カオス考

『キン肉マンII世』に登場する、カオスについて思いついたままにつらつらと。

名前について

カオスという名前について

ギリシア・ローマ神話の集大成である『変身物語』によると、世界の始まりは、カオスでした。

海と、大地と、万物をおおう天空が存在する以前には、自然の相貌は全世界にわたって同一だった。ひとはこれを「混沌(カオス)」と呼んだが、それは、何の手も加えられず、秩序だてられてもいない集塊にすぎなかった。
変身物語』 オウィディウス 岩波文庫

無意識の象徴とも言われる、原始の状態ですね。

手塚治虫先生の漫画に『未来人カオス』という作品があります。実は名前がネタバレなのでしょうか?

 

容姿・衣装について

白抜きのボサボサの長髪が、1980年代SFアニメキャラっぽいです。そして、頭の謎の機械パーツ?と全身の古代文明風の妖しいタトゥー。究極のタッグ編の隠れテーマはSFアニメですね。
作者はカオスが美形なので、あえてブタのマスクをかぶせているのでしょう。

 

ストーリーパターンについて

必殺技を披露して記憶のないカオスは、キャラ的には万太郎以上に、スグルの後継者です。

1 解離傾向持ち(火事場のクソ力)
2 オタク(初期スグルもアイドルファンでプロレスファンでした)
3 孤児(スグルも捨て子時代が長かった)
4 マスクを脱ぐと実は美形
5 実は特別な存在(スグルは実は王子、カオスは実は超人)

カオスの評判が良いのは、現在の読者にオタク的な人物が多いのみならず、やはり読者はこういう主人公をキン肉マンというベタなビルドゥングス・ロマンに、求めていたのではないかと思います。
今シリーズのスグルがあまりスグルらしくない理由のひとつは、カオスとキャラがかぶるからでしょう。

オットー・ランクというフロイド派の研究者が、古今の英雄神話から抜き出した共通の構造をここで紹介します。

a 英雄は、高位の両親、一般には王の血筋に連なる息子である。
b 彼の誕生には困難が伴う。
c 予言によって、父親が子供の誕生を恐れる。
d 子供は、箱、かごなどに入れられて川に捨てられる。
e 子供は、動物とか身分のいやしい人々に救われる。彼は、牝の動物かいやしい女によって養われる。
f 大人になって、子供は貴い血筋の両親を見出す。この再会の方法は、物語によってかなり異なる。
g 子供は、生みの父親に復讐する。
h 子供は認知され、最高の栄誉を受ける。

これを参考にベタなパターンをたどった場合のカオスの物語を解説、予測してみましょう。

a カオスは実は超人の血筋である。
b カオスは実は超人の中でも特別な存在として生まれてきた。
c 何らかの理由によって、敵である時間超人達がカオスやカオスの一族を恐れ、村を襲う。
d カオスは故郷を失い、孤児となる。
e カオスはブタに救われ、孤児院でシスターに育てられる。
f 少年になってカオスは両親と故郷の記憶を取り戻し、親の仇を見出す。
g カオスは、親の仇に復讐する。
h カオスは立派な超人であることを証明し、観客に賞賛される。

なんか、すげーありそう。

おそらくカオスの物語は「子供が親に復讐する」ではなく、「親の仇に子供が復讐する」というパターンになると思います。
オレステスやハムレットのように「父の仇を討つ話」は西洋にもあります。
闘将の方のラーメンマンは「親が殺された」で、初代キン肉マンは「親に棄てられた」でした。

もっとも、カオスの記憶が間違っているということもありうるので、今後に注目です。何しろ、幼児期の記憶ですからね。

カオスで特筆すべき事は、「幼児期に過酷な体験をし、そのために記憶を封印している」という、解離性健忘(遁走)に関する設定と説明があることですね。
そういうものと火事場のクソ力がつながるわけです。解離ということについては解離性障害(転換性障害を含む)を参照

ですが、解離傾向というのが治療の対象になる理由のひとつは、それがはなはだしいと「怒って人を殴りつけておいて、そのことをよく覚えていない」ということになるからでしょう。
常に客観的に見ても正当な理由で怒るのであればよいし、リングの上で対戦相手に暴力を振るうならよいのですが、現実にはそんなことばかりではありません。
解離傾向のある子供や少年はしばしば本人にしか理解できないようなきっかけで、怒って人にケガをさせたり、ものを壊したりします。
悪魔超人時代のチェックとかはまさにそんな感じですし、川崎くんが訴えればカオスも少年院送りです。
解離傾向を持つ者は女性に多いという統計について、男性の解離傾向を持つ者は、医療ではなく司法の手にゆだねられることが多いからではないかという推測があります。
例えば、24人に解離した人格のうちに、尋常でない力を持つ者のいる、解離性同一性障害者(多重人格者)のビリー・ミリガンは、レイプ犯として逮捕されましたが、主人格にはその記憶がなく、精神病院に収容ということになりました。

人は大人になったら火事場のクソ力を、災害時以外は忘れるべきだと思います。
ボクが本気になると怪力を発揮できて、敵を倒しちゃうし、何でも壊しちゃうんだ、というのは、幼児の幻想です。
だからこそ、『ドラゴンボール』とか『キン肉マン』は、幼児達に大人気だったのですね。

そのようなカオスの「問題」を考えると、カオスが何らかの理由でこれから悪を為す、あるいは過去に為した悪が記憶の蘇りと共に明かされ、罪を償うために、カオスは間隙の救世主となる、という可能性もあり得ます。
ネプチューンマンの人狼煙が償いの行為であるように、間隙の救世主の数多くの悪行超人を一人で食い止めるというのも、単なる英雄的行為ではなく、何かの償いなのではないでしょうか。

買い物依存症

食費までコレクションにつぎ込む勢いのカオス。
両親の死に際し、何も出来なかった彼の無力感が、強者である超人に対する憧れの源泉でしょう。
その後の孤児としての貧しい暮らしが、彼をバイトでお金が入るようになったとたん、超人グッズを買い漁るような行動に走らせるのでしょう。
おそらく、自分の持ち物を自慢し、価値ある者を所有している自分は、優れた人間だという安心感にひたっているのです。
そんなカオスが、自分自身が優れた人間だという真の自信を持つようになるのが、カオスの成長物語なのです。

買い物依存症は、一種の病的な浪費です。それで本人や周囲が困るのに、買ってしまうというのですね。
キン肉マングッズをつい集めてしまう人は、買い物依存症チェックをどうぞ。

Mary Sue テスト

海外では有名らしいMary Sue テストとは、「指輪物語などの、既成の作品世界にオリジナルキャラを登場させるタイプのファン小説」に、ある種のパターンがあるとして、そのポイントをリスト化したものです。

そのポイントは例えばこういうものです。

そのキャラクターは名前は、悪/死/破壊を連想させる。
美形である。
養子であるか、本当の親ではない人に育てられた。
このストーリーの最後の敵(ラスボス)の関係者である。
トラウマになるような過去がある。
秘密の団体に属している。あるいは属していた。
そして、その最後の生き残りである。
幼いころ両親に捨てられたか、あるいは幼くして両親をなくしずっと一人で生きてきた。
過去の記憶がない。
(その世界にとっての)異世界から来た。

Mary Sue テスト

そしてこのリストの作成者は、Mary Sueを問題視する理由は、それがこういうメッセージを伝えているからだといいます。

今の自分は酷い扱いを受けているけど、本当は秘めた能力を持っている。自分がこんな扱いを受けているのは、単に自分の能力を発揮する機会を与えられなかっただけだ。今みたいに周囲に悪い人しかいないのではなく、良き理解者がいればもっと活躍できるのに。

つまり「酷い境遇にあり、心と体に傷を持つ、内気な主人公に、世界を救うほどの秘められた力があり、その神秘的な力を一目で見抜いた原作の主人公に、パートナーとして選ばれ、良き理解者を得た主人公は大活躍し、他の登場人物も次々に主人公を認め、好きになる」というような話を描くファンは、イタイということですね。

でも、これ、そのまんまカオスですよね。

貧しい孤児で、場末の見世物小屋でニセ超人を演じているが、主人公の万太郎に神秘の力を見抜かれて大活躍、しかもみんなが次々に賞賛してくれる。トラウマがあり、はっきりした記憶がないが、おそらく別の時代から来た存在であり、ラスボスであろう時間超人の関係者であり、隠れ住んでいた時間超人の一族の最後の生き残りであろうと思われる。
しかも名前は「混沌」で、破壊などを連想させる。

ゆでたまご先生はわざとなんでしょうが、見事な「好きな作品の中で大活躍したい読者の願望」の具体化ぶりです。
超人募集はその願望を叶えるためのシステムで、カオスも読者デザインの超人です。それでカオスが人気なんだから、プロとしかいいようがありません。
何年か前だったら、万太郎とタッグを組みたいという読者は少なかったでしょうが、今の万太郎だったら「カオスがうらやましいぜ」って、ぐらいのものです。

こういう物語が幼稚とされがちなのは、主人公が得るものが「素晴らしい相手の愛」にしろ、「周囲の賞賛」にしろ、それが「生まれながらの神秘の力」によって得られるものだからです。
実際には、ちょっと磨けば光るような、天与の才や美貌を持っている人は、ほんの一部です。

実際には、こういう願望を持っている人は「それなりの年なのに、こういう考え方をしている」ことが、周囲に避けられる原因だったりするんですけれどね。
周囲が優しくないとか、身近な人が素晴らしい理解者でないとか、自分は実は天才だの美形だのと思っているわけですから。
他人に避けられれば避けられるほど、一般に「才能」や「美貌」は意味を失います。人に認められてなんぼのものですから。
なので、Mary Sueは幼い日の思い出にしましょう。

カオスはたぶん「幼い日の空想」が具現化したようなキャラなのです。

孤児院出身の覆面レスラーのルーツは?

フライ・トルメンタ(暴風神父)というメキシコの伝説的レスラーがいます。彼は「孤児院を経営するために、覆面レスラーとして戦う神父」です。『タイガーマスク』(1968年連載開始)の原案ともなったと言われることがあるレスラーですが、フライ・トルメンタのデビューは1976年だそうですので、違うようです。もうレスラーとしては引退なさったようです。だいたいこういう人らしいです。

今度、彼の話を元にした、ナチョ・リブレ 覆面の神様という映画が公開されるそうです。

メキシコの覆面レスラーはヒーローで、メキシコ映画というと覆面レスラーが、困った村人を助けて去って行くのがパターンだ、と聞いたことのあるわたしとしては、「アメリカ製メキシコ映画」だと、この作品を思っています。アメリカ古代文明風の仮面をかぶって、白人を倒す、メキシコのプロレスラーのヒーロー性については、萩原能久先生の最後に善は勝つ!を参考にどうぞ。

ちなみにナチョ・リブレ 覆面の神様のあらすじはタイガーマスク風ですが、「主人公がみんなに笑われるダメ男」というキャラクター設定は、『キン肉マン』っぽいですね。
ゆで先生はおそらく、このフライ・トルメンタの伝説を知っているでしょう。でも、カオスの元ネタはタイガーマスクでしょう。『キン肉マン』には、お金の話は基本的に出てこないので、カオスはファイトマネーのためにリングにあがるのではありません。そういうところは、まさにオタク世代ですね。

タッグ編って、「過去のヒット作のパロディを描いて、既成キャラを無節操にカップリングして、Mary Sueな新キャラ投入して、子供の頃に愛読した作品にもオマージュを捧げた」感じの作品です。原作者以外の人がやったら、同じ内容でも叩かれまくるでしょうね。


初出2005.10.15 改訂 2007.11.21

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