虚構と空想と実像の狭間で・・・ 〜赤い天使の物語より〜 書いた人:北神的離
第一章 |
「支配人、もう開演まで時間がありません!」 「判っておる、だが、人が足らんのだ。かと言って台本を書き直させるには時間が足らぬし・・・」 「出資者も無茶な要求しますよね、今年に入ってもう6人ですよ。」 「うむ・・・しかし、出資者には逆らえぬしのう・・・。」 「どうするんですか、もう30分ありませんよ。」 「うむ・・・仕方ない、客には申し訳無いが今回の公演は延期と言う事で・・・」 「それはいけませんよ!今日は出資者が視察に来る日ですよ。」 「何?どうしてそういう大事な事を先に言わん!もし杜撰な芝居を見せたら儂等の首が飛ぶぞ!!」 「はあ・・・」 「大体貴様は昔からそうだ。いつもいつも儂の足を引っ張りおる・・・って、聞いておるのか?」 「・・・・・・・・」 「おい!何とか言ったらどうだ!!」 「・・・・・・・やってられっかぁぁぁぁぁ!!!」 ガッシャーン 「おい、いきなりテーブルをひっくり返すんじゃない!」 「もうやってられっかよ!こんなとこ辞めてやる!!」 「お、落ち着け!!」 「これが落ち着いてられるか!優秀な役者はすぐにいなくなる、下からはスケジュールがハードだの人が足りないだの愚痴をこぼされ、上からはもっと収益をあげろ、何やってんだこの無能者と叱られる・・・こんなんじゃやってらんねえよ!!あいつらばかり楽しんでないでこっちにも一人くらい・・・むぐっ」 「・・・落ち着け!誰かに聞かれたらどうするんだ!」 「もが・・・むぐぐ・・・・・ぷはぁ!・・・すみません、つい取り乱してしまって。」 「暴れたい気持ちは判る。しかしそれでは何も解決せぬぞ。」 「そうですよね、とりあえずこの現状を何とかしなくては・・・」 「ああ、どこかから救いの天使でも舞い降りてはくれぬかのう・・・。」 「人に落ち着けとか言いながら自分は神頼みかよ、そんな都合良く救いの手など・・・」 がちゃり 不意に扉が開けられ、そこから金髪のまだ幼さの残る少女が顔を覗かせた。 第1章 天使、舞い降る 薄暗い広大な空間・・・ そこに数多くの人がひしめき合っている。 彼等は、まだ何も無い前方の空間を見ながら、これからそこで繰り広げられるであろう非日常的な事柄を楽しそうに語り合っている。 サン・ティールズ劇場の観客席に、レヴィンとフェリアは座っていた。 「・・・楽しみねえ。」 フェリアは瞳を輝かせながら両の拳を握り締めている。 「こんな時だけはお前が女の子だって事を思い出させてくれるよ。」 余程楽しみなのだろう。いつもならその場で取っ組み合いに発展しかねないレヴィンの挑発にも耳を貸さず、じっと舞台を見ている。 「でも、少し早すぎねえか?まだ開演まで45分はあるぞ。」 「何言ってるの、周りの客の数を見てよ。開演ぎりぎりに来てたら立ち見どころか中に入れてももらえないわよ。」 言いながらもフェリアの視線は舞台から動かない。 ぷるっ 緊張している所為だろうか?数ヶ月前、フェリアを破滅に導いた忌わしい感覚が襲う。 「や、やだ、こんな時に・・・。」 まだ軽い感覚だったが、公演の時間は2時間強。これからたっぷり3時間は席を立てない事になる。 まだ13歳になったばかりのフェリアにはつらい時間だ。 加えて公演が終わった直後というのはトイレの前に長蛇の列が出来るものだ。 もし列に入りそびれたら、堤防の決壊は目に見えている。 まだ公演までには時間がある。今のうちに行っておくべきか? しかし・・・隣に座っているレヴィンに目を向け、フェリアは躊躇する。 隣に殿方がいるのに、席を立って、自分の欲求を勘繰られないか・・・? しばらくの葛藤の後、フェリアは決断した。 (ま、いっか、レヴィンだし) フェリアは席を立った。 それと同時に隣に座っていたレヴィンも席を立つ。 「・・・・何よ。」 「何って・・・便所だが、フェリアは?」 「・・・あ・・・あの・・・その・・・手を洗ってくるのよ。おもいっきし握ってたら汗ばんじゃって・・・あはは・・・」 笑ってごまかすフェリア。レヴィンはすでに気付いてたりするのだが。 「まあ、それはいいんだが、2人同時に席を立ったら誰かに席を取られるんじゃないのか?俺、先に行って来るから、お前は後にしろよ。」 このまま開演直前まで戻ってこなかったら、フェリアはどうなるだろう?などと意地悪な考えにふけっていると、 「そんなの荷物置いとけば問題無いでしょ!さ、行くわよ!!」 言いながらポーチを置くと、フェリアはさっさと行ってしまった。 「言わないでも判るでしょうけど、覗いたら殺すわよ!!」 言うなりフェリアは女子トイレのドアを荒々しく閉めた。 「誰が覗くか!」 吐き捨てるように閉ざされたドアに反論すると、レヴィンは少し考え込む。 (覗くなって事は、音は聞いても問題無いよな) 極めて自分勝手な結論を出すと、ドアのすぐ近く、直線上に便器のあると思われる壁に耳をぴったりと押し当てる。 ちょろろろろろろろ・・・・・・ 息を止め、耳を澄ますと、遠くから黄色いせせらぎの音が聞こえてきた。 (こ、これがフェリアの音か・・・) レヴィンは妄想してみる・・・ スカートをまくり上げ、パンツを足元まで下ろし、便器をまたいでしゃがんでいる少女。 そのまだ一本の毛も生えていない・・・ (いや、あいつももう13歳だ。産毛くらいなら生えているかもしれんな) そう考え、脳裏の画像に修正を加える。 うっすらと産毛の生えた部分から生み出される一筋の水流。 少女は抑えていた欲求の開放に恍惚の笑みを浮かべている・・・ やがて音が止み、レヴィンは壁から耳を離した。 扉から離れ、平静を装うレヴィン。 しかし・・・・・ フェリアはいっこうに出てこない。 通路に静寂だけが流れて行く・・・。 (まさか・・・・・) しばらく考えた後、レヴィンはある仮説を導き出す。 (あいつ、便所の中でオナニーでもしてんじゃないか?) 最近の女の子は性に対して早熟だとレヴィンは聞いた事がある。 常日頃大人に混じって行動しているフェリアならば尚の事そういった情報に恵まれているはずだ。 ならば、個室の中で自慰行為、などと言う事も充分にありうる話だ。 レヴィンは再び妄想の世界に没入する。 『はぁぁぁぁぁぁ・・・』 欲求から開放され、溜息を漏らす少女。 わずかに付着している液体を備え付けの紙でふき取る。 「ん・・・」 体がぴくりと震える。 ふき取る際に、陰核を刺激してしまったようだ。 新たな欲求が湧水の様に体の奥深くから湧き上がる。 『・・・誰も、見ていないわよね?』 フェリアは周りをきょろきょろと見回すと、それを始めた。 狭い密室内、誰にも観られる事の無いという安心感があるいは彼女を突き動かしたのかもしれない。 そっと、先ほどまで自分を苦しめていた部分に手を伸ばす。 『ん・・・・・』 快感にぴくんと体が震え、少女は思わず手を引っ込める。 しかし、一度呼び起こされた快楽の波を鎮める事は難しく、少女は再びその部分に指を這わせる。 『あっ、あああ・・・』 堪えようとしても思わず声が出てしまう。 快楽を鎮めようと、指の動きを早めるが、それは新たな快楽の波を産み出していく。 決してレヴィンの前では見せる事の無いであろう、快楽に身を任せた無防備かつ可愛らしい表情で、少女は呟く。 『いっ、いやぁ・・・だめ・・・レヴィン・・・・』 (『だめ・・・レヴィン』だって、いやあ、照れるなあ・・・) てめえの妄想だろうが、レヴィン・・・・・ (しかし、そうまで言われちゃ、声を聞かなきゃ無礼ってもんだよな) 興奮のあまり、すでに現実と妄想の区別もつかなくなり、ふらふらとドアの前に歩み寄る・・・。 ばぐぅ 突如ドアが開け放たれ、レヴィンはしこたま顔を強打した。 「あたたたた・・・」 レヴィンはしゃがみ込み、顔を押さえていると、頭の上から聞き慣れた声がした。 「・・・・・こんなとこで何やってるのよ、レヴィン?」 「あっきれた。まさか本当に覗こうとしてたなんて。」 「だから違うって言ってるだろ!」 レヴィンは反論するが、壁に耳当て音を聞いていたという後ろめたさの為、その声はいつもに比べて少し弱々しい。 「それじゃ、どうしてあんな場所に立っていたのよ?」 「それは・・・」 レヴィンが返答に困っていると・・・ ガッシャーン! 大きな破壊音が辺りに響いた。 「行くぞ、フェリア!!」 次の瞬間には、レヴィンは走り出していた。 「ごまかしたわね・・・。」 言いながら、フェリアも後に続く。 音の大きさからして、ただ事ではない。音のした所で何が起きたにせよ、この辺りの治安を維持する任務も持つ騎士としては急がねばならない。 「ここから音がしたみたいね、あたしが様子を見るわ。」 破壊音の発生源と思われる部屋の前に来ると、フェリアはそっとドアを開ける。 中は、ごく普通の応接室といった感じだ。 床にはひっくり返されて半壊した机が転がっている。破壊音の原因はこれと思われる。 机の向こう側に、二人の男がこちらを見据え、立っている。 一人は初老のやや太り気味の男、身に付けている服の質から、この男が裕福な環境にあることを物語っている。恐らくここの支配人だろう。 もう一人は太った男より若干若目の、いかにも算盤勘定の似合いそうな風貌のやせた男だ。 やせた男は、しばらくフェリアを呆然と見つめていたが、はっと我に返ると、フェリアの元に歩み寄り、頭の上に手を置いた。 「ふむ・・・少し背は低いが使えない事は無い・・・。」 「・・・・・?」 今度は腰に手を伸ばす。 「きゃうっ!!」 「年の割には肉付きも良い・・・何かスポーツでも?」 言いながら近づけてきた男の顔に、フェリアは鉄拳を食らわせた。 「ふごっ!」 もんどりうって倒れる男。 「なにするのよっ!!」 両手でお尻を隠し、やせた男を睨み付ける。 すると、様子を見ていた太った男が、二人の間を遮るように割り込み、口を開いた。 「いやいや、これは部下が失礼な事を。しかし儂等にも事情があるのです。」 そう言うと、聞いてもいないのに自分たちの置かれた状況を話し始めた。 どうやら彼等はこの劇場の管理人と会計士らしい。 もうすぐ開演時間だというのに、人が足らずに困っているらしい。 重要な役をやる少女が昨日、辞めてしまったというのだ。 その原因については、いくら尋ねても教えてはくれなかったが・・・。 絶体絶命の窮地に立たされている所に、フェリアがやってきた、らしいのだ。 「あなたの容姿、体つきならば充分舞台に立てます。どうでしょう?ぜひともあなたにやってもらいたいのですが・・・。」 「えっ!!・・・まあ、どうしてもと言うならやってあげてもいいけど?」 自分が舞台に立てる、千歳一隅のチャンスなのだが、あくまで平静を装うフェリア。 「本当ですか!それでは早速台本を渡します。セリフもわずかですので、すぐに覚えられると思います・・・おい、きみ!この人を衣装室に案内してあげて!!」 言うと、床に倒れたままの会計士を無理やり起こす。 「ところでお嬢さん、あなたのお名前は?」 「えっと・・・セリナ・ファルケウスです。」 とっさに偽名を使うフェリア。 仮にもラティス国最大の権力を持つ一流貴族の娘である。 自分がそんな身分であるとばれたら、とても演劇どころでは無くなるだろう。 「何言ってんだ?お前、フェ・・」 どぎゃ そうとは知らず、本名を出そうとする不届き者のパートナーに回し蹴りを決めるフェリアだった。 控え室・・・ メイクを衣装係に任せ、ひたすら台本を読みふけるフェリア。 既に劇は始まっているが、今回の劇でのフェリアの役は中盤にほんの僅か、まだ出番までは1時間くらいの余裕がある。 その間に、この劇の内容を知っておこうというのだ。 革命王 世界がまだ魔族に支配されていた頃、一人の少年が立ちあがった。 彼は12人の賢者と共に次々と魔族を打ち倒して行く・・・。 天界から降りてきた炎の天使から一本の剣を渡された少年は、ついに魔族の王を封印し、地上に光を取り戻す。 そして彼は、生き残った人々をまとめあげ、ひとつの国を興す・・・ といったストーリーである。 これに数々の脚色が加えられ、2時間にも及ぶ壮大な物語になっているのだ。 フェリアの役は、物語中盤、革命王に聖剣を授ける炎の天使、ティアルフェル・レヴィア・メルティラーヴァである。 「セリナさん、そろそろ出番です!」 「・・・来たか・・・。」 フェリアは台本を閉じると、ゆっくりと立ちあがった。 「ふむ・・・なかなか盛況じゃないか。」 「はい、おかげさまで・・・」 豪華な衣服を身に纏った中年の男性の横で、支配人が畏まっている。 この男性、豪華なのは衣服だけでは無い。 身に付けた装飾品の一つを取って見てもそれだけで中流階級の家族が1ヶ月は遊んで暮らせるだけの値打ちがありそうだ。 そしてそれらを身に付けながらも決して嫌味に感じさせない風格を体から発散させている。 この人こそラティス国最大の劇場、サン・ティールズ劇場の出資者にして一流貴族のレイフォード・L・サイドゥである。 「そろそろ物語も中盤の山場、か・・・。」 レイフォードは舞台に見入っている。 顔をステージに向けたまま、支配人に尋ねる. 「おお、そう言えば今回のティアルフェル役、新人を起用したそうだな。」 「はい、どうしても役者の数が足りなかった故・・・」 「どんな娘が出てくるか、期待しようか・・・。」 そして、フェリアの出番がやってきた。 「な・・・なんだ、あの娘は・・・。」 レイフォードが驚愕の声を上げる。 対する支配人は、口をぱくぱくと開閉させるだけ、 言葉も出なかった。 そこにいた少女は、おおよそ人間とは思えなかった。 炎のように赤く染めた髪、 それとは対照的に白い肌、 やや俯きがちの顔に光る蒼い宝玉のような瞳、 その瞳が一瞬観客達を見回す。 ぞくり 観客達は身を震わせる。 恐らくその瞬間、室内の気温が20度は下がったように感じた事だろう。 人では、無い。 それ程までに、美しい。 まるで本当の『赤い天使』が降臨したかのようだった。 その天使が、『革命王』役の男優を静かに見つめる。 ぺたん あまりのことに、男優が腰を抜かす。 天使は一瞬その男を見ると、口を開く。 「何だ、天に使えし者の姿を見るのは初めてかえ?ならば無理も無いか・・・」 そのような台詞は台本の中には無い。 フェリアのとっさのアドリブである。 そしてそのまま、次の台詞を続けて行く・・ 「・・・・・あの娘、本当に芝居は初めてなのか?」 異界と化したかのようなステージを見ながら、レイフォードが尋ねる。 「はあ、そう伺ってますが・・・。」 支配人は、からからに乾いた口をやっとのことで動かす。 「ふむ・・・これは良い素材になりそうだ。」 レイフォードは静かに呟いた。 つづく |