不遇、栄光、転落

この文書では、『キン肉マン』や『キン肉マンII世』によくある「不遇な時期を乗り越えて、栄光をつかむが、その後転落する」というパターンについて、プロレスとの関連を考察します。

不遇から栄光へ

不遇を跳ね返して、栄光をつかむ。
これが『キン肉マン』のテーマです。これは人類普遍レベルの感動ストーリーですが、プロレスの典型でもあります。

 プロレス界には過去三人のカリスマがいた。「唸る空手チョップ」力道山、「燃える闘魂」アントニオ猪木、そして「格闘王」前田日明である。カリスマになるためには条件がある。まず元々自分がいたところでいぢめられ、で、それに耐えに耐えるんじゃなくて、すぐにぶち切れて飛び出し、んで新しいものを「お客さんど〜ですか」と差し出す。反体制しないといかんのである。一つのスポーツの枠組みに留まってたらカリスマにはなれんのである。プロレス・ファンから見たら、一生ジャイアンツの長嶋茂雄なんて、単なる甘ちゃん、保守本流じじいである。
 力道山は、三役までいきながら、部屋を追い出され廃業した。だからプロレスを作ったんである。猪木は、力道山に、ことあるごとに馬場さんと比較されてはいぢめられ、デビュー時のリングネームなんか「死神酋長」だった。力道山死後も、エースは結局、ジャイアント馬場。だから、新日を旗揚げし、異種格闘技戦を発明したのだ。で、前田が一番いぢめられたのは、UWFが新日に出戻った時だったというわけだ。

世界最強とは何か−−−プロレス・格闘技読み方ガイド(悪質版) 3.カリスマとは何か

まず、いじめられる! そして反抗する!
そういう「プロレス的カリスマ」超人の一人として、ネプチューンマンがいます。

ネプチューンマンは、国の代表を狙えるくらい、優秀なレスラーでしたが、世間に認められず、自殺を図りました。しかし、死ぬよりも「完璧超人軍」という、新団体の設立に尽力する道を選びます。そこも結局飛び出すのです。

このネプチューンマンの物語には、元ネタと思われるレスラーがいます。ペイントレスラーになって、
「米良明久という日本人はミズーリ川に身を投げて消えた」と言った、ザ・グレート・カブキです。ザ・グレート・カブキ/レスラーノート

過去に不遇だったと言われるレスラー、現在が不遇だと言われるレスラーは、いくらでもいます。『キン肉マン』で展開する数々の「不遇と栄光」の物語の背景には、プロレスのドラマがあったのでしょう。

小学生向けの少年漫画にしては、『キン肉マン』は不遇すぎるほど、不遇な人が多い気がします。
小学生も人生に絶望……するか。するよな。子供は大人以上にダメージを受けやすいから。立ち直りも早いですが。

ですが、普通は小学生相手に「自分の信じる正しさが世間に受け入れられずに、テームズ川に身投げ」とか、描きませんよね。それで通用したんですから、ゆで先生の描き方がうまかったのか、それとも他の少年漫画家が、子供は無邪気なものと思いこみ過ぎなのか。

ゆうれい小僧がやってきた!』や、『グルマンくん 』がいまいち面白くないのは、不幸な人物や不遇な人物があまり登場しないからでは。ゆうれい小僧は最初の方こそ、その回のゲストの不幸が描かれていましたが、途中からなんか違う方向に……。『SCRAP三太夫』はウォーズマンが不遇キャラ(転落キャラ?)として登場しますが、これは『キン肉マン』のキャラです。『トータルファイターK』や『ライオンハート 』には、あまり不遇とか不幸はなかったような。
『グルマンくん』には、不幸キャラの与輪木くんが出てきます。これはいわば、「のび太くん」です。
それと、グルマンくんの末期あたりに、「不幸な過去を持つライバル」の茶屋醤男が出てきますが、このキャラは『キン肉マンII世』の不幸キャラ、チェック・メイトの前身です。

『キン肉マンII世』も『キン肉マン』の続編の名に恥じず、不遇な人ばかり登場する漫画で、ファンが集まると「ウォーズマンは不遇だ」「ブロッケンJrは不遇だ」「ガゼルマンは不遇だ」「ヒカルドは不遇だ」とかいう、「不遇比べ」や「不幸比べ」になりがちな気がします。気のせいですか、そうですか。

ですが、栄光は主人公の特権というのは、気のせいではないでしょう。

『キン肉マンII世』の最大の問題点は、主人公の万太郎が、不幸でも不遇でもないことですね。彼には彼の不幸があるといえばあるのですが、伝説新世代含めて、周囲がすごすぎます。それでは、父親のスグルのようなカリスマレスラーになるのは、難しいですね。
その点を考えたのか、『キン肉マンII世』の究極のタッグ編のゲスト主人公、カオスは不幸で不遇です。

『キン肉マン』から『キン肉マンII世』までの不遇な数年間は、ゆでたまご先生の「不遇な人の話を書くと上手い」という才能を、再び花開かせるための埋もれた時期として意味があったのかもしれません。

栄光から転落へ

落ちぶれたり、うらぶれたりして、昔は良かったとか言っているキャラクターがやたらに多いのは、ゆでたまご作品の特徴ですが、それは、どうもゆでたまご先生が若いときから、みたいなんですよね。

おーいマンガだよーん ゆでたまご短編集 』に収録されているデビュー直後の作品である、「下町物語」は、「才能を見込んだ弟子に裏切られて、落ちぶれたおじさんが過去の栄光を懐かしむ話」です。これは『ゴッド・ファーザー』のパロディ作品ですが、元ネタは、そういう話ではありません。
ロビンマスクはアメリカ編で行き倒れ、テリーマンは義足でカムバックまでは苦難の道のり。

『キン肉マンII世』でも、それは変わりません。
キン肉スグルは、栄光を掴みましたが、老いて子供に馬鹿にされる父親になりました。テリーは子供に馬鹿にされるというより、生涯不遇という扱いになっていました。
サンシャインとチェックの話は、「過去の栄光を懐かしむ落ちぶれたおじさんが、才能を見込んだ弟子に裏切られる話」です。
サンシャインの容姿は、丹下段三が元ネタなのですが、『あしたのジョー』は弟子が裏切る話じゃありません。少なくとも、本筋はそうではありません。
『キン肉マンII世』のタッグ編のブロッケンJrも、栄光の後に落ちぶれていました。
正義超人のままならば、転落の人生、アシュラマンのように、正義超人から悪行超人になるならば、堕落の人生でしょう。

若くて逆境にあるときは、「世間のやつらを見返してやる」みたいなことを考えて頑張って頑張って栄光を目指す、そして歳をとって落ちぶれたら「世間のやつらは冷たい」といいながら、酒を飲んでいるような人生は、ゆでたまご先生の理想というか、「それが男の人生」と、思ってるんじゃないでしょうか。

ゆで先生の漫画家人生については、心理学的に「人は脳内の幻想の通りに現実を解釈し、それに従って行動する」というのでも、筋は通ります。

ゆでたまご先生自身が「栄光の後は、落ちぶれる」「その後は過去の栄光にすがって生きていくのだ」と信じたから、『ライオンハート』や『グルマンくん』そして『キン肉マンII世』のような作品が存在したのだという説も、ありでしょう。

読者に「ゆでには失望したよ」扱いを受けたり、「ゆではまだやれる」と期待されたりするのも、もしかしたら「シナリオ通り」なのかもしれません。

まとめ

不遇、栄光、転落のパターンについては、
「英雄伝説や神話によくある」
「偉人の伝記によくある」
「プロレスによくある」
「まんがにもよくある」
というような、いくつかの考察が、現在では可能です。神話や、偉人伝については他の文書で考察したので、今回はプロレス中心に考えてみました。


初出2007.11.22 改訂 2007.11.23

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