地獄と魔界

主人公があの世を訪れる英雄物語は、粘土板の時代から数多く存在し、キン肉マンもその流れをくんでいます。今回は主に『キン肉マン』について語り、『キン肉マンII世』については語りません。超人墓場は二世では、まだ登場していないので、死生観が異なるのでしょう。

キン肉マンの世界の「超人墓場」や「魔界」はどこにあるのでしょうか。人は死後、どこにいくのか? 悪魔はどこから来るのか? というのは、多くの文化で疑問とされ、様々な神話がこのテーマを扱いました。非常に深い問題ですが、ここでは簡単に解説します。

超人墓場という地獄

明言されてはいませんが、ウォーズマンがよみがえる時の描写を見るに、超人墓場は地下にあるようです。

日本の「古事記」でも、「黄泉の国」は地下にあります。

東洋には輪廻転生の思想があります。ですから地獄に落とされた死者は、責め苦を受けた後、再び別の世界に転生します。こういう考えは、古代西洋にもあり、ローマ神話の宗教観を背景にした「アエネーイス」では、責め苦を受けて清められた魂や善なる魂は千年後、この世に再び転生するという描写があります。

ですから、「一定期間後生き返れる」という「超人墓場」は、伝統的な地獄そのままの世界です。もっとも、ローマ神話や日本の仏教における地獄の場合は、「拷問された後、記憶をなくして転生する」ですから、キン肉マンの「苦役の後、生き返れる」というのは、現代の刑務所っぽいです。

キリスト教の考えでは、地獄に落ちた魂は永遠に罰を受けます。ダンテの「神曲」では、千年以上前の人物に地獄で出会ったりしています。

西洋文学では、「アエネーイス」「神曲」が、あの世を描いた文学の代表作です。このふたつに関して、簡単に説明します。

古代ローマの詩人ウェルギリウス作の「アエネーイス」は、トロイアの英雄アエネアスを主人公にした、古いイタリアの文学(ラテン文学)です。アエネアスは、アポロンの巫女に案内されて、死んだ父に未来の出来事を聞くべく、冥界に下ります。同じくイタリアの中世の詩人ダンテは、この「アエネーイス」の影響を受けて、「神曲」を書いています。「神曲」は、主人公のダンテが死後の世界で、ウェルギリウス(ヴィルジリオ)に案内されて、死後の世界を巡る物語です。
ローマ神話の時代の「アエネーイス」では冥界の王は、「プルートー(ギリシア神話のハデス)」です。しかし、中世の「神曲」では地獄の主は「ルシフェル(ルキフェル)」です。

この「アエネーイス」で、主人公が冥界に降りると、その入り口ではケンタウロスやキマイラやハーピーやゴルゴン等の異形のものどもが肉体を失った影として、飛んでいました。彼らはヘラクレス等の英雄に倒された怪獣たちです。つまり、ローマ神話の「死後の世界」は「怪獣墓場」でもありました。
おそらく『キン肉マン』の「超人墓場」は『ウルトラマン』第35話「怪獣墓場」に登場する、怪獣墓場が元でしょう。そこは、ウルトラマンに倒された怪獣達がふわふわと漂っている、宇宙空間の一部です。

超人閻魔

古いインド神話に基づいた「リグ・ヴェーダ」では「ヤマ」が、死界の王者として、天上の楽園を統治していることになっています。死者は祖霊と共にそこで、楽しく暮らすのです。やがて、死の国は地下にあるという方向に、インドの死生観が変化し、ヤマは地下の国の王になりました。このヤマが道教や仏教の「閻魔」です。

『キン肉マン』の超人閻魔の遠い起源は、この「ヤマ」ということになります。『キン肉マン』の死後の世界のイメージは、日本人の一般的な地獄のイメージの延長にあります。死後の世界としての「天国」や「極楽」にあたるものは、描かれていないので、死者は皆、地下の「黄泉の国」へいくという、古事記っぽい死生観なのかもしれません。

ちなみに、『ゲゲゲの鬼太郎』に「ねこ娘とねずみ男」(1967.09.01 別冊少年マガジン 参考水木しげる作品不完全リスト(鬼太郎シリーズ))という話があります。鬼太郎が閻魔大王に「悪事を働いているねずみ男を退治せよ」、という命令を受けて、ねこ娘に頼んで懲らしめるという話です。この他に「死霊軍団」(1986.07.09 週刊少年マガジン 参考水木しげる作品不完全リスト(鬼太郎シリーズ))という話では、ねずみ男が、亡者を脱走させ、閻魔大王が鬼太郎に指令を出します。
この「閻魔大王が鬼太郎に指令を出す」二つの話は、白黒時代から何回もアニメ化されています。白黒時代のアニメのあらすじ ですので、ゆでたまご先生は鬼太郎の原作かアニメを見て「超人閻魔が、超人墓場から逃げ出した超人を抹殺しろという指令を出す」という話を思いついたのではないでしょうか。

魔界

「悪魔はどこに住んでいるのか?」
キリスト教では、だいたい二説あります。
片方は異世界である魔界であり、死者の世界とは異なるという考えです。
もう片方は地獄であり、地下であり、死者の世界であるという考え方です。

ミルトンの「失楽園」など、キリスト教の考えでは「悪魔」は霊的な存在です。
しかし、アシュラマンには肉体があります。「サタン」はともかく「悪魔超人」は、霊体ではないでしょう。おそらく、『キン肉マン』の「魔界」は、『怪物くん』の「怪物ランド」や「悪魔ランド」のようなものなのでしょう。どこかに「妖怪たちの住む国」がある、という昔ながらの発想です。それは古典では、広い海のどこかの島だったり、深い森の奥だったりするのですが、世界地図の存在するこの時代では、「亜空間」とか「異次元」と言われます。『怪物くん』の「怪物」は、ドラキュラとか狼男ですから、肉体があります。『怪物くん』に登場する「悪魔」も、その延長で肉体を持つ存在のように描かれています。それは「悪魔」を「妖怪」と考え、「悪霊」とは考えないという感性です。『エクソシスト』とかの世界では、悪魔は悪霊です。ですが、ヨーロッパの民話では、肉体と生命を持つ「鬼」がよく登場します。

キン肉マンの世界の魔界は、地獄(超人墓場)と同じ場所ではありません。
「魔界」は、肉体と生命を持つ、人間に非友好的な魔物たちの世界です。アシュラマンの父親は、その世界の王だったのでしょう。「山奥にすんでいる化け物の総大将」みたいなものでしょうか。



初出2008.2.20 改訂2008.2.20

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