差し掛かった所で右側から伸びる手を目視した。


「う…嘘ッ!」

 紙一重で攻撃をかわし、尻餅をつくフェリア。
 すかさず次の攻撃…腕を振り下ろす屍。
 一流の剣士の斬撃等に比べればやや見劣りする早さだが、それがどれだけの威力を秘めているかは知っている。
 奴等の攻撃…それも一撃で大人の男の頭部がトマトのように潰れるのをつい先程目にしたばかりなのだ。
 恐らく奴の腕が自分に触れればその部分は根こそぎ抉られるだろう。
 奴の爪は自分の柔肌などたやすく切り裂かれるだろう。
 奴の牙が自分の首筋に突き刺されば自分も奴等の眷属に…

 それは違う怪物だったか。

 フェリアの顔に怯えの色が浮かぶ。
 それは屍の攻撃の恐怖だけではない。
 ここまで容易く接近されてしまった事に対してである。
 この館に入ってから感じていた違和感…
 自分の感覚の欠如…
 すっかり忘れてしまっていた。

 確か身体に必要な栄養素が不足するとこんな症状が出るんだっけか…

「ああっ、これからは好き嫌い言いません!野菜もちゃんと食べますから、神様、あたしを助けてぇッ!!!」

 言いながらフェリアは右手の力だけで後方に飛び退き、次のステップで方向転換をし、屍の来た方向とは逆に逃げ出す。
 左手は股間を押さえたままだ。
 窮地に陥っても欲求に負けるのは恥ずかしいらしい。


 どれだけ走っただろうか…
 屍の姿が見えなくなるまで走り、それでもすぐ近くに奴がいるような感じがして、不安になり、また走る。
 両の足が疲労を訴え、ようやくフェリアは壁に背を付け、荒い息を吐いた。

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 何処をどの様に走ったかなど記憶にない。
 自分の心に余裕が無くなってしまっている。
 酷く臆病になってしている自分に気づき、フェリアは俯く。

「よりによってこんな時に…」

 膝がガクガクと笑っている。
 全身が疲労を訴え続ける。
 少々酷使し過ぎたようだ。
 体のペース配分を遥かに越えた走りをしてしまった為だ。
 いつもの自分らしくない。
 感覚がひとつ効かなくなっただけで人はここまで不安になるのだろうか?

 こつ、こつ、こつ……

 びくぅ

 遠くから足音が響く。

 こつ、こつ、こつ………

 少しづつ大きくなってきている。
 逃げなきゃ…

 こつ、こつ、こつ…………

 動かない、どうして!?
 疲労が過ぎたのか、それとも恐怖の為?

 こつ、こつ、こつ……………

 無意識に顔を覆う。
 見たくないからだ。
 そんな事をしてもどうにもならない事は良く判っている。
 でも…

 こつ

 足音が自分の目の前で止まる。

 恐怖…
 数瞬後に訪れるであろう死の恐怖…
 死した後に肉を貪られ、変わり果てた姿になってしまう事の恐怖…
 自分がいなくなってしまう事の恐怖…


 恐い、怖い、こわい、コワイ、こわ……



 ぴちゃん、ぴちゃちゃちゃ……



 自分の足元で何かが零れだす音がした。




続く

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