「西へ」 −バーシア アナザーエンド− 場面16
■ フェルナンデス 3月27日 夜 安宿 今日から、またバーシアを他人もとに、送らねばならなくなった。 あの肉屋のクソ野郎を、叩き帰したことは、間違ってはいないはずだ。 が、それが巡り巡って来て、今度はメイドという名の「通い奴隷」をやる羽目になってしまったのだ。 果たして、あの行動がバーシアのためになっていたのかどうか、考えると胸が痛むところだった。 【[主人公]】「それにしてもアイツ…綺麗だったな…」 朝、出かけるときに、着飾ったバーシアをあらためて見た。 男としては放っておけないような、ゾクリと身体の芯に訴えかけるような美貌。 本当にイイ女だ。それが、嫌な顔一つも見せず、出て行ったのだ。 お出かけ時にアイツからせがまれたキスの柔らかい感触と、満面の笑みだけ残して。 【[主人公]】「畜生……」 そんなアイツ一人働かせて、オレは宿の中にうずくまってないといけないなんて… 確かに手配書上、オレの顔は出回っているし、日中大手を振って出歩けるわけではない。 だとしても…バーシアだけに、辛い目にあわせて、オレだけ悠長に暮らしているなんて…それこそ、あの肉屋に罵倒されたままの男じゃないか! 【[主人公]】「いかん…思考がマイナス方向に落ち込んで…クソッ!」 アイツは笑顔で出かけていったんだぞ…笑顔で。でも行った先は、どこだと思う? また別の客のところじゃないか! この前の肉屋と同じくらい、いや、もっと酷い野郎じゃないなんて保証はないんだぞ。 そんな客のところに、行くことなど、楽しいわけがない。 あいつの記憶を探ってわかったとおり、北でも同じような目に合わされ続けて、そのことは骨身にしみて分かっているはずなのに… 【[主人公]】「しかし、アイツ…オレには笑顔を見せたんだよな…」 そういえば、アイツ…初めて会った時笑顔を失っていたんだよな。 それは、全て北で受けた悪逆非道の振る舞いによるものだった。 凝り固まっていたアイツの氷の心を、ゆっくり解かし、徐々に笑みを取り戻したのはオレだ。 今でも、オレとミサキには、あの優しい微笑を見せてくれるのだが… 【[主人公]】「アイツは、オレと一緒にいて、本当に幸せなのか…?」 そんな事を考えて続けていると、自分がドンドン情けなくなってくる。 くそっ! ムシャクシャしたオレは、両手でドン!と机を叩いてみたが、義手がじんと痺れただけだった。 せめて身体が、自由になればな… ガチャリ… 永遠とも思える静寂の時を破り、扉の音がする。バーシアが帰ってきたんだ! 【[主人公]】「おかえり…?」 帰宅したバーシアを見るなり、なんだかイヤな感じがした。 身体中に枷でも嵌められたように、動きが緩慢である。関節でも痛いのだろうか? 歩くときも、何やらすり足をしているように、妙に慎重に見える。 それに加えて顔にも艶が無く、疲労が色濃く出ている。これは… 【[主人公]】「バーシア、大丈夫か? 顔色が悪いようだが…」 【[バーシア]】「あ…心配しないで、少し疲れただけだから」 朝見た笑顔とは違い、随分痛々しい表情だ。何か無理をしているのか? それに幾ら春めいてきたとはいえ、まだまだ外は寒いはずだ。それなのに、額にはべっとりと汗が浮かんでいるようにも見えるのは一体…悪い風邪でも引いたのだろうか? 【[主人公]】「本当に大丈夫か?」 【[バーシア]】「ごめん…少し休ませて…」 【[主人公]】「悪寒でもするのか?」 【[バーシア]】「ん…そう…少し具合が悪いようね」 しゃべるのもおっくうな様子で、身体を引きずりながら、そそと寝室へと消えていく。 【[バーシア]】「ぐっ……」 自室の扉を閉める際に、何やらうめき声にも似た声を残したのが少々気になるが、本当に大丈夫なのか。 【[主人公]】「一体どうしたっていうんだ?」 アイツがあんな風になるなんて、今度の客の家でどんなことをされてきたというのだ? バーシアにもう一度聞いてみたい気もしたが、あの様子では、かえって疲れさせるだけだろう。 今はゆっくり休ませてあげるのが賢明かもしれない。 しばらくして、食事するかと持っていったが、ベッドの中で丸くなって眠っていた。 【[バーシア]】「ううっ……」 しかも額には大粒の汗がにじみ出ており、バーシアは寝苦しそうに、しきりに寝返りをうっていた。 悪い夢でも見ているのだろうか…しきりにうなされているようだ。 【[主人公]】「熱は…大丈夫なようだが…」 額に手を当て熱を測るが、どうやら心配するほどでもないようだ。 その感触に気づいたのか、薄らとバーシアが眼を明ける。 【[主人公]】「あ、起こしてしまったか…悪い。飯を持ってきたんだ。食うか?」 【[バーシア]】「ごめん…今日はいらない…」 【[主人公]】「そうか…でも一応置いておくから食いたくなったら食うんだぞ」 まさか、食って明日からもしっかり働けなんて言葉は冗談にも言えやしない。 【[バーシア]】「ワタシ、何か言っていた? その…寝ている間…」 【[主人公]】「いや、特に。随分うなされていたようだったけどな」 【[バーシア]】「そう…なら言い…」 それだけ言ってまた布団を被ってしまった。 どうも何か隠しているようだが、これでなかなか強情なところがある。 今はそっとしておくか…そう考えたオレは部屋を後にした。 その配慮が後々後悔を生むともしらずに。 |