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 第一章

 「エラく厄介なことになったな、神崎君。新條の息子に嗅ぎ付けられるとはな」
携帯電話の相手はほとんど唇を動かさないようなしゃべり方で、耳障りな声を発した。
「ご心配なく。もう手を打ちましたよ。…それと、いくら専用線だからといって盗聴の恐れはあります。もっと慎重にお言葉を選んでください。」
男は不機嫌に言うと細く開けた車の窓から外をちらっと見やる。
「…ふん。新條裕紀は、中卒で入署して、先月にはいきなり検挙率署内No1で警視総監賞ってえルーキーだ。ただのバカ息子じゃあ無い。そんなに簡単にいくとはおもえんがな。3日前に親父を片づけたばかりなんだ、今、事を荒立ててるわけには…」
「…理学医薬研の試作薬をご存知で?あれを仕込みました。奴さんさっき自分で課長宛てに1週間の休暇願いをだしましたよ…大慌てでね。しばらく誰にも会えますまい。今捕らえても問題ありません。」
「例の転換剤か。絵空事だと思っていたがな。」
「お年寄りはこれだ。変種のHIVウイルスを使えば体中の遺伝子を塗り替えることなどワケないんです。男女の違いがたった一つの遺伝子に決定されていることは…」
「能書きは今晩聞こう。連れてこられるのだろう?あのクソガキ…いやお嬢ちゃんをな?」
男は車窓の外のマンションにスーツ姿の若い男がこそこそ入っていくのを認めた。
「その予定ですよ。今から補足します。では失礼。……エロじじいめ。」
電話を切り、車の後部座席にいた男達に合図をする。大男と小男が、返事もせずに車から降り立ち同時にサングラスをかけた。

「どーなってんだいったい、このクソ忙しいときに!」
俺は途方に暮れていた。そりゃあそうだろう、こんな事ってあるか!頭はぐるぐる空回りする。自分が誰なのか思い出すんだ。そうだ、俺は…
そう、今朝までは男だった。3日前、親父が失踪した事件の参考人を、昨日やっと見つけて、徹夜で張り込みしてたんだ。このクソ忙しいのに緊急で署に呼び出されて帰ってみりゃあ、ガン検診だぁ?ふざけろってんだ。予備検査で擬陽性だかなんだか知らないけど僕一人医務室に連れ込まれて、血ぃ抜かれるは妙な薬飲まされるは……そう、あの薬のせいに違いないわ。あの後トイレにいったら…あたしのが…無くって……?!
あれっ!なによこのセリフ、気持ち悪いーーー、ってあたし…頭の中まで…女になってきてる!?
もぉやだぁーーー!(自爆)

裕紀は自分の体の突然の変化に愕然としながらも、急いで休暇届を出し、一人になるためにアパートに戻っていた。うろうろしていれば同僚に気づかれかねない。そうしている間にも勇気の胸は小さいながらもはっきりとした膨らみに成長し、腰つきも明らかに丸みを帯びてきている。もともと小柄なうえに華奢で整った顔立ちの裕紀は、小さいころからよく女の子に間違われるクチだ。男子校だった中学ではクラスメイト共からの禁断の情欲のこもった視線を浴びつづけてきた。そんな自分がどうにも嫌で人一倍の努力をし、天性の素質も手伝って柔道、空手、剣道といった格闘技をこなし、特に合気道の実力をめきめき上げた。中学を卒業後、すぐにも憧れのオヤジの後を継ぐんだと、コネも使って検察庁捜査課に入署したのが3ヶ月前、以来容姿を馬鹿にする同僚、先輩を実力で廃し、瞬く間に署内でも一目置かれる存在になっていた。順調な滑り出しだった……3日前、連続誘拐事件の捜査中に父親、新條警部が消息を絶つまでは。

裕紀は自分の部屋のベッドでスーツの上着の前を開くと恐る恐る胸に手を当てた。
「はぁ。どうしよ、これ。」
当然ブラをしていないワイシャツから乳首がつん、と突き出してしまっている。慣れない感覚に体中が敏感になっている。
「はぁー。しっかし、署内で変な薬を盛られたとなるとやっぱ話は相当ややこしく…!!!」
そのとき鍵をかけたはずの玄関のドアが開く音がし、バタバタと土足で上がり込んでくる音がして裕紀は飛び上がった。身構えたところへ押し入って来たのは、自分と同じぐらいの小男と、続いて天井に届きそうな大男だった。
「新條裕紀だな。」小男が言った。
「……だったら何よ!………ぁうぅー恥ずかしい。」
シャリッとタンカを切ったつもりが、自分の口から自然にでてきた女言葉に、一人でテレて真っ赤になる裕紀。
「へへぇ、お薬が効いてるらしいな。」大男がニヤつきながら前に出る。
「…ちょっと、なんで薬のこと知ってるの?」
小男は答えずに携帯を取り出すと一つだけボタンを押して話し出した。
「押さえました。…え。ここで?……解ってますよ。…おい、女になり具合を調べろとよ。捕まえとけ。」
小男はとんでもない事を言い、電話をもったまま大男に合図する。大男がニヤニヤと裕紀ににじり寄った。
裕紀は窓も無い小さな部屋で二人の男に取り囲まれ、退路を閉ざされた格好だった。しかし全く慌てているようには見えない。自分の体術に自信があるのだろう。落ち着きを取り戻すと、ゆっくりこぶしを構え、大男の動きを待った。
「へへぇ!」大男が意外にすばやい動作で両腕を伸ばす。しかし裕紀は無駄の無い動作でそれをさばくと同時にみぞおちに肘を決めた。この肘で何人の犯罪者を行動不能にしたことか。一番自信のある極め技だ。大男は短くうめくとその場に崩れる。
(まず一人…)裕紀は視線を小男に向けた。小男は相変わらずの無表情で携帯を耳に当てたままだ。
「ナメやがって!いったいあなたたち誰のさしがねで…」言いかけたその時、倒れたはずの大男が背後から裕紀につかみかかった。
「きゃあっ!」
(な…この体…全然力が…入らない!)
思わず黄色い悲鳴をあげつつ必死にもがくが、毎日鍛えてきたはずの力の3分の一も出ているのかどうか…大男の怪力にうしろから両手首を捕まれてしまうと、まったく身動きが取れなくなった。大男はゆっくりと掴んだ手首を持ち上げていく。とうとう裕紀は足が床にやっと届くというところまで釣り上げられてしまった。はっと気づくといつのまにか小男が鼻先まで迫ってきている。
「んんっ!はなしてっ!……きゃぅっ!」
精一杯の力で暴れるのを気にも留めず、小男は裕紀のワイシャツを掴んで乱暴に広げる。
ボタンが3つほどはじけとび、真っ白な乳房がぷるりとこぼれ出た。
「ふむ。見ただけじゃ男だったとは思えんな。」
小男の言うとおり、小降りではあるがつんと上を向いた乳房、淡い桜色の乳首、どれをとっても完全に女の子の物だった。
「へへ、どれどれ」
大男は裕紀の両手首を左手にまとめると右手であらわになった胸をいじり始める。
巨大な手のひらにもてあそばれ、首にぶら下がっている細身のネクタイを挟んであまりにも柔らかく形を変えていく二つの乳房。自分自身も始めて目にするその美乳は、生まれたてのせいか信じられないほど敏感だった。初めての感覚が脳髄をしびれさせ、いつのまにか呼気が荒くなってくる。
「ん…っく……やめろぉ…っ」
小男は無表情のままその様子を眺めていたが、やがて携帯に向かって話しだした。
「いやぁ、こいつあすげえですよ。…ええ、俺にゃそう見えます。…了解、部長。ただいまお持ちしまさぁ。…さて新條裕紀ちゃん、おまえにゃいろいろ頼みがあるとさ!」
小男は電話を切るなり、鋭い手刀を裕紀のみぞおちにねじ込んだ。
急速に遠のいていく意識の中、裕紀の脳裏には別の衝撃が走っていた。
(部長…?…まさか…)

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