「月と日」物語考察
月村幹彦と日向要の物語は、いくつかのメルヒェン(お伽話)の組み合わせです。
主人公の日向要は、いうまでもなく「継母に虐められて、お掃除に精を出す、実は美人のシンデレラ」です。
援助者の名前
要と月村の関係の大筋は、メルヒェンならば「援助者の名前」というパターンでしょう。だいたいこんなお伽話です。
困っている主人公を、悪魔が助けてくれます。
悪魔は主人公に、ある試練を与えます。
「私の名前をあてられたら、あなたを自由にしてあげましょう。その代わり、もしも私の名前をあてられなかったら、あなたは私のものです」
主人公は、誰かとの世間話などで、その悪魔の名前を聞き、悪魔にその名を告げます。正体を知られた悪魔は、去ります。
実例としては『イギリス民話集』の「トム・ティット・トット」とか日本昔話の「大工と鬼六」でしょう。
この話の場合は「花喰ヒ鳥」の名は「月村幹彦」とあてるのです。
そして「悪魔の名前をあてられずに、主人公が悪魔に連れ去られてしまう」パターンが、要が発狂するパターンではないでしょうか。
こういう主人公が行方不明になるオチは、メルヒェンとしては、ほぼないでしょう。
もし、魔物にかどわかされて、帰って来ないケースがあったとしたら、それはメルヒェンとしてではなく、伝説や怪談として語られるでしょう。
神隠し、です。
男が山中にて、行方不明になった場合に、人が「天狗の情郎(かげま)にされたのだろう」と噂することが、昔はあったと柳田國男は『妖怪談義』で書いています。
要が月村以外の誰かと結ばれるエンドの場合は、「魔物の生け贄になりかかった姫を騎士が救う」というメルヒェンの正道でしょう。
ギリシア神話では、アンドロメダとペルセウスが、有名ですよね。
心中エンドは「乙女が魔物に喰われる」というオチなのでしょう。
呪われた王子
要と月村の関係は、展開していくに従って、西洋の動物婿のパターンとなります。
だいたいこういったメルヒェンです。
ある男が魔物に助けられます。魔物は助けた代償に、その男の娘を求め、男は娘を差し出します。娘が嫁いだ魔物は、実は呪いをかけられて動物の姿にされた美しい王子様でした。娘の真実の愛によって、王子様の呪いは解けました。
有名なのが『フランス民話集』の「美女と野獣」ですね。
要と月村の場合は、呪われた王子である月村が、清らかな乙女である要の真実の愛を求めるという展開になります。
この話の場合は、月村の「呪い」つまり「目モナイ…」といった「欠落」がなくなるわけではなく、月村と要が一緒にいる間だけ「呪い」が消えるのです。
「呪い」の強さか、時間の不足か、月村の「呪い」が完全に解ける展開は、ありません。
この「美女と野獣」のパターンの話には、続きがあることがあります。その場合は、こういった話になります。
神か魔物が娘の所へ、正体の分からぬ婿として、夜な夜な通ってきます。その美しい素顔を乙女が見てしまうと、婿は娘の前から去ります。娘は、己の目の前から去った愛しい男を探し求め、二人の中を割こうとする敵に、与えられた試練を突破して再会を果たします。
例としては、ギリシア神話の「アモール(キューピッド、エロス)とプシケ」の話が有名ですね。
「アモールとプシケ」の場合は、「愛の神であるアモールの母親である美の女神ヴィーナス(アフロディーテ)」が、息子と結婚したかったら、死の国に行って帰ってこいとか、そういう試練を与えます。
これがおそらく、最終試験のあるパターンです。月村の呪われた正体を知ってもなおかつ、月村を愛している要が、月村から試練を与えられるという話です。
ですが、「アモールとプシケ」の場合もそうであるように、多くのメルヒェンでは「敵」が試練を与えます。「呪われた王子」自らが「わたしの呪いを解くためにこれこれのことをして下さい」と頼む場合もありますが、少ないでしょう。
謎掛け姫
最終試験を突破して、月村と結ばれるパターンは、月X日だけでなく、日X月も可能なのですから、「謎掛け姫」のパターンと解釈することも可能です。
「謎掛け姫」というパターンの話は、
「わたしの出す謎が解けたなら、あなたのものになりましょう。謎が解けなかったのならば、死んでもらいます」という、パターンの話です。
有名なのは『トゥーランドット』です。『グリム童話集』にも、似た話はあります。
生贄の処女
日本では動物婿というと、「人間が動物にされている」ではなく「動物が人間に化けている」という話になります。そして相手を殺して、人間の世界に帰ってくる話です。魔物は救われません。
だいたいこういった話です。
人の娘の所へ魔力を持った動物が、人間に化けて訪れます。魔物は娘を森の奥や池の底などの、自分の世界に連れていこうとします。しかし娘は魔物を欺いて殺し、人の住む世界に逃げ帰り、人間の男と結婚します。
日本の民話では「蛇婿入り」や「猿婿入り」がよく知られています。
西洋で、この「魔物に愛されるが、娘が魔物を殺して、人間の男と結婚する」という話をやった有名な作品は『オペラ座の怪人』です。
月村と要とその新たな恋人の物語は、要が直接手を下す話ではありませんが、パターンとしてはこうでしょう。
月村は「魔物が人間に化けている」という感じもしますし、「救われない者」でもあります。
さらに進めて、「神に化けた魔物の手から、英雄が乙女を救う」というタイプの話だと解釈するならば、日本の民話では「猿神退治」がその例となります。
月村と要の物語は、七月七日に終わります。
日本では「人間の男が、天女に恋をするが、天女の父親にその仲を裂かれる」という、天人女房の民話が「七夕伝説」としてよく語られます。
月村と要の間を裂いた川は、天の川ではなく、冥府の川でした。
参考資料
初出2007.8.14 改訂 2007.8.14