全体が批判の対象なので、いきなり設定の全文を引用する。
「一般に、淫魔と呼ばれる彼女らサキュバス族は、異性の精気を吸い取ってエネルギー源とすると言われているが、アーンスランド領内に住むサキュバス族はやや生態が異なる。彼女らは外部からの精神的&肉体的刺激を受けることにより体内に特殊分泌液を生成し、それによって生命維持を行なっている。
仮に彼女らを密閉されたせまい空間にひとりだけで閉じ込めたとしたら、その余りの退屈さと刺激のなさで2日目には死んでしまう。生命維持に必要な体内成分を分泌できないためである。
それを補うためか、彼女らは他者の「夢」を糧とすることが可能になった。与えられる刺激がないとき、自ら刺激を求める必要が生じた結果の進化と言えるのだろうか。
生物が「夢」を見るとき、脳内に特殊な分泌液が生じる。
サキュバスは、外部からこの分泌液そのものを奪い取ることができるのだ。
奪われるほうは、まるで見ている夢そのものが何者かによって持ち去られたかのような奇妙な感覚を覚える。記憶の欠落とはちがう、非常に特異な感覚である。
このようにして奪った分泌液は、サキュバスの体内で溶解ののち合成される。ちなみに、彼女らの血液や唾液などには強力な催淫効果があり、直接摂取すれば人間なら即死もありうる。また体臭には血管を弛緩させる成分があり大量発汗を促す。
サキュバスを目前にした人間の男性は、よほど精神鍛練をつんだ者でもその色欲の前に陥落をまぬがれない。
彼女らの対として語られるインキュバス族。
単一種族の雌雄ではなく、れっきとした別種族である。
彼らはよくサキュバス族と同じ「淫魔」としてあつかわれるが、その生態はかなり異なる。
まず外見であるが、「人型の美女」の多いサキュバス族にくらベ、「人型の美男子」が必ずしもインキュバスのすべてではない。むしろ、人型とかけ離れた四つ足の獣や翼竜の姿をしたものが全体の6割を占める。
彼らは体内に強力な催淫性分解液を持ち、糧とする相手に注入する。これにより、相手の体内の成分が変化し、インキュバスにとってもっとも摂取効率の高い食料となるのだ。より昆虫的というか、動物的な栄養の摂取方法なのである。
彼らが「女性」を相手にするのは、分解酵素の効きが、男性に比べて段ちがいに良いからである。よって、やむなき場台は男性を「食べる」こともある。
サキュバス族の寿命は個体差はあれど約4OO年。生まれてから数十年で成体となり、その後は死ぬまで美しい姿を保つ。彼女らに、老衰による外見の老いは訪れないのだ。
種としての彼女らの存続が危うくなってきたのはここ数百年のことである。
精気といっても、個体から摂れる量にはかぎりがある。代用の糧である「夢」を求め、人間界にまでその食指を伸ばしはじめるが、十分な栄養にたる量を摂ることは時を追いむずかしくなっていった。
モリガンがアーンスランドの後継者となった時点でサキュバス族は魔界に約200人。このままでは1〜2世代後には種族そのものが消え去ってしまう。
彼女らはしかし、その状態を悲観することもなく、気ままな暮らしを楽しんでいる。」(「ALL ABOUT ヴァンパイア セイヴァー」電波新聞社から)
最初から、いきなりだがこの設定を筆者の作風に近い形に書き直そう。
書き直す理由については、後で順々に述べる。
「サキュバスは一際刺激を好むことで、知られる種族である。
彼女らは外界から受容する刺激に応じて、様々なホルモンを分泌し、それによって肉体の機能の維持を行なっている。
仮に彼女らを密閉されたせまい空間にひとりだけで閉じ込めたとしたら、その余りの退屈さに2日目には死んでしまう。ホルモンバランスが崩れ、内臓の様々な機能が急激に低下するからである。
このように彼女らの脳が、新鮮な刺激を求め続けることは、彼女らの生物種としての特性と、深く関わっている。
淫魔という種は「性的な快楽によって他者の精気を吸い取る」という栄養摂取手段を生存のために選択している。
万が一、彼女らが飽きっぽくなければ、どうだろうか。
捕食者達が一定の場所にとどまることによって、獲物の数はたちまち不足してしまうだろう。それは当然、種の数を制限する。
また、一匹の夢魔が長く一匹の獲物から離れようとしないことによって、その夢魔は栄養不足に陥るだろう。精気といっても、1個体から摂れる量にはかぎりがあるのだ。
ゆえに彼女らは種族の繁栄のために常に新たな獲物を、新たな場所へと求めていかなければいけない。
そのようにして彼女らは、人間界にまで行動範囲を広げたが、人間界は多くの魔物には苛酷な世界であり、そこで夢魔たちが十分な栄養を摂ることはむずかしかった。
このように、淫魔の脳が常に「新たなる刺激」を求めるのは、「食欲」を支えるためであった。
しかし、進化の過程で「刺激」に対する欲望だけが突出し、それを「食事」によって満たすことが出来なくなって行く。
これは種族の存続の危機であった。多くの夢魔が刺激を求めるあまり、他の種との必要のない戦闘や捕食のためでない性的快楽にのめり込み、淫魔の数はここ数百年で急激に減った。
この危機の中で生物種としての彼女らは更なる進化を遂げ、彼女らは精気のみならず、他者の夢そのものをも糧とすることが可能になったのである。そのようにして多くの刺激を得ようというのだ。
彼女らが獲物とする人間などの生物が「夢」を見るとき、特殊な脳波が生じる。この脳波は電磁波であるいわゆる「脳波」とは異なった霊的な波動である。その波動の発生などの仕組みについての詳細は、未だ不明である。
サキュバスは、外部からこの脳波に同調しその夢をともに見ることができる。また自らの脳波で相手の脳に働きかけて夢の内容を操作することができるのだ。
夢を操作されるほうは、まるで夢そのものに何者かが侵入してきたような錯覚を覚える。
夢魔が望むままの夢を獲物に見せることが可能なのは、このような形で他者の精神を支配出来るからである。
彼女らがそのようにして「精気」を吸い取ることが出来るのは、俗に「精気」と呼ばれるものは、一種の精神エネルギーであるからである。ゆえに脆い部分からその精神を侵された者は、自我の裂け目から心的エネルギーを吸い取られ、精神の衰弱から死に至る。
サキュバスの「夢見せ」能力は彼女らが夢魔と呼ばれるようになった頃からの、捕食のための手段であったが、現在では「夢見る」こと自体が目的と化している。
また、彼女らの体臭には嗅ぐ者を陶酔に誘う成分が含まれている。その成分には、具体的には膀胱括約筋と肛門括約筋の弛緩、外陰部の血管の拡張を引き起こし、唾液腺やカウパー腺などからの分泌を促す効果がある。
さらに、唾液には麻薬に似た成分が含まれ、彼女らが男性を誘惑する上での強力な武器となる。口づけ一回で相手は、過剰な性的興奮に陥るのだ。また、人間がこの唾液を一定以上の量摂取すると、脳全体が麻痺し、泥酔に近い状態から、昏睡に至り、やがて死ぬ。
このような理由から、サキュバスを目前にした男性は、よほど精神を鍛練した者でも、その色香の前に陥落をまぬがれない。
なお、現在サキュバス族は魔界に約200匹。このままでは1〜2世代後には種族そのものが消え去ってしまう。
彼女ら自身はしかし、その状態を悲観することもなく、気ままな暮らしを楽しんでいる。
だが、このような快楽重視の態度こそが、彼女らを絶滅の危機に追い込んでいるとも言えるのだ」
1 モリガンは何を食べて生きているか
「種としての彼女らの存続が危うくなってきたのはここ数百年のことである。
精気といっても、個体から摂れる量にはかぎりがある。代用の糧である「夢」を求め、人間界にまでその食指を伸ばしはじめるが、十分な栄養にたる量を摂ることは時を追いむずかしくなっていった。
モリガンがアーンスランドの後継者となった時点でサキュバス族は魔界に約200人。このままでは1〜2世代後には種族そのものが消え去ってしまう」
食物連鎖の法則から、この文章を考えてみよう。
この文章だと「サキュバスが絶滅しかかっているのは、餌が足りなくなったから」ということらしいが、それはおかしい。
なぜか。
食物連鎖のピラミッドとはどんなものか単純化して説明しよう。
まず食べる側のミミズクが増えすぎて、餌のネズミが足りなくなるという状況を考えてみる。ミミズクが増えるとネズミは減る。しかし、ネズミが減るとミミズクも減るので、しばらくすると天敵の少なくなったネズミはまた増え始める。そしてまたミミズクも……ということで、ものすごい飢饉とかでネズミが激減しない限り、ミミズクは増えたり減ったりを繰り返しながら種として存続し続けるのだ。
つまり、食い物が足りなくなって夢魔が絶滅するというのはちょっと考えにくい話なのである。
魔界にいる数多くの生物を彼女らが、そのすべてが絶滅しかかるほどに(精気を吸い尽くすことによって)殺してしまうほどかつて彼女らは数多く存在したのだろうか。(もちろん、食える生物の種類が限られているというのは十分考えられるのだけれども)
多かったとしても、餌の激減が起きる前に、彼女たちの数が半減することによって、食料不足はくい止められただろう。
この「サキュバスとは何か」の解説が変にややこしくなったのは、『ヴァンパイア』での設定をフォローしようとしたせいだろう。
「(前略)人間が夢を見なくなって久しい。昔はかたっぱしから奪っても沸いてきたものだが、今は極上の夢となると10年に1度あるかないかであった。
(中略)夢を奪って糧とする一族。刺激のない世界にはしょせん生きられないのだ」(ヴァンパイア当時の設定から)
これではまるで、サキュバスが獏(バク)と同じように夢を食べているようだし、事実そういうつもりで書いているようだが、いうまでもなく、サキュバスは精気を吸う淫魔である。
当時の勝ちぜりふをチェックしてみよう。
「ああ…イイわ。あなたの生命で満たされていく…」
「もう逃げられないのよ。さあ、死のくちづけを…」
当時のエンディングは
「かわいい寝顔だこと。パイロン今からあなたに素敵な夢を見せてあげるわ。この世では味わうことのできない素敵な夢を…」
といって、モリガンがパイロンにキスをするとパイロンが干からびて死ぬというものだった。
どう考えても、ゲーム本体は「サキュバスとはエッチな夢を見せて精気を吸い取る魔物」という通説を踏まえているとしか思えないのに、キャラストーリーでは「夢そのものを食べている」と言い張るのはなぜだろうか。
この場合、キャラストーリーの方がゲーム本体のせりふより、後に書かれたはずである。
なら、「最初サキュバスを誤解していたけど、あとであぶないモンスターだとわかりました」ということはないはずだ。
一番説得力のある推測は「仮にも女主人公であるキャラを淫魔だなんて堂々と公言していいのだろうか」と思ったカプコンの皆様方が、「たぶんサキュバスが何かなんてわかる人は少ないだろうし」あるいは「サキュバスが何かわかる人は、ごまかされたフリをしてね。モリガンの正体は君と僕との秘密だよ」とゲーム中の設定とはことなる表向きのものとしてのキャラストーリーを作った…というものだろう。
しかし、サキュバスとなるとファンタジーの世界では有名なモンスターだ。ゲームでは『ウィザードリィー』や『女神転生』のシリーズにも登場する。(私は見たことがないが、『ディアブロ』にも登場するという)
そして、『ヴァンパイア』シリーズの攻略本や謎本はお約束のように、「吸血鬼とは」とかいうモンスター豆知識を載せているので、ユーザーはあえて調べなくても知っていたりする。
『ヴァンパイア』の攻略本(ゲーメストムック)ではこう書いてある。
「彼女たちは一度これと決めた人間に徹底的につきまとい、誘惑し、その精を吸いつくすのだ。ただ、その“吸いつくす”具体的な手段については、明るく正しいゲーメストではとても書けるようなものではないので、みなさんのご想像におまかせしよう」
肝心な部分は伏せられているとはいえ、すでにこの時点で同時掲載のキャラストーリーと矛盾が生じているのだが…。
更に、『All About ヴァンパイア』(電波通信社)掲載の「ダークストーカーズの秘密」によると、モリガンの公式設定として、
「彼女の目的は闘うこと=刺激を得ることであって、相手の精を吸い取る事ではない。もちろん、生きるために吸うことは当然である」
という一文がある。物語の世界では一貫性があれば、嘘も真実だが、シリーズの最初から一貫していないと、あとでどうしようもない。
「夢」にしても、生理学的に考えれば人間は眠れば必ず夢を見るといっていい。
人間が「でも最近おれ18時間寝ても夢を見ないんだ」という場合は、単に忘れているのである。
なのに、夢の量がたりないということはまずないだろう。社会の変化によって「若者の夢や希望」というような夢が減ることはあっても、大脳生理学でいう「夢」は減らないのだ。脳ある生き物全てが絶滅に瀕するようなことがない限り、まず睡眠時の「夢」を糧とする夢魔が「食物不足」で絶滅に瀕することはないだろう。
ここら辺は、環境の変化とか、新たな天敵の出現とか、生殖機能の異常とか、納得のいく絶滅の理由を考え出して欲しい。
ちなみに、私はサキュバスの激減は人間や魔界生物たちが、サキュバスを乱獲したせいだと推測している。(人間に乱獲されて滅んだ生物は多い)
その血液や唾液に強力な催淫作用のある生物の存在が判明したら、そやつらは片っ端からハンターに狩られ、檻に入れられて、高値で取引され、唾液を採取されたり、生き血を絞り取られたりするに違いない。バイアグラ騒動を見ていると、とてもそんな気がする。
しかも、彼女らは閉じ込められた状態では長く生きられないので、人工的な飼育や養殖は不可能。そのような理由でやがては、天然記念物並の希少種になってしまったのだろう。
ともかく、モリガンが何を食べて生きているのか、はっきりして欲しい。
1 異性の精気
2 人間等の睡眠時の夢
3 人間等の希望や願望という意味での夢
この設定を見ると、「本来は1だけど2でも可」ということらしいけど、先ほど言ったように、2は質はともかく量は減らないので、それで夢魔は減らない。
『ヴァンパイア』の頃の「人間が夢を見なくなって久しい」というような文章を見ると3かなという気もする。しかし、それならば「生物が「夢」を見るとき、脳内に特殊な分泌液が生じる」という説明はおかしい。「人間の将来の夢を化学物質レベルで奪う魔物」というのも考えようによってはすごいけど。
曖昧にしておけば、後で何とでも言えると思っているんだろうけど、その結果何がなんだかわからなくなっているのだ。
2 人間の脳内に「分泌液」はでるか
それでは、生物学的におかしい所をチェックしてみよう
「生物が「夢」を見るとき、脳内に特殊な分泌液が生じる。
サキュバスは、外部からこの分泌液そのものを奪い取ることができるのだ。
奪われるほうは、まるで見ている夢そのものが何者かによって持ち去られたかのような奇妙な感覚を覚える。記憶の欠落とはちがう、非常に特異な感覚である」
この「生物」には当然人間も含まれるはずだ。
だが実は、人間の脳みそは、解剖やCTスキャンやMRI(磁気共鳴映像法)などの手段で細かく調べられていて、「特殊な液体を出す器官」などは脳の中にないことが、すでにはっきりしているのだ。
神経細胞のことをニューロンといい、ニューロンとニューロンの接続部をシナプスという。
ニューロンの末端部に興奮が伝わると、細胞中のシナプス小胞が神経伝達物質をシナプス間隙に分泌する。それによって興奮がとなりの細胞にも伝わる仕組みだ。
このシナプス間隙というのは、ミトコンドリアの幅より狭い0.05ミクロンという隙間である。
つまり、ノルアドレナリンやドーパミンなどの神経伝達物質は、脳のどこかからまとめて液体の状態で分泌されるのではないのだ。
それは神経細胞ひとつひとつからそのとなりの神経細胞に向けて、脳の中を満たす脳脊髄液の中に放出されるものなのである。
そういうものであるから、神経伝達物質そのものを脳の中からかき集めるのは難しいだろう。
それでは、アドレナリンなどのホルモンはどうだろうか。
ここで明確にしておくが、ホルモンとは「内分泌腺から血液中に放出され、他の器官を活性化したり、他の器官の活動を抑制したりする作用があるものすべて」である。
主な内分泌腺をあげておこう。脳下垂体、甲状腺、生殖腺、副腎皮質等である。ちなみに脳の中にあってホルモンを分泌する器官というと脳下垂体か、松果腺である。
なお、主な外分泌腺は唾液腺や胃液やバルトリン氏腺や前立腺や汗腺、涙腺などである。これらには導管があり、分泌液がその管から肉体の外部へ放出される仕組みになっている。
この場合の「外部」は肌などの外気に触れる部分だけでなく、口の中や胃の中なども含む。
だが、外分泌腺と違って内分泌腺には導管がなく、分泌物であるホルモンは直接血液の中に放出されてしまうのだ。
つまり、ホルモンの含まれる分泌液なんてないのである。
ちなみにアドレナリンは副腎髄質ホルモンなので、脳で作られてはいない。「おれの脳からアドレナリンが出ている」なんていわないようにね。
もちろん、未知のホルモンや神経伝達物質が人間の体内に存在しないとはいえない。
しかし、それは「分泌液」というような状態で発見はされないだろう。それらの物質は分泌された後はすぐ、脳脊髄液や血液に溶け込んでしまうはずからだ。
というわけで、「夢を見る時に、脳内に特殊な分泌液が生じる」なんてことはありえない。
そもそも、人が「夢」を見るときは、脳の中のあちこちの神経が興奮して、様々な神経伝達物質がやりとりされると思う。なのに「夢」を例えばその放出された神経伝達物質を片っ端から奪うような方法で奪えるのだろうか。そうするとそもそも、「夢」が「夢」の形をしないと思うのだが。
(ま、『ヴァンパイア』の世界の人間は我々とは違うんですとでも言えば、逃れることは出来るけど話としてはつまらない)
「このようにして奪った分泌液は、サキュバスの体内で溶解ののち合成される」
という文章は生物学用語に書き直して、
「このようにして奪った分泌物は、サキュバスの体内で消化、吸収される。そしてそれから、生命活動維持に必要な様々な化合物が合成される」
である。
同じく、インキュバスについての記述も生物学的ではない。
「彼らは体内に強力な催淫性分解液を持ち、糧とする相手に注入する。これにより、相手の体内の成分が変化し、インキュバスにとってもっとも摂取効率の高い食料となるのだ。より昆虫的というか、動物的な栄養の摂取方法なのである。
彼らが「女性」を相手にするのは、分解酵素の効きが、男性に比べて段ちがいに良いからである。よって、やむなき場台は男性を「食べる」こともある」
この「催淫性分解液」「分解酵素」は、生物学用語では「催淫性消化液」「消化酵素」である。
「消化」は中学生だって知っている用語だが……。
あと、本人としては「慎ましい」つもりだろうが、「糧とする相手に注入する」だけでは、「どんな器官で」「どこに」注入しているのかさっぱりわからない。
インキュバスはどんなもので消化液を注入するのか?
牙? 尻尾? 指先? 舌先? 男性器?
また、どこから注入するのか?
喉の血管? 尻の血管? 腕の血管? 口? 肛門? 女性器?
ここを書かないと読者に絵も理屈も想像出来ない。
そういう描写がやばいと思うなら、ゲームに登場しないインキュバスの生態なんて最初から書かなくてよい。
また注入した後の「食べる」という行為についても、疑問はある。
頭からばりばりと骨ごと食うのか? 肉だけを食らうのか? 体液だけをちゅうちゅうと何かで吸うのか?
また、彼らの「消化液」(人間で言えば胃液かすい液といったあたりだろう)がなぜ「催淫性」でなければならないのか、何の説明もない(タダの副作用か?)。
あまりにもこの辺りの描写は具体性を欠く。
「彼女らは外部からの精神的&肉体的刺激を受けることにより体内に特殊分泌液を生成し、それによって生命維持を行なっている。
仮に彼女らを密閉されたせまい空間にひとりだけで閉じ込めたとしたら、その余りの退屈さと刺激のなさで2日目には死んでしまう。生命維持に必要な体内成分を分泌できないためである。
それを補うためか、彼女らは他者の「夢」を糧とすることが可能になった。与えられる刺激がないとき、自ら刺激を求める必要が生じた結果の進化と言えるのだろうか」
これは人間ではなく、サキュバスについての記述なので、「人間じゃないから、体内に分泌液が出るんだ」とか言われても、「はい、そうですか」というしかないが。
しかし、これは「食物」と「ホルモン」を混同した記述のような気がする。
「精神的および肉体的刺激」という記述からして意味不明だ。(こんな所で「&」なんて使っても、品がなくなるだけだと思う)
すべての「精神的刺激」は最初は肉体的刺激だ。(まさか、この場合の「肉体的刺激」は「性と暴力」のことだなんていうつもりじゃないよね)
どうもこの設定の作者は人の五感を勝手に分類しているらしい。
視覚・聴覚は「精神的刺激」。味覚・嗅覚・触覚は「肉体的刺激」と。
味覚が単なる肉体のみの刺激ならば、料理による感動を描く料理漫画の立場は無い。
嗅覚もそうで、アロマテラピーの「香りでリラックス。香りで精神集中」というのは、それが精神を刺激するからだ。
触覚が肉体的刺激だとか思う人間には、
「ある他人に触られて気持ちいいか良くないかを決定するのは、脳である」
という愛と快楽の原則が理解出来ていないに違いない。
「あなたなんて嫌い」という一言で精神的にがーんとなった時でも、そう告げる声自体は肉体的刺激なのだ。そして、肉体の受けた感覚刺激はすべて神経を通り、脳に情報として伝達される。すべての情報は脳(精神)を刺激するものだ。内容や強弱の差はあれど。
少なくとも、ここら辺まではサキュバスでも同じのような気がする。あー、モリガン解剖したい。
そして、情報を受け取った脳は視床下部に働きかけてホルモンの分泌を促す。そして、視床下部は脳下垂体などに向けてホルモンを分泌して……というように、人間は外部から受け取る情報を内部でリレーしてそれに基づいて体の機能を働かせている訳だ。
人間の場合でも外界との情報を遮断されたら、まともな精神状態は維持出来なくなる。
人間を密閉された狭い空間にひとりだけで長期間閉じ込めたら、かなりの人間が精神錯乱に近い状態になって、幻覚をみたりするようになるだろう。
死にはしないだろうが、ホルモンバランスが崩れることによって、肉体にも多少の影響がでると思われる。
もちろん、そのまま完全に発狂するのはもとからそういう因子をもっている人間だけで、普通はそこから出されれば、しばらくして正常に戻る。
人間は「外部からのある程度の刺激」なしには、内部環境の恒常性が保てない。
だから、サキュバスについても、
「彼女らは異性の精気を吸い取ってエネルギーにしている。そんな彼女らが「夢」を求めるのは、肉体を維持するための「食物」としてではない。精神を健康に保つための「食物」なのである」
という意味の記述をしておけば、わかりやすく、矛盾もなかったのではなかろうか。
あるいは、エセ生物学をすっぱりあきらめて、エセオカルトに走れば良かったのだ。
「夢がサキュバスにとって代用の糧となる理由は、「夢」というのは人間の魂の断片だからである」
とかいうようにいえば、「人間に魂はない」という証明は出来ないので、反論は不可能だ。
「ちなみに、彼女らの血液や唾液などには強力な催淫効果があり、直接摂取すれば人間なら即死もありうる」
そんな血液がありうるか、という人間界の常識はほって置いて話をすすめよう。
ただ、それでなぜ人間が死ぬのかよくわからない。(そもそも、獲物を殺しちゃ意味ないような気がするけど)
欲情しただけでは人は死なない。やはり何らかの毒性や麻痺作用などがあるのだろうか。
ちなみに、いわゆる麻薬で人が死ぬのは、あれが本来「麻酔薬」で、中枢神経を麻痺させる効果がある薬だからである。脳の機能が麻痺することで、人は呼吸困難に陥り、死に至る。アルコールで人が死ぬのも同じだ。
それと同じように脳の、特に理性的な部分に対する麻痺効果があって、摂取し過ぎると昏睡状態に陥り死ぬのだということなのだろうか。
しかし、唾液に催淫作用があるというのは、
「キスひとつで男を陥落させるため」
ということで、納得いくのだけど、血液に催淫作用があるのは何のためだろう。やはり対吸血鬼用なのか?
実は私は生物学的にどうこうというより、ストーリーとの関連でこの記述が気になる。
「それじゃあ、デミトリのエンディングで、モリガンの血を吸っていたデミトリは、その後どうなったんだろう?」
という疑問がわいてしまうのだ。
やはり、その場でモリガンを押し倒したのだろうか。
実はそう考えると、モリガンがなぜその後、羽付き全裸で石化しているのかの、謎が解けるのだ。
何しろ、モリガンの頭と背中の羽、そして服は手下のコウモリである。
(モリガンが勝ちデモで一瞬にして着替える理由は、そう説明されていた)
だから、彼女が自分自身を石化させようとして、そうしたのなら、羽はないはずだ。あれは彼女の肉体の一部ではないのだから。
(道ばたの彫刻のようにただの裸婦像になるだろう)
あるいは、服のコウモリも一緒に石化だろう。
モリガンの負けた姿をゲーム画面で見ると、羽はコウモリに戻り、倒れた(気絶した?)彼女のまわりを飛び回っている。
むしろ羽のコウモリの方が離れやすいような気がする。
ということは、「石化する前にデミトリが服だけをはがした」というのが、一番合理的な説明なのだ。(ご丁寧に靴まで・・・)
「服はその時コウモリではないフツーの服だった」という可能性もあるが、
それでも、石化した場合に自然に脱げるとは思えない。(簡単に風化するとも思えない)
つまり、この場合は「石化した後にデミトリが布の服をはがした」が妥当な解釈なのだ。
どっちにしろ、デミトリが服をはがしたので、モリガンは全裸という結論だな。
(でも、モリガンがなぜ全裸? という疑問の答えは「絵描きの都合」・・・耽美に扇情的に描く都合・・・ですむんだよな)
3 誘惑者は副交感神経を刺激する
「また体臭には血管を弛緩させる成分があり大量発汗を促す。」
日本語のミスを訂正して、こうなる。
『また体臭には筋肉を弛緩させて、血管を拡張させ、大量発汗を促す作用がある』
これは、生物学的にも意味不明な記述だ。
おそらくこの文章の元となったのは、人間の自律神経に関する記述だろう。
血管の拡張や筋肉の弛緩や発汗作用を司るのは、自律神経だからである。
一般に人間は緊張状態に陥ると交感神経が働き、休息状態では副交感神経が働く。
これらは、例えてみれば人間の体内のあやつり糸である。
設定資料の記述だが、こういう場合に「血管」とだけ書くのは不正確すぎると思う。その血管が内臓の血管か、脳の血管か腕の筋肉の血管かでは大違いだ。
内臓の血管を拡張させるのは、副交感神経だし、筋肉や心臓の血管を拡張させるのは交感神経で、それぞれ違うのだ。
何らかの臭いを嗅ぐなどして、人間の感覚神経が刺激されると、その刺激は脳に伝わる。そして、脳はその情報に対して何らかの判断を下す。すると、その情報は自律神経系を伝わって、筋肉や血管に作用する。
サキュバスの皮膚の汗腺から、空中に放出されているナゾの物質の場合は、直接人間の鼻の粘膜から血管に吸収され、自律神経の末端に作用して血管を拡張させているという可能性もあるが。
- 「交感神経 (前略)副交感神経と拮抗的に働き、内臓や腺の機能を自律的に調節している。たとえば、瞳孔散大、顔面汗腺分泌、心臓搏動促進などであり、緊急反応的・興奮作用をもたらす傾向がある」
- (『誠信 心理学辞典』から)
ちなみに、有名なアドレナリンは交感神経を刺激するホルモンだ。
- 「アドレナリン 副腎髄質から生産されるホルモン。このホルモンは交感神経の末端を興奮させるから、血管が収縮し皮膚の色は青くなり、心臓の動悸は促進される。瞳孔が開き、平滑筋(引用者註 内臓筋)は弛緩する。」
- (前掲に同じ)
そしてこの交感神経が働くのはどういう時かというと、セックスの時ではないのだ。もし、その時に過剰に働いたら男の場合、不能か、早漏という結果を招くだろう。セックスの際に働くのは主に副交感神経の方である。
- 「副交感神経 自律神経系の一種で、交感神経に対して拮抗的に働き、内臓筋や分泌腺、瞳孔収縮筋などの自律的機能に関与している。中脳から出ているもの、菱脳から出ているもの、仙髄から出ているものがある。中脳から出ている副交感神経は、瞳孔を縮小させたり、毛様筋を収縮させる働きがある。菱脳から出ているものには、顔面血管の拡張、気管支の収縮、心臓運動の抑制、食道筋の収縮、胃や小腸の筋の収縮、胃腸の分泌促進などをする。仙髄からのものは、大腸の収縮、膀胱の収縮、膀胱括約筋と肛門括約筋の弛緩、子宮の弛緩、外陰部の血管の拡張などをする」
- (前掲に同じ)
では交感神経が働くのはどんな時かというと、「逃亡か、闘争か」という時なのだ。
闘うため、あるいは逃げるために、相手や逃げ場がよく見えるように瞳は輝き、炎症などをおさえるために平滑筋は弛緩し、瞬時の判断や行動を可能にするため脳や筋肉に多くの酸素と血液を送る心臓は高なる。よって血圧は高くなり、傷ついても大量に出血しないように皮膚の表面からは血の気が失せる。また当座必要ないような内臓の血管などは収縮する。体温は上昇し、その体温があがりすぎないように汗が出る。
性交の際に働くのが主に副交感神経であるということは、男が性交する際に必要なのが「安心」であることを示している。不安や緊張は不能の原因。
金で買ったから、自分の方が力が強いから、彼女と僕の間には愛があるから……「安心」の根拠はなんであれ。
ただし、オーガズムは交感神経の働きによる。
マスターベーションの時に、残酷なイメージを思い浮かべないと達しないんだ、という男がいるのは、こういうことなのかもしれない。
「甘美と残酷は官能のふたつの柱である」と表現するとエロも文学的だが、「副交感神経と交感神経がバランスよく働くことで、人間は正常な性交を営むことが出来る」と書くととても生物学的だ。
さて、話をサキュバスに戻そう。
「その体臭には筋肉、心臓への血管を拡張させ、発汗を促す作用がある」
というならば、その成分は交感神経を刺激する成分だということになる。直接末端に作用するにせよ、脳を経るにせよ。
しかし、そうなるとサキュバスの体臭には、相手の男を緊張させる作用があるということになってしまう。だが、これから甘ったるい誘惑を仕掛けようとしている相手を「逃亡か、闘争か」という目の前の相手を敵視するような精神状態に追い込んでも、マイナスにしかならない。
やはりサキュバスの体臭には、相手の中枢神経に働きかけて、緊張や警戒心を取り除く作用があって欲しい。
もし、そうであれば相手の男性が、
「自分の精気を吸うつもりに違いない。誘惑なんかにまけるもんか」とか、
「わー、魔物だどうしよう。こわいよー。死ぬのはやだよー」とか思っていても、その男性に、夢魔は身を寄せて「そんなにこわがらなくていいのよ」とささやくだけでいいのだ。相手はその官能的な体臭につい恐怖を忘れて、身を任せてしまうだろうから。
ではこの記述ミスが起こった理由を推測してみよう。
まず、作者が「アドレナリンは人を興奮させる」とか「人が興奮したときには交感神経が働く」とかいうことだけを知っていて、その興奮には性的興奮も含まれるという単純すぎる思い込みをしてしまった可能性がある。
それから、「大量に汗をかくのはセックスの時」という連想をしてしまったせいだということも考えられる。
だが、セックスの時に人間が汗をかくのは、緊張で冷や汗をかいている訳ではなく、主に運動の結果である。
安易な気持ちで生物学についての記述をしたからこそ、「血管が弛緩する」などと書いてしまったのだろう。
実は人間の肉体もそれなりの秩序を持ったシステムである。だから、
「内蔵への血管を拡張させ、発汗を促す未知の成分」などというものはまず、ありえない。
「未知の成分を含む薬が、人体にこれこれの作用を及ぼし……」というのは、よくあるパターンとさえ言えるけど、人体には人体のルールがある。それに背くと物語の説得力はがた落ちになるのだ。
というわけで、生物学的に正しい夢魔に対する記述は、辞書の引用を元に書くなら、
「淫魔の体臭には、唾液の分泌を促進し、膀胱括約筋と肛門括約筋の弛緩、外陰部の血管の拡張などを引き起こす成分が含まれている」
というあたりが、小難しくもやばい感じがしていいのではないかと思う。
意味的にとるなら、私としては、
「また体臭には男性の海綿体の筋肉を弛緩させることによって、外陰部の血管を拡張させる働きがある」
というのがいいと思うがどうだろうか。(ちょっと露骨?)
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