「西へ」 −バーシア アナザーエンド− 場面7
■ フェルナンデス 3月10日 19:00 安宿 【[主人公]】「…どうも…」 その客の姿を見たオレは、そう言うのが精一杯だった。 オレの目の前に立つこの男のことは、確か近所で肉屋をやっていると聞いている。 いつも肉ばかり食っているのか、ブクブクと太って豚のように脂ぎった汚らしい野郎だ。 【[肉屋]】「わしのバーシアちゃんの準備は、しっかり出来てるのかな…チミ?」 徒でさえ肉で弛んだ顔を、肉欲で更に緩ませながら、さも当たり前という顔でオレに聞いてくる。 この野郎…ふざけやがって…グッ…しかし… 【[主人公]】「ええ…」 怒りをぐっとこらえ、絞りきるようにそれだけ、なんとか答える。 【[肉屋]】「ウシシ…今日は、バーシアちゃんと何発やるかなぁ…」 この男は今日で3回目になる客だ。 いくら嫌がってもガンとして聞き入れない粘着質な性交が好きで、バーシアも嫌い抜いているゲス野郎だ。 もちろんオレも客で無かったら、何度殴り飛ばしていることか知れない。 もっと余裕があれば決して相手などはしないのだが… しかし娼婦としても街の娼館で働くわけにもいかないバーシアに選択の余地は、ほとんどないのが事実なのである。 【[肉屋]】「なんだね?チミ、随分不満そうな顔をしているじゃないか? フン!」 【[主人公]】「くっ……」 【[肉屋]】「なんの事故をやったのかは知らんが、そんな不自由な身体では、到底あの淫蕩なバーシアちゃんを満足なんてさせられないだろう。チミの代わりに、わしが腰骨がトロけるくらいにイキまくらせてやっとるんじゃから、感謝してもらいたいくらいだよ…ウシシ」 コイツ…オレのことを、まるでゴミ溜めの残飯を漁っている犬だとでもいうように、完全に見下しきってるとは! しかもオレはいいともして、バーシアを侮辱することは許さん! 【[主人公]】「な、なんだと! バーシアのどこが淫乱なんだ!」 その言葉に、頭に血が昇ったオレは、気が付いたら肉屋の腕を掴んでいた。 しかし体格差は明白。 簡単に腕を捻りあげられてしまう。 【[主人公]】「ぐっ…い…痛い…」 【[肉屋]】「この程度のヘボ力で、わしとやる気か…フン! そんなとって付けただけの安物の義手義足で何が出来る! 身の程を知れ!」 ボスッ! 【[主人公]】「ぐぶっ……」 腹に鈍痛が走る。男の拳が、みぞおちにめり込んだようだ。 満足によける間もなくまともに食らってしまった… 吐き気をこらえながら、そのまま床に膝をつき、そのまま倒れこんでしまった。 冬の床の冷たさが、オレの屈辱を倍加させる。 くそっ…せめて身体が言うことを聞いていれば…こんな惨めな様には… 【[肉屋]】「ほら…金はくれてやる。飢えた野良犬のような顔をした下郎め…これが欲しかったんだろう? ウン!?」 床に突っ伏したままの顔の上に、肉屋が紙幣をひらひらと投げて落とす。 【[肉屋]】「大事な女房に、身体を売らせてその金で食っている甲斐性無しのくせに、偉そうな口を聞くんじゃないぞ、オラ!」 くっ…男の言葉が身にしみる。幾ら言葉を飾り立てようと、例えバーシアからそれを言い出したとはいえ、やっていることは、今まさにこの男が言ったとおりだ。 何も言い返すことはできない。 肉屋の靴の裏がオレの頬の上に乗せられ、グリグリと擦り付けられる。 この野郎…! しかしここで逆上でもしたら… 【[肉屋]】「これで、貴様の女房は、今晩はわしだけのもの。好きにさせてもらおうか。そうアレもコレも…チミは、そこで指をくわえてみてるがいい!」 ウハハハと耳障りな笑い声をあげながら、もはやオレに目を向けることもせず、のっしのっしと床を揺らしながらバーシアの待つ控え室へ歩いていく。 頭の中は、これからのことを考えて、ピンクに染まりきっているに違いない。 輪切りにすれば得体の知れない腐りきった膿がタプタプ音を立てて零れ落ちてくるだろう。 【[肉屋]】「ウシシ…バーシアちゃん、お待たせ!」 男の姿を目に留めたのだろう。バーシアが男に声を掛けるのが聞こえる。 精一杯愛想よくしているつもりなのだろうが、普段に比べ声にまるで張りがない。 あの無神経なオヤジには、それがわからないのだろう。 まんざらでもなさそうに会話を続けている。 数分間向かい合っていただろうか、二人して寝室に移動するため、腕を組みながら部屋を出てきた。 よろよろとようやく身を起こしかけたオレと二人の視線が絡む。 肉屋は相変わらず汚いものを見るような侮蔑の視線。 しかし…バーシアは…優しくこちらを見つめている。 まるで何事も心配ないと言いかけるように… 【[バーシア]】「………」 【[主人公]】「………」 時として沈黙はもっとも雄弁に語るときがある。 今のオレたちには、これだけで充分お互いの言いたいことがわかったはずだ。 やがて、痺れを切らした肉屋が、いつまでそんな奴を見てるんだ、とバーシアの腕を引っ張り、寝室へと消えていった。 オレは、そんな二人を、ただ見送るしかなかったのだ。 これからどんなことが行われるか、悔しいほどわかり切っている寝室へ、と。 |