ピロロロロロロ……
ピロロロロロロ……
ピロロロロロロ……
ピロ「あ〜、だれ〜?」
暗い部屋の中でシアスは声を上げた。
「『誰ぇ?』じゃないです。また明け方まで飲んでて夜更かしですか? 本宅にいないから心配しましたよ!」
杓子定規なサラリーマンという形容がぴたりとあてはまりそうな男の姿がディスプレイに浮かび上がる。
「ん〜〜」
「わかってますか? 今日は仕事なんですよ? それも、あと三時間でリハ入りしなきゃいけないって言うのに……って、ほら! 倒れ込まない!! また寝ない!! 立って!! さっさと準備にかかってくださいっ!!」
男からそう言われ、シアスはのたのたとベッドから腰を上げた。しかし、どうひいき目に見ても目が覚めているとは言えず、歩き方もどこか夢を見ているように思えた。
「それじゃ、あと一時間でそっちに行きますから! 用意してくださいね!」
ぶつん
ディスプレイが特有の音を立てて真っ黒な画面に切り替わった。室内は再び闇に包まれる。
「ん〜〜〜〜」
暗闇の中、シアスは大きく伸びをし、頭をぼりぼりとかくと、ようやく目が覚めたのか、バスルームへと足を進めた。
話は半日近くさかのぼる。
シアスは行きつけのバーでグラスを傾けていた。行きつけと言ってもそれほど高給な店ではない。良く言えばひっそり、悪く言えば場末と言ったイメージの店である。
そんなところに、誰を連れるわけでもなく、誰と話すわけでもなく、ただ飲むだけのためにシアスは来ている。他の客も、タレントで歌手のシアスがこんなところにいるとは思っていないのだろうか、変装するでもなく座っていても話し掛けたりはしない。
ふと、明日の仕事を思い出し、手首に視線を落とした。が、腕時計はどうやら付け忘れたまま出てきてしまったらしい。視線を店内にめぐらせて見るものの、勿論掛け時計などという無粋な物はあるはずもなく、仕方なく頃合だと踏んで立ち上がった。
バーテンの差し出すボードの穴に指を差し込むと、自動的に口座から引き落とされ、支払いは事もなく終わる。シアスは半ば通り過ぎるかのようにバーを出た。
外は雨。下世話なほど派手なイルミネーションの輝く表通りから入り込み、ただでさえ薄暗いこの辺りも一層暗く見える。ただ……シアスに取って夜も闇も心地よい世界ではあった。さして気にもしていない様子で、当然のごとく酸性雨対策の施された大き目のコートを頭までずらし、駆け気味に雨の中へと歩き出した。
分厚いコート越しに雨粒の音がパタパタと鳴り響く。シアスは思わず大昔の映画を思い出し、歌を口ずさみ始めた。誰も通らない路地で誰も聞くことのない歌を歌う。シアスは思わず、自分がこんなにも歌が好きだったのかと思い知らされた。
暗雲立ち込める空の下、化学的に変質した雨が降る。
この街の住人は産まれた時から、この雲と雨に付きまとわれている。遥か遠い街で起こった事故の影響は今なお、この街の未来を暗く閉ざすかのように太陽を遮っていた。
しかし、人というものは常に何かを作り出していく生き物なのだ。この暗く荒んだ街で今日も人は生きている。機械や化学をかりそめの光とし自らの力として、闇の中に道を切り開く。これまでも、これからも。
そんな中、自分の中に眠る古い様々な力を呼び覚ます者も現れた。『外なる者』に『元素使い』。時代の闇に生きてきたそれらすら、科学は取り込んでなお進化し続けた。
この街……いや、世界は歩き続ける。闇の先に何が待つのかを確かめるかのように。
ふ、と、視界の端に何かを捉えた。何かの光……いや、輝きと言い換える方が正しいかもしれない。なんの気なく、そちらへ視線を向ける。距離感も掴めず、当初像を結ばなかったそれは、徐々にピントが合い、輪郭がハッキリしてきた。
全身レインコートに身を包み、手には赤い線を滴せる刃を握り……ゴーグルと一体化したようなマスクで一切の表情がわからない。まるで彫像か機械を思わせる『ヤツ』は、ただ雨を弾きながら立っていた。
動けない……。シアスが息を呑む。たった一挙手一投足……いや、一息の音でさえ、それをきっかけに襲ってきかねない緊張感。辺りを雨音だけが支配する。
びくんっ!!
『ヤツ』の身体が大きく揺れた。くるっ!! シアスはそう思って、咄嗟に顔の前で腕を交差させて身構えた。
しかし、その予想は大きく外れた。『ヤツ』は苦しそうに身体を折ると、まるでギアの噛み合わなくなった機械のようにがくがくと震えだした。
シアスには何が起こったのかわからず、そのまま、ただ『ヤツ』を見ているしかなかった。
最初小刻みだった震えは大きくなり、すでに痙攣と言っても良いほどの大きさへと変わっている。と、唐突に『ヤツ』のレインコートの裾がぶわっと風をはらんだように膨らみ、そこから勢いよく、霧のような何かが吹き出した。
ぶしゅううううううううううっ!!
放出する音はしばらく続いた。しかし、路地ごとシアスを包み込んだ白いとばりは間もなく、雨によっていとも簡単に散らされていく。視界を塞がれ、そのタイミングで来ると身構えていたシアスは、霧の晴れた先に『ヤツ』がいないことに気づいた。
「…………なんだったの?」
何が起こったのかわからない状態で、拍子抜けするほどあっさりと去っていった『ヤツ』に、シアスは半ば脱力していた。それでも、反射的に『ヤツ』が立っていた場所へ歩を進め、辺りを窺ってしまうあたり、シアスはこの街の好奇心旺盛な住人であり、加えて言うなら長生きするには不向きな人種だった。
なにもないし……帰るか。そう思った矢先だった。
ふと、路地の片隅、不要になった雑多なものが積み重ねられている影に、白い足が突き出しているのが見えた。
シアスは反射的に駆け出し、その足の持ち主へと急いだ。
影に倒れていたのは、まだあどけなさを残した女の子だった。おそらく貫通しているであろう肩口の傷からは、かなりの勢いで血が溢れ出し、この街では比較的見慣れた学生服を染めていっている。
シアスは女の子の傍らに膝をつくと、傷口に触らないようにゆっくりと抱き起こし、口元へ手をかざしてみる。弱々しいがまだ呼吸をしていた。だが、このままではそれほどの時間を待たず、命の火が消えてしまうのは、その顔色からも明白だった。
大きく深呼吸をする。そして、シアスは手のひらを傷口に重ねた。淡い光が触れた部分から溢れ出す。その光を維持するのはかなりの集中力を必要とするのか、目を閉じ真剣な表情を浮かべたシアスの頬を、一筋の汗が流れ落ちる。もっとも、それが雨なのか汗なのかは、本人以外にはわからないのだろうが。
「ふぅ…………」
再び大きく息を吐くと、切り裂かれた衣服の間から肩口を覗きこんだ。さっきまで肉はおろか、骨すらも露にするほどの傷は塞がり、普段の肌と差異ないほどに戻っていた。
『治癒』
シアスには生まれつきそういう能力が備わっている。いわゆる異能力者という『ヤツ』だ。この街の影には能力を隠し、ワケアリで生きていく人間も多い。シアスもその一人だった。ただ、計算外だったのは、シアスが芸能のタレントにも恵まれていた、ということなのだ。影で生きる事を良しとせず、知られてしまう危険を楽しむかのように、シアスは表舞台へと進み出た。
「さて……」
シアスはゆっくりと立ち上がった。傷は治したものの、女の子の顔からは血の気が引いたままだ。そこまで治せるほど、シアスの能力も万能ではない。ポリスに通報するべきか、それともどこかで休ませるか……
シアスの頭をそんな考えがよぎった時だった。
ウ
バ
ウ
ノ
カ
抱きすくめられたシアスの耳元で、くぐもった『音』が聞こえた。
ウ
バ
ウ
ノ
カ
再び繰り返される。動けない。抱きすくめられてなくても、恐怖で動けない。
エ
モ
ノ
ヲ
視線は真正面にしか向けられない。震えることすら許されない。ただ……怖い。
オ
レ
ノ
エ
モ
ノ
ヲ
唯一、心臓だけが、その束縛に抗うように激しく脈動を繰り返している。
ソ
レ
ナ
ラ
頬を、何か冷たいものが舐める。胸や股間を、何かが這いずる。……吐き気がする。
ツ
ギ
ハ
突如、シアスの手を『ヤツ』が掴んだ。振り解こうとする行動も無意味なほど圧倒的な力で、『ヤツ』は手を導いていく。シアスの手に、冷たく硬い金属製の強張りが触れる。
繰り返し、繰り返し。何度もシアスの手のひらと、その強張りを擦り合わせる。しかし、それはいくら擦ったところで、摩擦熱すら起こらない。
オ
マ
エ
ダ
不意に『ヤツ』はそれだけ言うとシアスを拘束していた腕を解いた。その場にへたり込むシアスを放置したまま、『ヤツ』は雨の中へと消えていった。
「あ…………ぅあ……」
シアスにも男性経験はある。いや、どちらかと言えば多い方だろう。しかし……。圧倒的なまでの恐怖。異物と言うしかないペニス。そして、現実を遥かに離れた行為。それらはこれまでの経験から逸脱しすぎていた。『理解出来ない』それがシアスの正直なところだろう。
だが、夢や虚構の産物だと思い込もうにも、身体に残る圧倒的な存在感と、手に平に残された白濁液が体験した事すべてを肯定していた。
シアスは何故か、溢れ出る涙をこらえきれず、声を殺したまま泣いた。
ひとしきり泣くと、シアスの行動は早かった。
まだ目を覚まさない女の子を抱き上げると、近くにある隠れ家へと運んだのだ。
ハニーブロンドの髪や透き通るように白い肌、常に着けている蒼のカラーコンタクトからはわからないが、シアスはこれでも生粋のTokyo人なのである。良くも悪くも、悲しくも呆れることにも、変質者の類には慣れてしまっている。
加えて、頭の切り替えがとても早い。もっとも、そうでなければイメージ商売である芸能人をやっていられるはずもないのだが。
『今、自分のやる事は女の子を連れて、一刻も早くここを離れる事。そして、追跡されないこと』
シアスはそう考え、いかなる方法でも追跡されない手段を取った。自分のコートの中に女の子を包み込むと、その姿を掻き消した。足音も立たず、温度も感知されない。そう、消えたのではなく、厳密には違う何かに変異したのだ。
そして、誰にも気づかれる心配もなく、今、この隠れ家へと辿り着いている。
女の子をソファーに横たわらせると、手早く衣服を脱がせた。倒れていたこともあり、水気を吸ってずしりと重かった。血が流れたということもあるのだろうが、女の子の身体はかなり冷えてしまっている。シアスは一糸纏わぬ状態の女の子に毛布をかけると、浴室へ行き、湯を張り始めた。心地よい湯気が立ちのぼる。
次に洗面台へ向かい、手を丹念に洗っていく。すでに汚れは付いていないのだが、やはり気になるのか、手が赤みを帯び始めるまで自分の手を擦り続けていた。
「ん…………」
小さな声が聞こえたので、シアスはそちらを向いた。女の子がうっすらと瞳を開き、辺りを見回している。
シアスは気を取り直し、手に付いている泡を洗い流して、女の子へと近づいた。
「気が付いた?」
声をかけると、女の子は警戒したように身体をびくりと震わせ、毛布を掴むようにして縮こまった。
「いま、温かい飲み物でも持ってくるわね。何が良い? お酒は……ちょっと早いみたいだから、ミルクか紅茶ね。それとも、先にお風呂が良い?」
矢継ぎ早に話しかけているシアスに戸惑いながらも、女の子は小さな声で「ミルクが……」と返事を返した。それに笑顔で応えると、冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、小さな鍋へと注ぎ込んだ。クッキングヒーターにかけられた鍋から、甘い香りが立ちのぼる。
室内には会話も無い。ただ、湯を張る音だけが響いていた。
「ちょっと熱いかも。気を付けてね」
充分に温まった牛乳を二つのカップに注ぎ、それをシアスが手渡す。女の子はそれを丁寧に両手で受け取った。
「…………へぇ……最近の子は発育良いわね」
女の子は一瞬、それが何を指しているのか理解出来なかったが、あまりの首筋の風通しの良さにすべてを理解し、露になっていた豊かな胸を隠すために慌てて毛布を抱え込んだ。真っ赤に染まった顔が、女の子の純情さを物語っている。
「女同士なんだから、あんまり気にしなくても良いのに。それに、改めてそう思っただけで、濡れた服を脱がすときに、一通りは目に入っちゃってるんだし」
その動作がなんともあいらしく、シアスはくすっと微笑みながら浴槽の蛇口を閉めた。
「それで……」
ゆるりとした動作で椅子に腰掛け、足を組む。徹底したイメージ管理の賜物なのだろう。こういう時にも他人がいるだけでそういう仕草が表面に出る。
「痛むところはない?」
女の子の身体がびくりと震える。しかし、それに構わずシアスは言葉を続けた。
「肩から血を流しながら倒れてるんだもの。驚いたわ」
優しく落ち着いた蒼い瞳に微笑みかけられ、女の子は少しだけホッと身体を弛緩させた。
比喩で無く、シアスの視線は人を魅了する。その視線が女の子の心を、恐怖の支配から奪い返し解放しようとしていた。
「肩……」
女の子はそう呟いて、貫かれていたはずの肩を押さえた。すでに傷口は塞がり、鈍い痛みはあるものの、しばらくすれば痕跡すらなくなるだろう。驚きの表情を浮かべる。
「凄腕のお医者さんが知り合いにいるの」
問われるでもなく、シアスはそう返した。実際のところ、どれだけの医師にかかろうと、数時間でここまで治癒する事はないだろう。しかし女の子の中では、不思議といぶかしむ事もなく、すんなりと受け入れられた。
「あっ、ありがとうございます」
恥ずかしそうに顔を伏せたまま、礼の言葉を口にする。
「ミルク、冷めるわよ?」
微笑みながら自らもカップに口をつける。白いカップに、ピンクのルージュが映える。そんな様子を恥ずかしそうにちらちらと窺いつつ、女の子もゆっくりと熱めのミルクを口にしていく。温度と甘さで、徐々に女の子の身体に感覚と落ち着きがよみがえってきた。
「飲み終わったらお風呂入ってきなさいね。もうお湯張ってるから」
「あの……あたし……」
何かを切り出そうとした女の子に小さく手のひらを向けてそれを制した。そして繰り返し微笑みかける。女の子はまるで、何を言おうとしていたか忘れてしまったかのように、言葉をそこで止めた。
「今日の事は落ち着いてからにしましょ。落ち着いてる風にみえるかもしれないけど、私もこれで動揺してるのよ?」
少し苦笑の入り混じった笑顔を浮かべ、一旦言葉を区切った。
「ま、それが愛の告白だとか、あなたのスリーサイズだったりするんなら、是非とも聞きたいところだけど」
シアスはそう言って立ち上がった。空になったカップを持ち、台所へと歩いて行く。表情を曇らせ、一言呟いた。
「……ちょっとオヤジ入ってたわね、私」
「湯加減どう?」
擦りガラスを模した扉越しにシアスは声をかけた。
「あっ!! ひゃ、ひゃい……ちょうどいいです!!」
浴槽から響いてくる何かを落としたような大きな音にシアスは苦笑を浮かべていた。
「別に覗くつもりじゃないから安心して」
そう言うと、かごの中の女の子の服をクリーニングマシンへと移していく。刺された穴は簡単に直せるが、その前に汚れを落としておかなければどうにもならない。
ふと、シアスの手が止まった。その視線の先にはスカートと下着がある。……それも、赤く染まった。量から言って、ただ破瓜の血だとは思えない。
シアスは少し考え、おもむろに自分の服に手をかけた。
「やっぱりお邪魔するわね」
言うが早いか、シアスは浴室との扉を開いた。
「えっ? あ、わ、わあああっ!!」
髪を洗っていた女の子は、シャンプーが目に入らないように俯きながら、肩越しにシアスを見て、驚きのあまり滑り転んだ。
「ごめんなさいね、いきなり」
ひたりと一歩、女の子へと近寄る。女の子の視線はその白くすらりとした足首やピンク色をした貝の様な爪に固定されていた。
そしてもう一歩。それぞれの部屋の広さにゆとりを持たせた作りにはなっているものの、浴室の広さは知れている。すでにシアスは女の子の目の前まで来ている。
ゆるりとした動きで座り込む。引き締まって無駄な肉の無い太もも、整えられた下腹部の茂り、どこかの彫刻を思わせるような腰を経て、造形としても申し分ない乳房がその視界を横切っていく。
「あっ……」
息を呑み、思わず顔を上げた女の子が見たものは、二つの……
赤 い 月
女の子の魂を虜にし、なお魅入り続けている二つの瞳は、さっきまでの優しい蒼ではなく、有無を言わさず心を奪い去る赤へと変わっていた。
実際には蒼のコンタクトを外しただけで、コンタクトそのものにも目を封じる力も無いのだが、シアス自身、それがコントロールのスイッチになると信じ込んでいる。
まるで息をすることすら忘れたように、ただ震えてシアスを見つめている。
何をしても抗えないことが女の子にもわかるほどの圧倒的な魅惑。
ついさっき落ち着きを与えてくれた微笑すら、この状況では淫靡な何かに感じられてしまう。
膝をつき、女の子に覆い被さるように身体を重ね、そっと唇を合わせた。女の子の小さな肩がぴくんと跳ねる。
「そういえば……」
シアスが不意に言葉を発した。
「あなたの名前、まだ聞いて無かったわね」
そろりと手のひらを、不釣合いなほど豊満な乳房へと押し付ける。片手では覆いきれないそれは、ほどよい弾力と柔らかさをもって形を変えていく。
「んっ……さお……り…」
手のひらの思わぬ冷たさに女の子は身をよじり、硬くなった乳首が逆に手のひらを押し返す。
「沙織ちゃん? 良い名前ね」
シアスの唇が、押し付けられた沙織の首筋をくすぐった。その感触に震える肌を、軽くシアスの鋭く伸びた犬歯が引っかく。微かな痛みと痺れるような刺激が沙織の背筋を走っていた。
ゆっくり。ゆっくりと腰に回していたシアスの腕が、沙織の股間へと移動していく。咄嗟に太ももを擦り合わせるようにしてシアスの手を防ぐが、シアスはそれに微笑みを浮かべ、淡く茂る下腹部をその手で撫で回し始めた。
「んくっ……」
下腹と、股間へ続く柔らかな部分を念入りに手のひらでこね、時には力を入れて指先で摘んだ。
「ひゃうっ!」
身体が大きく跳ねる。勿論痛みでそうなったのではなく、だらしなく開かれた口からもれる嬌声や熱い息からもそれがわかった。
「あつ……い……」
そう呟き、身体の力を抜いていく沙織を抱きかかえたまま、シアスはシャワーのコックへと手を伸ばし、ひねった。
さあぁぁ……
シャワーから心地よい湯が流れ出す。シアスは沙織の髪についているシャンプーを優しく洗い流しながらも、まだ沙織の股間への刺激を止めてはいなかった。抱きしめあうかのように沙織の身体を支え、子供をあやすように髪を撫で洗い、同時にシアスの指は足と股間の合わせ目へと押し込まれようとしている。
「あっ……ああ……」
不意に視線を床に落としたシアスは、流れていく水の中に一条の赤い血の筋を見つけ、柳眉を寄せて、軽くため息をついた。
ぽう……
シアスの指先に淡い光が灯る。
「ひっ!! あああっ!!」
まるで突然火を点けられたように、沙織は身体を大きく仰け反らせた。逃がさないように、シアスは髪を洗っていた手を沙織の腰へと回す。
「あぁっ! うあっ!!」
言葉にならない声を上げながら濡れたままの髪を振り乱し、沙織はシアスの腕から逃れようとするように身体を痙攣させる。開きっぱなしの目は中空を彷徨い、同じく口からはつぅ、と涎が垂れ落ちた。
一層きつく結ばれた太ももに、シアスは熱い指先をねじ込んでいく。敏感に隆起した肉芽にそれが触れんとした時、シアスは沙織の下腹部が弛緩するのを感じた。
しゃああああああ……
シャワーとは水源を別にする流れがシアスの手に当たる。未体験なほどの過度の感覚、焦熱感、恐怖感、そして思慕。それらが入り混じり、沙織は失禁してしまったのだ。小水が手を経由し床に落ちて、ぱちゃぱちゃと言う音と独特の臭気を上げる。
羞恥に頬を赤く染めながらそっとシアスを見ると、そこには沙織を見つめる赤い瞳と微笑みがあった。何故か不意に安堵の気持ちが湧き上がる。緊張感が途切れ、くたりとシアスに身体を預けた。
こじ入れなくてはいけなかったほどの合わせ目からは力が抜けていった。ゆっくりとシアスの手を受け入れるかのように開きつつある沙織の二本の足の付け根からは、まるでシャワーさえ物ともしないほどむせ返るような汗と愛液の匂いが漂っているかのようだ。そしてシアスの方も、それを身体全体から発しているかの如く、淫気に包まれていた。
こりっ……
「ひぐっ!!! あぅあ……!!」
奥へと進む指先が沙織の陰核を擦った途端、背骨が折れんばかりに身体を仰け反らせた。張った胸の上で結構大ぶりな乳房が踊る。シアスはそれを見て悪戯心が湧いたのか、突然乳首を口にふくみ、軽く噛んだ。
「だっ、だめええええっ!!」
びくんっ!
声を張り上げると同時に、沙織の身体は弾けたかと思うほど大きく痙攣した。今度はまた違う液体がシアスの指先を濡らす。
乳首から歯を離し最後に一度軽く舐めると、それまで痙攣を繰り返し強張っていた沙織の身体はゆらりと揺れ、再びシアスの身体へ倒れ掛かった。すぐ近くにあるシアスの耳に、沙織の熱い吐息が吹き掛けられる。
ふと、シアスは自分の目的を思い出し、軽く舌を出した。指先を、濡れそぼり、今なお熱い愛液を垂れ流し続ける部分へと進ませた。恥丘が熱さに震え、淫裂からはその熱さを緩和しようとしているかのように液体が指先へ浴びせられていく。
「や……だめ……、だめ……お願い……」
沙織が首を左右に振りつつ、繰り返し懇願する。ついさっき達したばかりなのに、それを上回る刺激を加えられては、きっと自分は狂ってしまう。恐怖のあまり、顔が少し青みを帯びた。
一瞬、シアスは困ったような、躊躇するような表情を浮かべたが、念入りに指先に沙織の愛液を塗りつけると、淫裂へと押し込んでいった。恥丘が震え、指先を妨害するかのように膣口が締め付ける。しかし、互いに充分に潤ったそれは効果を示さず、指先はにゅるりと更に奥へ進む。
「か……は…………」
膣内に指先を感じ胎の中を焼かれるような刺激に、沙織は限界を感じていた。一度の絶頂が終わるより先に、次の絶頂が始まる。すでに大きな絶頂だけでも片手に余るほど達しているというのに、シアスの指先はまだ侵入してくる。腰を抱かれ逃げようも無い。いや、何故か逃げるという考えが浮かばないのだ。
ふと、沙織は、自分が壊れるかもしれないという事を考え、シアスに壊されるなら幸せ、と感じた。
ゆっくり奥へと進んでいたシアスの指先が、ぴくりと反応し止まった。軽く膣壁を撫でる。
「ひっ……ぐぅ……」
沙織はこれまでの表情をうって変わった苦痛の表情を浮かべる。再び柳眉を寄せ、シアスはため息をついた。他人の趣味をどうこう言うつもりはない。しかし、世の中には傍迷惑な趣味の人間もいる、と言うことは事実なのだ。どういう性交をしたのかは分からないが、沙織の膣はかなり深く傷ついている。
シアスの指先はその傷を捉え、ゆっくりと癒していった。
「あふ……ぅ」
正気もあやしいと思えるほど、沙織は淫猥な表情を浮かべていた。身体は何度も強張り、痙攣し、弛緩を繰り返し、上げる声すら潰れたように声にならない。目の焦点は合わず、口は開いたまま。すでに自我が崩壊した人形のような状況である。
「ごめんね……すぐに終わるから……」
シアスはそう囁くと、指先の光を一気に強くした。
「ひっ……ぎいいいいっ!!」
沙織は悲鳴をあげつつ自分のお腹を抱えるような格好になると、そのまま動きを止めた。
「ふぅ…………」
指先の光を消すと、シアスは沙織の膣内から指を抜いた。膣口がちゅぽん、と音を立てる。気を失った沙織の身体は大きく揺れると、そのまま床に倒れこんだ。
これで大丈夫だろう。シアスは指先を咥え、付着していた最後の血と愛液を舐め取った。身体の傷は癒し終えた。精神も壊れてしまうことはないだろう。なにしろ、沙織の精神はシアスにジャックされていたのだから。とはいえ、すべて言いなりにしていたわけではなく、記憶を消す能力を応用し、痛みと快感が精神へ与える影響を抑えていたのだ。言い換えるなら、痛みや快感の記憶を薄めていた、ということになる。
さてと……
シアスは立ち上がって大きく伸びすると脱衣所へ戻り、いつものカラーコンタクトを入れた。シアス自身も落ち着きを取り戻す。
再び洗い場へ入ると、まだ気を失って倒れこんでいる沙織を軽く抱き起こすと、洗う途中になっていた髪からシャンプーを洗い落とし、バスタオルを沙織の身体に巻き付けるとベッドへ運んだ。
そのうち、過度に力を使ったシアスも疲労感に耐え切れず、沙織と並ぶようにベッドへと倒れこんだ。
冒頭へと繋がる長い一日はこうして幕を閉じた。
男に起こされたシアスは自分がシャワーすら浴びずに寝た事を思い出し、バスルームへと足を進めた。
未だに疲労感が抜け切らない身体に、熱いシャワーが染み込んでくるように心地よかった。見た目は兎も角、生まれも育ちもTokyo人なだけに本当な湯船にゆっくりと浸かりたいところなのだが、時間はそれを許してくれるほど残されていなかった。
簡単に、それでも残された時間の半分ほどをシャワーで使うとバスルームから出てキッチンへと向かう。普段なら朝は何も作らない。食欲があるないではなく、一日に三度も栄養を摂取する必要が無いのだ。だが、今日はそういうわけにもいかない。少しもたついた手際ながらも、十分もするとコーヒーとトースト、目玉焼きをテーブルへと並べた。
「ん……ぅ……」
物音や匂いにつられたのか、沙織が軽く声を上げて目を開いた。
「おはよう。朝ご飯出来てるわよ」
シアスが声を掛けると、一瞬自分の置かれた状況を理解できずにいた沙織も、弾かれた様に身体を起こしてベッドの上に座りこんだ。緊張の表情を浮かべる。
「今日はちょっと出かける用事があってね。簡単な朝ご飯しか用意出来なくて。あ、そうそう、今日どうする? 一緒に来てもらうか、ここで待っててもらうか。帰宅は……もう少し見合わせた方が良いかもね。あ、でも、家にはちゃんと連絡しておいてね。誘拐犯と間違えられても困るから」
沙織の緊張をほぐそうとしているのか、シアスは一方的に語りかけた。
「え……あの…………えと……ひょっとして……SiAsさんですか?」
そう言われてシアスは口にふくんでいたコーヒーを吹き出さんばかりに笑い始めた。
「い、今になって気付いたの?」
笑い続けるシアスを、沙織は不貞腐れたような顔で睨み付ける。
「だって……昨日はなにがなんだか分からなくて……」
「あ、そうなの? 私の知名度もまだまだね、って思ってたわ」
なおもシアスは笑い続ける。実のところ、シアスはSiAsという芸名を使いヴォーカリストをしている。ヒットチャートでもそこそこ、CMソングも何曲か歌っているくらいには有名人ではある。
「もう……」
笑い続けるシアスをキッと睨みつけ、恥ずかしさに顔を赤らめた。
「ごめんごめん。もう笑わないから。それより、早くご飯食べちゃって。あと十分くらいで迎えが来るのよ」
「あ、はい、すみません」
御人にそう言われると怒り続けるわけにも行かない。沙織は慌ててバスタオルを巻きつけたまま、テーブルにつき、朝食を取り始めた。
「あの……ところで、出かける用事って、ひょっとして……」
「うん? あ、知ってた? Tokyoフロートのスタジアムライブ」
沙織は大慌てで身を乗り出した。
「知ってます! チケット、取れなかったんです!」
「え? そうなの? そんなに売れたんだ……。私、そういうのあんまり気にしない方だから」
食事を先に終えたシアスは食器をシンクへ置くと、そのままクローゼットへと入っていった。ほどもせず、かなり派手目な服を二着持って出てくると、その内一着を近くのソファーへ置いた。
「服、よかったらこれ使って。昨日着てた服はまだ繕ってないから」
沙織の視界から隠れる位置に移動し、シアスは巻いていたバスタオル取って、下着と服を身に付けていく。
沙織もシアスを真似るかのように、食べ終えたばかりの食器をシンクへ置き、ソファーの服を取って身に付け始めた。
「どう? サイズは問題ないようなのを選んだつもりなんだけど」
沙織とシアスではサイズがかなり違う。しかし、シアスの言うとおり、フォローできるようなデザインの服は、多少の違和感を持たせながらも沙織にも納得できる範囲で留まっていた。…………派手、地味の好みの差はあるだろうけれども。
ピンポーン
頃合を見計らったかのように呼び鈴が鳴らされた。インターフォンには電話の男が映し出されている。
「おはようございます。用意出来てますか? 二度寝してないでしょうね?」
シアスが答えるよりも早く、開口一番、電話の男はそう言うと、シアスは苦笑しながらドアロックを解除した。
「どうやら起きてるようですね。早くしてください。下に車止めてますから……と、こちらは?」
男は警戒心を露骨に浮かべ、沙織を一瞥した。
「こちら、沙織ちゃん。ちょっとヤバイ事に巻き込まれてるみたいだから保護しちゃったの。あ、沙織ちゃん、こっちはサワムラくん。私のマネージャーね」
「よ、よろしくお願いします」
萎縮しきった沙織は恐々と挨拶をした。サワムラもつられて軽く会釈する。
「また揉め事に首を突っ込んでるんですか?」
サワムラは呆れた、と言わんばかりにシアスを見る。しかしそんな視線を受け流すかのように、シアスは飄々としている。
「首を突っ込んだんじゃなくて、巻き込まれたの。私も沙織ちゃんも。しかも、半端な厄介事じゃないわよ? 多分ジョンくん絡みね。話付けておいて。ひょっとしたら手を借りるかもしれないから」
「彼絡みですか……。わかりました、手は打っておきます。それよりも早く。リハに間に合いませんよ?」
そう言うとサワムラは再び沙織を一瞥した。マネージャーにとって後々問題になりそうな人間は厄介以外の何物でもない。しかしそれを言った所でシアスはこちらの都合など考えてくれない。自分の道理に乗っ取ってのみ動く。その折り合いを付けるのが自分の仕事だ。サワムラは大きくため息をついた。
「シアス、それにそちらの……沙織さんでしたか? 急いでください。先に車へ行ってますから」
サワムラは自分の性分がたまに、面倒だ、とすら思えてきていた。
「おつかれさま」
打ち合わせ、舞台でのリハーサルを済ませ、舞台袖に戻ったシアスを待っていたのは沙織だった。タオルを差し出し、目を輝かせている。
「す、すごかったです! こんな間近で見られるなんて……」
「楽しんでもらえて良かったわ。本番はもっとすごいわよ。こう、スポットや効果も派手に行く予定だから」
あとは開演まで時間があるから。シアスはそう言いつつ、沙織と並んでそのまま控え室へと足を進めた。
ドアを開く。その瞬間、目の前の光景は一変した。白で統一されている廊下から一歩室内に入った直後そこは…………
血。血。血。
一面の血。
血塗れ。血で染められ、文字通り血で血を洗うような……
そして、転がる人の果て。
シアスと沙織は共に、状況を理解できずにいた。あまりに非常識な光景が、思考を止めているのだ。
先に我を取り戻したシアスが動く。転がっているのはどうやら二人。近寄ると見た事のある顔だった。確か……ライブのスタッフだったはず。
「きっ……」
声がした。沙織の声。ようやく思考が回り始めたのだろう。小さく声を上げた。
「沙織ちゃん、落ち着いて……」
言うだけ無駄と知りながらも、そう言いながらシアスは沙織の方へ振り向いた。
そこには……そう『ヤツ』が……
沙織は小さく声を上げたのではなかった。悲鳴を上げようとして口を塞がれたのだ。
抱きすくめられ、口を押さえられた沙織は小さく震えている。
カ
リ
ダ
視界が大きく揺らぐ。
オ
マ
エ
ヲ
カ
ル
ノ
ダ
『ヤツ』の像をハッキリと結ぶ事が出来ない。
ソ
シ
テ
輪郭がぼやける。
コ
レ
ハ
エ
サ
ダ
男は沙織をレインコートの中へと引き入れる。
瞬間、シアスの中で何かが繋がった。立ち上がると、血でぬめる床をものともせず一呼吸で跳び、間を詰めて沙織を奪い返そうと手を伸ばした。
しかし、その瞬間再び視界はぼやけ、その手は空を切り、床へと倒れこんだ。
タ
ノ
シ
モ
ウ
ジ
ャ
ナ
イ
カ
倒れこんだシアスのすぐ頭の上から声が聞こえた。反射的に頭を庇いながら見上げる。しかし、そこにはすでに誰もおらず、ただ、一枚の紙が舞っていた。
言い知れない驚きと恐怖、無力感を味わいながら、シアスはその紙へ手を伸ばした。
「ひっ!! ひぐうううっ!! い、痛いっ!」
裸で四つんばいにさせられた少女は大声で叫んでいた。
金属質の、禍々しい造形のペニスが膣内にねじ込まれていた。
前戯など無く、濡れてもいない秘部からは、身体が慌てたように保護のための愛液を迸らせる。しかし、間に合うはずもなく、ペニスによって傷つけられた膣内からはとめどなく血が溢れ出していた。
「やめて……たすけて…………SiAsさ……んっ!」
声がくぐもる。背後から強く突き入れられ、息が詰まる。同時に掴まれた髪を引っ張られ、首が大きく仰け反る。苦しい。宙を引っ掻くように手を伸ばすが、なにが変わるわけでもない。
強張りの先端が子宮口をこじ開けんとするかのように圧迫する。ぎりぎりと押し付けられる感覚が、徐々に沙織の感覚を狂わせ始めていた。
「は…ぐっ…………うぅぅ…………」
突かれた瞬間、圧迫される間、沙織は酸素を求めて大きく口を開けた。背骨も折れんばかりに反った身体に、小柄な身体とは不似合いの胸が大きく跳ねる。
突然、『ヤツ』の手が沙織の乳房を掴んだ。あまりの強さに形が歪む。
「ぐっ…ひいいっ!」
猛禽類のそれを模したかのような爪が乳房にめり込んでいく。しかし、それだけでは満足していないのか、掴む角度を変えたかと思うと、爪の先で乳首を摘み上げた。爪の上を赤い筋が滴る。
「ひううっ……も、もうやめてええええっ!」
嗚咽混じりの声が響き渡る。だが、すでに廃棄された地域だけあって、その声はビルとビルの間を山彦のように通り抜けるだけだった。
そうしている間も何度も何度も挿入は繰り返された。しかし、だからと言って快感が訪れる事も無く、そして『ヤツ』も果てる気配を見せない。いや、強張っているのは確かなのだが、興奮しているかすら疑問なほどだ。
がくりと沙織の首が下がる。痛みに耐えかねて気を失う。それをみた『ヤツ』は無表情のままペニスを引き抜いた。沙織の身体がびくりと揺れる。膣口からは血と愛液が流れ出す。『ヤツ』はそれをみて、ほんの少しだけ満足げに唇をゆがめた。
しかし、それで終わったわけではなかった。沙織の腰を抱え上げると、そのまま菊座へと異形のペニスを押しつけ、そして押し込んだ。なんの躊躇も無い。なんの準備も無い。沙織は菊座を切り刻まれるかのような痛みに、再び現実へと引き戻された。
「んあっ…………えっ……そんな……無理っ! 無理ですっ!」
なんとか逃げようと身をよじり、暴れる。しかし腰を持つ『ヤツ』の力は強く、生身で振り解けることなどないように思えた。
容赦ない挿入が繰り返される。何度目か突き入れられた時、急速に沙織の身体は弛緩した。腕や首がぐったりと垂れ下がる。
「SiAsさんSiAsさんSiAsさんSiAsさん………………」
小さな声でSiAsの名前を繰り返す。目は虚ろに宙を彷徨っていた。
「ぁ……んっ…………んんぅ……」
徐々に沙織の身体は赤く火照っていく。声には徐々に嬌声が混じりだす。
くちゅっ…………
擦り合わせた股の間から水音が響いた。
「ふああっ! SiAsさん、すご……い……気持ちいいですっ!」
垂れ下がっていた頭が起き、身体が仰け反る。すでにその瞳は現実を捉えていない。「憧れのSiAsに抱かれている。そして私は今とても気持ち良くしてもらってる」沙織はそう願い、そう繰り返し、そしてそれは沙織の脳の奥へと届いた。
「もっと……もっとお願いします……激しく……んぅ……」
刺激と言うには強すぎる行為を、更に求めていく。自らも腰を振り、ペニスと呼ぶのもはばかられる凶器を深く受け入れた。
「はっ……はぁ……んくっ……」
ペニスの先端が腸壁を押し伸ばすように潜り込む。食い止めるためなのか、相手の快感を誘うためなのか、菊座はぎゅうと強張りを締め付けた。
「んはっ! あっ……ああっ! そこ……んんっ」
自らの両手で尻肉を掴み、左右に押し広げる。途端、秘裂から溢れ出るように淫水が溢れた。粘りを持ったピンク色の液体は、糸を引きながら床へ、そして太ももを伝い、小さな液だまりを作り始めている。
「つっ……んっ……くぅぅん…………」
鋭い爪先が乳首とクリトリスを捉えた。張り詰めているそれはまるでパンパンに膨らんだ風船のように、あと少し力を加えようものなら破裂してしまいそうなほどだった。普通の肌以上に敏感で柔らかな皮膚を、爪先が引っ掻く。痛みと快感の入り混じった刺激に、沙織は媚びた犬のような声をあげた。
『ヤツ』の張り付いたような無表情な顔が、突然腹立たしげに歪んだ。
『ヤツ』は沙織の身体を抱き上げると、座りこんだ自分のペニスの上にそのまま押し付けた。
「っ!!! ひゃあっ!!」
回らない舌で悲鳴を上げると、沙織は絶頂に達すると共に再び気を失った。
だが、『ヤツ』はそれだけでは飽き足りないのか、自分の上に座りこんだ状態の沙織の肩に手を掛けて、自分のペニスへ押し付け始めた。
「かはっ……!」
目を見開いたままの沙織の口から声が漏れた。だが、意識を取り戻しているわけではない。むしろ、このままでは生命の危険すらあるのではないかと思わせるほどだった。
しかし、『ヤツ』の行為はエスカレートしていく一方だった。
すでに身体全体が弛緩しきった沙織の身体を、まるで無邪気におもちゃを地面に叩き付ける子供のように、自分の身体へと叩きつける。膣口と菊座を交互に貫きながら、時折その間や尻肉、恥丘へもペニスが叩きつけられた。そのたび、腰骨を通して背骨まで激痛が走っているはずなのだが、すでにそんなことを感じられるほどの意識もないのだろう。『ヤツ』にされるにまかせ、乳房だけでなく、頭や手足までが大きく跳ねている。
沙織の口から泡が流れ、その顔から血の気が引いても、『ヤツ』のその行為は留まるところを知らず、どんどん速度を増す一方だった。
沙織の身体が壊れてしまう。
おそらくはその一歩手前だっただろう。その時、『ヤツ』は視界の隅に人影を捉えた。
「その子を……放しなさい」
憎しみの表情を浮かべたシアスがそこに立っていた。
「キタカ」
聞き取り難い声が響く。どことなく、歓喜の色が混じっているようにも思えた。
「キタカ」
再び繰り返す。だが、シアスの返事はない。
「マッテイタゾ」
すでに沙織を弄ぶ手は止まっている。
「オマエヲ」
吐き気がしそうなほど、醜く口元が歪む。
「カル ソシテ」
やけに細長い舌が、薄い唇を舐め上げた。
「オカス」
『ヤツ』の身体がガクガクと震え始めた。
「オ オオオ オオオオオオオオオオオオオオッ」
まるでオーバーヒート寸前の機械。シアスはそんな事を考えていた。
「オカスッ!!!」
突如その振動が止まる。同時に沙織のアナルとペニスの隙間から、ごぼっと音を立てているかと思うほど、大量の白濁した液体が溢れ出てきた。
『ヤツ』は沙織の身体が倒れ落ちることを気にもせず、ゆらりと立ち上がった。シアスが身構える。
ぽたり……ぽたり……
静寂の中、ただ『ヤツ』の異形のペニスから滴る血液と愛液と精液の混ざったものが床へ落ちる音だけ響いていた。
先に動いたのは『ヤツ』だった。シアスめがけて凄まじい勢いで駆け出した。それに応じるべく、シアスは身体を低め、そして左右どちらへも動けるように『ヤツ』を凝視した。
しかし……
「っ!?」
不気味にふわふわとした印象を与えながら、しかしその実、この上なく鋭い動きをしていた『ヤツ』の姿が一瞬にしてかき消えたのだ。
シアスは咄嗟に後ろだと直感し振り向こうとした。が、次の瞬間、腕とわき腹に衝撃を感じた。大きく吹き跳び、宙で一回転した後、片手と足で着地する。
直感の通り『ヤツ』は背後に回りこんでいた。シアスの視線の先に、ゆらゆらと揺らめく陽炎のような『ヤツ』のシルエットが浮かんでいる。
今度はシアスが動いた。腰の後ろに挿していたナイフを抜き放ち、駆け出した。間合いを詰め、一閃。
……するつもりだった。しかし、『ヤツ』の姿は突然、さっきよりも二歩三歩ほど手前に現れたのだ。
タイミングがあわない! シアスはそう感じながらも、なんとか『ヤツ』にぶつかる寸前、ナイフを逆手に持ち変えて、柄尻をもう片方の手のひらで支えながら身体ごと突っ込んだ。
ぎいいいいっ…………ん……
金属と金属のぶつかり合う不快な音が響く。シアスはその音と同時に目を驚きで見開いた。音がしたと思うが早いか、『ヤツ』の姿はその場から再びかき消えていたのだ。
どこへ?! 確認しようとするより早く、首筋から後頭部にかけて衝撃が襲った。崩れ落ちそうになる両足に力を込め衝撃に耐えていると、二発三発と繰り返し拳が振り下ろされた。
四発目。このままでは床に叩きつけられてしまう。そうなればどう足掻いても勝ち目はない。シアスは半ば中腰になりつつ、床を蹴った。空中で身体を捻り、『ヤツ』の拳を蹴り上げると、残る軸足も振り上げ『ヤツ』の首へと絡みつけた。顔の上を生暖かいものが流れ落ちていくが、躊躇している暇はない。首に掛けた足を支点に身体を起こすと、どこからか抜いた銃を『ヤツ』の頭へ向け引き金を引いた。
ガンッ!
一発目が着弾した音が響く。『ヤツ』の頭部はかすかにへこんでいるように見えたが、大きな傷ではない。だが、その傷を見た時からシアスの頭では理解と後悔が広がっていた。『ヤツ』の正体とまではいかなくとも、どういうモノなのか、どういう仕組みなのかを読み取ってしまったのだ。ハンドガンなんかじゃ効くはずない。理解してしまったが故に、諦めにも似た感情が湧きあがってくる。
だが、このままにしておくわけにもいかない。シアスは着弾位置を5mmとずらさず、同じ位置に残弾を叩きこんだ。一発目と変わらない、まるでハンマーで鉄板を殴りつけるような音が繰り返される。トリガーを繰り返し引きながら、シアスは迷っていた。手持ちの装備では勝てない。身体能力に特殊能力、単純な力一つ取っても勝てるとは思えなかった。逃げるか……? いや、それすらそう簡単には許してもらえないだろう。
カキンッ
手元で起こった軽い金属音でシアスは否応なく現実へ引き戻された。
弾切れ。
もうすでに考えるより早く動かなくてはならない。躊躇い。そこに一瞬の隙が出来た。シアスの頭めがけて手のひらが迫る。シアスは首に絡めていた足を外し、落ちるに任せてその手から逃れようとした。しかし、万有引力に勝る速度で『ヤツ』は手を繰り出し、落ちる途中で身体を捻ろうとするシアスの頭をがっちりと鷲掴みし、そのまま床へと叩きつけた。
ギシリ……
軋む音がした。それは床の立てた音なのか、シアスの頭蓋骨の音なのか。その上、更に『ヤツ』の指がシアスの頭に食い込んでいく。
このままではまずい。シアスが思うが早いか、そのまま『ヤツ』はシアスの身体を持ち上げ、そして手近な柱へと再び叩きつけた。頭が砕けそうなほどの勢いに、柱の表面のコンクリートがバラバラと砕け落ちる。
頭をコンクリートに押し付けたまま、片足を抱え上げると足の間に割って入り、そしてそのまま両足を抱え、シアスの身体を折り曲げた状態で自由を奪った。にやぁ…と生理的嫌悪を形にしたような笑いを浮かべ、『ヤツ』はシアスの頬を舐め上げる。シアスは顔を大きく顰めた。
「くそおおおっ!」
シアスが悔しさを吐き出す。身をよじるがM字開脚のような状態で柱に押し付けられているため、思うように動かせるのは首くらいなものだった。
『ヤツ』は空いた手でシアスの恥丘を下着ごと包み込んだ。びくりとシアスのももが震える。その震えを楽しむかのように、肌の上を鋭い爪の甲がゆっくりと撫でていく。ゆっくりと、先端がパンティへと近づく。ちょうど股布の部分を通る時、爪の甲が止まった。そのままぐりぐりと、恥丘に力が掛かる。その真ん中にあるスジを押し分けて甲が膣口と陰核を包む皮の部分を行き来し、徐々にその強さを強めていった。
「は…くっ…………んっ」
感覚神経回路遮断。シアスは頭の中でそう呟いた。頭蓋の中でピッと音がする。しかし、その直後、その部分をつかさどる回路からの返答はエラーアラートだった。
あの時か……。シアスは地面に頭から叩きつけられた事を思い返していた。おそらくフレームが歪んだ事で、その回路が分断されたのだろう。悔しそうに舌打ちする。
爪が陰核を覆う布を引っ掛けた。『ヤツ』が指を軽く動かし、その部分の布を破り取る。
シアスは慌てて、命令を繰り返した。感覚神経回路遮断。感覚神経回路遮断。感覚神経回路遮断。感覚神経回路遮断感覚神経回路遮断感覚神経回路遮断感覚神経回路遮断感覚神経回路遮断…………。何度繰り返したところで、虚しく返ってくるのはエラーアラートのみだった。
長く鋭い爪を器用に操り、陰核とそれを包む皮の隙間に爪が差し込まれる。ゆっくりと皮を押しやり、陰核が剥き出しにされた。ピンク色の真珠のようなそれを、『ヤツ』は傷つけないように爪の内側で撫でしごいている。徐々に硬さと大きさが増していく。
「くっ……」
口を硬く結ぶ。しかし、そのわずかな隙間から嬌声は漏れ出した。醜く満足そうに『ヤツ』の唇が歪む。
なおもゆっくりとこね回し、そして爪先で弾く。
「ひあっ!」
緩急を付けた刺激。それが波のようにシアスの神経を襲い、浸食していく。身体が過剰に反応してしまうのを抑えられない。身体をすくめると共に、クリトリスがピクンと震えてしまい、それを自分でも気付いて一層悔しさと恥ずかしさが顔を赤く染めていく。
「……んっ……んああ…………は……ぁえ?」
突然陰核が『ヤツ』の爪先から解放された。不覚にも驚きの声を上げてしまった自分を恥じ、顔を背けて下打ちした時だった。
「ひっ!! ぎっ……あ……」
短い爪の方の手が恥丘を器用に摘み、その中央のスジを搾っていた。多少湿り始めてはいたという程度の液量が、そうされることでプチュと音を立て、その中央に集まり水滴を作っていった。珠のように割れ目から顔を出した水滴はそのまま肌を滑り、アナルを経て、尻の曲線へと消えていく。
なおも強く摘み、握られる。そして揉むように微妙に位置をずらしていった。膀胱に相当する部分に圧力が加わえられる。
「だめっ! そこは……!」
思わず口走ってしまった言葉に、『ヤツ』は一層の昂ぶりを見せた。湿り気を帯びた熱い呼気がシアスの顔を撫でていく。何度か信号を出す内、身体の一部のコントロールが断たれている事が分かってきた。それもほとんど下半身に集中している。同系部位のコントロールは同じ場所にある回路でコントロールしているのだから、当然と言えば当然なのだが。
『ヤツ』の力が増した。膀胱の代替装置の中で水分が圧迫され、それが破裂しそうなほどだった。勿論、物理的安全装置は付いている。だがこの場合、それがシアスの心を大きく揺さぶった。安全装置が作動するということは取りも直さず、放出を意味する。
シアスは歯を食いしばった。こんな『ヤツ』の前で放出するくらいなら、代替装置が壊れて体内に液体が溢れる方が良い。そうは思っても、コントロールの効かない今、すべては安全装置任せになっている。願わくば、安全装置も壊れてしまっているようにと祈りながら。
更に力が込められた。パシュッとロックの外れる音がした。シアスは絶望したように目を閉じ、恥辱に打ち震えている。
ぱちゃちゃちゃ……
尿道から溢れ下着を透けるほど濡らしながら、水は尻から床へと落ちて音を立てている。不思議とアンモニア臭はしなかった。
こんなことなら、処理してから来るのだった。いきなり呼び出されたものだから……。マスターのバカ。マスターごめんなさい。色んな思考がシアスの中を飛び交っていた。
どれくらい水音が続いただろう。ようやく音が絶え、視線を上げたシアスが見た物は興奮に打ち震える『ヤツ』と、その股間から隆々と屹立する異形のペニス。それに、自分の下腹部に放出された白い液体だった。
「おっ……お前……」
信じられない物を見るような目つきでシアスは『ヤツ』を見た。にたりと『ヤツ』の顔が歪む。まるで悪夢のように。
「お前だけは殺す! 絶対に殺す!」
今にも泣き出しそうな顔で睨みつける。それさえも心地よさげに『ヤツ』は顔をゆがめたままだった。
『ヤツ』が指を一本、シアスの目の前に差し出した。鋭利で長い爪の先が微かに差し込む光を反射している。そのままシアスが睨み付けたままでいると、突然その爪が閃き、シアスの眼球寸前で動きを止めた。
動かない。動けない。少しでも動こうものなら、爪によって目が串刺しになりそうだった。しかし、気丈にもシアスは目を逸らさない。
更に満足そうな笑みを浮かべると、その爪は肌に腫れたような赤い線を残しつつ、徐々に下へ下へと進んでいった。首を通り、服の襟元へ辿り着くと、すばやく爪が動いたかと思う間もなく、服の真ん中をへその辺りまで切り裂いた。
最初から切れていたかと思うほど抵抗無く切られた服はめくれ、シアスの胸元を大きくさらけ出した。病的と思われるほどの白さに加え、その表面をしっとりと覆う汗が時折珠となって流れていく。その汗を爪の先で撫で取り、そして刃のような爪を『ヤツ』は舐め取った。
次に爪が下りたのは片方の乳房の真上だった。甲の先端の部分で柔らかさを楽しむかのように乳房へと食い込ませていく。
「くっ……んぅっ!」
柔らかな肉が爪を包み込むように歪んだ。それを見た『ヤツ』は獲物をいたぶるような表情のまま、押し付けていた爪を離し、胸を覆っている部分の服を爪先で引っ掻けると、そのまま円を描くように切り抜いた。裂け目を押し広げるように、乳房が外気に晒された。急な温度変化にふるっと身震いが起こる。
「ふあっ! ……ん……」
爪の甲が今度はシアスの露になった乳首を捉えた。鋭利な先端で撫でられ、甲でぐぐっと押し込まれる。その冷たさが感覚神経を凍りつかせるかと思うほどだった。しかし、その刺激によって、シアスの想いとは関係なく乳首が硬く張り詰めた。追い討ちと言わんばかりに、その乳首を『ヤツ』は潰さんばかりに摘み、そして引っ張った。
「ひぎっ! ぐぅうう……」
敏感な部分を手荒に扱われ、その痛みが身体を電気のように走った。珠のような汗が更に増していく。『ヤツ』は顔を近づけ、腹部から胸元までを何度も何度も舐め上げた。ナメクジが這うような感覚に、シアスの顔が嫌悪に歪む。
「あっ……あっ、あっ……んっく」
反射的に出る声を押し殺す。自分のマスターが舐めた場所。そのときの記憶がフィードバックして一瞬相手を間違えてしまう。思わずそのまま感覚に流されそうな衝動にかられるも、作り故の心の頑丈さがそれを阻んでいた。
乳房で弄ぶのに満足したのか、『ヤツ』はその手を離した。そして……とうとう次の獲物として秘部が選ばれてしまった。
指の平で恥丘を強く押す。ぐぶぶとスジが押し開かれ、その奥に隠された膣口が濡れたパンツの下に透けて見えた。更に指を押し込む。膣口を押し開き、その内壁にまでパンツが張り付く。
「ひっ……! いやっ!! いやあああっ!!」
シャコンという金属音と共に、シアスの悲鳴が辺りに響き渡った。
唐突に伸びた金属の爪は正確に膣口の中央を貫き、子宮口の脇を突付いている。下着に空いた穴に指をねじ込み、恐怖できゅうと締まった膣口に指を入れ反発を楽しむように膣口の筋肉をぐりぐりとくすぐり、もう片方の手の指も差し込んだ。膣口の内側に指を引っ掻けると、そのまま左右に押し開く。くぱっと開いた膣口からは中で蠢くピンク色の膣壁が覗き、胎内の熱気が独特の匂いと共にむあっと立ち昇る。
「クッ……クハハハハッ!」
愉快この上ないと言った嘲笑い声が上がった。そして開かれた膣口を撫でるようにゆっくりゆっくりとペニスの幹が撫でつけられている。
心の中で何度もマスターへの謝罪を繰り返しながら、いつ挿入されるのかを、シアスは微かに怯えの色を浮かべながら覚悟していた。
大きく開かれた膣口の内側を亀頭の半ばの部分が摩擦する。ぬらりとした肉が幹に吸い付き、そして裏スジを舐め上げた。
爪がまるでクスコのような役割を果たし、中の肉ヒダまでが押し広げられている。それを更に広げるように摩擦していたそれを、つるんと抜けるまで上に押し上げた。
「ぐっ……さ、裂けちゃ…………」
シアスにとって本来、身体は器でしかない。彼女自身も捨てようと思えば捨てられる、そう思っていた。しかし、実際に壊されなけない今となってみると、この身体には思い出が多すぎた。壊されたく無い。想いが頭の中を埋め尽くした。
「もう……もうやめてっ!! お願いだか……んああっ!!」
繰り返し繰り返し膣口を弾いていた亀頭が逆方向へ動いた。まるでシアスの身体を貫いてコンクリートの柱へ体当たりするかのようにペニスは突き入れられた。爪がガイドになり、膣壁のヒダは異形の突起を阻めず、そのままの勢いで子宮口は激しく叩かれた。
「ぎっ……いぎぃ…………」
歯を食いしばり、その口から唾液が滴り落ちる。腰のフレームさえ歪んでしまいそうな衝撃は、背の部分を伝わって唯一自由を許された頭を大きく揺さぶった。
『ヤツ』はその爪を膣内から引き抜いた。突然解放された肉ヒダは一瞬の間を開けて、そのまま金属じみたペニスへと絡みまとわりついていく。胎内が晒されていたさっきまでの空気の冷たさが、金属の冷たさに打って変わる。しかし、それもほんの少しの間のことだった。ペニスから張り出した突起や蛇腹が膣壁を擦り、弾き、押し潰して、摩擦による熱を帯びはじめていた。
「いや……許して…………許して……」
膣がペニスを阻もうと収縮する。しかし金属のそれは液で濡れていることもあり、つるりと滑りながら子宮との壁をごつごつと突き上げ続けた。
「ひっ……あ……もう……いやあっ!!」
色々な感情が交錯し、そしてシアスは泣き声を上げた。ぐぐっと蛇腹が傘のように開き、膣内を大きく押し広げる。ヒダの一つ一つがめくられ、抜く際には引っ掛けられ、膣全体を引き抜かん場ばかりだった。
「モウ……オマエハ……オレノモノダ……」
身体を曲げ、避けようとするシアスを追って『ヤツ』はシアスの唇に唇を重ねた。
「ん……んんっ……ぷぁ……わ、私は……私はマスターの……シアスさまのっ……!」
唇を首を振って払いのけると、シアス……だと思っていた者はそう叫んだ。
その直後、何かが大きな曲線を描きながら、『ヤツ』の背中に着弾した。もうもうと立ち込める埃の向こうから姿を現したのは……
もう一人のシアスだった。
睨み、見据えるシアス。まるで数十分前の光景をリプレイしているような。
『ヤツ』はそれをみて数拍戸惑ったものの、すぐに今手の中にいるシアスには戦うだけの力が無いと判断するや、ペニスを抜き去り新しく現れたシアスと対峙した。大きく張ったままのそれはぐぼっとくぐもった音を立てながら、シアスだと思っていた者の膣口を大きく開いて引っこ抜かれた。
「アンタにはこれで二つ、償って貰うものが出来ちゃったわ」
シアスは身構えるでもなく、そのまま沙織に近づくと、来ていたコートをその上にかけた。
「一つは沙織ちゃん。もう一つはその子のことよ」
身体を隠すように縮こまっているシアスだと思われた者は申し訳なさそうに俯いていた。
「ごめんね、レミ。私がこんなこと頼んだばっかりに」
そう言われたシアスだと思われた者は顔を上げ、涙を浮かべると、微かに頭を左右に振った。徐々にシアスそっくりだった顔が別人のそれに変わっていく。
「アンタは……」
構えもせず、無造作にシアスは一歩踏み込んだ。
「アンタは私が殺す」
事も無くそう言い放つ。迷いや心配は無い。そこにあるのは怒りと……純粋なまでの殺意。
「光の中に消えな」
シアスが大きく手を振る。同時に『ヤツ』が警戒して構えを取りながら、軽くバックステップした。
次の瞬間、何が起こったかと思うほどの光が室内に充満した。『ヤツ』は戸惑いを見せた。この部屋の、いや、この周辺の照明設備は全て破壊した。光が届くはずも無い。それに、自分のマジックは光の中では効果がなくなるのだ。闇を探して辺りに視線を巡らせる。が、その目は大きく見開かれることになった。
宙に何か、光の塊が浮いているのだ。一つや二つではない。まさに無数と呼ぶべき数。それが自分を取り囲むように漂っていた。
「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」
シアスがそう呟いて指をくるりと回した。光球はゆっくりと『ヤツ』の周りを回り始める。
「私がアンタに恐怖を感じた理由。アンタが消える理由。全部分かったわ。新型の心理効果光学式迷彩兵。そのテストモデル……そうよね?」
そう、シアスの視線の先、『ヤツ』の身体の表面には、その後ろに有るべき背景と、今いる位置より数歩後ろに下がったらいるであろう位置に立っている『ヤツ』の像が浮き出ていた。
光学式迷彩……。本来なら自分の背後の映像をそのまま前方へ投影することにより、自分が消えたように見せる仕掛け。自分はスクリーンの裏側に立っていて、決して見える事はない仕組み。
心理効果光学式迷彩はそれを更に一歩進歩させたものだった。さも自分が後ろに下がったかのような映像や、相手の不安を煽る輪郭のぼやけ。それに困惑させるための服のはためきや動き。それらを機械的に処理し加味した映像を投影するシステムがそれなのだ。
しかし、光学式迷彩には欠点があった。それは光。通常の日光程度であれば再現する事は可能だが見破られやすく、この様に眩い光が幾つも漂うような状況はシステムダウンを招き兼ねないため再現されない仕組みになっていた。
そして……『ヤツ』の影を消し去るほどの光源の量に、その輪郭はハッキリと切り出されているのだった。
シアスがくいっと指を動かす。シアスの手元にあった光球の一つが鮮やかな光跡を残し、一本の光の矢と化して『ヤツ』の胸板に叩きつけられた。
じゅわっ!
『ヤツ』の体表の内部に仕込まれた投影システムの一部が焼き切れ、蒸発する音が聞こえた。そしてようやく『ヤツ』は理解した。数十丁数百丁のレーザーで狙われては……
勝てるはずはない……
と。
『ヤツ』はわずかに腰を落とすと、シアスの方を見た。そして……笑顔を浮かべた。前と変わらぬ禍々しい……笑顔。
唐突に『ヤツ』のレインコートの裾がぶわっと風をはらんだように膨らみ、そこから勢いよく、霧のような何かが吹き出した。
ぶしゅううううううううううっ!!
シアスの視線が遮られた。『ヤツ』が駆け出す音がした。そして……
じゅわああああああああああっ!
再び何かが焼ける音がした。
「バカね……」
薄れゆく霧の中でシアスは呟いた。
「二度、同じ手に引っ掛かるはずがないじゃない」
完全に霧が晴れるとそこには、格子状の光のカゴに包まれたシアスと、身体中の投影システムを焦がして転がる『ヤツ』がいた。
「手品のタネを見破られたマジシャンは、もう舞台に戻れないわ」
シアスが大きく手を振る。『ヤツ』の上に全ての光が収束し始めた。
「さ、幕を下ろしましょう」
シアスは振り上げていた腕を勢いよく振り下ろした。
「これはまた……派手にやってくれましたねぇ」
常に笑顔を浮かべたままの男がそう言った。ジョンソン。彼は……いや、彼らはそういう名で呼ばれる。シアスが知っているのは、ただ軍部の人間だ、ということだけだった。
「否定はしないわ」
ジョンソンは床に穿たれた大穴を覗きこんだ。その大きさたるや、まるで対戦艦用レーザー砲とまがうばかり。それが七階のこの場所から地下まで貫かれているのだ。
「彼は……と、聞くまでもありませんね」
穴のふちにわずかながら、その破片が残っていた。おそらくは光の格子に踏み込んだ時のものだろう。
「いやいや、彼の事はこちらでも困ってましてね。正直言って助かりましたよ」
「どうでも良いんだけどさ、ジョンくん」
放っておけば終わる事を知らないかと思うほどのジョンソンの言葉に、シアスは割って入った。
「市民に迷惑掛けないでよ。元々そっちがあんなの作ってたんでしょ? どういう経緯があったのか知らないけど、逃がしちゃうのは止めてよ。いたいけな女の子が被害にあってるんだから」
「いや、面目ない。開発局が別で、こっちまで情報が入ってこなかったんですよ」
笑顔のままそう答える。
実際はどうなのか知れたものではない。逃げ出したのを良い事に実戦ばりのデータを集めてたのかもしれない。いや、そもそも本当に逃げ出したのかすら……。
「研究データによると、サイボーグ化に伴う無感覚性障害……。つまり、自分の身体を自分だと思えなくなったために自我が壊れた、というわけですね」
なるほど、とシアスは思った。『ヤツ』の目当ては物理的に犯すことではなく、精神的に犯すことだったのだ。獲物を選び、それを狩る事による興奮。それを性的な興奮へと置き換えていたのだろう。そのために適した能力を、『ヤツ』はすでに手に入れていたのだから。何も難しい事ではない。
「……ところでさ」
「はい?」
シアスは周りを見回して言った。
「あの子たちは?」
「レミさんの方はラボに運びました。今回は無料で修理させてもらいますよ」
「当然ね」
修理と聞いて、瞬間鼓動が高鳴った。自分の不手際のお陰であの子には辛い思いをさせた。手分けして探し、見つけたら合図……。そういう手はずになっていたのだが、合図の信号を発した直後、レミは『ヤツ』と止めようとしたのだろう。沙織を助けるために。シアスが気に入った子を助けるために。レミ自身もシアスを愛しているから。人として、パートナーとして、マスターとして。
「安心してください。幸い破壊された部位はありませんし、表面を少し貼りかえるくらいで済むと思いますので、明日にはそちらに」
レミはスパイ用戦闘アンドロイドだったものを、ジョンソンからの依頼の報酬としてシアスが払い下げてもらったものだ。外観やレントゲンなどでは人間と変わり無く、なおかつ何種類の姿にも変装することが出来るのだ。
「で……沙織ちゃんの方は?」
「もう一人の子ですか……こちらはちょっと傷が深いですね」
弾かれたようにシアスは顔を上げた。
「が、決して治らない傷ではありません。痕も残らないほど綺麗に癒えることでしょう。…………身体は」
シアスが『ヤツ』を消した後、目を覚ました沙織は「壊れ」てしまっていた。それはシアスも見ている。その直後、ジョンソンと軍部医療班が駆けつけたのだ。
「……それで、どこよ?」
「………………一階で待たせてあります。消すんですか?」
ため息まじりにジョンソンはそう言った。半ば批判している。そんな感じだった。
シアスはそれに答えず、そのまま一階へと下りていった。
「SiAsさん? SiAsさぁん……」
軍用医療車両に入ると、タンカに縛られた沙織が乗せられていた。
……こうでもしなければ、誰を見てもそれをシアスだと思い、セックスをせがむのである。シアスは唇を噛み締めた。
「沙織……ちゃん……」
「あ、SiAsさんだぁ……。あたし、大丈夫だから。痛くないから。ねぇ、もっと。もっとぉ……」
沙織の顔を覗きこむ。それまで焦点を合わせていなかった眼が、シアスへと向けられる。しかし、その瞳にかつての光は無かった。
シアスはおもむろにカラーコンタクトを外すと…………
沙織の……
数日分の記憶を……
消した。
「マスター。そろそろ帰りませんと、明日に響くと思われますが」
事務所から出てきたシアスを、レミは車のドアを開けて待っていた。迎えられるまま、シアスは車に乗り込んだ。すぐに車が発進する。
「そうね。折角あの日の振替だっていうのに、半端な物は見せられないし」
結局、事件の日に行う予定だったTokyoフロートのスタジアムライブは中止順延ということになった。とてもじゃないが、そういう気分でもなかったし。
言い訳としての「SiAs交通事故」のニュースは当時、色んな憶測を呼んだ。しかし、実際に事故を起こしてアリバイ工作をした軍部の協力もあり、軽い怪我ということですぐに収束していった。
そして二ヵ月後の明日から三日間、繰越されていたライブが行われる。
あれ以来、沙織には会っていない。術は施したものの、場合に寄れば何かがきっかけで揺り戻しが起きないとも限らない。近寄らないに越した事は無い。シアスはそう考えていた。
「…………ん……ちょっと止めて」
シアスは見覚えのある通りで車を止めさせた。
「……今日はあちらにお泊りですか?」
車から降りようとするシアスにレミが問い掛けた。シアスは時折、隠れ家と称して借りている部屋を使う。沙織を引き入れた部屋はまさにそちらだった。その間、レミは本宅の方で留守番をするようになっている。どうしても口調に寂しさが浮かんだ。
「ううん。ちょっと寄ってみるだけ。あっちに帰るから、先に戻って夕飯でも作っておいて」
「了解いたしました。お早くお戻りください」
「明日に響くくらいまで飲んじゃダメですよ! 揉め事にも触らないように!」
レミが答えていると、我慢出来なくなったのか運転席のサワムラが口を挟む。
「好んで巻き込まれてるんじゃないわよ。あっちから来るんだから仕方ないじゃない」
シアスはそういうとすたすたと車から離れて行った。サワムラはまだ言い足りなさそうだったが、言うだけ無駄と踏んだのか、黙って車を出した。
いつもの酒場の前を曲がり、部屋の方へと足を進める。
そう、この道だ。そして……そこの路地だ。事の発端は。
そう思いつつ、路地を覗きこんだ。そこには……何故か沙織がいた。
記憶は消したはず! 驚きのあまり立ち尽くしていると沙織はこちらに気付いて路地から出てきた。何故か恥ずかしそうにすれ違いかけたその時、沙織が口を開いた。
「あの……ひょっとしてSiAsさんじゃないですか?」
「あ……え、えぇ、そうよ?」
動揺が声に現れた。記憶は……消えていないのか? それとも揺り戻したのか? シアスの喉がごくりと鳴った。
「やっぱり! あたしファンなんです! 明日からライブですよね! チケット取れなかったけど……がんばってください! えと……サインお願いしていいですか?!」
矢継ぎ早にそう言うと、沙織は生徒手帳とペンを差し出した。ほっとすると共に、わずかな寂しさがシアスを包んだ。
「ええ、良いわよ」
手馴れたものでスラスラとサインを書くと、沙織にそれを返す。同時に一つ問い掛けた。
「ところで、どうしてこんな場所に? まだ明るいとはいえ危ないでしょ?」
「あ…………」
沙織は困惑した声を出した。
「それが……不思議なんですけど、何故かここが気になっちゃって」
「そう……でも、あまり関心しないわ。出来ることならあまり近寄らないようにね。結構物騒だから」
シアスがそう言うと、沙織ははい、と笑顔で答えた。
「SiAsさんにも会えましたし、きっと気になってたのはそういうことだったんですよ。だから、もう多分気にならないと思います」
内心、夢見がちな答えだと思った。が、沙織にはそれが合っていると思ったので否定はしなかった。いや、すべきでないと思った。
「あ、そうそう。もし良かったらだけど」
自分もそういう予感がしていたのかもしれない。ライブ三日間通しの関係者用チケットを二枚、事務所から持ち出して、常に持ち歩いていたのだ。それを胸ポケットから取り出すと、沙織に差し出した。
「明日、見に来てちょうだい。都合が合えば、だけど」
沙織は目を見開き、良いんですか? と断った上で、シアスが頷いたのを確認し、そのチケットを大事そうに胸に抱いた。
「絶対! 絶対行きます!」
「そう、よかった。それじゃまたね」
そっけなくそれだけ言うと、シアスは軽く手を振って、その場を後にした。おそらく沙織はその後姿を見続けている。
これで良かったのだ。シアスは思った。
記憶を消したところで、また新しく作り直せば良いだけのことなのだ。記憶を消しただけで満足して逃げるのは無責任だとも思った。いつ揺り戻しが起こるか分からないのなら、自分には見ておく義務がある。
そして……もし揺り戻しが起こったとして、そんな物には負けない絆を作ろうと思った。過去の記憶なんて笑いとばせるほどの強い絆を。
これまで曇っていた心の中が晴れた気がした。明日はきっと、これまでにないほど気持ちよく歌えるだろう。
シアスが見上げると、いつものように光化学スモッグで煙った灰色の空が広がっていた。