魔法陣

『闘将!! 拉麺男』にみる魔術的思考 -台風の話-

『闘将!! 拉麺男』の第一話には、こういう場面があります。

ラーメンマンは父の仇である、毒蛇三兄弟を追っていました。
盗賊の一団に先回りしたラーメンマンは、棒で地面に直径十数メートルの円を描いて待ちかまえます。

「ちょうど四時間二十九秒後 この円形がやつらを一掃してくれる!」

すると台風が訪れて、ラーメンマンの描いた円の中にいた首領の三兄弟を残して、盗賊の一団を全て吹き飛ばしてしまいます。側にいたシューマイは、驚いてラーメンマンにたずねます。

「ど…どうして毒蛇三兄弟だけ ふきとばされなかったの」
「それはあのマルの位置が ちょうど台風の目の位置だったからさ
しってるかな 台風の目の位置は… 無風状態だということを!」
「あ…あなたはすごい… 台風がくることだけでなく
台風の目の位置まで予測して戦いをいどむとは
ちょ…超人だ……!!」

ちょっと聞くと科学的に聞こえますが、これはお伽話です。
台風は移動する巨大な嵐です。大型台風の場合、その端から、台風の目までの距離は500kmもあります。そして台風の目の大きさは、40キロから50キロあります。

なので盗賊の群の中心の三人だけが、台風の目にちょうど入って飛ばされないということはありません。
そもそも、台風の目に入る前に、その周囲に半径数百キロメートルの広さで、渦巻いている風雨に、三兄弟は飛ばされるでしょう。
これが台風ではなく、竜巻だとしても、無風の中心にたどり着く前に、飛ばされることに変わりはありません。

それでは、ラーメンマンが描いた、十数メートルの小さな円は何でしょう?
正確極まる天気予測でないことは、確かです。

おそらくこの円は、魔法陣です。
円の中の世界は、円の外とは別の世界であると、宣言するのが魔法陣です。
例えば、魔術師が悪魔を呼び出す際に、自分が悪魔に攻撃されないために、自分の周囲に円を描きます。これは自分の身を守るための魔法陣です。もちろん、本格的な魔術の場合は円だけでなく、色々な呪文とかシンボルを描いて、防御力を高めます。

ジョルジュ・サンドの『フランス田園伝説集』から、魔法陣に関する古い伝説を紹介しましょう。

夜、森の中で司祭は、悪霊の声を耳にします。悪霊は司祭を挑発し、司祭は声をはりあげてこういいます。

 『臆病ものだと? 何を言いやがる。てめえこそそんな地面の中に隠れてやがって、何だってんだ。こそこそしないで出てきたらどうだ、え、火つけ屋め!』
 坊さんは杖で、自分のまわりと、白い火の見えたところに輪を描きました。そして笑いながら言ったものです。
 『おいどうかね、わしはここからはでないぞ。ここで、おまえさんがやってくるのをしっかりと待っているからな。人間か悪魔か知らんが!』

ここで司祭は、怪しい火が燃えている場所と、自分の周囲に杖で円を描きます。
これは相手を呼び出すための魔法陣と、自分を守るための魔法陣です。
その後彼は円の中から、外にいる悪霊達を杖で散々ひっぱたくのです。

どちらかというと、西洋的なセンスであまり日本的ではありません。円の中は聖なる領域だとするのは、土俵もそうですが、あれは防御手段ではありません。

古典では他に、オーストリアの妖精の伝説を元にした、バレエの演目の「ジゼル」があります。この作品には、恋人に裏切られた乙女である主人公が、剣で自分の周囲に円を描いて、その中で自殺するという場面があります。

『闘将!! 拉麺男』は、ともかくスケールが大きいですね。
不実な恋人でも悪霊でもなく、巨大な嵐から身を守る魔法陣というのですから。
この場面でのラーメンマンのカリスマ性は、天候を予言し、自然現象を操る、古代の呪術師と同じものです。そのような古代の中国の魔術師の伝説を、ひとつ紹介しましょう。

張角はこの巻物をさずかってからは、夜も日もその習得にはげみ、ついに風をよび雨を降らせる力を得て、太平道人と号した。中平元年(一八四年)正月、はやり病があったとき、張角は不思議な文字を書いたお札や、まじなった水を飲ませて人々の病をなおし、これよりみずから大賢良師と称した。
『完訳 三国志 (一)』

こういう全能感に満ちあふれた呪術性が、『キン肉マン』や『闘将!! 拉麺男』の「わけのわからない迫力」というもののひとつの源でしょう。

 

『キン肉マン』にみる魔術的思考 -魔法陣の話-

キン肉マン対サタンクロス戦は、魔法陣リングで行われました。

「そうじゃ どこかで 見たことがあると 思ったら 魔界から悪魔を 呼び出すのに このようなものを 地面に描いて 呪文を 唱えるんだった」
「そうさ その 悪魔呼び出しの 図形が魔法陣と 呼ばれているのさ」
キン肉マン (16)』文庫版

たぶん、この魔法陣リングは「悪魔超人らしい闘い」を目指したのでしょう。悪魔と言えば魔法陣。魔界の住人である悪魔超人サタンクロスは、呼び出すまえに魔法陣の上に立っているので、魔法の道具を呼び出すという話になります。

コンピューターゲームと魔術を組み合わせた闘いが、このリングでは展開します。

しかし、魔術のリアリティとは、「簡単に願いが叶わない」ことです。これにつきます。

テレビゲームにはまる小学生だって、コントローラーボタンをでたらめに押しただけで、最強の防具が出現しないことは知っています。そういう場合も隠された法則というものがあり、それを見つけるために努力することが大切なのです。例えば、バグを見つけるまでゲームは一日十時間とか、お菓子をがまんしてゲーム雑誌を入手するなど。『ゲームセンターあらし』は、ゲームを誤作動させる必殺技「ほのおのコマ」を、出せるようになるために、地獄の特訓をしました。『鋼の錬金術師』は、何かを得るためには、等価の代償を払わなければならない、と言って多くの人を感動させました。しかし、ミートくんは一回で裏技を成功させています。ゲーム好きからも、魔術好きからも総スカンを喰らう展開です。

堕落した魔術的思考というのは、「自分の願いがなんでも叶う」のが当たり前と考える思考です。主人公達の願いが次々に叶ってしまうのが、魔法陣デスマッチが、「納得のいかない闘い」という印象を受ける理由じゃないでしょうか。

魔法陣を描いて呪文を唱えても、悪魔がなかなか出てこない。そういう話の例として『悪魔くん』の冒頭を紹介しましょう。

主人公の悪魔くんは難しい本を何冊も読みましたが、それらの本のいくつかに書かれている情報は間違っていたといいます。そして魔法陣を描いて102回も悪魔を呼び出す実験をしますが、変なものを呼び出してしまったりして、失敗します。そこへ助言者のファウスト博士が現れ、正しいやり方を教えてくれて、手伝ってくれます。そして、主人公はついに悪魔を呼び出すことに成功しますが、ファウスト博士は死にました。

魔法陣デスマッチの場合は、ミート達が「何か調べる」とか「やってみたが失敗する」とか「誰かに助言をもらう」とか「いけにえを捧げる」とか、そういう試行錯誤や犠牲の上にディフェンドスーツの呼び出しに、成功していれば良いということになります。

魔法陣リングの場合も、アシュラマンが手助けに来ます。ですが……

「わたしの8つの 装着物のすべてが 運のいいことに キン肉マンの ディフェンド・スーツが眠る 黒い窓の部分に 散乱している!」

……こんな感じで「奇跡が簡単に起きる」や「念じれば、願いがすぐに叶う」という話が、さらに展開します。

『悪魔くん』のように、最初からアシュラマンが「魔界の住人である わたしはこの魔法陣リングの正しい操作方法を知っている! ここに冠をセットすればいい! しかし この操作は危険をともなう!」と言って手伝ってくれて、危険な操作のために、感電して重傷を負うとかすれば、よかったんじゃないでしょうか。ですが、ゆで先生はおそらくその単純さを嫌って、複雑でアイデアてんこもりの展開に挑戦したのでしょう。

魔法陣デスマッチは、コンピューター魔法陣の発想が、「女神転生」より早いという点では、すごいと思います。


初出2007.3.4 改訂2007.12.13

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