失われたヴィーナス その3
縁取りの無い、皮膚にピタリとフィットする極薄のTバックタンガ1枚の姿の洋子は、足首を、長さ1メートル20センチのバーの両端に拘束具によって固定され、脚を100度前後の広角に開いたポーズで、逆さまに高々と吊られていた。

「洋子君 頭を真っ直ぐ下げたら早く頭に血が登って苦しくなるから、床を真っ直ぐ見る要領でチョッと海老反ってごらん。この方が楽で、苦痛に耐えるリアル感が出て美しいんだよ。」

「ンン ンッ は はい ンッ クッ 先生・・・」

洋子は苦しみに耐えながら返事をした。
両手を尻に当てる。髪の毛の前半分が顔を覆っている。
贅肉の無い背筋に少し力が入り、脊柱を窪ませ、ウエストが美しくカーブを作る。
脚を大きく開いたせいで尻肉に力が入りにくいが、大腿の硬い筋肉と内側の柔らかな筋肉の境目の筋がハッキリ出ているのが、なんとも官能的である。

「そうだ この方が楽だろう? グフッ グフッ グフッ ゴホッ ゴフッ ケヘッ ケヘッ ケヘッ ケヘッ」

「はいぃっ クッ ンッ 」

「この液を肌に塗布するだけでは駄目なんだよ・・・乾かないうちに肌にこの装置の電極を当てて1分間微弱電流を流す。こうすると、乾いて数分後には勝手に型が割れるんだ。」

洋子は碇からストロー型のマウスピースを咥えさせられ、鼻と耳にガーゼを入れられ、目を閉ざされられると瞼の上からシールを貼られた。

碇は脚立に登ると、洋子の足先から髪の毛まで 液をへらで塗りつけはじめた。
やがて液は洋子の全身を覆い尽くし 逆さ吊りの洋子の肉体美はさん然とブロンズ色に輝きはじめた。

と、洋子が自ら力を加えなくても、両腕が勝手に後ろで重なり、手首同士が交差して、そして交差した手首が今度はジワジワとうなじに向かって上がり、そして肩甲骨の上で止まった。

「ゴホッ ゴホッ ゴフッ フウウッ 縄で縛らなくてもこのようなポーズをとることができる・・・」

液のすばやい硬化のせいで、洋子の身体はすでに薄い金属様の膜で固められ、微動だにできない状態になりつつあった。呼吸を細いマウスピースだけに依存しているせいでかなり苦しい。
波立つ胸や腹は、凹んだ瞬間に膜が圧迫して、よりタイトに、より美しく、洋子の身体をしめあげてくる。

・・・キツイは!・・・何度やっても慣れないわね・・・もう力を入れてもビクともしなくなったし、耳が遮断されて音も聞こえなくなった・・・キツイけど、これで私の美しい身体が作品として残るんだから、お安いごようよね・・・

「ウグウウウウ ケホッ ケホッ ケホッ ケホッ ヒギイイイ 」

碇の様子がおかしい。発作が起きたのだ。
通電しようと握っていた電極を手に持ったまま、倒れこんでしまった。

「ヒギイイイイ・・・ヒイッ ヒイッ・・・ヒイッ・・・ヒイ・・・・・」

なんと、碇は洋子を逆さ吊りにしたまま絶命してしまったのだ。
すでに洋子の身体は金属様の膜に固められてしまい、指も、唇さえも動かせない。耳さえ聞こえない。

事態のわからない洋子は、苦しさに耐えながら、誰も知らぬこのアトリエで永久にこのポーズで拘束される状況に身を任せているのだった。
唇も硬化したせいで麻痺感覚に陥り、唇からマウスピースを落としてしまったが、その感覚さえわからないのであった。

洋子が異常に気づき やがて悲鳴さえ出せないパニックに陥ったのは、それから10分後であった。


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