名称未定シリーズ(^^;)

「運命混ざり合いし……」


 がくんがくんがくん…………。
 私の身体は地面に引き倒され、激しく揺れていた。目の前の獣が、私にペニスを突き入れているから……。
 そして胸には激痛が走っている。目の前の獣に握り締められているからだ。爪が食いこみ、皮膚の下の肉がぶちぶちと千切れていくような感覚……。
 怖い!!
 怖い怖い怖い!!!!
 この獣は、目の前で竜を切り裂き殺した。
 そんな化け物が目の前で、私を犯している。
 怖い!!
 怖い怖い怖い!!!!
 恐怖の余り声も出ない。指先一つすら動かせない。獣がそれを抵抗と取るかもしれない……そうなれば……殺される……コロサレル……コロサレル……
 お願い! 誰か! コレを何とかして!
「ぐぅうっ!」
 獣は少しうめくと、何度目かの精を私の中に放った。
 しかし、萎えるはずのペニスは、これまでの強張りを保ったまま、なおも往復を続けている。
 いつまで続く? いや、いつから続いてる? そして……いつ終わる?
 単調な振動と絶望が、私の思考を狂わせて行く……。
 ……………………………………
 ……………………………………
 ……………………………………??
 獣の背後で、闇の空間が歪んだ。
 そこからいきなり人が現れたかと思うと、その人物は手に持った棒状の物を獣の首にあてがうと、短く何かを呟いた。
 ビクン!!
 獣の身体が大きく仰け反る。同時にこれまでになく大量の精液が私の中に注ぎ込まれる。
「あ……かはっ…………」
 苦しさのあまり、私は思わず声をもらした。
 そして、ゆっくりと目の前の獣に焦点を合わせると、さっきまで獣だったものは、徐々にその姿を変えていき、見る間に華奢ささえも漂わせる少年へと変貌していった。
 強張りが私の膣内から喪失して行く感覚、そして、中に溜まりきった精液が吐き出されて行くのを感じながら、私の意識は沈んで行った。


「…………んっ……んん…………っ」
 次に私が意識を取り戻したのは、どこかの室内のようだった。
 服はすでに無く(そう言うほど、服が形を残してはいなかったが)、身体には打ち身に効く薬草が塗られ、丁寧に包帯が巻かれている。その上に書かれている模様は、おそらくどこかの神の、癒しの紋様なのだろう。
 そして床には厚めに毛布が敷かれ、その上に横たえられている。身体の上にはシーツがかけられていて、傍らにはスープがのったトレイが置かれている。
 ここは……?
 扉の向こうからは、生活音……と言うか、誰かがいる気配はする。
 まさか、あの獣が!? そう思うと総毛立つ思いだが、不思議とあの光景がぼやけて感じられる。それほど時間は経っていないはずなのに…………なのに、この、すでに十年近くも過ぎてしまっているような感覚は……?!。
「気がついたかい?」
 思わぬ声にドアの方を向くと、そこには黒を基調にした服を着ている人物が立っていた。
「あなたは……確か…………」
 獣に犯されている最中、闇から現れた人物だった。
「身体はどんな具合?」
 何故か呆れたような表情で言う。
「なんとか……」
「何故、龍相手に戦おうとした?」
 別に戦うつもりは無かった……ただ迂闊にも、私が龍の狩場に入ってしまっただけなのだ。
「まぁなんにせよ、命が助かっただけでも儲けものだ。あんな事になったのも、自業自得だと思うんだね。記憶は薄めておいたけど」
「記憶を薄める??」
 相手は指を立て、口を開いた。
「あぁ。記憶の配列を……いや、こんな話をいちいちしていても意味が無い。とりあえずはそう言う事だ。いっそ、身体の傷を治して、記憶を消してしまえば万全なのかもしれないが、あの子と違って、キミはその身体に恐怖を刻み付けてしまった……」
「あの子? 恐怖を刻み付けた?」
 私は怪訝な顔付きで聞き返した。
「ここにはもう一人、キミと同じような経験をしてしまった娘がいるのさ」
 黒服の人物はそう言うと立てていた指を、ゆっくりと壁の鏡へと向ける。
 おずおずとそこを覗きこんだ私は愕然とした。私の、赤毛だったはずの私の髪が、全て白く変わっていたのだ。
 コンコン……
 言葉を失っている私と、何も説明してくれない黒服の人物の間を埋めるように、誰かがドアをノックした。
「どうぞ」
「あの……先生……替えのスープです……」
 黒服の人物が言うと、そのノックの主が替えのスープをトレイに持ち、気弱そうにそう言いながらドアを開けて入って来た。
 思わず私は入って来た青年−少年と言っても良いかもしれない−を見た。するとその青年はその視線に気づき、驚きと悲しみの混じったような表情を浮かべると、目を反らした。
「礼を言っておくんだね。こいつがキミをドラゴンから助けたんだ。…………イヤな獣に化してまでね」
「!!」
 私は思わず、その青年を凝視した。彼はなにかすまなそうに、目を伏せたままだった。
「先生……」
「事実は教えておいた方が良い」
 そう言われても、私には今一つピンとこなかった。どう考えて見ても、あの恐怖の獣と目の前の青年が一致しない……。
「キミがドラゴンの狩場に入っていくのを見たこいつは、放っておけず、後を追いかけ、慣れない力を開放した挙句、暴走。キミを犯しぬいたってわけだ。それもそんな髪になるくらい」
「………………」
 私はそれでも青年を見つめていた。この青年が……ホントに……?
 そうして見ている内、ある事に気づいた。青年の、髪で隠れていた片目と目が合ったのだ。
「ひっ! あぁ……うわぁあああ!!!」
 私は絶叫した。その瞳は金色に輝き、あの獣の色をとどめていたのだ。
 狂乱状態になった私は、手近に合ったものをどんどんと青年に投げ付けた。そして青年はそれを身動きせず、ただなすがままになっていた。
「少し……休みなさい…………」
 いつのまに距離を縮めたのか、いきなり私の側に立っていた黒服の人物は、私の額に指を当てると何かを呟いた。
 私の身体と意識は、まるであの時の獣のように沈んで行った。


 身体が治るまでそれから数週間が経った。
 この山小屋のような建物には日中、鍵もかけられていない。黒服の人物からも出入り自由と言われている。
 少しは私の所属している「風の神殿」に連絡でもとは思ったのだが、あの黒服の人物は何者なのか、私の上司への報告と休養の約束を取り付けてきた。
 黒服の人物が何者かは分からないが、色々と出歩いているらしく、ここを空ける日も多かった。そんな時、私へ食事を運んできてくれるのは例の青年だった。と言っても、ドアの前に食事をおき、ノックして声をかけるてくるだけなのだが。
 実はあれ以来、ろくに顔も見ていない。私から声をかけることも無いのだが、向こうも私の顔を見ると、顔を伏せ、逃げるようにいなくなるのだ。

 この日は澄み渡るような青空だった。
 思わず、外を散歩してみたい衝動にかられた私はドアを開け、表へと出た。
 とりあえず、人気の無い方へ行きたかった私は、建物を裏へと回ってみた。
 すると、例の青年が、始めて見る女性に行水をさせていた。いや、年齢は青年と同じくらいだろうか。女性はまるで人形のように、たらいの中に座っているだけで、青年はそんな彼女の身体を丁寧に洗ってやっているのだった。
 そうやっている青年の表情は、これまで見たこと無いくらいに幸せそうだった。だが、時折、今にも泣きそうな表情へと変わる。
「…………ねぇ…………」
 なぜそうしたのか分からない。しかし私は、その二人に声をかけた。
 誰もいないと思っていたのだろう、青年は驚きの表情で私を見ると、すまなそうに顔を伏せ、再び女性の身体を洗い始めた。
 沈黙が辺りを包み込んだ。ただしているのは、女性を洗う水音だけ……。まるでそれに耐えられなくなったように、青年は口を開いた。
「……すいませんでした……」
 うつむいたままなので、表情はわからない。なんと返事して良いか分からず、私が黙っていると、青年は話を続けた。
「まさか、あんなことになるなんて……ボク……あの力を……なめてました……すいません……いくら謝っても……でも……」
 青年は弱々しく肩を震わせた。その時点でわかった。彼も苦しんでいるのだと。
 力に振りまわされ、自分の意思とは違う行動を取り、しかも目の前にその結果がいるのだ。苦しくないはずが無い。
「幾つか……聞いても良い?」
 私は落ちついた声で言った。すでに青年への恐怖は無い。ただ、青年の事を知りたかった。そして、青年が頷くのを待って質問を口にした。
「あの獣……いえ、あの力は一体……?」
 私の問いに、青年は一度息を飲むと、「話せば長くなりますが……」と前置きを言って、ゆっくりと語り出した。
「ボクと彼女の住んでいた村は数ヶ月前、何者かに襲われました。生き残ったのは僕達だけです……。それも、彼女はその……兵士達に辱められ、すべての意識を閉じてしまいました……その時のボクは……どんなにあがいても……兵士達には勝てなかった……」
 すでに私にはかける言葉が無かった。何を言っても、それは彼の表面を滑るだけだろう。
「そしてボクはあいつらに片目を潰されて、崖に突き落とされました。……死んだと思いました。でも、そこで手に入れたんです。この<地神獣王の瞳>を……」
 青年は片目にかかる髪をかきあげた。そこには数週間前に見たものと同じ、金色の獣の瞳があった。
 ドキリとした。
 怖かったのではない。さっきの話を聞き、これまでの青年の態度を見、そして……青年へと惹かれていたのだ……。
「コレがあれば、みんなを助けられると思ってた! 先生に習って制御も出来ると思ってた! でも……でも……!! 結局、ボクはアナタを……」
 私は思わず、まるで土下座をするように地面に座り込んだ青年を抱きしめていた。
「ううん。アナタは私を守ってくれた。そうじゃなきゃ、今、私はここにいなかったはずだから……」
 私は青年の顔を覗きこんだ。髪の奥に金色の瞳が輝く。今の私には、それもが美しいと思えた。
「……ありがとう…………」
 そう言いながら私は半ば強引に、青年の唇を奪っていた。
 青年はとても驚いた目をしていた。長い時間に思えた。そして静かだった。
 私はゆっくりと青年を抱きしめた手を離して立ちあがると、「彼女、風邪ひいちゃうよ」と言って、彼女の行水を手伝った。
 身体を拭いてあげ、服を着せ、部屋のベッドに寝かせる頃には、既に空は赤く染まっていた。


 夕飯が終わり、もうすでに廊下のランタンの火も消された。
 私はそんな闇に包まれた廊下で、ドアを前にどうしようか悩んでいた。いや、「どうしようか」とは違うな。「するかしないか」悩んでいた。
「よし」
 ついに決心し、軽くドアをノックした。部屋からは明かりが漏れているので、まだ起きているのは確認済みである。
「……? はい? どうぞ」
 ドアを開けると、ベッドに腰掛け、なにかの書物を読んでいたらしき格好の青年がこちらを見ていた。
「どうしたんですか? 一体……」
 私は後ろ手にドアを閉めた。
「アナタのあの暴走……その瞳<地神獣王の瞳>が原因と言ってたわよね?」
 青年はこくりと頷く。
「それなら、暴走を食い止める方法を思いついたの」
「ほ、本当ですか!?」
 青年はその瞳を輝かせた。
「考えてみたんだけど、あの暴走って言うのは、獣王が性欲を司っているからだと思うの。私の所属している風神の神殿は昔から魔導具を作る技術に長じてますから、その力をある程度封じ込める事が出来るものを手に入れることが出来ると思います。そして……」
 そこで一旦区切り、いたって落ちついた風で青年を見つめた。内心のドキドキを覚られないように。
「そしてもう一つ。その瞳を付けているアナタには通常よりも数倍……いえ、場合によっては数十倍するほどの性欲が現れているはずです。ましてや、それを我慢しつづければ、どうしても突発的に表面に現れるのは確実でしょう。ですから……」
 私は上に来ていた薄手のシャツを脱ぎ、胸に巻いていた包帯をほどいていった。
「あ、あの! 一体何を……!」
 青年は明らかに狼狽した。それを見て、私自身、明らかにドキドキしてきた。それどころか、この状況に興奮し始めたのか、通常でも大きい乳房が更に大きさを増し、加えて乳輪・乳首ともに目立つほど膨らんでいた。
「その性欲を一定期間毎に処理していけば、例え暴走しても、一度に現れる性欲の量が抑えられるはずです」
 そして私は、上半身裸のまま、青年をベッドに押し倒していた。
「……処理……しましょう……」
 それだけ言うと、私は軽くキスを交わしながら、青年のシャツのボタンを外していった。青年の身体は華奢に見えていたが、実はそうではなく、かなり引き締まっていた。
「あ…………っ」
 思わず、私は彼の胸板に自分の胸を押し付けるように抱きついていた。
 風神の神殿は色々なものを司っている。天気はもちろんのこと、流通・交通・情報、果ては宿屋や道具屋のような、旅に必要なものも風神の範囲なのだ。そしてそれは裏、つまり遊女宿なども含んでいる。
 だから風神の神殿に仕える者は、性的な技術を覚える事も必須なのだ。
 自慢では無いが一応、私は同年代の中で一番の出世株。勿論、性的技術もそれなりに身につけているし、場数も……多くは無いにしても、多少はこなしていた。
 しかし、今、私はそんなことなどお構いなしに、これまでに無いほど興奮していた。がくがくと身体が震える。もはや自分が抑えられなかった。
 ゆっくりと身体をずらして行き、彼の足元に膝を付くようにしゃがみ込んだ。
「あ、あの……こんな事……」
 青年は身体をがくがくと震わせながら、性の衝動に耐えようとしているようだった。
「ダメよ……耐えるだけじゃ……。私の前では流されて……。でないと、処理にならないから……」
 青年のズボンに手をかける。ごくりと喉が鳴ったのに気付かれなかっただろうか……。
 ずるりとズボンを引き下ろすと、私の目の前に見たことも無いくらいの大きさと太さと固さを持ち合わせたペニスがはねあがるように現れた。再び喉がごくりと鳴る。
 おずおずとペニスに手をかけ、その熱さを感じながら擦り始める。
「こんな……すごい……んっ……ちゅっ……はむぅ……」
 私はすぐに手だけでは埒があかないと判断して、口と舌も使うことにした。
 大きく口を開いても、入りきるのはぎりぎりだった。無理をしたら顎が外れるかもしれない。仕方なく、一度は口に含んだが、改めて舌を這わせる事に重視した。
 まずは脈打つ幹に舌を這わせ、裏にあるスジを先まで舐め上げる。そして、先の穴を舌で突つくようにしながら、段差の部分を手でこする。神殿で習ったテキスト通りに済ませて行く。
 しかしそれだけでは自分の気持ちが納まらなかった。自分の乳房を左右から寄せ、その間に唾液を垂らすと、そこに青年のペニスを挟みこんだ。それでもなお、ペニスの先が余ってしまう。左右の乳房を交互上下に揺らしながら擦りあげ、 ペニスの先端を咥え吸った。
 時折、青年のうめくような声が聞こえる。それがまた、私に火をつけるのだ。
『私……こんなにエッチだったっけ……』
 ふと、そう思うと、突如として恥ずかしさがこみ上げた。顔がいきなり赤面したのがわかる。ちらっと青年の顔を盗み見る。まるで女の子のように喘いでいる。
『私……犯し返してる……』
 そう思った瞬間、青年のペニスは大きく震え、先端から白い液を吹き出した。
 激しく喉の奥を叩く勢いに、半ばむせ込みながらもなるべくそれを飲み込んでいった。
『そうすることで相手の男は興奮する』そう教えられていたから。しかし獣の量を持ったそれを飲みきれるわけもなく、口とペニスの隙間から喉へ、そして乳房へと溢れてこぼれ、胸の谷間へと溜まって行く。
 青年はその状況を見ていた。私は照れながらも、口元についた精液を舌なめずりするように舐め取り、ペニスの先から残った精液を吸い取ってから、ペニスを流れ落ちる残りを舐め取った。これだけ射精したと言うのに、ペニスは全然萎えていない。いや、逆に固さを増したようにすら感じられる。
 私はがくがくと震える足を踏ん張って立ち上がると、青年に見せ付けるようにパンツを脱ぎ捨てた。青年の視線が私の股間にくぎ付けになっている。
 パタタッ……。視線を感じた私の身体は敏感に反応した。愛液が滴り、床にしみを作る。
 それを誤魔化すように、私は青年にかけより、半ば馬乗りになるようにのしかかった。
 荒い息だけが室内を埋め尽くす。それ以上の言葉を交わさないまま、私は自分の膣口にペニスをあてがうと、一気に腰を落した。
んんっ!!
 大きなペニスが膣を貫く感覚に、それだけで私は気をやってしまった。再び青年の身体へともたれかかる。
 すると青年は同じ快感によって、歯止めが少し利かなくなったのか、私と身体を入れ替え、ベッドへとうつぶせに押し倒した。同時に反りかえった強張りが膣の中を掻き回す。
「ひぐっ……」
 背後に回りこみ、青年は荒々しく腰を突き上げてくる。膣の襞が引き伸ばされ、押しつぶされる感覚に身悶えしそうになるが、青年は私の頭を片手で鷲掴みにし、ベッドへ押さえ付けていて、それさえもできなかった。更には空いた手で、私自身の身体で押しつぶされ横へ押し出された乳房を、弄ぶように揉みしだく。
 以前の暴走した青年にされた時とは全く違い、自分もそれを望み、そして受け入れている。押さえ付けられ身動きが取れない身体も、前は恐怖でしかなかったのが、今では逆に頼もしいとさえ思えてしまう。
「あんっ! ふあぁ! ん……あふん……」
 思わず出てしまっている嬌声に、青年は一層興奮してきたのか、腰を突き出す力強さ・速度が増して行く。
「も、もうダメぇ!!!」
 私の身体が一瞬跳ねた。同時に青年の腕が私をがっしりと抱きしめ、ペニスを限界奥まで突き込んだ。愛液と精液が吹き混ざり、膣とペニスの両方が痙攣したようにびくびくと脈動していた。
 ガクリとベッドに倒れこむ二人。しかし、青年のペニスはまだまだ満足していないのか、固いままで私の中に存在していた。
 そして数分もしない内に青年も身体を起こし、再び私の中を貪り出した。感じ過ぎて少々苦しくはあったが、彼の役に立っていると思うと嬉しく思えた。
 …………こうして、この「処理」は次の日の昼前まで続く事になった…………


「心配することも無かったようだな」
 次の日の昼前に帰ってきた黒服の人物は、寄り添いあって寝ている私達を見てそう呟いた。
「あっ……」
 その言葉で目を覚ました私は、慌てて青年から身体を離した。
「キミの上司からの預かりものだ」
 シーツを纏った私に、黒服の人物は何かを投げてよこした。
 それは眼帯だった。それも風神の紋章の入った。私が昨日思いついた事を、この黒服の人物と私の上司はすでに気付いていたのだろう。
「それと……あの娘は連れて行く。記憶を消すための儀式の手はずが整ったんだ。最後に会わせてやれないのは可哀想だが、変に情が湧いてもなお可哀想だ。そいつの事はよろしく頼む。無事に儀式が済めば、3・4日で帰ってくる」
 黒服の人物はきびすを返して、ドアを開けて出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待って……」
 肩越しに振りかえる。
「あ、あの……ありがとう……」
 私がそう言うと、黒服の人物は軽く片手をあげ返事に変えると、そのまま出て行った。
 私はベッドに座り込んで、何気なくそばで寝息をたてている青年へ目をやった。何かから解放されたような、屈託の無い笑顔……。その顔と、手に持った眼帯を数度見比べ、彼が起きたら、まず彼女の事を言って、食事して、それから似合うように軽く髪を切ってやろうと心に決めた。
 彼の心に彼女がいるのは確かだろう。でも私も彼に惹かれている。だから許される限り、一緒にいようと思った。
 彼の為に何かをしたい。それが私にとって大事な事なのだ。
 黒服の人物が帰ってきたら、一旦神殿に戻って、技術や情報やその他色々を自分の物にしてこよう。
 こうして彼と私の奇妙な旅の始まりは決定付けられたのだった。


「フィロさん、どうかしました?」
 セルリアンが私の顔を覗きこんでいる。
 食堂に入ってから注文のものが届くまで、ぼんやりとしてしまっていたようだった。
 私の目の前には注文した品が並んでいる。
「ううん。なんでもない」
「そうですか……何か心配事とかだったら言ってくださいね?」
 セルリアンの表情はころころと変わる。心配そうな表情に胸が締め付けられる思いだ。
「そんなんじゃないってば。セリくんも立派になったなって思ってたの」
 私が思わず苦笑しながらそう言うと、セルリアンは照れながら微笑を返してきた。
 ……私はつくづく、この青年の笑顔に弱くなったと思い、再び苦笑した。