カヲリは、呼び出されるままに玲子の部屋に来ていた。
本来なら座り心地のいいはずのフカフカのソファだが、妙に居心地の悪さを感じる。
何か落ちつかないのだ。
座りなおして見たが、変わるものではなかった。上目遣いに室内を見まわす。
都心でも一等地にあるこの瀟洒なマンションは、部屋の中の作りもやはり普通とは違うようだ。
玲子がいくらするかもわからないマンションに住めるのは父親が資産家だからだと聞いたことがある。
日本分裂の大恐慌をしのいだとは、それはそれで大した人物なのかもしれない。
今、テーブルをはさんで玲子と向かい合って座っている。
こちらを見つめながらも黙って紅茶を飲んでいるのが、かえって不気味だ。
端正に引き締まった顎は微動だにしない。
いったい今日は何をたくらんでいるのだろう?
カヲリは不安げに自分も出された紅茶をすする。
忘れたころに玲子もカップに唇を寄せる。
その滑らかな喉ごしを味わいながらも玲子は優越感に浸っていた。
ふふふ、なんだか落ちつかない顔つきをして...かわいいわね。
そのかわいい顔がどのように苦悶に歪むのか楽しみだわ。
また静かに琥珀色の液体を飲みこむ。
重くのしかかる沈黙に耐えかねたようにカヲリが先に口を開いた。
「あの、玲子さん...今日はこれからいったい...」
「あら、ご自分の写った画像を返してもらいに来たんでしょう?」
「ええ、それは...」
「もちろん、約束は守るわよ。でもタダってわけにはねえ。そこであなたには簡単なゲームに参加してもらおうと思ってるの。」
「ゲーム...ですか?」
「そうよ。うふふ...」
けげんな顔つきをするカヲリ。
いったい何を考えているの....?
綺麗な下唇を淫靡に歪める玲子を不信な眼でみつめる。
「そんなに心配しなくてもいいのよ。じゃあ、入ってきて。」
玲子が呼びかけると、部屋の奥のほうから陰気な顔をした川田がのっそり現われた。
「川田....さん?」
突然の川田の出現にカヲリはとまどった。
どうして、この人がここに....?
実はカヲリは、この川田という男が好きにはなれなかったのだ。
職場に居てもふと眼をやると、こちらをジッと見つめる彼の異様なまでの視線に戸惑うことがあった。いや恐怖すら感じるのだ。
偏執狂とまでいうのは適当でないかもしれないが、ひとつのことにこだわりだすと、トコトン突き詰めずにはいられない彼の性格が手に取るようにわかるのだ。
彼なら好きになった女性には、執拗に付きまとうことだろう。
自然にカヲリは川田をさけるようになっていた。
その川田が目の前に立って、私を見つめている...
なんだか落ちつかない...
身体が熱を帯び、動悸も上がってくる。
「彼もね、このゲームに参加してくれることになったのよ。私一人じゃ準備が大変だから。」
「そういうわけなんだ。ひとつよろしく」
間近でジロジロ無遠慮にカヲリの身体を嘗め回すように見つめてくる。
薄手のブラウスに包まれた神秘の肉体は、肩から腰に掛けて見事な曲線を描き、決して崩れることはない。
胸の膨らみも実に艶めかしい。
恥ずかしさのせいか、顔を上気させてカヲリは言った。
「ところで、そのゲームっていったい何をするんです?」
「あなたが、淫乱かどうかを確かめてあげるのよ。不倫を承知で男をたらしこむんだから、根っからの男好きなんでしょう?」
「そ、そんなことありません!」
「ふふふ、無理しちゃって。勝負は簡単よ。あなたにはこれから山手線に乗ってもらうわ。1周1時間の山の手線で3周するのよ。」
「??」
「ただし、それだけじゃ面白くないわ。その間あなたの肉体にはありとあらゆる責めが加えられるの。もちろん大好きな色責めも含めてね。その身体中からあげられる要求にあなたが耐えきれれば、勝ちというわけ。ちゃんと肉欲にも屈しない我慢強い女であることの証明にもなるわ。」
なぜか、身体が熱い...熱でもあるのだろうか?
カヲリは、ふっとため息を吐く。
「逆に、あなたがその途中で失神したり、ひとつでも要求に屈したら”淫乱”の烙印を押されるってわけ。会社中の人間にもそのことをメールで流してあげるわ。」
「たった3時間だぜ。我慢できないわけないよな。お前がよほどの色情狂じゃないかぎり。」
「もちろんその間に加えられる責めに関しては一切拒むことは許されないの。その全てを受けてもらうわ。そして電車の中という他人が見つめる中で、感じないように我慢していくのよ。それが出来てこそ立派な淑女ね。安心して主任との恋愛も応援できるってもの。」
「こういうのって、やっぱキチンとしておいたほうがいいと思うよ。君が淫らな女でないと分かったら、僕も友人として心からお祝いできると思うし。」
川田も、含み笑いしながらも聞いたようなセリフを並べ立てる。
3時間...。
2人の悪魔のような提案には怒りが込み上げてくる。
たしかに腹立ちまぎれに、このまま帰ることもできる。
しかしそれでは何の解決にもならない。
半ば強制されたゲームにのらない限り、玲子たちは画像を返す気などサラサラないのだから。
これ以上機嫌を損ねるて画像でもばら撒かれたら、あの人との結婚も絶望的だ。
素直に乗って見るのもひとつの手だ。
確かに理不尽な取引だろう。
こちらは一方的に責めを受けつづけなければならないのだ。しかも衆人環視の中で。
女にとってこれほどつらい物はない。
でも、どんな責めを加えられようとも、たかが3時間だ。
私はもちろん淫乱なんかじゃない。
それに電車内でされる事といっても限られるだろう。
3時間くらいならなんとか耐えられるんじゃないかしら...
カヲリはそう思った。
もちろんそれが、甘い考えだったことは後でイヤというほど思い知らされることになる。
熱っぽい額に汗を浮かべながらも静かに息を整えてから、
「わかったわ。その勝負受けます。でも画像は後で、きちんと返してもらいますから。」
カヲリはきっぱり言いきった。
食って掛かるような目付きで、にらみ付ける。
何か姑息な手段を使うつもりでしょうけど、そんなことには負けないから。
自分自身に強く言い聞かせる。
「ええ、もちろん...あなたが勝ったらね..ふふ。なんなら一筆したためてもよくてよ。」
「じゃあ、決まりだな。もう勝負がつくまで、降りることはできないぜ、へへ。」
川田は調子にのって、滑らかな体に手を回そうとしてくる。
それを、やんわりとかわしながらも、いやらしげな笑いを浮かべた川田の視線を跳ね返すように見返した。
??....
それにしても、先ほどからの身体の火照りはなんだろう?
いいようのない甘酸っぱい違和感....
体の芯のほうからうずいてくるような....
それも下半身の最も恥ずかしい部分を中心に...
「あら、どうしたの?身体をもじもじさせちゃって?」
丹唇を歪めて、愉快そうに玲子がなじる。
なんか...変...体が...アソコが..熱い!!
そのとき信じられないことに、内股をツーと恥ずかしい蜜が伝うのを感じた。
な、なぜ!?
カヲリは錯乱した。いきなりなぜ劣情など催すのか理解できない。
しかもこれから何時間かに渡っていやらしい責めを甘受せねばならないというのに!
「さっき飲んだ紅茶のなかには、たっぷり催淫剤が入っていたのよ。即効性っていうことだったけど、さすがに効き目は抜群みたいね。」
「だから、飲み薬も買っておいて正解だっただろ?あのオヤジお勧めの超強力なやつさ。一口飲んだだけで、愛液を垂れ流してのた打ち回るって代物だぜ。もちろん気持ち良くなる薬はこれだけじゃないんだけどね。へへへ、楽しみにしろよ、カヲリ!」
「まあ、カヲリちゃんには牝の本性をさらけ出してもらわないといけないからねぇ。もっと気持ち良くしてあげないと。そのための道具はたっぷり揃っているからねえ。」
あああ、なぜ感じてしまうの...こんな女達の前で恥ずかしい姿をさらすなんて...
カヲリは股間に手をあててギュッと力をこめ、うつむき加減に身をかがめる。
しかしそれで治まるものではない。
悔しさに歯噛みするが、体の反応は止まらない。
「おいおい、そんなに腰をヒクつかせて大丈夫かよ。まだまだ勝負は始まったばかりだぜ。」
ニタニタしながら、手にロープを持って、川田が近づいてくる。
突如身を襲った快感に身悶えながらも、カヲリは眼の片隅でその姿を捕らえていた。
私を縛って何をしようというの...?
言い様のない不安がカヲリを襲う。
ゲームエンドは遥かに先だ。
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