失われたヴィーナス その4 |
碇が、洋子を逆さ吊りで固めて放置したまま絶命したことを知らず、久美子は自分の肢体の型を自力でとろうとしていた。もとより、通電によって型がはずれることなど知るはずもない。 久美子は全裸になると、衣服と靴を部屋の隅の棚に置き、その上から余っていたカーテン生地を被せて隠した。 ・・・JSHTって何?・・・私の美しい身体を永久に残せるんだったらどんなポーズでも良いわ。碇先生のセンスと技術ならきっと素晴らしい作品になる!・・・永久に残るのよ、永久に!・・・ 久美子は作品と作品の間のスペースに立ち、容器から手のひらに液をとり、足先から上に向かって塗りこみ始めた。長い脚、くびれた腰、胸から首筋。 すでに足先が硬化してきて強力なタイツで締め付けられているような感覚から、次第に金属感への変化を覚えていた。 鼻や耳にガーゼを詰めず、まぶたに保護膜も貼らず、マウスピースさえ咥えずに顔面からまとめた髪にたっぷりと塗りあげ、眼をつぶり、液が硬化して締まってくる感覚を感じながらジッと立っていた。 ・・・おおっ 来た来た来た! 来たわよ!・・・ 少し開き気味に立っていたブロンズ色に光る脚が、太ももの付け根から脚の親指までが勝手に近づいていく。そして、両脚を一まとめに拘束したかのようにピッタリとくっついてしまった。 試しに脚を開こうと力をグッと入れてみる。 ・・・ホントになるんだわ! しかも全然動かない! ビクともしない!・・・ 今度は両腕が勝手に後ろにまわりはじめた。 ・・・やはりボンデージものだったのね。私 縛られたこと無いからどんな感覚かわからないけれどドキドキする・・・って、どんな形にボンデージされるのかしら・・・ 興奮した久美子は胸と腹を波立たせて荒い呼吸になった。が、腹が凹むごとに液が硬化しながらギュウ ギュウ と上体をしめつけてくる。 手首が腰で重なったがそれでも動きが止まらない。久美子の腕をさらに捩じ上げていく。 肩関節に痛みを感じながらも、後ろ手に厳しく拘束されていく感覚に、怖さと味わったことの無い不思議なエロチズムを覚えた。 ・・・ちょっと・・・ボンデージって案外痛いのねえ・・・ああ でもなんだかドキドキする!・・・ そう思う間にも手首は高く捩じ上げられいき、10本の指を真っ直ぐ揃えられた形で肩甲骨の上の方でやっと止まった。中指の先が肩に届いている。 ・・・痛い!・・・でも、我慢しなくちゃ・・・ 首が後ろにのけぞっていく。同時に足先がバレエのようにピンと伸びてきたのだ。 股関節は動かず、久美子は次第に立っていられなくなってきた。しかし、座り込むにしても身体が動かず、眼も閉じたまま開けることができず、ついに前の方へうつ伏せに倒れてしまった。 バアーーン 「ンンン!!」 顔面が硬化して口が開けられないまま、鼻から悲鳴が漏れる。 仰け反ってるせいで顔を床にぶつけなかったが、金属のような硬い膜を介して全身に分散されたショックに身体がジンと痺れるが。 ・・・危ないっていうか こ、怖い!・・・もう嫌になってきたわ・・・でも・・・もう少しの辛抱、我慢よ・・・ 葛藤を起こしながら耐えている間に、今度は膝が曲がり、身体が反ってきたではないか。 ・・・身体が反ってくる!・・・まさか逆海老縛りの型じゃ!・・・私、逆海老固めなんてされたことないのに・・・怖い!・・・ 不安に煩悶している間にも、ピンとの伸ばした足先と仰け反った後頭部がジワジワと、しかし確実に接近してくる。 ・・・苦しい!・・・痛い!・・・ 「ンンン!!・・・ンンンン!!」 久美子は思わず声にならない呻き声を上げた。しかし顔から頭全てにマスク状に張り付き硬化した膜のせいで微かに鼻の穴から漏れるだけだ。 ・・・まだ曲がるの!?、苦しい! もう嫌よ!!・・・苦しいいい!!・・・ 硬化する膜は久美子の苦悶など存在しないかのように、予め設定された形に(頭頂部に足の裏が乗るように)変形をつづけていく。 キュッと締まった尻肉がさらに形良く盛り上がり、太ももの柔らかい内転筋が左右ピッタリとくっつき、えもいわれぬ程に美しく発達した大腿四頭筋のカーブがますます反り上がる。 固められた乳首が前に突き出され、股関節の筋肉がビシッと引き締められ、二十歳前後の造形的フェロモンを誇示していく。 そしてついに頭と足がくっついてしまった。 「ンンン!!ンンンン!ンン!ンンンンン!ンン!」 久美子はマスクの下から苦悶に呻く。 後ろ手に拘束されたことも、ましてや逆海老固めにされたことさえ無いのだ。それがこんなサーカスばりの変形に耐えられるはずがない。 久美子はすでに、ブロンズ色の金属膜の中で地獄の苦しみに突き落とされていた。 ・・・苦しい!耐えられない!!・・・型が早く割れてくれないと!・・・早く!・・・早くうううう!!・・・ 完全に全身を膜で固められた久美子は、素の状態なら身体が勝手に振るえもがき苦しむのだが、それができない。 そう!、傍目には生きた人間に見えず、精巧にできたブロンズ像に見えるのだ!。 「ンンンン!!ンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!」 ・・・なぜ割れないの!?・・・息も苦しい!! 早く割れて!早くここから出して! 開放して!・・・ 狂わんばかりに呻きながら、全身の筋肉に力を入れる。 割れたオヘソ周りの腹筋が、固まったトップの数箇所が床に当たって久美子の体重を支えていた。微かに「コトッ」と身体が揺れる。しかしこれが最後の抵抗であった。膜は完全にブロンズのように冷たく硬化してしまったのだ。 「ンンンンンン!!ンンンンンンンンンンン!!」 そうとは知らぬ久美子は、呻きながら死に物狂いで全身に力を入れ続ける。 ・・・いったいいつ割れるの!?・・・先生!私はここよ!・・・ どんなに呻いても死んだ碇に聞こえるはずはなく、逆さに吊られた洋子も久美子同様に、死に物狂いで助けを呻いているのだ。 仮に秘密の地下室に浮浪者が忍び込んできたとて、多くのブロンズ像のひとつにしか見えない。中に人間が閉じ込められているなんて・・・。 「ンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!ンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!」 ・・・先生!!!・・・誰かああ!!! 私はここよ!! 早くここから出して! 早く開放してえええ!!・・・誰かあああああ!!!・・・ ・・・・・・・・・・・・終わり・・・・・・・・・・・・ |