「西へ」 −バーシア アナザーエンド− 場面22
■ フェルナンデス 4月30日 夜 安宿 ミサキはスヤスヤ寝付いている。そんな夜のことだった。 バーシアがいなくなってから既に一月になるだろうか、辺りはすっかり春の穏やかな陽気に包まれている。 が、オレの心の中は、変わらずすさんだままだった。 バーシアはいずれ帰ってくる、いや、とっくにオレを見限って二度とここには帰ってこないと背反する思いがオレを板ばさみにして苦しめる。 そう煩悶しながらも、宿を替わろうとしなかったのは、前者の淡い期待が強かったのかもしれないが、自分でもよくわからない。 【[主人公]】「まぁ、希望的観測だが、な」 冷静に考えてみれば、バーシアがあの屋敷から戻ってこれる可能性は皆無に等しい。 それはそうだろう。 延々と気が狂うような責め苦を受け続けたら、体力も落ちているはず。 自力で脱出など…もし可能性があるとすれば、スタークに「用無し」とでも判断されたときかもしれないが、そのときは… オレがここに残るのは、他に行くあてがないといこうことに加え、ここを離れるとバーシアとの接点が完全に途切れてしまう…それが怖かったのである。 そう考えながらも、何もできない強迫観念にも似たジレンマ… 現実から逃避するようにオレは、その日も酒に溺れていたのだ。 それが更に身体を痛めつけると分かってはいても、そうせざるをえなかったのである。 ただ、今日がいつもと違うのは、いつになくミサキがよくはしゃいだことだ。 満足に育児も出来ないため、これまでは逆にムズかることが多かったのだが… ミサキの笑顔を見ていると、やはり落ち着くものがあった。 コイツだけは、なんとしても大切に育てないと…その思いが湧き上がってくるのだが、このざまじゃオヤジ失格だな… 無邪気な笑顔を前に、視界がなんだかぼやけてくる。 【[主人公]】「ミサキに涙は見せられないな…」 そう考えたオレがそっと部屋を離れたときだった。 ガチャり……キィキィ 入り口のところで何やら物音がする。 【[主人公]】「ん……玄関か…扉を閉め忘れたかな…?」 酒による朦朧とした意識の中、ふらつく足取りを進めると、なんだか見慣れないものが倒れていた。 その肌は白く、そして髪の毛は… 【[主人公]】「……ライトパープルの髪…あれは、バーシアじゃないか!」 薄汚いシーツを全身に一枚引っ掛けているだけの粗末な装いの下は、全裸で何もまとっていないようだ。 無理矢理抜け出して来たのか、それとも館の手のものに連れられ、軒先で捨てられたのかは知らない。 【[主人公]】「息は…大丈夫だ!」 バーシアの手足を見ると、館での惨状を物語るっているかのようで痛々しい。 身体中いたるところに、くっきりと縄目の跡があり、黒い痣になっているようなところも一箇所や二箇所ではない。 ボロの下を調べないとわからないが、もしかしたら骨折くらいはしているかもしれない。 しかし…しかし、バーシアが生きて戻ってきたのだ!! それ以上にうれしいことがあるか! 【[主人公]】「おい、バーシア、しっかりしろ!」 泥人形のように反応は無かったが、抱き起こすとかすかだが確実に吐息が聞こえる。 あのバーシアが、ここまで精根尽き果てるなんて、如何なる責め苦を浴びつづけたというのか? それを想像するだけで怒りが湧き上がってくる。 館を何とか抜け出し、ここまでたどり着くのが精一杯。 もはや動くこともままならず、気が緩んで倒れこんだというところだろう。 必死に呼びかけを続けると、思いが通じたかのように、バーシアが薄目をそっと開けた。 【[主人公]】「バーシア! バーシア! バーシア!!!!!」 【[バーシア]】「なんだ…うるさい奴…だな」 第一声がこれか! しかしいつものバーシアに変わりはないようで、それが死ぬほどうれしかった。 オレのバーシア…オレだけのバーシア、よく戻ってきてくれた! こうなったら結婚でもなんだってやってやるぞ。 【[バーシア]】「…オマエか……そうか、なんとか着いたのだな…」 【[主人公]】「オマエ扱いはひどいな。せっかく再会したんだ。もっと喜べよ」 【[バーシア]】「オマエの顔を見て、喜ぶようになったらおしまいだな」 フッとバーシアの顔が緩む。いい笑顔だ。 【[バーシア]】「もっと早く戻ってくるつもりだったんだがな…少し遅れてしまった。思ったより警備が厳重で、隙を見つけるのが大変だった」 【[主人公]】「ウン…ウン…まぁいいじゃないか。ここまで来たらもう安心して構わない。まぁ居るのはオレだけだがな」 【[バーシア]】「そりゃ、心強いな…でも軍人でもないオマエに守ってもらうほど落ちぶれてはいないつもりだ。現にワタシだから、楽に抜け出せたのだが…」 しかしその言葉に偽りがあることはバーシアの手足を見ればよく分かる。 拳は裂け、爪が所々割れているのを見れば、かなり無理のある脱出劇だったことだろう。 昔の戦闘マシンのようなバーシアなら考えられないことだ。 でも、いいじゃないか、そんな些細なことは。 考えたくも無い。 今はこうしてバーシアを抱きしめているだけで… 【[バーシア]】「痛いじゃないか…」 【[主人公]】「あっ、すまない…つい力が入ってしまった」 【[バーシア]】「まぁ許す。で、ミサキは…?」 【[主人公]】「あちらで寝ているぞ。心配しなくてもいい。飯くらいは食わせているぞ」 【[バーシア]】「どうせそれ以上のことは手が回っていないのだろう。だから心配なんじゃないか…ハハ…ウッ!」 やはり身体のどこかの骨にヒビでも入っているだろうか…? 痛がり方が尋常じゃなかったようだが… 【[主人公]】「無理してしゃべらなくてもいい…とりあえずベッドまで運んでやるから、そこでゆっくり休もう」 この1ヶ月以上に及ぶ拷問のせいか、衰弱しきったバーシアの身体は、妙に軽かった。 【[主人公]】「どれ、少し診てやるとするか…」 こう見えても医術も少しはかじっているのだ。 ベッドに横たえ、簡単に診察しようとぼろ布を脱がした所で、あわてて布団を掛け直した。 これは… すると眠りかけていた意識が戻ったのか、一度閉じかけていた瞳を再び開き、ゆっくりとこちらを見上げてきた。 オレは表情を読まれないように、引きつったような笑顔を作って語りかけた。 【[主人公]】「なんだ? 休まないのか?」 【[バーシア]】「その様子を見ると、心配してたようだな…迷惑かけてすまない」 【[主人公]】「何を言っているんだ…お前が帰ってくれただけでも、オレはうれしいよ」 【[バーシア]】「……」 【[主人公]】「とにかく…ゆっくり休め…」 【[バーシア]】「うん……」 バーシアの横顔を見ていると、やはり安堵というか、気分が落ち着いてくる。 そうか…やはりオレの元に戻ってきてくれたんだ、と。 【[バーシア]】「………」 ゆっくりオレの顔を見つめるバーシア。 本当にあの屋敷では色々な目にあったのだろう。 それを語りたくないのなら、語る必要もない。 オレもそんな話は聞きたくも無い。 【[バーシア]】「もう、働くことは出来そうにないな…」 【[主人公]】「まだ、そんなことを言っているのか? 気にしなくてもいい。オレが何とかする」 【[バーシア]】「そうか」 安心しきったような顔をするバーシア。 オレの言葉も気休め程度にはなったのかもしれない。 【[バーシア]】「身体も、あまり動きそうに無い…」 【[主人公]】「え!? そんなことは無いさ…休めばきっとよくなるから」 【[バーシア]】「フッ…そうだな」 重い沈黙が辺りを包む。 それを破るように思い切って切り出してみた。 【[主人公]】「これからどうしようか?」 【[バーシア]】「…そうね…」 【[主人公]】「特にないのなら、オレがとびっきりのアイデアを出してやろうか?」 【[バーシア]】「??」 バーシアが怪訝そうに見返してくる。 前々から心の中に秘めていた願望を語ってみることに決める。 出来ればもっと楽しい状況で話したかった夢なのだが、もう今しか話す機会が無いことはわかっていた。 【[主人公]】「西のほうに進んで行くんだ」 【[バーシア]】「西…?」 【[主人公]】「後何日か宿泊して、地の果てまで歩いて…それから何個かの山を越えれば、そこには大きな草原があるんだ」 【[バーシア]】「??」 【[主人公]】「小さな丸太小屋があって…何もかも自給自足できるようなところで、誰にも束縛されず…二人で暮らすんだ」 【[バーシア]】「……」 【[主人公]】「毎日、毎日、寝たいときに寝て、食べたいときに食べて…」 【[バーシア]】「……」 【[主人公]】「そこで、ミサキをオレたちの子供として育てよう」 キョトンとしていたバーシアが、その言葉の真意を理解するのに、さしたる時間は掛からなかった。 【[バーシア]】「…ウン…」 【[主人公]】「こんなオレで、良ければな」 【[バーシア]】「…ウン…」 またいつものように皮肉めいた台詞を返してくると身構えていたが、バーシアは肩を震わせているだけだった。 目には光るものが浮かんでいる。 オレはそんな華奢とも言える肩に手を掛け、そっと抱きしめた。 彼女の温もりがオレにまで伝わってくるようだった。 もう誰にも邪魔はさせない… オレ達には、その楽園に、今一歩踏み出したのだ。 |