マーサ・ドレイク最初の冒険
これはマーサ・ドレイクが、ボストンのハーヴァード大学を卒業と同時に、優秀な成績で司法試験に合格し、故郷のニューヨークに帰り、地方検事局の研修生となってまもなくのエピソードである。
もしかして、この出来事が今後の物語の発展のカギになることがあるかも知れないので、ここに紹介しよう。
当時のニューヨーク(以下NYと略称する)はすでに世界でもトップクラスの都会の貫禄を備えつつあった。このころ(一八五〇年代後半)NYで、世界ではじめてのエレベーターを備え付けた五階建てのビルが建築され、またハンガリーから移住したスタンウェイによって初めてコンサート用のグランドピアノがNYで作られたなどの記述が歴史の本に見える。
街の中心部の繁華街は華々しく飾られ、夜の歓楽街も次第次第に享楽的になりつつあった。ヨーロッパのみならず、中南米やアジアからも人々は希望に満ちてアメリカに移民した。
しかし当然夢破れて路頭に迷い、果ては犯罪を犯し、裏社会に逃げ込む人たちもあとをたたなかった。またそこには当然大掛かりな犯罪組織も形成されつつあり、司法当局としては対策を強化しなければならなかった。
この当時NYの暗黒街で急激に勢力を伸ばしつつあったグループの一つは、謎の中国人ワン・リーの一味である。
彼はもともとロンドンの闇社会を仕切っていた。その資金源はインドおよび中国からの麻薬の密貿易による巨利である。しかしロンドン警視庁(スコットランドヤード)の追求するところとなり、新天地アメリカに密かに渡り一儲けをはかったのである。
このNYの陰の大物のワン・リーの巨大な組織が、若き美貌の司法研修生マーサ・ドレイクの働きにより壊滅されることになるのだが、これはそのエピソードである。
天成の輝くような美貌を誇り、学業も優秀でしかもカラテやジュージュツやボクシングや射撃や乗馬にまで卓越した技を持つ司法研修生は検事局でもたちまち評判になった。
しかしマーサ本人は特別気にするようすもなく、決められた研修を終わった後も、いつも夜遅くまで一人で勉強してから家に帰るのだった。
ニューヨーク大学の法学部の教授の父と有名なピアニストの母とは、勉学に打ち込むため別居して、検事局から歩いて二十分ほどのアパートメントを借りて生活する毎日である。
この夜も同じであった。
すでに夜十二時を過ぎてガス灯に照らされた街は、一見おだやかそうに見えるが、都会の陰にどんな牙が隠されているかわからず、女の一人歩きなどは無謀とも言えるのだが、マーサはそんなことは意にかえさない。
もちろん暴漢の一人や二人はかんたんにはねつける実力がマーサに備わっているからだ。
検事局とアパートメントとのちょうど中間のあたりだろうか。
マーサはふと足を止めた。かすかだがなにかただならぬ物音がしたように感じたからだ。しかも女の悲鳴も混じっていたようである。
マーサは油断なくあたりを見回す。物音の発生は約二百ヤードほど先の路地らしい。マーサは現場めがけて快速に走り出す。
マーサの優れた視力は、大通りから直角に曲がった路地をまた百ヤードほど入ったところの暗がりに二人の人影を捉える。そのなかの一人は明らかに若い女性だ。大都会の物陰のこのような光景がどんな事件を物語っているかは瞭然としている。
すばやく駆けつけたマーサに驚いた男は、小柄な口ひげをはやした派手な身なりの三十前後の見るからにその筋の人種だ。こいつの名はサム・タイラーと言い、この辺のチンピラを統率して上前をはねている兄貴分と言ったところだ。
女は二十七、八のなかなかの美人なのだが水商売風ではなく、ごくふつうの中流家庭の主婦のようだ。その女をサムは後手に縛り、はやくも猿轡まで噛ませてどこかへ拉致しようという魂胆らしい。突然現れたマーサを見て男はギョッとする。
「おっと、こいつは驚いたね、よく見れば女じゃねえか。しかもピチピチの体をしたズバリおれ好みの若い別嬪だぜ・・・ウヘエ〜〜、今夜はついてるぜ。現場を見られたんじゃしょうがねえ、この新入りのお嬢さんも縛り上げて例の場所へしょっ引いて行くしかないな」
「さあ、すぐにその女性をお放しなさい。どんな事情があるのか知らないけれど、男が暗闇で女性を襲うなんてただ事じゃないわ。もし私の命令が聞けなければ、おまえを警察署に連行します。さあ、はやくしなさい、命令よ!」
「めっぽう活きのいいお嬢さんだぜ、驚いたね。お嬢さん一人で、この辺じゃちっとは名の知れたおれを逮捕しようってのかい?こいつはおもしれえ、やってもらおうじゃないか。どこにでもいそうなこっちの平凡な奥さんより、じゃじゃ馬でナマイキそうで別嬪のおめえのほうがよだれが出るほどおいしそうだ!ウヒヒヒ」
一瞬マーサの顔にさも相手を軽蔑し、さげすむような表情が浮かんだ。
「さあどうするの?素直に私の言う事が聞けないなら容赦しないわよ、時間の無駄だから」
「言わせておけばこのアマ!ふざけやがって、こうなったら手加減しねえぞ、フン縛ってアジトにしょっ引いていくぜ!!」
怒り狂った男がマーサめがけて突進し、あわやと思った瞬間、男の体は宙を舞い、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。しかしその一瞬の間にもサムはマーサから漂う脂粉の香りに酔い、彼女に技を掛けられて密着したとき、弾けそうに弾力のある乳房と太腿の筋肉の感触に脳髄が痺れる。こいつはどうしようもない女好きの助平らしい。
ズデン!と頭と腰を受身を取るまもなく叩きつけられて、男にはなにがどうなったのかわからない。ただ、この若い女は恐ろしく強く、とても一人では勝てないらしい、こいつは分が悪い、逃げるが勝ちだ。すばやくさとったのはさすが地元のケンカなれしたやくざである。
しばらく男の出方を厳しく睨みつけて(その目がなんとも言えず色っぽくサムは呆然とする)観察していたマーサが、縛られた女を助けようと、そちらに目を移した瞬間を狙ってやつは脱兎のごとく逃げだした。
「あっ、待ちなさい!」
マーサが叫んだときは遅かった。しかし男を捕まえるより女を救助することのほうが先決である。あんな程度のヤクザは警察に報告すればいつでも逮捕できるので、あえて追わなかったのだ。
女はジェーン・シモンズという。夫に内緒で投機に手を出し、大穴をあけてしまい、金に困って、表向きは高利の金融業者をやっているサムから金を借りてしまったらしい。
しかし、すぐ悪徳金融業とわかったのだがもう遅い。取立てがきびしくしかも契約以上の金利を要求し出す。おまけにサムから、夫にバラすという脅迫めいた呼び出しがあり、危険を承知で今夜やむなく指定の場所にやって来たというわけだ。
マーサは彼女を夫に気づかれないように家の近くまで送ってから帰宅した。
こちらはサム・タイラーである。
突然のマーサの出現により、ジェーンというカモを逃がしてしまったのもシャクだが、それよりもなによりもこいつの脳裡に浮かんで消えないのは颯爽としたマーサの容姿である。
「ウウウ、ちくしょうあの女豹め、それにしてもハクいスケだったなあ!」
五フィート十インチ(百七十八センチ)の堂々たるグラマラスバディーと並外れた美貌、それに男を男とも思わないナマイキなじゃじゃ馬ぶり・・・『あああ、どれをとってもピッタシおれ好みの女だぜ、ああ、よだれが出る。いまに見ていろ、絶対に、あのナマイキな女を捕まえて、素っ裸にひん剥いて、これもおれ好みにギリギリに縛り上げて滅茶苦茶に嬲りものにしてやるぞ・・・ちくしょうめ、想像するとよだれより鼻血が出そうだ』・・・などとよからぬ妄想を抱く始末だ。
どうやらここにも強烈なフェロモンにやられたマーサ病患者が発生したらしい。
「今夜は女一人と思い不覚を取ったが、なあに、ワルの手下を三、四人集めて襲えば、いくら強いあの女だって・・・へへへ、ああ、想像するだけでオッタってきちまうなあ・・・善は急げっていうからな(なんか変か?作者)、さっそくあの女の居所を調べてと、いや、どうせ、あの時間にあの場所で張ってれば必ず出会うはずだから、あとは尾行すればいいってワケだ」
サムのやつ、翌日の晩、待ちきれないように、十一時半ごろ家を出てマーサと遭遇した場所に向かった。もちろんこのドジな男はマーサが地方検事局の研修生などとは知らない。
と、しばらく張り込むうちに
「来た!あのクソ強い、しかもふるいつきたくなるような美人で超セクシーなあの女が」
サムはマーサに気づかれないように距離をおいて尾行する。さすがNYに住みなれたヤクザといった風情である。
そこから七、八分歩いたところに、瀟洒なアパートメントが数世帯続いて建っている。マーサはちょっと立ち止まってあたりをすばやく見回してから、その一軒に入った。ここがマーサの一人暮しの場所であることは間違いない。
サムは下半身がムラムラしてきた。
『今夜押し入ってやっちゃおうか?いやさすがにおれ一人じゃヤバそうだ、しかたねえ、手下をあつめて明日まで待とう。ウウ楽しみだな』
サムはマーサのスーパーバディーを想像してフラストレーションでイラつきながら、なじみの安娼婦の家にあがりこんでウサをはらした。
「アンタどうしたんだい?今夜はヤケに燃えてるじゃないか」
「うるせえ黙っていろ!あの女豹にくらべたらこんなションベン臭え女なんか月とスッポンだ。明日こそあのピカピカの女をドロドロにレイプしてやるぞ!」
すでに完全なストカー状態である。その夜、サムは娼婦の家から帰宅してからも、マーサの肉体で頭の中を真っ白にして今度はマスターベーションに耽ったのだ。
次の夜、やつは手下を四人集めた。顔にキズがあるやつやナックルにメリケンサックをはめたやつもいる。みんないかにも下品で凶悪そうな一癖ありそうな男たちである。なかには今夜の獲物が女一人と聞いて、サムの臆病さをせせら笑っているやつもある。ケンカなれしたこいつらの常識ではもっともなことだ。
「いいかテメエラ、相手は女一人だが決して油断するなよ、あの女は東洋のジュージュツとかいう奇妙な技を使うんだ。それにボクシングのほかにも知らない技を使ったようだ。だがな、これも大事なところだが、絶対にキズものにしないで生け捕りにするんだぞ!なあに、こっちは五人だ、あせらず女が疲れるのを待って脚でも狙って絡みつけば・・・イヒヒヒヒ、あとはおれさまがバッチリ得意の縛りの腕を見せてやる。ウウウ、あの女のハダカを想像するとまたオッタってくる」
「サム兄貴、そんなにいいスケなんですかい?じゃあ、おれっちにももちろん抱かせてくれるんでしょうね」
「ああ、みんなでマワしてやるさ。チクショウ、おれをコケにしやがって、あの女いまに見ていろ!」
やつらは手持ち無沙汰に酒を飲みながら夜になるのを待ちかねている。
その夜十二時、いつものマーサの帰宅時間に合わせて彼女のアパートメント付近に待ち伏せる悪人どもがいたのは当然である。
「オイ来たぞ、あの女だ、ぬかるなよ!」
ちょうどマーサの家の斜め前にポプラの大木があり、やつらはそこに潜んでいたのだ。しかし武道を学んだマーサは実はすでにかれらが潜んでいるのを早くも察したのだが、サムを捕らえる好機とこそ思え、いっこうにひるむようすはない。
『相手は五人か、でもちょっとデキそうなのはあのスキンヘッドの大男だけだわ。こんな雑魚を相手じゃ楽勝もいいとこね』
何事もないようにゆっくりと自宅に歩を運ぶ。
と、ころあいはよしとばかりに無言で手下の一人が後からマーサを羽交い絞めにしようと躍り出る。スルリと身をかわしたマーサは相手の後ろに回りこみ、やつの利き腕を取り逆関節に決めてしまう。ボギッと鈍い音がしてそいつの右腕は肩の付け根からはずされたらしく、腕をぶらぶらさせて敷石に転がり激痛にうめいている。
「このアマ!」
メリケンザックを手にはめたスキンヘッドの大男がさすがに鋭い右フックを繰り出してきた。しかしマーサは軽く半歩ステップバックしてこれを難なくよけると、またもや相手の右腕を左手で捩じるように巻き込み、やつの上腕の中ほどに、手練の手刀を叩き込む。これはバギッという乾いた音がしたという。
スキンヘッドは「グオッ〜〜」とあたりはばからず吼えるように叫んで痛さのためそのあたりを飛び跳ねる。上腕骨にヒビが入ったのだろうか。
最も強い手下をやられたサムはまたもや恐怖におびえるが、自分は数歩さがり、すでに逃げ足になりながらも、残った二人に「ええい、かかれかかれ!」と指示する。
今度は二人の男が同時にマーサを襲う。だがマーサは若い女とは信じられぬほど冷静だ。右側から襲ったやつには、満を持した鋭い出足払いが待っていた。マーサの足はそのまま外掛けのように相手の足に絡ませてさらに高く大きく払ったので、こいつは敷石に頭をしたたか打ち脳震盪を起し悶絶した。
これを見た時点でサムはもう駆け出して逃げ去った。
「あっ、待て!」と叫んだがもう一人の男も執拗に攻撃をかける。巧みにそれをかわし、こいつを絵に描いたようなキレイな一本背負いに切って取り、もんどりうって倒れた相手に正拳突きで止めを刺したが、そのときすでにサムは二百ヤード以上も逃げだしていた。逃げ足だけは速いやつだ。
そこへ警邏の巡査数名が到着し四人の手下は捕縛された。
翌朝、ニューヨークタイムスには若い美貌の司法研修正の活躍が大々的に報道された。
翌日の午後、マーサはNY市警のリチャード・ケントに呼び出された。
彼はハーヴァード大学法学部でマーサの四年先輩に当たる。優秀なキャリア組の彼は二十四歳の若さで警部に昇進し、将来の警視総監候補との噂さえある逸材だ。
英国の伯爵を祖父に持つ彼は、身長六フィート二インチ(百八十七センチ)体重二百ポンド(九十五キロ)の逞しい体で学業のみならずスポーツも万能だ。栗色の髪と理知的だが時々鋭く光るブルーアイズが印象的だ。
実はマーサが大学時代の最初にボクシングや射撃や乗馬のコーチをしてくれたのがリチャードである。彼らは在学中何回かデートを重ねた。慎み深いプロテスタント教徒の家系に育った彼らは、最後の一線こそ越えなかったが、お互いに心を通わせていたし、周囲でもハヴァード大学のベストカップルとまで賞賛されたのだった。
しかしその交際は彼が卒業と同時に上級公務員試験に合格して、NYに移ったので一時中断した。今年マーサが卒業してNYに来ても、お互いの仕事の忙しさで、顔を合わせたのは二、三度しかなかった。
職務上とは言え、久しぶりのリチャードに会うマーサは、心なしかウキウキしている自分を発見して、思わず顔を赤らめたのである。
「マーサしばらく、相変わらず綺麗だね、元気かい?それにしても昨夜は大手柄だったね。きみのジュージュツやカラテがあそこまで上達しているとは思わなかったよ!」
リチャ−ドは笑いながら快活にマーサを迎えた。すぐ用件に入った彼の口からは思いがけない事実が話されたのだ。
マーサを付け狙った男はサム・タイラー、三十二歳。やつはNY裏社会のボスである中国人のワン・リーが率いる暴力団の幹部とのことである。
この急成長した暴力団の壊滅を計るため、NY市警では特別捜査班を組織した。そしてリチャードは現在この捜査の指揮を取っているのだ。
ワン・リーの巧妙なところは本人がどこに潜伏しているかを、警察につかませない事なのだ。残念ながら昨夜逮捕した程度の下っ端の連中では、大親分のワン・リーに直接会う機会はめったにない。せめてサムを逮捕すれば、この謎の中国人が、どこに隠れていて、悪の指令を送ってくるのかを判明できるだろうと、リチャードは説明した。
何度かの潜行捜査にもかかわらず、悪賢いワン・リーは巧みに姿を隠して、尻尾をつかませないのだ。彼らの組織の悪行はすでにかなり暴かれ、もしワン・リーの居所がわかれば、ただちに彼を逮捕できるほど証拠もそろっているとリチャードは言うのだ。
そしてマーサにストーカー的愛欲を抱くサムは、リーにかなり信用されていて、彼からの指令の伝達役らしいのだ。マーサがサムに関する何らかの情報を知っているかをリチャードが質問するのは当然だろう。
「わかりました、私もこの捜査に協力しましょう」マーサはきっぱりそう言って微笑む。
ふだん男を男とも思わないマーサだが、リチャードの前では可愛らしいごくふつうの若い女の子に戻っている。
「えっ!?もしかして、まさか、きみは囮(おとり)捜査でもしようと言うのじゃないだろうね。しかもきみは検事局に在籍とは言え警察官でもないし、それは危険すぎる!!」
しかしマーサは微笑するだけで答えない。彼女がこういう態度を取った時はだれがなんと言おうと自説を曲げないのだ。それを知っているリチャードは、マーサの説得をあきらめた。ここはマーサの勇敢さとジュージュツの腕を信用してまかせるほかないらしい。
マーサは小型の婦人用拳銃と、これもかんざしのように髪のなかに隠すことが出きるほど小さいナイフをNY市警の武器部から借り出してそのまま帰った。
彼女にはすでに秘策があったのだ。
サムのような変質者のストーカーは絶対に懲りずに、必ずまたマーサの前に姿をあらわすだろうとマーサは確信していた。そのときわざと彼らに捕われるのがマーサの作戦である。サムの住まいはすでに警察の密偵が調べてある。
おそらくサムは、先日の事件のほとぼりが冷めるまでは、秘密の組織の隠れ家、すなわちワン・リーのもとに潜んでいるにちがいないとまでマーサは読んだのである。
数日、時間をおいてから行動を開始した。サムの家の近くにわざと目立つように出没すれば、やつは必ず、マーサの目の前に現れるにちがいない。
そのとき油断する振りをして、サムに捕えられれば、目指すワン・リーの隠れ家も突き止められ、さらにうまくいけば巨魁のワン・リーまで一網打尽に逮捕できるかもしれない。
これは相当に危険な賭けだ。だがマーサには自分の実力と正確かつ冷静な判断に裏付けられた自信があった。
それから十日後、マーサはサムのアパートメント近くを歩いてみた。かなり派手な化粧とケバケバしい、街の女みたいな服装をしている。もちろん男の目を引くためであろう。しかし最初の日は何事も起こる気配はなかった。
一方サムのほうは新聞記事からあの女が検事局所属の司法研修生と知って、やはりすこしビビッたようだ。しかし、それとは裏腹にかえってマーサの肉体へのストーカー的欲望は妖しくムラムラと膨らんでくるばかりだ。
そんなある日、すでに事件から二週間以上も経って、サムは自分のアパートに用事があり、人目を忍んで帰った。部屋を暗くして必要な衣類などをバッグに詰め、なにげなく窓から通りを覗いて驚いた。
なんとワンブロックはなれた角にマーサが立っているではないか。初めはこの住まいがマーサにばれたのかと疑ったが、サムは極力用心したつもりだった。
「まだここがサツのやつらにバレているとは思えねえな。しかし、あれはまちがいなくマーサだ!こんなところで何してやがるんだ、ウウウ、あの女の姿を見ただけで、チキショウ、興奮してきたぞ・・・だが、なんせ手強い女だ、ウウウウウ、やっぱりおれは我慢できねえ。ようし、今に見ていろ、今度こそは、今度こそは・・・プロの腕の凄さを見せてやろうじゃないか!」
その日以降サムは数人の手下とともにアパートに隠れ機会を狙った。マーサの読みどおりやつは網にかかったわけだ。しかしマーサは毎日姿をみせるわけではない。次の日通りかかることもあるが、二、三日あけることもある。彼女が囮であることを見抜かれてはまずいからだ。
人目があったりして、なかなかいいチャンスがサムにも訪れない。もちろん、マーサにはリチャードに指示されたNY市警の腕利きの刑事二人がそれとなく尾行している。危険を未然に防ぐためだが、それはマーサ本人にも知らされていない。
しかし、ついに機会は来た!今日は都合よくあたりにはだれもいない。街の女を装ったマーサにサムの手下の一人が近づき、「ネエチャン、いい胸してるじゃねえか!いくらでやらせてくれるんだい?」などと聞いている。
付近の物陰にはサムを入れて二人の男が潜んでいる。突然、そいつらが同時に飛び出し、いっせいにマーサに襲いかかる。そのあとからが、さすがプロを自負するサムは作戦を変えてきたのだ。背後にまわった男が手にしたのはたっぷりクロロフォルムを染み込ませたハンカチである。
マーサが「アッ!?」と思った瞬間には次第次第に気が遠くなって、自分の存在さえ見失った。尾行していた刑事が「これはヤバイ」と判断するより早く、一台の辻馬車が全速力で走って来て止まり、失神したマーサをすばやく中に押し込み、やつらもろとも消え去ったのである。
辻馬車のなかでアコガレのマーサを首尾よく手に入れたサムは有頂天になっている。
「ウヒヒヒヒ、ついに、ついにやったぞ、マーサを捕まえたぞ!!ヒヒヒ、カワイイ顔してネンネしてるぜ。あの、メチャ強いマーサがおれの腕の中でよ!どれ、胸のふくらみはどうなってるんだ、オオウッ、こいつはやわらかくて、おまけにスッゲエ弾力だ。真性アマゾネスのオッパイだぜ!!楽しみだな、今からこいつをたっぷりと・・・っておれだけじゃなくてボスのワン・リーと二人で、てえのが気にいらねえが、まあ、しかたないか。おい、まだか、早く、もっと馬車を早く走らせろ」
やつらの組織の隠れ家はじつはサムのアパートから十五分ほど歩いたごく近くにあるのだが、警察の尾行をくらますために、馬車はわざと反対の方角に走り、角をいくつか曲がり、一時間ほど迷走して到着したのだ。
マーサはまだ気を失ったままだが、男たちによって、中国人ボスのワン・リーの秘密の隠れ家に運び込まれる。ボスの書斎にはワン・リーとサム・タイラーそれと後手に縛られたマーサがソファーに寝かされている。
「ボス、こいつが話していたマーサという検事局の研修生です。どうです、ヒヒヒ、グラマラスないい女でしょう?」
「うむ、これは想像していた以上の極上のタマだな、このカワイイ女がわれわれの手下を苦もなく逮捕したというのか?信じられんな」
「まったくでさあ、しかしそれは事実ですからね、油断もすきもねえ女です」
「おい、女を起してみろ」
「へい」リーの命令でサムはマーサの頬を平手で軽く二、三発叩く。
「ムウウウッ・・・」
マーサがクロロフォルムの酔いからさめて、まだモウロウとした頭に飛び込んできた映像は二人の下卑たオヤジがニタニタ笑いながら彼女を見下ろしているようすだった。しかも一人は見なれない東洋人と思われる男だ。
とすると、こいつはNY市警当局が血眼になって追及している謎の中国人ワン・リーにちがいない。そして、ここはやつの隠れ家ということになり、マーサの目的通り事は運んでいるらしい。
「ヒヒヒヒ、ご気分はどうだねお嬢さん?ずいぶんと気の強いじゃじゃ馬らしいが、オトナにたてつくと、とんだケガをすることになるんだよ。今夜はおまえの体をサムと一緒に充分に楽しませてもらうぜ!」
「ここはどこなの?それに下品な顔をしたおまえはだれ?そっちの醜いやつなら最近私をシツコクつけまわしていたから見覚えはあるけど。それに私を縛ったりして、レディーに対する礼儀を知らないのね、さあ、すぐ縄を解きなさい。さもないと承知しないわよ」
マーサはとぼけてリーの正体を知らないふりをする。
「ウオッホホホホ、こいつは驚きだね。泣く子も黙るワン・リー一家の隠れ家に捕われて、この強気には恐れ入ったぜ。お嬢さん、おれはあんたのナイスバディーだけじゃなくて、心も気に入ったぜ。いや、サム、こいつは今夜が楽しみだぜ!」
「あの、いますぐこのおいしそうなマーサの体を楽しむんじゃなくて、今夜まで延期なんですか?」
「バカヤロウ、何度言ったら分かるんだ。一時間後にはシカゴの大親分ジョナサン・ボードウィンと会う約束だろうが!キサマもいっしょに来るんだよ。いいか、ビジネスが優先だ、楽しみは後だ。これがこのワン・リー様の鉄則だ、覚えておけ、それに、女は縛ってあるじゃねえか、あの部屋に閉じ込めて見張りをつけておけば逃げられっこねえよ。なあ、そうだろカワイイマーサちゃんよ、オジサマが帰るまでおとなしく待ってなよ」
やつらにとってはこれは油断だった。たしかにわれらのスーパーヒロインと言えどもすぐさま悪漢二人にこの場で陵辱されれば、危うかっただろう。しかし、このあと運良くマーサには数時間の余裕ができたのだ。
「しかしねえ親分、ちょっと触って見て下さいよ、オッパイと、ウヒヒヒヒ、ペチコートの下の太腿をね、どうです?」
「アッ、な、なにをする!!汚らわしい、変態ジジイどもめ!手を、手をどけなさい、後で痛い目を見るわよ」
情欲の炎に燃えたストーカーのサムの手がイヤらしくマーサのオッパイと太腿をねらってネチネチと気持ち悪く触りまくる。マーサは縛られた体を右に左によじってサムの手をよけようとするが、サムは奇妙に黄ばんだ歯をむき出してしつこく挑んでくる。
マーサは避けようと思えば、立ち上がって足蹴りで二人を撃退する事も出来たが、それをやればせっかくの囮捜査が不意になる。
そして、日中には、武器を持った十数人の手下がいると思われるので、さすがのマーサも、夜になり部下が大部分帰らないと脱出はむずかしいと判断したのだ。女の敵サムに触られるのは、くやしいがここは我慢しなければならない。
「フム、な、なるほど・・・こいつはスゲエ!ムチムチ、ポヨポヨのナイスバディーだ・・・た、たしかに魅力的だが・・・おい、今はだめだ。おい、遅れるぞ、急ごう!」
「おしいなあ、ま、いいか、楽しみは後にとっておいたほうがよけい楽しいからな、それじゃマーサ、あばよ!オジサンたちが帰って来るまでおとなしく待っているんだぞ」
そう言いながら二人はあたふたと部屋を出て行った。マーサは隅の小部屋に移され、外側から鍵を掛けられ、ドアの外には手下の一人が張り番している。これでは逃げるのは難しいのだが、マーサには不適な余裕があった。
後手に手首を縛られてはいるが、幸い足は自由だ。ハイヒールを脱いで身軽にベッドから降りてしゃがみ、体をできるだけ丸めて、後手の手首を徐々に下にさげて、縛られた腕の輪の中に片足を通し、次には残りの片足も軽々と通してしまったのだ。
つまりマーサの手はまだ縛られているが、後手ではなく、体の前側に来たわけである。驚くべき身軽さと柔軟さである。次にマーサが髪の中に隠した超小型のナイフを取り出すのはなんでもないことであり、ナイフの刃を起すと口にくわえてやすやすとロープを切ってしまったのだ!
「マーサお姉さまのお手並みはザットこんなものよ、フフフ。あの二人の変態オヤジども、よくも私の体に触ったわね。今に見てらっしゃい、帰ってきたらこっぴどくとっちめてやるから!」
そしてやつらは気がつかなかったが、マーサの太腿のガーターベルトにはこれも超小型の婦人用拳銃「ベレッタ」が忍ばせてあるのだ。
「さてと、退屈だけどやつらが帰るのを気を長くして待つしかないわね。まだ数時間あるらしいから、ゆっくりと一眠りしようっと」
そう言うとマーサはたちまち、すやすやとちいさなかわいい寝息をかきはじめた。まるで自分が敵に捕われているとこなど気にしていないようだ。女ながら天晴れな胆力である。
それから四時間後、ドアの外でどやどやという足音がした。ワン・リーとサムが帰ってきたのだ。そして見張りの子分がなにやら話しているのが聞こえる。どうやらこの子分も帰るらしい。そして今夜はワン・リーとサムの二人だけが屋敷に残るようだ。やつら二人だけでマーサのスーパーバディーをレイプして楽しむつもりなのだろう。
マーサは『しめた!』と思った、すでにロープは解いたし、並みの男より小さいサムと東洋人の小男だけでは、しょせん、アマゾネス・マーサの敵ではない。
『これでワン・リー一家も私の手だけでラクラク始末できるわね』
しばらくして、鍵をガチャガチャいわせて、脂ぎったサムと黄色い顔の小柄な初老のワン・リーが、下司な欲望に顔を引きつらせて入ってきた。
「ウヒヒヒヒお嬢さん、どうだね、オジサンたちが留守の間おとなしくしていたかね?なに、はやくオジサンたちと気持ちいい事したくて待ちかねたと言うのかね?ヘヘヘヘ、うれしいこというじゃないか。さあさ、さっそく、マーサちゃんもハダカになろうぜ。オジサンがやさしく脱がしてやるからな。もう観念して暴れないなら縄をほどいてやってもいいんだぜ、どうするね?」
サムの手が不用意にマーサの胸を狙って伸びてきた瞬間である。縛られていたはずのマーサの右手が目にも留まらず走り、下からサムの顎に突き上げるような強烈なアッパーカット!これはハヴァード時代のリチャードから直伝の技だ。
サムの目は一瞬「エッ!なぜ?」と問うように見開かれたが、そのままズドーンと木が倒れるように横倒しになりノビてしまった。
「こ、このアマ!」驚いたのはのはワン・リーである。NYの闇社会で泣く子も黙ると言われたほどの男が、あたふたとぶざまに逃げ出そうとする。
しかし、スックと立ちふさがったマーサの
「おまち!」
というきびしい掛け声に金縛りにあったように動けなくなる。
マーサは大股で彼に近づき、たちまち小柄な東洋の老人の首根っこを後から押さえつけ、そのまま、やつの顔をガン!とドアに叩きつけた。NYのギャングのボスはたわいなく「グヘッ!」というようにうめいて呻いてこれも悶絶してしまった。前歯が折れたらしく、リーの口からはかなり出血し、おまけに鼻血もタラタラと流れる始末だ。
「おおいやだ、汚らしい不潔な黄色いジジイだこと!」
マーサは吐き捨てるようにつぶやいて、ワン・リーとサムを逆に縛り上げてしまう。
「けっきょく拳銃もいらなかったわね。簡単すぎる仕事だったわ!」
そんなことを言いながら冷たく笑ったマーサは、グッタリ気絶している悪人二人にカツを入れて息を吹き返させる。
「なんてだらしがないやつらなんだろう、おまえたちがこのマーサをレイプしようですって?笑わせないでよ!あなた、サムとか言ったわね。私をしつこく性懲りもなくストーカーして、おまけにさっきは生意気にもマーサ女王様の体を触ったわね?赦せないわ、おまえのような変態は女の敵よ、これでも喰らえ!」
マーサはサムの顔に猛烈な張り手を左右からビシバシとお見舞いする。
「ご、ごめんなさい、ゆ、ゆるして下さい、あ、あやまります、女王様!」
おなじく鼻血を出したサムは縛られた体を平身低頭してペコペコお辞儀している。
「ウフフ、ジェーン・シモンズのような、か弱い女とちがって、私のようなスーパーヒロインが相手だと、カラキシ意気地がないのね。まったくおまえは男のクズだわ!」
マーサはハイヒールの踵でサムの足首や膝をグリグリ踏みつける。
「ウウウウ、痛てえ、勘弁してくれえ・・・なんでもするから・・・やめろ、痛いよお!!」
「そう?じゃ、私のハイヒールをお舐め!」
サムはマーサ女王様の命令通り彼女の靴をペロペロ舐めはじめる。
「ホホホ、変態オヤジには、お似合いのカッコウだよ。二度と不埒な考えを起すんじゃないわよ、わかったわね!」
「チキショウ!なんたる屈辱だ、チキショウ、チキショウ、チキショウ・・・覚えていやがれ、きっと復讐してやるぞ!」
「おや、まだすなおになれないの?お仕置きが足りないらしいわね、じゃあ、これでも喰らえ!」
マーサの強烈な蹴りがサムのだらしなくたるんだ腹にきまったからたまらない。
「グエ、グ、グググウ・・・」
哀れにもサムはゲロを吐きながらまたもや失神した。
マーサは醜い男の姿にフンと鼻で笑うと、今度はわざと妖艶な笑顔を作りワン・リーのほうに視線を移す。この間、親分のワン・リーはマーサと目を合わさないようにして、ブルブル震えているだけだ。
「あら、そちらの黄色い顔のあまり美的じゃないオジサマ、今度はアナタのお相手をしてあげるわよ。アナタのこともマーサ女王様はみんな調べていますからね、アナタ、悪いお薬をニューヨークに運んだり、生意気にも白人の娘を日本や中国の変態たちに売り飛ばしたりしているらしいわね、まるでケダモノね!オヤオヤお口と鼻から血を流していったいどうしたの?」
こいつはおなじようにブルブル震えながら時々目をあけてチラチラとマーサを見る。恐怖心と同時になんとも言えない妖艶なマーサ女王の色気にも当てられて、恐いもの見たさに盗み見しているのだ。
「なにをこそこそ私を見ているのよ、ほんとにいけ好かない変態ジジイだわね。すっかりマーサ女王さまの美しさに当てられたようね、まあ、おまえのような東洋人の年寄りじゃ白人の上流階級のレディーが付き合ってくれるはずもないし無理もないわね。ホホホ、じゃあ、特別にマーサ女王様が大サービスしてあげる!」
そう言って彼女はニッコリ笑い、なんと徐々にペチコートを捲り上げ始めたのだ。
「塀の中に入ったら、とうぶん女とはおさらばでしょう?おやオジイサン、やだわ、変なところが大きくなってきたみたいじゃない?マーサ恥ずかしい!」
次の瞬間、ワン・リーの濁った目にピンクに輝くハッとするほど美しいマーサのガーターベルトあたりの太腿がチラリと見えたが、すぐ隠されてしまった。
「オホホホ、どう楽しかった?だけどアナタにはこっちの方がお似合いよ!」
マーサの右手にはいつのまにか小型拳銃が握られ、それがワン・リーの鼻先に突きつけられているのだ。
「なによ、そのマヌケな顔は?一発お見舞いしてあげましょうか、アナタのような悪党には裁判なんて必要ないわ。このまま地獄へ送ってやった方が手っ取り早いわね!」
「や、やめろ、ウウウ、やめろったら・・・銃をしまってくれ、金なら、金ならいくらでも出す!こ、こわいよう〜〜」
ワン・リーはさっきからのマーサのキレぶりを見ているので本当に引鉄をひきかねないと思いふたたびブルブルと身も世あらず震えだすのだ。
マーサはこの黄色い老人がよほどムカツクのか、こいつの急所めがけてまたもや蹴りを入れる。
「マーサ女王様をお金で買収しようというの?なにを勘違いしてるのよ!あらあら、今度はオジサンのあそこが見る見る小さくなってしまったようね。まったく、バカでゲスな東洋人だこと。おまえなんかにNYを牛耳られてたまるもんですか!すこしは懲りたでしょう」
「ウギャアア・・・!」ワン・リーもあえなく悶絶し、失神してしまった。
さすがにマーサも最初の冒険にすこしハイになっているようだ。
と、そのときまたもやドヤドヤと階段を荒々しく駆け登ってくる数人の男の足音が響く。マーサはリーの手下が引き返してきたのかと、さすがにハッとしてベレッタを握りなおして身構える。
しかし、姿を見せたのは数人の警官を従えた愛するリチャード・ケントだった。
マーサがクロロフォルムを嗅がされて連れ去られてから、リチャードは必死に捜査を続けたが、彼の狙いも最初からサムのアパートの近くと定められていたし、辻馬車の行方が警察を巻く手段ならば、ワン・リーの隠れ家は馬車が曲がった方と逆の方角だと推理し、その近辺の空家や不審な屋敷をしらみつぶしに調べたのだった。
さすがはNY市警で一番の切れ者捜査官である。マーサが失踪してからわずか数時間でワン・リーの本拠をつきとめたことになる。
しかしこれも身を捨てて悪に挑んだマーサの活躍のおかげであろう。
愛するリチャードの出現に、緊張したマーサの顔が思わずほころぶ。
「リチャード!助けに来てくれたの?うれしいわ!」
リチャードは現場を見て、目を丸くしてヒューと口笛を吹く!
「こいつはすごいや、マーサには全然助けなんかいらなかったらしいね!でも、これって、すこしやりすぎたのじゃないのかい、マーサ!」
「あら、そうかしら!私はおとなしく逮捕したかったのだけど、こいつらがあくまで反抗するのでしかたなかったのよ、正当防衛ね!」
と言ってマーサはリチャードにかわいらしいウィンクを送ったのだ。先ほどまでの女王風のマーサは陰も形もなくなり、そこにはあこがれの男性に甘える可愛らしいマーサがいたのだ!
その後、巨魁を逮捕されたワン・リーの組織は次々と逮捕者を出しなし崩しにつぶれてしまったのはもちろんである。
NYの裏社会にさしもの強大な勢力を築きつつあったワン・リー一味も、われらの無敵のスーパーヒロインの初めての冒険により、もろくも壊滅したのだった!
それから二時間後、NYで一番優雅なレストランでシャンパンをくみかわす美男美女のカップルがあった。
マーサはまぶしい乳房がこぼれるほど大胆に胸元が開いた純白のイブニングドレスに身を包み、首には豪華なパールのネックレスが輝いている。
黒いタキシードを着用し、胸ポケットに赤いバラを挿したリチャードは、いかにもヨーロッパ流の洗練された身のこなしで、にこやかに微笑みながらマーサの話におだやかに聞き入っている。
すべてに恵まれた二人は、まさにNYのベストカップルだろう。
そして二人は、この夜初めて、お互いの愛を激しく確かめ合ったのだった。
|