「ん‥‥んん‥‥‥」 両腕を広げ、吊し上げられた姿勢で恵子は意識を取り戻した。麻酔がまだ完全に切れていないのか、少々頭が重い。出来ればもう一度寝てやりたいところだが、状況が状況だけにそうもいかない。
瞼を開くと、薄く埃の積もった床が視界に入ってきた。どこに光源があるのかわからないが、色を識別できるくらいの光量がある。意識が途切れる前までいた、午後の屋外に比べれば暗いが、活動に支障はなさそうだ。
周囲の空気はひんやりとしており、どこからか子供たちのすすり泣く声が聞こえる。殴られた頬の痛みはだいぶ退いていたが、代りに体重を支えていた手首の疼きが気になった。
(‥‥‥!)
そして彼女の目を完全に覚まさせたのは、ひときわ強い受動的な感覚‥‥‥激しい尿意であった。
慌てて恵子は頭を上げ、周囲を確認する。声の方に目を向けると、行方不明になっていた子供たちが、鉄格子の檻に押し込められている。その他にめぼしい構造物は、染みの広がった壁に薄汚れた鉄の支柱、錆付いたコンテナ―――廃屋となった倉庫の中だろうか?
あとは自分を拘束する、十字架型の磔台くらいだった。手首は横棒に枷で固定され、足も鎖で動かせないようにしてある。しかし足は床につけることが出来るようになっており、ちゃんと立っていれば手首に枷が食い込む事も無い。
良い子の見ている前で過激な緊縛を受けなかったのは幸いだったが、身動きを取れないのはあまりにまずい。子供たちを助けるどころか、このままでは大恥をさらす事になってしまう。
(何とか抜け出さなきゃ!)
幾度か腕の枷を引っ張ってみたが、その程度ではびくともしなかった。
(くっ‥‥)
これは無理だと判断して、楽な姿勢を探すという消極的な解決策に向かおうと思ったその時、恵子は視線を感じて檻の方を振り返った。幾人かの子供が涙目でこちらを見ていたのだ。その声にならない悲痛な訴えに、彼女は覚悟を新たにする。
未来を担う子供たちを、人々の明るい笑顔を守るため、どんな困難にも立ち向かうのが鉄血戦隊の義務だ。そう、その身を犠牲にしてでも。
あまり力を込めると漏れてしまうのではないか、という恐怖――つい先週あったばかりゆえとてもリアルな恐怖で、全力を出していなかったためかもしれない。今度は満身の力を込めて脱出を試みる。
尿道に意識を集中するため、無意識に筋力に抑制がかかる。無意識だけでなく末端の神経も、しみ出しそうな熱さの危険信号を送ってきた。そのリミッターすらも理性で打ち破り、自分の限界の力を引き出して恵子は腕を引っ張った。しかし、それでも枷が外れる事はなく、金具がカチャカチャと音を立てるばかりだった。
(う‥‥あっ!)
進展が無いまま、堪える力の方に限界を感じた彼女は、脱出を諦めて括約筋の方に意識を戻した。だが染みるような熱さが尿道を伝い、僅かに出口から‥‥判断が一瞬遅かったか?
(んっく‥‥‥)
ヒヤリとして全精神力を尿道口に集め、太腿を閉じ合わせて数瞬を耐える‥‥‥努力の甲斐あって、それ以上の流出は無かった。出てしまったのは2、3滴であろうか。とりあえず出口がジンと痺れる危機感は退いてくれた。
(ふう。駄目だわ、これを引きちぎるのは哲也でも‥‥)
小さくため息をつき、力無く肩を落とす恵子。噴出を押し止めるのに力を使った上、徒労感も手伝って、更に尿意が大きくなってきた。
「ギ?」
コンテナの陰から戦闘員が顔を出してきた。彼女が悪戦苦闘する音を聞きつけたようだ。彼女が目を覚ましているのを見た戦闘員は、奥に一つだけある扉から部屋を出た。
「何、女がもう目を覚ましただと?」
「まだ1時間も経っとらんぞ?はて、あのガスを吸えば24時間は眠るはずじゃが‥‥‥」
扉の向こうのオーガビーストたちのやりとりを聞いて、恵子は蒼ざめる。
(これってもしかして‥‥)
説明しよう、スーツで強化されたファシズマンの肉体は、あらゆる毒物に対して強い耐性を持っている。酵素による分解能力が強化されるほか、重金属ですら専用の抗体を配位させて無力化、さらには代謝を加速して、毒素を迅速に体外に排出する事ができるのだ―――尿として。
扉をくぐった2体の怪人が、磔台に近付いてきた。膝をもじもじと擦り合わせたいのを堪え、どうにか彼女は平静を装う。敵に捕らえられ、逃げる事もかなわぬ今、この上弱みを握られたら致命的だ。
そんな恵子の内心に気付いた様子は無く、ダークリントは上機嫌で彼女に詰め寄る。
「ガキ助けようとして自分が捕まったんじゃあ、世話ねえなあ、おい」
物理的に抵抗不可能な状態だが、彼女には戦士としてのプライドがある。まして、子供たちの前である。精神まで鬼畜どもの前に屈する、すなわち正義の敗北を見せるような真似だけは出来ないのだ。
勝ち誇って口元をにやつかせるオーガビーストを睨み据え、毅然と彼女は言い放った。
「無抵抗な相手にしか強がれないの?見下げ果てた根性ね」
「何だとこの女ぁ!」
何も出来ないはずの捕虜から思わぬ反抗を受けて、かっとなったダークリントは丸太のような腕を振り上げ、動けない彼女の頭をはたいた。ヘルメットが鈍い音を立て、彼女の首が横に大きく曲がる。スーツを着ているとはいえ、体を固定されたまま殴られて、よく首が折れなかったものだ。
閉鎖空間に響く怒鳴り声と殴打音で、狭い檻に押し込められた子供たちが、なお一層身を縮こまらせた。
「だ、大丈夫よ。お姉ちゃんが助けてあげる」
檻の方に顔を向けた恵子は、怯える子供たちを励まそうと、気丈にも微笑みを向ける。ショックで朦朧としかかった意識の中で、なおも彼女は守るべき無垢なる命を思いやっていた。どんなに苦しくても、信念を貫く事の尊さを教えてあげなければならない。ここで散る事になるとしても、いたいけな幼い心に、誰かが希望を与えてやらねばならない。
「おお、待て待て。こいつはもう死んだも同然、わし一人で十分じゃ。それより残りの2人を片付けてきてくれ。これはお主でないと出来んじゃろう」
彼女の反抗を、まだ腕力で押さえんと試みるダークリントを、またしてもプルトシラクが止める。
「おう、任せろ!3人揃わないファシズマンなんざ敵じゃねえ!」
ダークリントは、自尊心をくすぐる事で簡単にコントロールされていた。筋肉オーガビーストのあまりの単純さに、彼女は半ば呆れて横槍を入れる。
「よく言うわね。さっきは私1人に痛めつけられてたのに」
「うるせえ!」
またもや口と同時に手を出すダークリント。回避のしようがない恵子のボディに、彼女の頭部ほどもある岩のような拳が突き刺さった。下腹部に大きくめり込んだ拳と、磔台に退路を絶たれた背骨にサンドイッチにされ、破裂寸前に圧迫された臓腑が悲鳴を上げる。
「かはっ!あ‥‥くうぅ‥‥‥」
急激に内圧を高められた膀胱が、反射的に開放を要求する。純粋な鈍痛と、鋭い尿意とがより合わさった電流が彼女の脳髄を突きぬけた。思わず膝が震え、額から冷や汗が流れる。
ショックで緩みかかった女性の弱みを、歯を食いしばって引き締める恵子。打撃の苦痛に耐える訓練は積んできているファシズマンだが、痛みのレベルに高まった尿意に対抗する訓練などするはずがない。きつく閉じ合わせた瞼から、堪えきれずに涙が滲んだ。
はじめて彼女が苦悶の反応を見せた事に満足したのか、ダークリントはそのまま扉から出ていった。
「クヒヒヒヒ、やっと2人きりになれたのお」
生傷をえぐる新鮮な激痛にも似た鋭い尿意は、強烈だが一過性のものだった。注意していれば何とか耐えられるレベルにまで持ち直した恵子。だが尿意に対して過敏になっている彼女には、そもそも注意して我慢する事が辛かった。この弱点につけ込まれて責められたら、長く持つかどうか怪しい。
歪んだ顔を狂気じみた笑みで更に歪め、近付くプルトシラクに、彼女は再び毅然とした態度で臨む。抵抗の意思を示すため、そして自分の最もか弱い箇所を悟られないため。
「私を処刑しても、第二第三のブルーランチャーが必ず現れるわ。人々が戦う意志を失わない限り‥‥!」
「それじゃよ、まさにそれじゃ。お主らの存在に触発されてか、ゴーグレンに楯突く人間どもが跡を絶たん」
彼女の言葉をさえぎって、プルトシラクは彼女を捕虜にした真意を語り始めた。
「そこで奴らが希望としておるファシズマンが、無様に屈伏する姿を見せつけてやろうというわけじゃ。愚かな希望を打ち砕いてやれば、人間どもの抵抗も弱まろうというものよ」
方眼鏡をいじっていた左手を放し、恵子の白い顎を捕まえたプルトシラクは、バイザーに表情が隠れないよう上を向かせて顔を覗きこんで来た。
「あいつは短気で頭が悪い。こういう仕事には不向きじゃ。しかし、去り際にええ事を教えてくれたわい」
これまで見せてきた狂人のような笑みの中でも、とびきり嫌らしい下卑た笑いを浮かべながら、プルトシラクは彼女が最も恐れていた事を告げる。
「お嬢さん、排泄を耐えておるようじゃな」
「恵子、どこだ!」
「おーい、恵子やーい!」
哲也と勇太が、オーガビーストの出現現場に駆けつけた頃には、既に恵子の姿は影も形も無かった。それから2時間近くが経過していたが、彼女の居所は依然として掴めていなかった。仲間の安否が心配で、気ばかり焦る2人。
「がはははは、残念だったなファシズマン。ブルーランチャーはもう我等の手に落ちた!」
そんな彼等の前に、ダークリントが姿を現した。開口一番、自分たちの仕業である事を高らかに宣言する。
「なんだと!?やっぱりてめぇらの仕業か!」
「恵子をどこへやった!」
仲間の居所を問いただす哲也。しかしさすがのダークリントも、それで口を滑らせるほど愚かではなかった。
「これから死んでいく連中に、教えてやる義理など無いわ。ぬううぅぅぅっ!」
気合とともに全身の筋肉を震わせるダークリント。その周囲に黒い電弧が幾筋も走り、一気にその肉体が膨れ上がる。見る見るうち、立ち並ぶビルほどに巨大化してしまった。
街が危ない。やむを得ず2人は仲間の捜索を中断、巨大オーガビースト迎撃のため、各自のメカを呼ぶ。
「スカイメッサー発進!」
「ランドタイガー発進!」
上空からスカイメッサーが機銃掃射を、地上からランドタイガーが砲撃をかける。どちらも見事命中、標的は爆炎に包まれた。
「やったか!?」
爆発で一瞬見失った標的を、2人が確認しようとしたその刹那、煙の中から高熱の弾体が飛来する。
「うおっ!」
間一髪、上昇したスカイメッサーはこれをかわした。しかし、とっさに切り返そうとしたランドタイガーは被弾。直撃こそ免れたものの、装甲の一部に損傷を受けた。
そして前方の煙の中から、巨大オーガビーストが歩み出てくる。殆ど無傷だ。
「何て奴だ。これは合体しなければ、勝ち目は無いぞ」
「けどUマリナーの操縦は恵子でないと‥‥‥どうすりゃいいんだ!?」
プルトシラクは部屋に奇妙な大型カメラを運び入れた。業務用のテレビカメラに似ているが、妙に生物的な脈紋が全体に刻まれ、怪しげなマークが描かれている。
ゴーグレンが独自に製造したのか、それとも人間が作ったものを改造したのか。
「正義の戦士ブルーランチャーが、泣いて許しを乞う姿。全国ネットで生中継してやるわい」
設置した大型カメラの調製をしながら、プルトシラクはくつくつと忍び笑いを漏らす。だがそこは恵子も誇りある鉄血戦隊のメンバー、何をふざけた事を、とプルトシラクを睨み返した。
「泣いて許しを乞う?誰がそんな事を!たとえこの身が砕けようとも、お前たち鬼畜に魂まで屈したりはしないわ!」
そう来ると思った、とでも言いたげに口元を歪め、プルトシラクは恵子に歩み寄る。
「ならば先に下から泣いてもらうとしよう。気の強い女が、情けなく着衣のまま放尿するのも、仲々ショッキングで良かろうて。」
プルトシラクは彼女の下腹部に触れた。掌が肌の上を這うのが、スーツ越しにも感じられる。そして彼女の膀胱のある位置を的確に探り当て、怪人の手は止まった。
浅黒い、皺だらけの指先が女性の弱みを狙い、柔らかな腹部にそっと押し込まれていく。
(やっ‥‥ああっ‥‥‥!)
押しては離し、離しては押しの断続的な刺激を加えるプルトシラク。
ファシズスーツは、瞬間的な衝撃には非常に強いが、こういうゆっくりと圧迫する力は防いでくれない。手の動きは一定だが、一押しごとに括約筋に疲労を与え、尿意はだんだんと高まっていく。
(はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥はあっ)
指先が押し込まれる時は息を詰めて耐え、手が離れた時に一呼吸して次の刺激に備える。堪える彼女の息が、だんだんと荒くなってきた。
プルトシラクは頃合を見計らい、押し込んだ手を離してから間髪を入れずに再度圧迫してきた。
(はぁ‥?あくっ!‥‥う‥‥‥)
一定間隔だった刺激のタイミングを狂わされ、一瞬恵子は目を見開いた。不意を討たれた秘奥の水門が、対処できずに悲鳴を上げかかる。
(駄目‥‥ダメ!)
ジュン、としみ出す直前の出口を、歯を食いしばって必死に締め直す恵子。
危ないところだった。もう少しで、おもらしシーンを全国の晒し者にされるところだった。
「おっとそうじゃ、忘れておった。ちょっとわしは出るが、戻るまで漏らすでないぞ」
急に恵子の下腹部から手を放し、プルトシラクは出口の扉に向かった。
「な、何を馬鹿な‥‥!」
反射的に抗いの声をあげた恵子だが、一旦責め手から解放された事に、内心安堵のため息をついていた。括約筋を休められるわけではないが、気力を回復する貴重な休憩タイムだ。
しかし、再び戻ってきたプルトシラクをみて目が点になる。大小様々の試薬ビンを大量に抱え持っていたのだ。
「さっき、麻酔の効きがずいぶんと悪かったのが、わしはどうにも気になっての。他の薬物ではどうなるのか、是非とも調べたい」
もう解毒能力の秘密に薄々気付いているのだろう。今にも裏声になりそうな忍び笑いをしながら1本の蓋を開け、拳銃に似たグリップを持つ器具で中の液体を吸い上げた。
「ではまず膜変成剤から」
首筋に器具の「銃口」をあてがい、プルトシラクは「引き金」を引く。
(く‥‥痛ぅ!)
首から体内に、冷えた液体が広がっていくのが感じられた。浸透式のインジェクターらしい。
彼女の血流にのった液体は拡散しながら、内側から針で突くような痛みを与えてきた。思わず顔をしかめる恵子。しかしその痛みは長続きしない。即座に肉体が分解・排除を始める。
(あ、ああ‥‥‥)
苦痛はすぐに退いて、代わりに尿意がひたひたと膀胱に攻め寄ってきた。
(お願い、もう大丈夫だから、これ以上オシッコにならないで)
内圧の上昇とともに、括約筋への負荷は増していく。それに耐える辛さは気力でカバーしても、膀胱の容量という物理的な限界だってある。しかし第一に生命を守るため、肉体は彼女の意向を無視してせっせと小水を作るのだった。
別の大問題に責め苛まれる恵子の顔からは、毒物の刺激による苦悶の色は消えていた。
「ほほう。では発癌物質はどうかな?」
今度は毒々しい赤色の小瓶を手に取るプルトシラク。生理的に危険を感じる、強烈な赤。それもこれは原液ではないのか?
(ひ‥‥‥!)
薬物の毒々しさもそうだが、それよりその後に襲ってくる効果を恐れ、首をよじって逃れようとする恵子。何せ今の彼女には、あらゆる毒物が利尿剤として働くのだ。これだけ高濃度の液を射たれたらどうなるかと思うと、血の気が引く。
しかし、首や肩をいくらすくめてみた所で逃れられるはずがない。プルトシラクの嗜虐心をあおって喜ばせるだけ、それこそ無駄な抵抗だった。
無情にも体内に侵入してくる毒液。これほど急激に体液の組成が変わったら、発癌性がどうこう以前にショック死しかねない。最高速度で、肉体は処理を行った。
(うう‥‥どうしよう‥‥‥)
スーツは彼女の命を守ってくれる。しかし、追い詰められる精神にまで気を使ってはくれない。尿意の高まりが一層加速するのを感じ、本当に泣きたくなってきた。
「おっと、これは長期的な観察が要るんじゃった。先に即効性のこちらを試そう」
まだ前の薬物の利尿作用も終わっていないのに、次の瓶を手に取るプルトシラク。
「はうっ!」
注入された瞬間、電流を流されたカエルの標本のように、彼女の体が跳ね上がった。筋肉という筋肉が、互いを引き千切らんばかりの勢いで収縮し合い、激しい痙攣を引き起こしたのだ。神経毒らしい。
手足の痙攣に加えて呼吸困難、さらには心臓にも握り潰されそうな痛みが走る。まさしく断末魔の苦しみだ。
(い、いけない!意識をちゃんと‥‥保って‥‥!)
ショックで停止しそうになる思考を根性で繋ぎとめる恵子。彼女の心配は無論、生命危機ではない。
事実、優秀なスーツのおかげで、心臓や呼吸筋の麻痺は避けられた。やがて手足の痙攣も収まり、無理な収縮のダメージから解放された筋肉がいっせいに弛緩する。
その中で、絶対に緩めてはならない箇所に、繋ぎとめた意識を集中させて、恵子は本能の欲求を拒む。
(くふっ‥‥‥うう、哲也、勇太助けて‥‥もう‥‥‥)
理性を突き崩さんとする本能の欲求が、何倍にも膨れ上がったように感じられた。
括約筋自体の疲弊は言うに及ばず、気力を萎えさせる全身疲労とも戦わねばならない。毒素の分解にだってエネルギーは要る。しかも先ほどの痙攣で体力を消耗し、正直へたり込みそうなのだ。
そして‥‥‥毒の効果が消えるという事は、また一つ彼女が追い詰められる事を意味していた。
「合体阻止か。考えたな」
司令室の布施長官は、街中の戦闘が映し出されたモニターを見つめ、低く呟く。レッドバルカンとイエローキャノンが必死に食い下がっているが、戦況は思わしくない。部下の苦境を眼前に、有効な手を打てないでいる歯痒さを、彼は耐えていた。動けないのに動きたがる己を押し殺し、ただ冷徹に状況を見守る。万に一つの勝機を見逃さないために‥‥‥
「長官!テレビ放送に妖しい映像が流れていると、市民から通報が!」
オペレータの一人が、慌てた声で報告してきた。こんな時に一体何だ?とサブモニターの方に視線を移した長官が見たものは、磔にされたブルーランチャーの姿。
「これは‥‥恵子君!?」
映像発信源の探知を速やかに指示した長官は、続いて格納庫の方に指令を送る。厳しい自己制御を耐え切って、弾かれるように発せられるその声は、熱い。
「こちら布施だ、スカッドライナーを出すぞ!急いでくれ!」
「ええっ!?無茶ですよ長官、まだ変形機構もテストしてないのに」
「第一パイロットはどうするんです?」
突然の要求を受け、格納庫のスタッフは困惑の声を上げた。メカの完成もまだなら、補充要員の育成も終わっていないのである。しかし彼等の制止の言葉に、長官は力強くこう答えた。
「こうなっては仕方がない。私自らが出る!」
ビルを粉砕し、無人となった街を踏み崩し、巨大オーガビーストは突き進む。
「畜生、もう限界だ!」
スカイメッサーとランドタイガーの攻撃も、さしたる効果を上げる事は出来ず、後退を余儀なくされるファシズマン。そして敵は今、まさに鉄血戦隊の敷設する防衛ラインを踏み越えんとしていた。この先はまだ、住民の避難も終わっていないのだ。このままでは大勢の死傷者が出てしまう。
と、その時。飛来した1発のミサイルがダークリントの横面を直撃。不意打ちの効果もあって多少は効いたらしく、一瞬ぐらついた。いきり立ったダークリントはミサイルが飛んできた方向に向き直る。
そこにあったのは、半分瓦礫と化した廃墟に駆けつけた、大型の戦闘トレーラー。
「スカッドライナー?もう完成したのか!」
この援軍も予期せぬものであったが、このあとスカッドライナーから送られてきた通信で、彼等は二度驚かされた。
「哲也、勇太!恵子君の居場所がわかったぞ!」
「!?乗ってんの長官か!」
「スーツも着ないで、無茶な‥‥‥」
バンパーを下ろして全砲門を標的に向け、本格的な攻撃体勢に移るスカッドライナー。
「C4区の倉庫だ、今は廃屋になっている。ここは私に任せて恵子君を頼む!」
神経毒の効果は自覚できなくなったが、恵子の震えは止まらない。薬物の量が多かっただけに、利尿作用はまだまだ終わらなかった。膀胱の容量、堪える気力ともに限界が近づいている。
括約筋を閉めるだけでは既に耐えがたく、太腿を擦り合わせる力にも頼らねばならなかった。両手が開いていたら、援軍に出口を押さえたいところだ。
「んん?どうした、足が震えとるぞ?ほれ、ここが‥‥」
それでなくても切迫しているのに、プルトシラクは更に彼女の防御姿勢を突き崩さんと、両手を彼女の脚の間に割り込ませようとしてきた。
「あ、ちょっ、何を!」
枯れ枝のような腕だがそこは怪人、存外強い力で合わせた太腿をこじ開けてくる。もともと男性より弱い女性の抑止力が今、援助を絶たれてさらなる窮地へ立たされようとしていた。
無理矢理股を押し広げられ、貝のように閉じ合わせた割れ目が口を開きかかる。括約筋への負荷がまたもや上昇し、秘奥の細道が熱い痺れに苛まれた。
(あっ!?うく‥‥)
故意か偶然か、アンダースーツが秘所に食い込み、彼女の最も弱い部分を擦りたてた。ほんの僅かな刺激のはずだが、彼女の神経は鋭敏にそれを感受し、理性に裏切りのパルスを送ろうとする。少しの集中の乱れも許されない今、これもいつ致命傷になるかわからない。
(うう‥‥どうしよう、本当に漏れちゃう‥‥‥)
ただ括約筋が疲弊するばかりでなく、液体の圧力そのものも上昇するのである。今でさえ出口が痙攣を起こしかかっているのに、これから更に状況が悪化していくのだ。気を抜いたら失禁するのではない。気を抜かなくてもこのままでは溢れてしまう。
(‥‥仕方ないわ。こうなったらいっそ大日スパークで、カメラだけでも!)
大日スパーク:バイザーにコーティングしたナチズミン樹脂を、ゲッペル場にトラップしたまま励起。白熱して輝く圧縮粒子を一気に前方に解放する。いわばプラズマのショットガンである。しかしファシズスーツのエネルギーを大量消費するばかりか、着用者の肉体にも大きな負担がかかる。
大日スパークは諸刃の剣、使用後1分は自力で立つ事も出来ない。当然尿意に耐える力も途絶え、子供達の見守る中でおもらしする羽目になるのは目に見えていた。しかし背に腹は変えられない。全国に失禁シーンを放映されるよりは、一千万倍ましだ。
漏らすのを覚悟で、エネルギーのチャージに入った恵子。バイザーの前方数センチの空間がうっすらと輝き、その光が1点に収束されていく。
「ん?」
プルトシラクが異変に気付いた時には、既に発射体勢に入っていた。エネルギーが臨界に達し、閃光とともにプラズマ流がほとばしる!
その瞬間。
ズシン!
建物が崩れんばかりの勢いで揺れた。
「おわわっ!?」
「あっ!」
プルトシラクは立っていられないほどよろめき、体を固定された恵子も、突然の揺れに首を振られた。
「あが!ぎえええっ!」
発射された大日スパークは、見事プルトシラクを直撃。大火傷を負ったプルトシラクは、転倒して痛みにのたうち回る。安定の良い大型カメラは‥‥‥なおも彼女を捉えたままだった。
(‥‥!そんな‥‥‥)
手遅れだった。大日スパークの反動で、全身の力が抜けていく。理性を総動員して呼びかけても、心地よさすら伴って尿道が緩み始めるのを、止める事が出来ない。
疲れ切った水門を押し破り、溜まりに溜まった液体が、痛いほどの勢いで噴出した。
撥水生の生地に一旦はせき止められ、小水は太腿を伝ってブーツの中にまで落ちた。それでもなお流量は衰えず、スーツにはっきりと染みが広がりはじめた。
解毒機能をフル稼働していた影響か、小水の色は鮮やかな黄色である。純白のアンダースーツが黄色く汚れていく様を、青のブーツがつま先から黒く濡れだすのを、カメラはつぶさに観察していた。
「あれ、ブルーランチャーのお姉ちゃんが‥‥‥」
「おしっこ漏らしてる。大人なのに」
「僕らでもおもらしなんかしないのに」
ショックで一瞬でも呆然としていられた恵子に、子供達の正直な驚きの声が追い討ちをかけた。生々しい情けなさを突き付けられ、目を背けたい現実の前に無理矢理引きずり出される心。打ちのめされた内面を暴かんと、無情にもカメラは動きつづける。出来る事なら耳を塞いでうずくまりたい。
「大丈夫か、恵子!」
崩れた壁から、レッドバルカンとイエローキャノンが突入してきた。どうやらランドタイガーで倉庫に体当たりしたらしい。
「っと‥‥‥」
磔台のブルーランチャーを、アンダースーツの染みから目をそらしつつ解放するレッドバルカン。レッドの方に倒れこんできたブルーランチャーの表情に、恥辱感、悲しみ、そして怒りが入り混じる。
まだ力の入らない腕を持ち上げ、ぴしゃりと弱々しく、哲也の頬を平手で打つ恵子。戦士のものでも大人の女性のものでもない。心細さで母親に八つ当たりする幼子のような、あどけないとも言える涙顔だった。
「どうして‥‥あと5分早く来てくれなかったの!」
良くも悪くも緊張が解け、込み上げる悔しさに号泣する恵子を、哲也は支えて落ちつくのを待つ。
「‥‥‥無事で何よりだ」
「野郎、よくも恵子を!」
子供達の方を解放したイエローキャノンが、ぎりぎりと拳を握りこんでプルトシラクに迫る。
「ひいいぃぃぃ、ダークリント、後は任せた!」
どこから取り出したのかロケットパックを背負い、プルトシラクは空を飛んで逃走を図った。
「逃がさない‥‥‥絶対、絶対に!鉄十字ランチャー!」
鉄十字ランチャー:遠距離戦で威力を発揮する多弾頭ランチャー。一度ロックオンすればチャフもフレアーも役には立たず、アクティブに形状を認識し続けるため変形しても逃げられない。
「ギャピ!」
哀れプルトシラクはボロ屑と化して海に墜落したのであった。
はじめは虚をついて五分の勝負をしていたが、スカッドライナーは圧倒されつつあった。無理もない、もともと支援攻撃用のトレーラーである。これまでか、と思われたその時、布施長官は高速で接近する3つの機影を確認した。
「おお、君たち‥‥‥」
額から血を流し、厳しい表情で苦痛に耐えていた長官が、希望に顔をほころばせる。
「合体・ハーケンクロス!」
3機のメカは空中で変形・合体し、ついに無敵の巨人が今、大地に降り立った。
「ちっ、何やってやがるプルトシラク!仕方ねえ、ここは俺が‥‥」
「特攻剣レフトスレイヤー!!」
「うぎゃあああぁぁぁぁ‥‥‥」
合体を果たした三国軍神の前に、ダークリントは敵ではなかった。
夕日をバックに特攻剣を構えなおし、住民に勝利をアピールする三国軍神。しかし今週は誰もが、そのコクピットでスカートを汚したまま座っているブルーランチャーの姿を想像したに違いない。
「ま、お前たちでは所詮この程度だと思っていたわ」
一部始終をモニターで見ていた女性型オーガビーストは、仲間2体の失敗を鼻で笑い、前髪をかき揚げつつモニターに背を向ける。
「やはり、私が出るしかないようね」
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