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 美味しいソフトクリームの作り方 クレア編 書いた人:北神的離

前編
―はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……―

 『私』は森の中を走っていた。
 最近運動不足の所為か身体が重い。
 身体中から滝の様に汗が流れ落ちる。
 しかし、『私』は足を止める事は許されなかった。
 『私』は、追われているのだ。

―ここら辺で良いだろうか……?―

 と、言うよりも疲労の為にもう一歩も歩けないのだが……
 『私』は、身を隠す事にした。
 『私』の一族に伝わる隠身の法。
 これを使えばあるいは『奴等』から逃れる事が出来るかもしれない……
 『私』はゆっくりと疲れ切った身体を弛緩させ、気を解き放つ。
 自分の気が周りの自然と同化していくのが感じられる。
 これで『私』は自然と一体化し、何者であろうと『私』の姿を瞳に映す事は不可能の筈。
 『私』は、『奴等』がやり過ごすのをじっと待ちつづけた……

「まさかこんな所で突っ立っているとはね」
「もう逃げられませんわよ?」

 『奴等』は、『私』の目の前で立ち止まり、言った。

―何故だ、何故見つかったのだ?いや、『私』の隠身の法は完璧の筈、『奴等』ははったりをかましているだけだ、きっとそうに違い無い―

「ちっとも動かないわね。てっきり泣き叫んで許しを請うかと思ったのに」
「もう諦めたんでしょう。構いませんわ、殺っちゃいましょう」

 そう言い、一人は身の丈ほどもある銃を、もう一人は古代より伝わる天使の用いたと言われる伝説の武器―ラッパを構え、『私』に近づいてくる………

 『私』は、人生の終焉を感じた。


ヨハネの黙示録 第八章

子羊が第七の封印を解いた時、半時間ばかり天に静けさがあった。それからわたしは、神のみまえに立っている七人の御使いを見た。そして、七つのラッパが彼等に与えられた。また、別の御使いが出てきて、金の香炉を手に持って祭壇の前に立った。たくさんの香が彼に与えられていたが、これはすべての聖徒の祈りに加えて、御座の前の金の祭壇の上にささげるためのものであった。香の煙は、御使いの手から、聖徒たちの祈りと共に神のみまえに立ちのぼった。御使いはその香炉をとり、これに祭壇の火を満たして、地に投げつけた。すると、多くの雷鳴ともろもろの声と、いなずまと、地震とが起った。

参考文献:日本聖書協会発行「口語訳聖書」つうかバスタード

1.


「何てモノ食わせるのよあんたわぁっ!!!」

 不思議の森のアイスクリーム屋、その舞台裏で行われていた戦慄すべきアイスクリームの作り方に、マール王国21代目王位継承者、クルセイル・シェリー・マール・Q、通称クルルは激怒していた。

 作り方を知らなかったのか、機械を買う金をケチったのか、それとも彼等のポリシーなのか、『不思議の森』の『バーグの店』の特製ソフトクリームは、作業工程に何と「ねこ」を使用していたのである。
 ねこの体内からむりむりと排泄…もとい、生産されるソフトクリームを、先程クルルは美味しそうに食べていたのだ。

「食べなくて良かったですわぁ」

 隣りで小さく呟き、胸を撫で下ろしているのは、ローゼンクイーン商会会長エトワール・ローゼンクイーンの娘、クレアトゥール・ローゼンクイーン、通称クレア。

(………こいつは………)

 クルルはクレアをジト目で睨んだ後、自分にこのような屈辱を味わわせた張本人…つうかねこ…いや、そう呼ぶのも少し違うだろうか…体長2メートル以上は有りそうな2本足で立つねこのような存在に向き直る。

 この巨大なねこのような物体、名前はバーグ。
 その巨体と引き換えに身につけた料理のレパートリーは4桁にも達し、どの料理もとても美味と言われている。
 ……料理の方法にやや問題があるが……

「なにが悲しゅうてねこのウンチたべなきゃなんないのさ!!」

「その割には美味しそうに食べてたにゃ〜」

「何個もぱくぱく食べてたにゃ〜」

 バーグの周りにいるねこ達がはやしたてる。
 このねこはニャンシーと言い、バーグの部下であるようだ。
 体長は1メートル程で、やはり二足歩行が可能のようだ。
 可愛らしい外見をしているのだが今のクルルには憎悪の対象でしかない。

「うるさいうるさい!!クレア、こんな奴等瞬殺するわよ!」

 ねこ達を睨みつけ、クルルは戦闘態勢を取る。
 クルルは古代人の末裔で、手にしたラッパを吹き鳴らす事で人形を操り、様々な特殊攻撃を行うことができる。
 また、ラッパ自体にも何かの魔力でも込められているのか、どのような魔物を殴りつけても壊れない先祖伝来の一級品である。

「判りましたわ。」

 クレアも服の下から武器……拳銃を取りだす。
 彼女はエトワールから銃の取り扱いを一通り学んでいて、その腕前は一流の傭兵にも匹敵すると言われている。

 クルルが身を屈め、次の瞬間、飛びかかる……
 クレアが銃を構え、次の瞬間、引き金を引く……

 それよりも早く、バーグが近くにあった綱を引いた。

 天井がパカリと開き、上から何かが落ちてくる……

 鉄球?鉄柵?それとも網?
 2人はその正体を見極めようとする。
 正体さえ判れば落ちてくるまで対処の方法も時間も充分にある。

 しかし……

「にゃ〜〜〜!!」

「!!?」

 落ちてきたのは、無数の「ねこ」だった。
 あまりの事で一瞬正気を疑う2人。
 そんなものを罠に使うバーグの精神か、それともそんなものを見てしまう自分達の正気だろうか…?

 その一瞬が勝負を左右した。

「きゅ〜〜〜」

 2人は無数のねこに無残に押し潰された。


2.

「捕まっちゃったね、あたし達……」

「ええ」

 2人は武器の類を全て奪われ、個室の一つに閉じ込められた。
 幸い衣服を脱がされる事は無かった。 まだ子供だったので、脱がしても面白くないと判断したのか、別種族の裸など面白く無かったのかは知らない、奴等の考えなど知りたくも無い。
 2人はまず、ここから脱出する方法を考えた。
 ……そして、すぐに無駄である事を実感した。
 扉は厳重に鍵が掛けられ、若干12歳の2人にはとてもこじ開けられる代物ではない。
 部屋は完全な密室で、窓も無ければ抜け道の類も無い。
 一応布団やトイレは付いているが、外に出る為の役にはたちそうもない。
 その他にあるのは出入り口と、食事用トレーの受け渡し口だけ…

「あいつが来たら、ここからストレートパンチを一閃させてやろうかしら?」

「クルルちゃん、そんな事しても何の解決にもなりませんわよ」

 確かに仮に成功してバーグの顔面をぐちゃぐちゃに出来たところで、逃走手段には繋がらない。
 逆に唯一の外との接触手段を失い、餓死、枯死という結果につながりかねない。

「とりあえず今日はもう眠りましょう?時間が解決してくれる事だってありますわ」

 そう言うクレアは妙に明るい。

 クレアが幼い頃、いじめっ子から助けてくれた少女…迷子になって泣いていた時、一人で捜しに来てくれた向こう見ずな少女…それがクルルだった。
 そんなクルルが一緒に居ればどんな所でも彼女にとっては幸せなのだ。

(ああ…クルルちゃんと一緒のお部屋、一緒におねんね、幸せですわぁ)

 ……こんな具合に。
 最近は少し妙な感情まで芽生えている気配もあるが。

「そうね……あたし達が何日も戻らなければお城から捜索隊でも来るだろうし……」

 そこまで言って、クルルは陰鬱な気分になった。
 マール王国は平和な国で、兵士達は平和ボケしている、士気も低い。
 故に弱い、ひたすら弱い。
 なにせ、ここにいるわずか12歳の少女に3人掛りでもかなわないのだ。
 そんな奴等にあの巨ねこ…バーグが倒せるとは到底思えない。
 あれの姿を見た時点で逃げ出すか失神してしまうに違いない。

 ここまで助けに来れそうな勇敢で強い人物……ソニアとランディくらいだろうか?

 しかしソニアは嫌だ、怖いから。
 例え、助けられたとしてもその後ひたすら長いお説教を延々と…軽く10時間や20時間は食らわされるに決まっている……地獄だ、監禁されていた方がマシである。

 こうなったらランディに期待するしかない。
 見た目はあまり強そうではないが、一応は騎士である、一応は。
 果たして彼がバーグに対抗できるかどうか……

「その辺は気迫で何とかカバーよっ!」

「何がですか?」

「あ…」

 クルルが気迫を込めたところで、別にランディが強くなるわけでもない。

「もう寝ましょう」

「……そだね」

 監禁という特殊な環境で疲れていたのか、2人はあっさりと夢の世界に落ちていった……

3.

「くおらぁぁぁぁぁぁ、何か食わせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 ばしばしばいばしばしばしばし……

 クルルは扉を叩きつづけている。
 かれこれ一時間近くになるだろうか、よくもまぁ手が痛くならないものである。

「クルルちゃん、そんなに暴れると余計お腹が空きますわよ?」

 クレアがオレンジジュースを飲みながら言う。

 監禁されてから2回寝て2回起きた。
 体内時計の正確さを信じれば、今日は3日目という事になる。 
 その間、2人には一度たりとも食べるものを与えられていない。
 その代わり、飲み物は頼めば貰える。
 クレアがジュース手にしているのはそのためである。

「うぐぐ…こうなったら腹に入れば何だって一緒よ!こら、そこのねこ、コーラとコーヒー(砂糖とミルクたっぷり)と紅茶と烏龍茶とスプライトとCCレモンとリアルゴールドと赤蝮ドリンクと………とにかく飲めるもの全部、大至急で持ってきなさい!!」

 扉に向かって叫ぶ。

「わかったにゃ〜〜」

 返事、そしてぱたぱたと足音が遠ざかる音が聞こえる。

 10分後、受け渡し口から山と積まれた飲み物と、それを持ってきたねこの顔が現れた。

「重かったにゃ〜、まったくバーグさまやニャンニャンさまよりねこ使い荒いにゃ〜〜」

「何か言った?」

「な、なんでもないにゃ〜〜」

 ねこは慌てて受け渡し口を閉め、脱兎の如く逃げて行く。
 そんな事にはお構いなしに飲み物を手にするクルル。

 ごきゅごきゅごきゅごきゅ…

 見る間にクルルの後ろに空になったコップや空き瓶が山積みになっていく。

「クルルちゃん、そんなに飲むと…その…おねしょしちゃいますわよ?」

「大丈夫よ、ここにはお母さまもソニアもいないんだし、誰にも叱られないわよ」

「いえ…そういう問題では……」

 王侯貴族は外界とほぼ隔絶された環境で育てられる為、物の考え方や価値観が一般の人間と大きくかけ離れる傾向がある。
 クルルもその例にもれず、羞恥心のひとつやふたつ欠如しているのではないだろうかとクレアは分析したが、本人に聞いてみる気にはなれなかった。

4.

「出るにゃ〜、食事にゃ〜〜」

 がばり

 翌朝、ニャンシーの呼び声が響き渡る………瞬間、2人は起きあがり、扉をばしばし叩く。

「くおらぁぁぁぁぁ、さっさと開けなさいよぉぉぉぉぉ!!!」

 ばしばしばいばしばしばしばし……

「こ、怖いにゃ〜〜」


「この店は我々が見張ってるにゃ、逃げようなんて思わない事にゃ?」

「お腹空いてて力が出ないのに逃げられる訳無いでしょうが、そんくらい判れぇ、あほぉっ!!」

「ひぃぃ…」

 通路を5匹のニャンシーに囲まれ、クルルとクレアは歩いている。
 手には縄など一切つけられていない。
 3日間の断食により、すっかり抵抗する気力すら失っている2人に必要無しと判断した為だが………やはり縄と猿轡をつけておけば良かった………今にも噛みつかんばかりにこちらを睨みつけるクルルに、ニャンシー達はひたすら脅えていた。

「さぁ、我輩が腕によりをかけて作った料理バーグ、しっかり味わって……」

 ぱくぱくむしゃむしゃもぐもぐぺちゃぺちゃ……

「………」

 バーグの話などまるで聞いちゃいない、クルルは餓えた狼のように料理にしゃぶりつく。
 生クリームにいろいろ混ぜた物のようで、ただ甘いだけの料理……と呼んでいいのかどうかすら不明の代物ではあるが、とりあえず腹に入れば何だっていい。
 横に備えてあるスプーンを使うのももどかしく、手掴みでクリームを口の中に放り込むクルル。

「あらあらクルルちゃん、はしたないですわぁ」

 口の周りをクリームでべとべとにしているクルルを見つめながら軽くたしなめるクレア。
 クリームを上品にスプーンでゆっくりと口に運んでいく。
 それでいて何故か料理の減り具合は彼女の方が遥かに早いのが不思議である。

「少し食い足りねえな……決勝まで持てばいいが…」

「……決勝って何ですか?」

 山と積まれたクリームをたいらげ、ぱんぱんに膨らんだお腹を押さえながら言うクルル。
 クルル以上に食べていながら少しも外見上の変化が感じられないクレア、謎だ。

「よし、全部食べたでバーグね、それじゃこっちに来るバーグ」

 バーグは2人の首根っこを掴むと、すぐ近くの扉を開け、中に放り込んだ。

「きゃぁっ!!」

「ぐべし!……ちょっとぉ、何するのよ……あっ!!」

 顔面から地面に激突し、抗議の声をクルルが上げるよりも早く、扉は閉められた。

「ちょっと開けなさ…さ……寒ぅぅぅぅぅぅ!!」

 中は完全な闇、そして骨の髄まで凍り付きそうな程の冷気に包まれていた。
 外から鍵が掛けられた様子も無いにも関わらず、どれだけ力を込めても扉は開く気配も無い。
 そう、この扉は『中からはあける事が出来ない』仕組みなのだ。

「ねえ、クルルちゃん…」

 しばらくして、何か考え込んでいたクレアが口を開いた。

「ななななな何?」

 寒さの為に歯の根の合わないクルル。

「ワタクシあの方々の考えている事、何となく予想がつきましたわ」

「いいいい一体どどういうこと?」

「まず、ワタクシ達はこの数日間、何も食べるもの頂けませんでしたよね、それってお腹の中を綺麗にするためでは?」

「そそそそれで?」

「あのクリームは『材料』、そしてこの部屋はそれを冷やすための『作業工程』なんですわ、きっと」

「一体何を作ろうっていうの?」

「鈍いですわねクルルちゃん、それは……いえ、止めておきましょう。悪い予想をすると的中するって言いますし、知らない方が幸せな事もありますわ」

「ちょっと、そこまで言って止めたら気になるじゃない、教えなさいよ……うっ!」

 クレアを問い詰めようとしたクルルは突然の感覚にしゃがみ込んだ。
 そしてその感覚は意識すればするほど強くなっていく。

(ど、どうして……さっき、したはずなのに…)

 昨夜……外の時間が判らないので夜なのかどうかは知らないが……クルルは夢を見ていた。

 船で旅行中、巨大な津波に襲われ、しかもその原因が巨大な魚で、そのでっかい魚にトランクに詰めておいたクレアが飲み込まれて……という、とても奇妙な夢だった。
 その内容のあまりの異常さと、現在の状況との違和感、そしてある感覚でクルルは目を覚まし……トイレにダッシュした。
 股間から激しく流れる水流と腹部を襲っていた鈍痛を見る限りかなり危険な状況だったようで、あと目覚めるのが5分…いや、3分遅ければ穿いていたかぼちゃパンツと敷いていた布団とをぐっしょりと濡らしてしまった事だろう。

 水に関係のある夢を見る時って危ないって本当だったんだ……

 そんな風に思い、クルルは再び眠りについたのだった。

(まだあれから時間はそんなに経ってないはずなのに……ま、まさかあの料理の中に薬が!?)

 実はあの料理には即効性の利尿剤が盛られていて、丁度薬の入っている部分だけを美味しそうにクルルは食べてしまっていた……とかいうわけではない。

 つうか昨日あれだけ飲み物がぶがぶ飲んでおいて他の原因を考えるか、クルル?

 さらにこの極寒の環境が発汗効果を弱め、その水分が寒さに縮みあがった膀胱に次々と送られている事とかも、言うまでもないが一応追記しておく。

「クルルちゃん、どうされましたの?」

 クレアが心配そうに訊く。

「だ、大丈夫、何でもないから…」

 クルルは誤魔化す。
 一応人並みの羞恥心は存在しているようである。

 足をもじつかせたいのを必死で堪え……別にもじもじしてても暗いから判らないだろうが……ひたすら我慢するクルル。

 それからクルルはその場にうずくまったまま、尿意と戦い続けた。
 もう少し、もう少し我慢すればきっと外に出てトイレに行ける、そう信じて……

5.


 どれだけの時間が経ったのだろうか?
 ここには時計も無いし、あったところで一筋の光も差し込まず、決して目が慣れる事の無い闇の中ではそれを確認する術も無い。

 クルルは耐える、ひたすら耐える。 
 しかし、一滴、また一滴と送られてくる体の中の水分に、膀胱は無限に耐えられる訳ではない。

「うくっ……」

 遂に耐えきれずクルルは呻き声を上げる。

「どうしましたの、クルルちゃん?」

「な…何でも……ああっ!」

 その場に倒れ、ぴったりと閉じた肢の上から股間を両手で押さえるクルル。
 クレアはそんなクルルにそっと触れる。

「こんなに震えて……寒いのですね、クルルちゃん。大丈夫ですわ、擦って暖めて差し上げますわ」

 言うとクレアはクルルの身体を手探りで確認しながらあちこちを擦る。
 クレアの手も冷え切っていたが、こんな状況にありながら自分の事よりも親友の心配をしてくれる……
 そんなクレアの優しさに、何だか体が暖かくなり、尿意が薄らいでいく感じがした。

「あ、ありがと……クレあきゃぁっ!!」

 叫ぶクルル。クレアの手が下腹部を圧迫したのだ。
 無論彼女に悪気は微塵も無い。

 クルルは慌てて尿道に力を込め、間一髪で液体の流出を食い止める。
 
「くぅう…クレア、そこはいいから…」

「クルルちゃん…その…おしっこ…我慢してるのですね……」

 クレアは少し恥ずかしそうに言う。

「な、何で判ったの?」

「だって…お腹触った時…パンパンでしたから……でも安心してください、ワタクシが何とかして差し上げますわ」

 クレアは言うとすっくと立ち上がり、ドアの前に立ち、大きく息を吸う。
 そして………

「開けてくださぁい!クルルちゃん、おしっこ漏らしちゃいそうなんです!!」

 大きな声で叫んだ。

「あなた達だってこの中がおしっこまみれになったら困りますよね、だから……」

「お願い、やめて」

 部屋中に反響し、響き渡る恥ずかしい訴えをクルルは顔を朱に染めながら止めさせる。

「でもこのままじゃ……」

「うっ…このままじゃ開けて…もらっても…トイレまで持た…ああっ……ない…から…向こう向いてて、お願い…いひぃぃっ」

 最後の方は羞恥かそれとも苦痛の所為か、泣き声も混じっている。

「判りましたわ」

 頷き、クルルの居た所の反対を向くクレア。
 別に真っ暗闇の中なのだから、何処を向こうが関係無いだろうが、気分的の問題である。

 クルルはよろよろと立ち上がるとかぼちゃパンツの上から股間を片手でしっかりと押さえ、もう片手で壁を探りながら部屋の奥へと一歩、また一歩ゆっくりと歩く。
 途中、何度も欲求に屈しそうになるが、その度に必死に踏みとどまり、また歩を進めていく…

 そんなにしたいのならその場でパンツ下ろせば良いのでは、とも思うが、彼女の意地なのか、ポリシーなのか、はたまた極限状態で正常な判断力が失われている所為なのだろうか?

「『美学』とでも書いといてくれよ、作者ども」

 …なんだいそりゃ。
 それはさておき、

 ああ、もう少し…もう少しでこの苦しみから解放される……
 そう信じながら、クルルは極限の中、歩き続けた……

 しばらくして、ようやく部屋の角に手が触れた。
 後はパンツを下ろし、しゃがむだけでいい。
 しかしそこで、クルルをある不安がよぎった。

 パンツを下ろすには、股間を押さえている手を離し、肢を開かなければならない。
 今にも漏れ出しそうなおしっこが、手を離すことで、肢を開く事で、漏れ出したりはしないだろうか?
 クルルが躊躇していると……

「ああっ!!」

 これまでに無い最大級の尿意が牙を向き、若干12歳の少女に襲いかかった。
 両手を股間にしっかりと当て、がくがく震える太腿をしっかりと閉じ合わせ、防御態勢を取る。

(お願い、もう少し…もう少しだけ持って……あああ!!)

 パンツにじわりと暖かい感触が広がる。
 身を屈め、手足に更に力を込める。
 ずきずきと痛む膀胱が更なる悲鳴を上げるが構ってはいられない。

 ほんの一瞬の攻防だったが、クルルには永遠の時間に思われた……

 そして、クルルはその攻防に勝利した。
 尿意の波がわずかではあるが引いたのだ。

 安堵感、そしてクルルは決意を固める。

 ………今しかない。

 尿意の強さには波がある。
 それは我慢を続ければ続けるほど間隔が短く、そして強くなって行く。
 恐らく次の波が襲い掛かれば少女のまだ幼い堤防は決壊してしまうだろう。
 しかし、それが来るまでにパンツを下ろせばきっとこの戦い、勝利する事が出来る…クルルは確信した。

 意を決し、ゆっくりと股間を押さえつけていた手を離す。

 ……大丈夫だ

 おそるおそる両足を開いて行く……

 ………何とか大丈夫だ

 クルルは賭けに勝った。
 後はパンツを下ろし、しゃがめば苦痛から解放される………

 涙混じりの顔にうっすらと笑みを浮かべたままパンツに手を掛ける。
 ………その時!

「うひゃぁっ!!!」

 クルルは叫び、身を震わせた。

 クルルの手は、長い間外気に晒されていた所為ですっかり冷たくなっていた。
 クルルの脇腹は服に包まれていた為に、まだ暖かさを保っていた。
 パンツを下ろすには、この二つがどうしても触れねばならない。
 その二つの温度差により体感する異常なまでの冷たさに、思わず声を上げ、身を震わせてしまったのだ。

 それが『終わり』、そして『始まり』だった。

「あ……」

 パンツにわずかに染み込んでいた染みが、その面積を広げていく。
 それはパンツを包む赤いかぼちゃパンツまでを深い赤色に変えていく。

「や…やだ…止まって……」

 クルルは何とか足を閉じ、噴出を食いとめようとする。
 しかしクルルの肢は、彼女の意思を拒絶するかのようにがたがたと震えるばかりで動かない。

 つー……

 太腿に感じる暖かい感触。
 パンツに、それを覆うかぼちゃパンツに吸収され切れなかった尿が、太腿を伝う。

「止まってってば、ねえ……」

 ぱたっ、ぱたぱたっ……

 開かれた肢の間から、重力に従って落ちていく水滴が妙に静かな空間に響く。
 それをかき消すかのようにクルルは半ば放心状態になりながらも呟き続ける。
 
「…止まって……止まってよ…止まあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」

 びちゃびちゃびちゃびちゃ……

 これまで尿道を何とか閉じようとしていた括約筋が、極度の酷使の為か、クルルの制御を離れ、ぴゅっ、ぴゅっ、と断続的に出ていた尿が、じゃぁぁぁぁぁと激しい噴出音を立てるまでになっていた。

 びちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ………

 クルルの足の間に広がっていく尿の水溜りは、上から降り注ぐ尿によって、激しい音と飛沫を立てる。
 そして太腿から靴下に、靴下から靴に、靴から溢れて広がる水溜りと合流し、その面積を瞬く間に広げていく。
 一体この小さな体にどれだけの液体が詰まっていたのか、溢れつづける尿は勢いを増す事はあっても、止まる気配は無かった。

「あああぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜」

 止まらない噴出、わずかばかりの罪悪感と羞恥心、そして今までに感じた事の無かった我慢からの開放感にクルルの精神は完全に消し飛んでいた。
 俗に言う「イった」というやつである。

 口の端から涎が一筋垂れるが、今のクルルにはどうでも良い事だった。
 びくり、びくりと体を震わせ、体を包む恍惚感にただ身を委ねていた。

 広がった水溜りは、外気との温度差によって蒸気となって部屋中に広がる。
 それはクルルの発した叫び声、そして何とも言えない刺激臭と共に部屋の反対側に居たクレアにも伝わった。

「クルルちゃん………」

 刺激臭がクレアの鼻腔をくすぐるが、クルルのものであるという認識が、決して不快なものにさせなかった。
 それどころか……

(ああっ、クルルちゃん、おもらししちゃったのですね。でもおもらししているクルルちゃんも可愛らしいですわぁ…見たかったですわぁ、部屋が暗かったのが残念です、ああ、クルルちゃぁぁぁん!!)

 …てな具合に身悶えせんばかりに……いや、実際身悶えしていた。

 部屋が暗くて良かったな、クレア。



 さて、失禁という少女にとって死ぬほどの屈辱を味わったマール王国のプリンセス、クルル。
 しかし彼女を、そして親友のクレアを待ちうける運命はまだまだこんなものではすまないのだった……



後編に続く


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