「精神障害について」の前置き

この「精神障害について」のカテゴリーでは、『キン肉マン』や『キン肉マンII世』の登場人物の「正気とは思えない言動」について考察します。

狂気と実在

ときどき、『キン肉マン』という作品の登場人物が、一般読者の目からすれば、突飛と思える行動をとることがあります。それが「作者のゆでたまごが、いいかげんに描いたから」というような解釈を、されることもあります。
しかし、非常識な言動をする人間は、いくらでもこの世の中にいて、正気の人間ならとらないような行動をする人間だって、いくらでも実在するわけです。
それならば、漫画の登場人物が、非常識であり、狂的であっても、単純に「ありえない」とか「間違っている」とは言えないわけです。

そういう狂気は、現実にあり得るのではないか?
そういう人物は、実在しうるのではないか?

もし、狂気や精神障害を正確に描いているのだとしたら、ゆで先生は実力がある、ということになりますし、妙に文学的な印象の説明にもなるでしょう。もちろん、作劇の都合としか思えない場合もありますが、そうと断定する前に「この人物が常識外れの激情家なのではないか?」とか考えてみることには、意味があると思います。

漫画の登場人物を精神障害ではないか、と考えることについては、疑問もあるでしょう。ですが、『キン肉マンII世』は登場人物からして、トラウマ、トラウマと連呼しているわけで、それなら検討してみてもいいんじゃないでしょうか。

狂気と文学

『キン肉マン』や『キン肉マンII世』には、心身に障害を持つ不遇な人や、心に傷を負った人、不遇さのあまり狂的な世界に入っている人が、多く登場します。

狂気というのは、古くから文学上の関心事でした。
「ここはどこ? わたしはだれ?」でお馴染みの記憶喪失にも、病名はあります。

うつ病や統合失調症や人格障害を患ったと見られる「天才」作家は多いので、リアリティ溢れる書き方で「狂気」を書いた名作文学なんて、山のようにあります。
教科書に載っている作家にも、精神病を患った人とか、自殺した人とかが多いです。ゲーテだって、うつ病だったと言われています。

また、精神的に病んでいると、極端な言動が多くなります。人生に絶望して、自殺とか、宗教入団とか。
ですから、小説や漫画に心にダメージを負っている人を登場させると、彼らの背負う「訳アリ人生」も含めて、ドラマチックな物語展開が期待できます。

そういう理由ですから、文学や漫画や映画に「狂気」の描写があることは多いのです。アメリカの脚本家なんて、精神医学の本を片手に脚本を書いています。

それは「そういう話を書きたい」作家の側と、「そういう話を読みたい」読者の側が作り上げてきた、物語の伝統です。

狂気と伝記

もし、ゆでたまご先生のように、20歳前後でも、狂気を上手に描写できたとしたら、その背景にある教養は?
「偉人の伝記」
これじゃないかと。

「いかなる天才も狂気を欠く者はなかった」 セネカ 紀元前4年頃〜後65年 『自閉症とアスペルガー症候群

科学と芸術の分野の話ならば、常識的なことを主張して、天才と呼ばれた人はいません。政治の世界でも、革命家というのは、伝統を無視する人のことです。

どうして彼らは周囲の有形無形の圧力を無視して、自分の主張を押し通そうとしたのでしょうか?

そこで「狂気」という説明が、後世の人によってなされるわけです。
で、この「狂気」の内実については、その「天才」によって、色々論議があるわけですが。

具体的には「オレ様と、オレ様の好きなもの最高!」とかいう自己愛性人格障害。「わたしは不幸だ。この不幸を理解してくれ」という、境界性人格障害。
「神が私に真理を告げた! 私は天才なのだ」と信じる、統合失調症やそれに近い失調型人格障害や、誇大妄想を伴う操うつ病の操状態。
「常識なんて、不合理なものは理解できない。私の発見したものが真理だ」と感じる、自閉症やアスペルガー症候群。

こまかいところはともかく、「天才」の条件は、「苦悩」と「独善」らしいのです。

キン肉マンに引用された「友情は成長の遅い植物」は、ワシントンの言葉です。
リンカーンのプラモの際に、カオスが「アメリカ大統領の伝記を読むのが好き」と言っていたのが、ひっかかります。ゆで先生自身も少年時代、偉大な男の伝記を読んでは、自分もいつか偉大な男になりたいと、思うような所があったんじゃないでしょうか。
アメリカ大統領のトーマス・ジェファーソンの伝記は、アスペルガー症候群の症例報告です。参考『アスペルガーの偉人たち

子供向けの伝記でも山のように読めば、「時に名作や偉業を生むような狂気」とは何か、文学少年にはわかるんじゃないでしょうか。

ゆで先生は、偉人や天才や英雄などの、超人的人物が好きな人なんでしょう。逆に言えば、ゆで先生は普通の人に、関心がないのでしょう。
「超人」ばかりの漫画を描くというのは、そういうことでもあるのではないでしょうか。

「偉大な男達の数多く登場する作品」は、紙一重で「やばい人ばかりの作品」となるわけです。
リアルに描いたら特に。

『キン肉マン』は、最初の頃から「不遇、栄光、転落」のパターンを繰り返してきました。これは「偉人の伝記」の典型パターンです。晩年は孤独だったとか、重病だったとか、発狂したとか、自殺したとか、子供向けでもちゃんと人生の最後まで、書いてあるものが多いでしょう、
そして特に、第二回オリンピック編から、『キン肉マン』は、独善的な支配者と狂信者とその犠牲者と英雄を中心に話が進むようになります。

ゆでたまご先生は少年時代、フィクションの水準では、超人的な英雄の活躍する物語を愛し、ノンフィクションの水準では、超人的な人物の活躍を描いた伝記を愛したのでしょう。
ある意味、すごいまっとうな男の子の趣味ですが、正直にいえば、なんでそんなに栄光を渇望しているのか、という疑問が湧きます。でもだからこそ、キン肉マンは熱い漫画なんだ!ってことなのでしょう。

それとキン肉マンの超人の人物描写の際には、プロレスラーも参考にしているでしょう。
『キン肉マン』と『キン肉マンII世』の登場人物の材料は、かなりの部分、実在した人間じゃないでしょうか。


初出2007.11.21 改訂 2007.11.21

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